"米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)移設問題" で、<政府は、同県名護市のキャンプ・シュワブ沿岸部に、埋め立てからくい打ち桟橋方式に工法を変更して滑走路を建設する現行計画修正案に、鹿児島県徳之島へのヘリ部隊の一部移転などを組み合わせた案を固めている。>(「鳩山首相、4日沖縄入り=移設案提示へ詰め、防衛相らと-普天間」/2010/05/03-15:18)と報道されている。
この "政府案" で決着されるのかどうかさえ流動的だと思われるが、如何にも「"悔い" 残す!」かたちのように見えてならない。ダジャレなんぞ言っている場合ではないが、ダジャレとは言い切れないリアルさが垣間見える。
先ずは「"杭" 残す!」という<くい打ち桟橋(QIP)工法>の修正案は、<安全、コスト、環境に難点>があり過ぎるようなのだ。
<再浮上したくい打ち桟橋 安全、コスト、環境に難点 2010年5月 2日
普天間飛行場移設問題で、政府が辺野古沿岸部へのくい打ち桟橋(QIP)方式案による滑走路を建設する案で決着しようという動きを強めている。政府が「環境に優しい」とする同案は、既に日米特別行動委員会(SACO)最終報告のころに、普天間飛行場代替施設協議会で検証され、安全面やコスト面で不採用となった案だ。環境面でも影響が大きいとの指摘もある。
「本当に無理なのか」。4月30日に官邸で民主党の喜納昌吉参院議員と面談した鳩山由紀夫首相は、喜納氏からQIPは無理だとの言葉を聞き、驚いた表情を見せたという。QIP案で県民は納得する―。そんな誤った情報が首相に挙げられていたことをうかがわせる。
2001年にくい打ち案を含む3工法8案が提示された際も、藻場の減少や工事中の騒音などの影響で、ジュゴンの生態に影響することが予想され、地元から反発も起きていた。
今回、くい打ち桟橋案が再浮上する過程で、「埋め立てより影響が少ない」との声が政府内外で上がった。これに対し自然保護団体は、藻場が桟橋方式の滑走路で覆われ光が遮断されると光合成の阻害が起こって藻場が消失し、藻場や砂地を利用する貝類や甲殻類がいなくなると指摘している。
◆02年、協議会で却下 埋め立てが現実的と判断
普天間飛行場移設問題で政府が最終調整している辺野古沿岸部へのくい打ち桟橋(QIP)工法は、2001年に普天間飛行場代替施設協議会で政府が提案し、採用されなかった経緯がある。同協議会で政府は県側にQIPや「埋め立て工法」など3工法8案を提案し、「埋め立て工法」に決まった。安全面や維持管理費などから、QIPより「埋め立て」の方がより現実的と判断されたようだ。
QIPは1996年の日米特別行動委員会(SACO)最終報告のころ、浮上し、01、02年に代替施設協議会で検討された。
政府は当時、QIPについて約2600メートル級でくい支柱を8750本打つリーフ内案と、同級でくい支柱を3564本打つリーフ外案を提示。しかし、同規模の建設実績は世界的になく、技術的観点から安全面での確証が得られないとして却下された。
当時の計算で、建設費は埋め立てが1400億~9700億円であるのに対し、QIPは4800億~1兆円と高額。維持費も埋め立てに対しQIPは2~4倍かかるとされた。
一方、県内でも建設業界関係者が水面下で活発に動き、より地元に恩恵があるのは「埋め立て」との見方もあった。......
