"風" が吹いたから民主党の圧倒的勝利が成ったともっぱら言われている。確かに、小泉内閣時の郵政選挙の際には "まやかしの風" が巻き起こされたかもしれない。
当時のことを振り返ると、 "まやかしの風" の正体は、何あろうマス・メディアの "肩入れ" だったのではなかろうか。 "刺客" だの "改革なくして......" だのとマス・メディアが提灯持ちのバカ騒ぎをしたことがありありと思い起こされる。巨大な業務用扇風機で引き起こされた "まやかしの風" であったわけだ。
日本人が、 "風" だの "空気" だのと得体の知れない作用力に影響を受けやすい体質を持っている点は否定しがたい。 "神風" という言葉を誰もが知っているこの国ならではの文化的特徴のひとつなのかもしれない。
当時のことを振り返ると、 "まやかしの風" の正体は、何あろうマス・メディアの "肩入れ" だったのではなかろうか。 "刺客" だの "改革なくして......" だのとマス・メディアが提灯持ちのバカ騒ぎをしたことがありありと思い起こされる。巨大な業務用扇風機で引き起こされた "まやかしの風" であったわけだ。
日本人が、 "風" だの "空気" だのと得体の知れない作用力に影響を受けやすい体質を持っている点は否定しがたい。 "神風" という言葉を誰もが知っているこの国ならではの文化的特徴のひとつなのかもしれない。
しかし、今回の政権交代を "風" によるものと表現するのはいかにも事実認識を度外視した見解のように思える。やはり足元に客観的事実としての根拠が歴然として存在したことが、有権者の行動にうねりを生み出した。 "風" の作用があったとすれば、そのうねりが一陣の "風" を誘発した可能性はあるだろう。
ところが、 "風" の作用が本格的に生まれるのはこれからではなかろうか。
政権交代によって、一方で何がしかの "期待感" で胸を膨らませる人々がいるとともに、他方では "戦々恐々" としている一群もいそうである。たぶん、この "空気" こそが、少なからぬ影響力を持った "風" を巻き起こすのではなかろうか。
今日の報道で、以下の二点が目にとまった。
そのひとつは、
<民主政権目前、「駆け込み」天下り 農水・厚労OB2人>( asahi.com 2009.09.02)
であり、もうひとつは、
<産経社会部、総選挙めぐり不適切書き込み 自社ページに>( asahi.com 2009.09.02)
である。
前者は、<「官僚の天下りのあっせんの全面禁止」を掲げる民主党政権の発足を前に「駆け込み」とみられる2件の天下りが1日、明らかになった。......>(同上)とあるように、まさに "戦々恐々" としつつも "さもしい" 心根の官僚たちが、コソコソと蠢いているというケースだろう。
また、後者は、とかく保守ベッタリで緊張感を失ってきたマス・メディアの一翼が、本末転倒な行動を仕出かした事実が、暴露されてしまった、というケースだ。この辺の、 "偏った" マス・メディアに対するチェック風潮は強まりそうだ。
こうした事実は、これまでとかく水面下に押し戻されてきた嫌いがあったようだが、これからは、次第に露見確率が高まってくるのではなかろうか。
こうした "空気" とその流れによる "風" こそが、注目するに値する "風" ではないかと思える。
伝えられるところによると、敗北政党の面々は自分たちの敗北を "性懲りもなく" 、わけのわからない "風" のせいにして憚(はばか)らず、再び別の "風" が吹くと期待しているようだ。
そんな方々に言いたいのは、再び別の "風" が吹くことを期待するよりも、今後次第に強まるであろう "逆風" をこそ肌でしつかりと受けとめるべきではないか......、と。
"KY" という好感の持てない表現があったが、敗北政党の面々は基本的に "KY" s("KY" 団体)であるのかもしれない...... (2009.09.02)
ところが、 "風" の作用が本格的に生まれるのはこれからではなかろうか。
政権交代によって、一方で何がしかの "期待感" で胸を膨らませる人々がいるとともに、他方では "戦々恐々" としている一群もいそうである。たぶん、この "空気" こそが、少なからぬ影響力を持った "風" を巻き起こすのではなかろうか。
今日の報道で、以下の二点が目にとまった。
そのひとつは、
<民主政権目前、「駆け込み」天下り 農水・厚労OB2人>( asahi.com 2009.09.02)
であり、もうひとつは、
<産経社会部、総選挙めぐり不適切書き込み 自社ページに>( asahi.com 2009.09.02)
である。
前者は、<「官僚の天下りのあっせんの全面禁止」を掲げる民主党政権の発足を前に「駆け込み」とみられる2件の天下りが1日、明らかになった。......>(同上)とあるように、まさに "戦々恐々" としつつも "さもしい" 心根の官僚たちが、コソコソと蠢いているというケースだろう。
また、後者は、とかく保守ベッタリで緊張感を失ってきたマス・メディアの一翼が、本末転倒な行動を仕出かした事実が、暴露されてしまった、というケースだ。この辺の、 "偏った" マス・メディアに対するチェック風潮は強まりそうだ。
こうした事実は、これまでとかく水面下に押し戻されてきた嫌いがあったようだが、これからは、次第に露見確率が高まってくるのではなかろうか。
こうした "空気" とその流れによる "風" こそが、注目するに値する "風" ではないかと思える。
伝えられるところによると、敗北政党の面々は自分たちの敗北を "性懲りもなく" 、わけのわからない "風" のせいにして憚(はばか)らず、再び別の "風" が吹くと期待しているようだ。
そんな方々に言いたいのは、再び別の "風" が吹くことを期待するよりも、今後次第に強まるであろう "逆風" をこそ肌でしつかりと受けとめるべきではないか......、と。
"KY" という好感の持てない表現があったが、敗北政党の面々は基本的に "KY" s("KY" 団体)であるのかもしれない...... (2009.09.02)
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