現在進行中だとされる "とある事実" のことを考えると、次のような慣用句を思い浮かべてしまう。
"地獄への道は善意で敷き詰められている" が一つであり、もう一つは、 "悪貨は良貨を駆逐する" である。
前者の意味は、最悪の状況である "地獄" というものに至るプロセスは、必ずしもそれに見合ったような、あるいはその "地獄" を予感させるような恐ろしい踏み石で成り立っているのではなくて、むしろ誰もがありがたがるようなもの(善意)によって構成されている場合がある、ということだ。逆説的表現なのではあるが、痛烈に真理に迫っているようだ。
後者は、世の常として、金銀の含有量が少なかったりする価値の薄い硬貨(悪貨)は、その逆で実質的価値のある良貨が手元に仕舞い込まれがちなために、盛んに市場に流通してしまい、市場での流通量が支配的となる、というほどの意味であろう。そこから、概観が同様であるようなモノであれば、問題含みなものほど世に広まるのが速いという現象などを揶揄する際に使われるようだ。
"地獄への道は善意で敷き詰められている" が一つであり、もう一つは、 "悪貨は良貨を駆逐する" である。
前者の意味は、最悪の状況である "地獄" というものに至るプロセスは、必ずしもそれに見合ったような、あるいはその "地獄" を予感させるような恐ろしい踏み石で成り立っているのではなくて、むしろ誰もがありがたがるようなもの(善意)によって構成されている場合がある、ということだ。逆説的表現なのではあるが、痛烈に真理に迫っているようだ。
後者は、世の常として、金銀の含有量が少なかったりする価値の薄い硬貨(悪貨)は、その逆で実質的価値のある良貨が手元に仕舞い込まれがちなために、盛んに市場に流通してしまい、市場での流通量が支配的となる、というほどの意味であろう。そこから、概観が同様であるようなモノであれば、問題含みなものほど世に広まるのが速いという現象などを揶揄する際に使われるようだ。
もったいぶった言い方をしているようだが、実は "とある事実" というのは、このデフレ傾向下の "安売り競争" が仕掛け始めた "格安PB(プライベートブランド)" のことなのである。
ちなみに、 "PB(プライベートブランド)" とは、 "NB(ナショナルブランド)" に対置する言葉だ。
"NB(ナショナルブランド)" とは、従来からの、通常の一般的商品のことであり、通常のメーカーが "メーカー主導" で商品を製造して、[メーカー]→[卸売]→[物流]→[小売]という流れで消費者の手に届く商品のことだ。
これに対する "PB(プライベートブランド)" とは、 "大手小売り、中小のスーパー、ディスカウントストア" などの【小売】が "主導的(企画的)" な役割を果たして、価格設定やスペック吟味に関する発注依頼に応じる[メーカー]と契約して、それで製造されて市場に並ぶ商品のことだそうである。
そして、【小売】←[物流]←[メーカー]という流れが "企画" され、[卸売]のステップも "中抜き" される。その理由は唯一 "低価格化=コスト削減" が狙いのためであり、もちろん、売れる(捌ける!)と想定された【小売】価格のために[メーカー]、[物流]の各段階のコストも限界(を超えて)まで引き下げられることになる。
先ず、なぜこうした "逆流的現象" が成り立つようになったかに関心が向くはずだ。
金融危機以降、モノが売れなくなる中で、消費者のニーズを最も吸い上げやすい【小売】業者が "価格決定" をリードするような状況、が生まれたからだと分析される。
振り返れば、こうした現象は金融危機以前にも、 "ITバブルが弾けた頃" にすでにその先駆けがあったとも思われる。
まさに、 "モノが売れなくなる中で、消費者のニーズを最も吸い上げやすい【小売】業者" であった "大手家電量販店" などが、IT・家電製品メーカーをさしおいて実質的な "価格設定" 権を持ち始めていた現象のことである。大手家電メーカーでさえ、コスト割れギリギリの圧縮された価格設定に泣いていたと聞いている。
そして、今、モノが売れないデフレの中で、食料品や身の回り生活品などのジャンルで、この流れが本格化したというわけなのであろう。
こうした "格安PB(プライベートブランド)" が市場を席巻する状況は、一般消費者にとっては一見、好ましく、ありがたいことのように思われる。
しかし、何度も書いてきたように "デフレ" やそこでの "安売り競争" は、結局、一般消費者に "時間差攻撃" を及ぼすのである。つまり、世の中には消費者という立場のみでいられる者はいないのであり、消費者ないしその家族は何らかの生産者(勤労者)組織(会社など)に属さざるを得ない。
となれば、生産(メーカー、物流、小売など)現場での過激なコスト削減は、そこで働く者たちの人件費を削減、賃金大幅カットを招来せざるを得ず、消費者の家計を直撃することになるわけだ。
すでにこの "悪循環" の跡が見受けられるというのが "デフレ" 現象なのであり、さらにこの "悪循環" が深刻化すると "デフレ・スパイラル" というきわめて厄介な経済現象に突入する。
日本経済は平成13年前後、 "デフレ・スパイラル" 的状況に陥っていると懸念され、失業者の増加と倒産が相次いだわけだ。この現象の厄介さとは、いったんこの "デフレ・スパイラル" に陥ると、抜けだすのが難しくなることだと言われている。そして、いま日本経済は再びこの "デフレ・スパイラル" に陥る懸念が高まっているようだと......。
