"セルフ・パブリッシング" という "本命" ステージにさっさと突き進めばいいものを、相変わらず "紙" 書籍を "裁断機" でバラし、"Scan Snap 1500" をフル稼動させるといった "自炊作業" にも余念がない。
そればかりではなく、そうしてバラした "紙" 書籍の残骸を、再度 "綴じる!" といった極め付けのバカまでやっている始末である。
と言うのも、昨今では購入したばかりの新刊本を、より効果的に "精読(?)" せんがためとばかりに、思い切って "解体作業"("自炊作業") を敢行しているのである。
で、古い "蔵書" 類の残骸に関しては無造作に処分してしまうのであるが、読みかけの新刊本に対しては何となく "未練" が残ってしまう始末なのだ......。
そうこうしているうちに、"PDF 電子書籍" 化作業の過程で、"原本" を参照しなければならない羽目となった。ビニール袋に入れて一時保管しておいた残骸の "原本" を時々手にすることに相成ってしまったのである。
そうなると、 "バラバラ" となった "原本" をまさぐるのが、何とも煩わしく思えてくるのだった。そこで、じゃあ......、と思いついたのが、従来から幾度も使ってきたあの "とじ太くん(製本機)" だったのである。
"とじ太くん" とは、書籍の背を"裁断" してしまって、書籍をバラバラなページの束に換えてしまう "自炊作業" とは、まさしく "正反対" の役割を果たす、そんな道具なのである。
表表紙と裏表紙の間の背に当たる帯状の部分に何らかの接着樹脂が施されていて、そこにページの束を差し込み、その部分を加熱するという仕組みなのだ。これで、ページの束の片側が接着樹脂によって固定接着されるというわけである。
その接着強度は、市販本のその部分の強度にまさしく匹敵するところが凄く、ページを捲る動作なんぞで剥がれてくるようなことはまず起こらない。
そうこうして、元どおりに "製本" されて "書籍" 然となったものを手にしてみると、奇妙に "懐かしい" 気分となってしまうから、それが何とも可笑しい。
何も、バラバラにして光学機器の光線なんぞ浴びせなくても良さそうなものじゃないか......、という "罪悪感" めいたものが忍び寄ってくるのも、また可笑しい。
さらに最終的には、一体自分は何をやっているんだろうか......、と思うに至ると、そうした "可笑しさ" の感覚がやがて、えも言われぬ "虚しさ" へと変わってゆく...... (2010.10.12)
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