禁煙をしている自分がいまさらタバコ・ショップでもないのだが、ちょっとわけがあった。いわゆる "刻みタバコ" の "小粋" という銘柄がいきなり気になり始めたからだった。喫煙習慣のある時分には、面白半分にパイプタバコも時々愛用していた。パイプも何本か用意して、特に冬場には、手のひらが温まるのが心地よく吹かしたものだった。
だが、パイプタバコを火が消えないようにパイプで吸い続けるのは、そこそこテクニックが必要で、言ってみれば結構厄介だったのである。
そこで、パイプタバコを "煙管" で吸うというヘンテコなことをやるようになった。 "煙管" だと火も行き届きやすく、比較的 "きつい" パイプタバコもそれなりにまろやかに吸えたりしたからだったのかもしれない。
だが、それはそうとして、振り返ると "煙管" で本来吸うべき "刻みタバコ" をいまだかつて一度も吸ったことがなかった。
あの吉右衛門演ずる鬼平の映像を見ていると、鬼平が在宅する時には必ずといっていいほど "猪口" を傾けているか、 "煙管" で "刻みタバコ" を吹かしているではないか。そんな場面を見慣れている自分が、急に熱燗で一杯やろうとしたことがあっても、 "煙管" で "刻みタバコ" を吹かしてみようと思うことがなかったのは逆に不思議なくらいであった。が、事実一度も試したことがなかった。禁煙を続け、昨今それが落ち着き始めてみてはじめて今回、 "煙管" で "刻みタバコ" を試しておかなくては......、という衝動を俄かに自覚するに至ったのである。もちろん、これがきっかけで禁煙習慣をご破算にしたいとは思っていないのであるが......。
ところが、今時 "刻みタバコ" を手に入れることは中々難しい。そこいらのタバコ屋では販売していないのだ。おまけに、専売公社でも、 "小粋" という一銘柄だけを出しているマイナーな状態となっているようだった。この状況がさらに自分の衝動を煽ることとなってしまった。
そこで、ネット検索に及んだところ、幸いクルマで十数分くらいのタバコ専門店で、それを扱っていることが判明した。
なぜだか、今、この機会を逃したら、この先手に入れようとすればバカバカしい手間を掛けなくてはならなくなるかもしれない、というヘンな脅迫観念が生じていた。
そんなことで、休日の暇にまかせて行ってみようということになったのである。
そのタバコ専門のショップは、名前は "世界......" と称してはいたものの、決して大きな佇まいの店ではなかった。ただ、店内には所狭しと世界中のタバコのカートン箱がひしめくように見受けられた。ところが、店には人影がなかった。
自分は、クルマを路上駐車させていたため何となくあわただしい気分が手伝って、店の奥に声を掛けてみた。すると、
「はぁーい、いらっしゃいませー」
という明るい年配の男性の声が聞こえてきた。
「 "小粋" ありますか?」
「えっ? コイキ? ああ、刻みの "小粋" ね、ありますとも。おいくつ?」
と、応えたのは、頭の禿げ上がった元気そうなおやじさんであった。
「この前ね、ドイツの人が言うんですよ、日本の "刻みタバコ" の刻み方は実に細かくて、一体、どんな機械技術でそうなるのか、と。感心してるんですね。そりゃあ、日本の "刻みタバコ" はまるで糸みたいですもんね......」
と、いう講釈が皮切りとなって、ここから切れ目の無い会話が始まって行くたのであった。タバコ店の利益は十パーセントしかなく、専売公社は儲け過ぎだとかという話もあったようだ......。
とにかく、話好きのおやじさんであることは間違いなく、今、振り返っても、どんな話題が連発したのかを秩序だって思い出せないほどである。
が、自分の方は、話は嫌いではなくまして実に楽しげに語る語り口だったからお付き合いしてみたかったが、なんせ路上駐車が気になっていた。しかし、そんな素振りにお構いない会話が続いてしまったのだった。
漸く、話の途切れ口を掴み退散することにしたのだったが、逆にちょっと悪い気がしたものだった。
どこへ行っても、どんな店に行っても、味気ないビジネスライクな会話で終わってしまうこのご時世にあって、実に人との話を本気で楽しもうとするかのような話し好きの人間と出会うことは久々だったのである。商売人というステイタスも当然あるはずだ。しかし、そうしたステイタスにありながらそれを忘れてしまったり反故にしたりしている者が多くなった現状である。
おそらく、そのおやじさんには何の悩みもないということではなかろう。世の中は、喫煙を犯罪扱いにする風潮が蔓延しているし、また、もうすぐタバコの大幅な値上げも画策されている流れがある。そんな状況で、自身の営む商売が、次第に日陰者扱いとされていくという暗い予感にどんよりと包まれつつあることを感じていないわけでもなかろう。
にもかかわらず、あれだけ活気のある会話をぶち上げられるその元気に、じわーっと感服してしまったということだったのだ...... (2008.11.16)
コメントする