昔、ジャン=ポール・ベルモンド主演の『気狂いピエロ』という凄まじい映画(ジャン=リュック・ゴダール監督/日本公開は1967年)があった。ラスト・シーンは、顔にペンキを塗りたくり、その顔にダイナマイトを巻きつけて自爆死するのだ。
ストーリーの詳細は失念したが、とあるワンシーンだけは鮮明に覚えている。それは、ベルモンドが、馬鹿でかいフランスパン丸ごとを抱え、その隅にわずかなバターを付けてかぶりつくシーンである。とても、すべてを食い尽くすことなぞできるわけがないにもかかわらず、さも一気に挑み切るごとき気概だけは溢れさせていたのだ。
その光景がおかしいと言うか、挑戦的だと言うか、あるいは哀れというか......。きっと、ゴダール監督はそのシーンにこの映画のエッセンスを埋め込んだような気がしたものであった。
このシーンの記憶はその後幾たびも思い起こしてきた。無謀をそれとして受け止めずにあっけらかんとした表情で向かう者に、妙に愛しさめいたものを感じてしまうからであろうか......。
で、今現在、われわれは、 "馬鹿でかいフランスパン" に決して引けを取らない、いや比較にならないと言うべきか、そんな困難で複雑な時代状況に遭遇している。
そして、この時代状況は、それらを写し撮ろうとする "情報" 環境の "爆発的肥大化" と相俟って、事態全体を途方もなく捉えにくいものとしていそうである。昔の人たちならば、さしずめ "鵺(ぬえ。日本で伝承される妖怪や物の怪である伝説の生物。この意が転じて、得体の知れない人物をいう場合もある。)" とでも呼びそうである。
"鵺" もどきの状況を、先ずは、秩序づけようとする構えは持っているのであろうが、実のところ "混迷を増す" 結果へと加速させているとも見えるのが、 "情報" 環境自体であり、その "爆発的肥大化" だと言えなくもなさそうだ。
「情報爆発」という言葉があるようだ。急激な増大や上昇の現象を "ブレイク" すると表現するそのニュアンスと同種の言い回しと考えてよさそうだ。
とにかく、情報量は急激に肥大化しているようである。
<【喜連川教授】これまでとは、情報量の感覚がぜんぜん変わってきています。そもそもその量を原理的に計測できるのかさえはっきり分かりません。比較的分かりやすい推測方法が、どれだけハードディスクが売れたかです。IDCの最新レポート(第3回で紹介)では2010年に、1ゼッタ・バイト(*) になると予測してます。米国のカリフォルニア大学サンディエゴ校が2009年11月に出したレポートには、2008年に米国で消費された情報量は3.6ゼッタ・バイトだったと書いてあります。
1でも3.6でもいいのですが、ゼッタ・バイトの時代に入ったなというのが、情報処理に携わる人間の肌感覚です。21世紀に入ってからの増え方が尋常ではなく、わずか10年の間に、まさにケタ違いの領域に入ってきているのです。
(*) 1ゼッタバイトは10億テラバイト。10億人が年間1テラバイトの情報を扱う総量に相当する。1テラバイトは1024ギガバイト。ペタバイトは 1024テラバイト>(「情報爆発 第4回 生みの親に聞く「情報爆発」 ~前編~」)
なお、こうした状況を「情報爆発」というキーワードで表現し、<「情報爆発時代に向けた新しいIT基盤技術の研究」という文部科学省の研究プロジェクト(特定領域研究)を率いてきたのが、東京大学・生産技術研究所の喜連川優教授>だそうだ。
以前、この研究室かと思しき "検索ロボット" の足跡が、当サイトのログに残っていたことがあったので、な~るほど! と納得させられた次第でもある。
同教授によると、この「情報爆発」は今後さらにエスカレートすると言う。
<【喜連川教授】今、ツイッターが流行っていますね。あれも、世界中で何十億人という人が140文字でどれだけつぶやいたとしても、その情報量はたいしたことないんです。人ではなく、機械がしゃべる量の方がはるかに多い。すでに始まっていますが、今後、各種センサーが世の中にばらまかれていきます。ロンドンに行けば監視カメラがそこかしこにありますが、それが現代社会です。これからは各種センサーがますます多くの情報を生産していくことになるでしょう。
研究者の中には「この調子では膨大な情報に押しつぶされそうになるから、いかに情報を整理して、人間が活用できるようにするか」を考えている人もいます。しかし、今後を見据えた場合、センサー情報も含めた「膨大な情報から価値のあるしずくの一滴をいかに絞り出すか」が重要なポイントになってくる。これが情報爆発という言葉を定義したときのイメージでした。>(同上サイトより)
今や誰もが、この "趨勢" については了解していると思われる。だが、この事態はただでさえ混迷を深めている時代環境を、一体どこへと誘導して行くのかが、最も気になるところだろう。好ましい便利さだけが増えて行くというわけには行かないことを、一部の人々は気づき始めていそうだ。
"馬鹿でかいフランスパン丸ごとを抱え、さも一気に挑み切るごとき気概" の、そんなチャレンジャブルな現代人たちが、事もあろうに "自爆死" という最悪のシナリオに至らないことを祈るばかりだ...... (2010.04.09)
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