02年7月の代替施設協議会で基本計画が策定され、沖合2・2キロメートルを埋め立てる案に決まった。>(「再浮上したくい打ち桟橋 安全、コスト、環境に難点」/2010年5月 2日)
この記事を読む限りでも、<くい打ち桟橋(QIP)工法>がベストだとは到底納得できるものではない。あたかも、<県内でも建設業界関係者が水面下で活発に動き、より地元に恩恵があるのは「埋め立て」との見方>に対する "当て馬候補" のごとく見えてしまうのである。
なのに、ここに来て<再浮上>というのは解せない。 "下衆の勘ぐり" でしかないが、まるで「埋め立て」案で狂奔して来たであろう勢力に、利権を "食い尽くさせない" ように、「 "食い" 残す?」手立て、仕打ちを講じようとしているかのようにさえ見える。誰がどうだとまでは......。
それはそれで首肯できたとしても、そんな "政局" レベルでの選択がなされたのでは、沖縄県民ならずともたまらない。県外移設なら県外移設を貫き通すべきだろうし、そのために対米関係のの見直しが必要ならば、持って回らずに正面突破すべきであろう......。
何がどうなっているのか、わだかまる気分でこの "米軍普天間移設問題" を振り返ってみた時、ひとつの気になる過去の新聞報道記事に遭遇した。
同問題に関する "米国側の当初の意向" に関するものなのである。かねてより、 "沖縄問題" に関しては、米国側の軍事戦略的視点もさることながら、日本政府側のいわゆる "思いやり予算的" スタンスが気になってしかたがなかった。
下記の新聞報道記事は、この辺の事情を遅ればせながらわずかに照らし出すかのように思えたのである。現在、自民党前政権は、この問題に関しては "涼しい顔" をしているが、すべての "負の種" は、その当時にビルトインされたとしか見えないのである。
<普天間飛行場:米「代替なしで返還も」 日本に打診 [毎日新聞2004年2月13日]
米側が代替施設の建設を米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)返還の条件としない意向を日本政府に打診していたことが12日、明らかになった。日米特別行動委員会(SACO)最終報告に盛り込まれた代替施設建設合意の見直しを意味し、普天間問題が動き始める可能性が出てきた。米国防総省の進める米軍の変革・再編の一環として、米空軍のハブ(拠点)空港となっている同県内の嘉手納飛行場に基地機能を統合し、沖縄駐留海兵隊の一部や訓練場所をグアムやフィリピンに移す案が検討対象になる見通しだ。ただ、沖縄県内には名護市沖の代替施設建設の経済効果に期待する声も少なくないため、外務省は慎重に状況を見極める構えだ。
日米関係筋によると、昨年11月、沖縄県を訪問したラムズフェルド国防長官が市街地の真ん中にある普天間飛行場を上空から視察。国防長官は「こんな所で事故が起きない方が不思議だ。代替施設の計画自体、もう死んでいる」と指摘し、96年12月のSACO最終報告の見直しを国防総省に指示したという。国防長官の意向は昨年末、外務省と防衛庁にも非公式に伝えられた。しかし、昨年12月26日、外務省の海老原紳北米局長は小泉純一郎首相に「米軍の変革・再編は沖縄に関係しない」と説明した。
先月13日、海老原局長が国防総省を訪問した際にも、ロッドマン国防次官補が「普天間問題を何とかしたい。SACO合意の見直しを検討できないか」と提案。さらに今月3日夜、外務省の竹内行夫事務次官との「戦略対話」を終えたアーミテージ国務副長官が東京都内でひそかに石破茂防衛庁長官と会談し、「SACO最終報告の見直しを検討したい」と協議の開始を求めたという。
普天間飛行場の返還は96年4月、橋本龍太郎首相(当時)と駐日米大使の間で合意。SACO最終報告に「十分な代替施設」の建設を前提とした5~7年以内の返還が明記された。代替施設は02年7月、同県名護市辺野古岬沖に埋め立て工法による滑走路2000メートルの規模で建設する計画が決まった。建設費3300億円、9年半の工期が見込まれているが、県側が15年の使用期限を設けるよう求めたことなどがネックになって着工のメドが立っていない。
◎ことば=SACO
95年9月、沖縄で起きた米海兵隊員による少女暴行事件で反基地感情が高まり、日米両国政府は在日米軍施設の整理・統合・縮小を協議する機関として同年11月、日米特別行動委員会(SACO)を設置。SACOは96年12月、普天間飛行場(約480ヘクタール)など6施設の全部と北部訓練場など5施設の一部の返還などを盛り込んだ最終報告をまとめた。[毎日新聞2004年2月13日]>(「報道の隙間から、真実は見えてきます。」/『普天間飛行場:米「代替なしで返還も」 日本に打診』[毎日新聞2004年2月13日])
昨今は、既存マス・メディアでさえ、10年、20年のヒストリーさえまともに回顧・参照せずに付和雷同を決め込んでいるかのようだ。少なくとも、国民が国の将来を合理的に、クールに考えられる判断材料を適切に提供すべきではなかろうか...... (2010.05.04)
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