昔からそうであったが、風邪などをひき、治りはじめて日常生活に戻ると、妙に新鮮な気分となる。まあ、すがすがしいとは行くはずはないが、これまで引き摺っていた "水垢" のようなマンネリ気分がとりあえず取り除かれるからなのかもしれない。眠気を誘うはずの風邪薬を服用し、そのためか睡眠時間は増える。そんな二、三日を経ると、どうしたって気分が変わってしまうというものなのかもしれない。望むらくは、旅行にでも行くことで気分転換が果たせればそれがベストなのだろうとは思う。が、何によってではあれ、 "水垢" のような気分が払拭されたのは悪くはなさそうである。
今ひとつ注目すべきは、 "禁煙" の継続である。とうとう、と言うべきか、まだ、と言うべきか、今日は朝から夕刻の6時現在まで完全にタバコを遠ざけている。確かに、若干の辛さを感じるが、そんな時は、あえて "喉の痛み" を思い起こすことにしている。一昨日なぞは、痛みを堪えてまずいタバコを吸っていた。ああなると、今までついぞなかったタバコへの "嫌悪感" とでもいう自覚が促されてしまうようだ。
以前、 "禁煙香" とかという禁煙支援剤があった。試しに使ってみたが、タバコを吸う前に、その小瓶の香りをかいでおくと、吸うタバコがとてつもなくまずくなる、というものなのであった。タバコへの "嫌悪感" が確かに生まれて、こいつは良いアイディアだと思った覚えがある。
しかし、結局、それは続かなかった。タバコを吸う際に不快感を催すというのは、確かに喫煙を遠ざけることにはなる。だから、そのプロセスだけを嫌というほど繰り返していたら、タバコは不快なものという実感的認識が定着してしまうのかもしれない。
だが、そのプロセスの前段にある吸いたくなったら、元々が臭い "禁煙香" をかぐという "前工程" にはムリがあったような気がしている。
実に "理性的に判断" できる時にだけ、その "後工程" は意味を持つのであって、 "理性もへったくれもない" という生理的動物に堕ちた喫煙愛好者は、美味いに違いないと想像するタバコを、わざわざ不味くするために、不快な匂いをかぐというワンクッションの段取りを承認しなくなるものではなかろうか。現に自分はそうした体たらくに終わったものだった。
が、タバコを吸ったら強烈に喉に痛みが走ったり、むせったりするという反射的な風邪の症状は、人為的にではなく否応なく発生している。犬や猫ではないが、この食い物は危ない! というほどの条件反射が、 "幸いにも" もたらされているのである。これを "活かす" ことがあっていいのではないかと、バカなことを考えているのである。
だが、この風邪が治ればいずれ喉の痛みも忘れ去られることは眼に見えている。だから、今は、 "タバコ、イコール喉の痛みプラスむせり" という "コンコンの公式" を深層心理に叩き込むべし、と考えたりしている...... (2008.03.04)
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