しかし、 "格安PB(プライベートブランド)" 商品は、こうした危機への傾斜を促進させると懸念されつつも、こうした水準のものしか買えない庶民が多いことも否定できない事実であろう。消費者庶民の歓迎の上に成り立っている商品なのである。
評価眼が成熟している消費者庶民に受け容れられているのだから、決してこうした商品が劣悪だとは考えられない。だからこそ、冒頭で書いた慣用句に行き当たるのである。
ただ、この "格安PB(プライベートブランド)" 商品の路線が、 "デフレ" 現象のマイナス面を "増幅" させて、 "将来に禍根" を残し続けていることも否定できないようだ。これについては、各論として別の日に回したい。
実は、このテーマを書くきっかけとなったのは、毎度のことであるが、TVの報道番組<『追跡!A to Z「安売り競争は何をもたらすのか?」(NHK 2009年 11月28日)>であった。多くを学ばせてもらったのだが、書き残したことも別の日に書く予定だ...... (2009.12.03)
ちなみに、 "PB(プライベートブランド)" とは、 "NB(ナショナルブランド)" に対置する言葉だ。
"NB(ナショナルブランド)" とは、従来からの、通常の一般的商品のことであり、通常のメーカーが "メーカー主導" で商品を製造して、[メーカー]→[卸売]→[物流]→[小売]という流れで消費者の手に届く商品のことだ。
これに対する "PB(プライベートブランド)" とは、 "大手小売り、中小のスーパー、ディスカウントストア" などの【小売】が "主導的(企画的)" な役割を果たして、価格設定やスペック吟味に関する発注依頼に応じる[メーカー]と契約して、それで製造されて市場に並ぶ商品のことだそうである。
そして、【小売】←[物流]←[メーカー]という流れが "企画" され、[卸売]のステップも "中抜き" される。その理由は唯一 "低価格化=コスト削減" が狙いのためであり、もちろん、売れる(捌ける!)と想定された【小売】価格のために[メーカー]、[物流]の各段階のコストも限界(を超えて)まで引き下げられることになる。
先ず、なぜこうした "逆流的現象" が成り立つようになったかに関心が向くはずだ。
金融危機以降、モノが売れなくなる中で、消費者のニーズを最も吸い上げやすい【小売】業者が "価格決定" をリードするような状況、が生まれたからだと分析される。
振り返れば、こうした現象は金融危機以前にも、 "ITバブルが弾けた頃" にすでにその先駆けがあったとも思われる。
まさに、 "モノが売れなくなる中で、消費者のニーズを最も吸い上げやすい【小売】業者" であった "大手家電量販店" などが、IT・家電製品メーカーをさしおいて実質的な "価格設定" 権を持ち始めていた現象のことである。大手家電メーカーでさえ、コスト割れギリギリの圧縮された価格設定に泣いていたと聞いている。
そして、今、モノが売れないデフレの中で、食料品や身の回り生活品などのジャンルで、この流れが本格化したというわけなのであろう。
こうした "格安PB(プライベートブランド)" が市場を席巻する状況は、一般消費者にとっては一見、好ましく、ありがたいことのように思われる。
しかし、何度も書いてきたように "デフレ" やそこでの "安売り競争" は、結局、一般消費者に "時間差攻撃" を及ぼすのである。つまり、世の中には消費者という立場のみでいられる者はいないのであり、消費者ないしその家族は何らかの生産者(勤労者)組織(会社など)に属さざるを得ない。
となれば、生産(メーカー、物流、小売など)現場での過激なコスト削減は、そこで働く者たちの人件費を削減、賃金大幅カットを招来せざるを得ず、消費者の家計を直撃することになるわけだ。
すでにこの "悪循環" の跡が見受けられるというのが "デフレ" 現象なのであり、さらにこの "悪循環" が深刻化すると "デフレ・スパイラル" というきわめて厄介な経済現象に突入する。
日本経済は平成13年前後、 "デフレ・スパイラル" 的状況に陥っていると懸念され、失業者の増加と倒産が相次いだわけだ。この現象の厄介さとは、いったんこの "デフレ・スパイラル" に陥ると、抜けだすのが難しくなることだと言われている。そして、いま日本経済は再びこの "デフレ・スパイラル" に陥る懸念が高まっているようだと......。
しかし、 "格安PB(プライベートブランド)" 商品は、こうした危機への傾斜を促進させると懸念されつつも、こうした水準のものしか買えない庶民が多いことも否定できない事実であろう。消費者庶民の歓迎の上に成り立っている商品なのである。
評価眼が成熟している消費者庶民に受け容れられているのだから、決してこうした商品が劣悪だとは考えられない。だからこそ、冒頭で書いた慣用句に行き当たるのである。
ただ、この "格安PB(プライベートブランド)" 商品の路線が、 "デフレ" 現象のマイナス面を "増幅" させて、 "将来に禍根" を残し続けていることも否定できないようだ。これについては、各論として別の日に回したい。
実は、このテーマを書くきっかけとなったのは、毎度のことであるが、TVの報道番組<『追跡!A to Z「安売り競争は何をもたらすのか?」(NHK 2009年 11月28日)>であった。多くを学ばせてもらったのだが、書き残したことも別の日に書く予定だ...... (2009.12.03)
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