"王手" 以外に打つべき手はなし ......

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 まあ、こうなったら "開き直る" しかないかなぁ、と思い始めている。何がと言って、年齢の問題のことだ。 従来どおりの響きが付着する "還暦" という言葉を、そのまま受け止めていたのでは、それだけで老化してしまいそうだからである。 "玉手箱" を開けて白々とした煙を浴びたかのようでもある。
 確かに、身体の方は、確実にあちこちが不具合を示し始め、 "耐用年数" というものを自覚させられたりしている。だから、もちろん不摂生やムリは禁物と決め込んでみたり、可能な限り健康増進に気を配ってみたりしている。しかしまあ、高望みをせずに面倒見い見いやるならば、さほど不自由せずにやって行けそうなのが幸いだと思っている。

 身体の調子に対して、メンタルな面ではまさにもっともっと "開き直る" ことがあっていいと思っている。というよりも、どちらかと言えば、フィジカルな身体面以上にメンタル面については若い時からトレーニングもこなして来たつもりでいるため、今少しきつい "負荷" を掛けても良さそうだと考えている。少なくとも、ボケ始めてみたり気力を失せたりといったイメージが付着しないではない "還暦" という言葉は、 "おとといおいで!" と言って返上、撃退すべきであろう。いや、場合によってはこれからが勝負時なのだと粋がってみてもいいと考えている。

 とかく体調が悪いと、気分まで塞ぎ込んでしまいろくな事がない。そしてその悪循環となるならば目も当てられない始末である。まあ、歳で身体が不調となりがちなのは、当たり前のことと見なし、少なくとも気力を整え充実させることから、良い循環を起動させて行くべきかと考えている。
 そんなことから思い直してみると、 "還暦" という言い慣わしをこんなふうに受け止めてはどうかと、ふと思ったものである。
 つまり、天賦自然で所与の自分の人生は、一応 "消化" し終えたのであり、 "還暦" を迎えた昨日からは、 "人生第二ラウンド" という "お釣り・オマケ" の人生が皮切られたのだと......。
 確かに気取り過ぎた表現かもしれない。が、ちょうどつい先ごろに "禁煙" を断行し、35年もの惰性に決着をつけたことと重ね合わせてみると、ある一時点で何かと訣別するということは、決してあっておかしくはないことだと思える。いや、むしろそうした意図的な訣別のようなものは、時として不可欠なのかもしれない気がする。

 では、これからの人生は、これまでの何との訣別をすることで歩を進めるつもりなのか? 未だよくはわからない。が、少なくとも "お釣り・オマケ" 的人生なのだと口にする以上は、未練、執着をできるだけ抑制して、果敢に挑戦する姿勢で臨むべきであろう。
 ついては、挑戦する対象の姿を曇らせたままにしておくような暢気さは適すまい。詰め将棋ではないが、 "王手" 以外に打つべき手はないと考えて処さなければならない...... (2008.04.20)

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