学習に励む者たち(学生、受験生......)は、寸暇を惜しみ、どこででも参考書や教材を広げて暗記なりしたいものであろう。今どき、そうでもないかな......。
昨日、"電子書籍" 制作で企画して良さそうなもののアイディアは、"自炊" 派たちが "バラして、血祭りにあげている(?)" 本にどんなものがあるか、それを辿るのも一法だと書いた。
そんなことを考えつつ髣髴(ほうふつ)として浮かんでくるもののひとつに、領域は問わないが、"教材" というものがありそうだと密かに(?)考えたのだった。
現在のビジネス関係者たちは目敏いので、多分、すでに出版関係者の間で "企画案" として煮詰められている気がしないでもないが......。
もちろん、ビジネス関係者たちの "本命" は、 "小・中・高校" の "教科書" だと思われる。ちなみに、今夏には次のような記事もあった。
< 総務省は早速、10年度に10億円の予算を獲得。今秋メドで東日本5校、西日本5校の公立小学校を対象に、1人1台のタブレットPCの配布や無線LAN環境の構築などの実証を開始する。文部科学省も4月に有識者による「学校教育の情報化に関する懇談会」を立ち上げ、議論を進めている。......
民間でも、7月に「デジタル教科書教材協議会」が発足する。発起人にはマイクロソフトの樋口泰行社長やソフトバンクの孫正義社長等が名を連ねる。......
普及は着実に進んでいる。すでにデジタル化されている東京書籍の中学校英語教科書『NEW HORIZON』では「デジタル教科書の利用校がここに来て急増した。紙の教科書採用校の2割が活用している」(ソフトウェア制作部長の市川寛氏)。......>(「2015年には全面導入! 教科書デジタル化で爆発するか電子書籍――急速に議論が進むデジタル教科書の導入。電子化を加速する陰の起爆剤だ。」/週刊東洋経済 2010.7.3 )
まあ、スケールの大きい "教科書デジタル化" のような動きはおくとして、しかしこの時代、"学習に励む者たち" の "種は尽きまじ"(石川五右衛門のセリフではないが......)という状況は誰でもが見聞しているところだ。そんなところから、いくらでも "教材" 関連の "企画" はできそうではなかろうか。むしろ、民間の、いや巷の "セルフパプリッシャー" の関心事はこちらの方にあると言うべきであろう。
確かに、いわゆる "教材" というと、"紙の書籍" が何かというと寄り縋(すが)りがちな "権威(執筆者・監修などの権威)" という "ボトルネック" がないわけではない。別に "権威" というものが、受験生などの学習をはかどらせてくれるものではないにもかかわらず、"権威" 付けが幅を利かせているのが実情であろう。特に、低年齢層はそんな観点からの "お仕着せ" で "教材" などを手にしていると推定される。
では、"権威の丸腰" である "セルフパプリッシャー" たちには "出る幕がない" のであろうか? たとえ、"フラット化" 時代にあっても、"出る幕がない" のだろうか?
多分、この判断いかんが "分水嶺!" になりそうだ。
もし、"教材" などには "権威" というものが必須だから手を出すべきではない、と一度(ひとたび)判断したならば、"小説" は "芥川賞・直木賞" を取った作家たちの話だと思わざるを得なくなってしまうだろうし、さらに、ひと(他人)様に読んでもらえるような文章を書くなんて自分には到底できないということになってしまい、いつの間にか、限りなく譲歩と後退の一途を辿ることになってしまうのではなかろうか......。
自分は、"電子書籍" とは、こうした "権威" の "虚像" を前にしてズルズルと "後退" させない、いわば "つっかえ棒" 的な存在なのだと思うようにしている。
"電子書籍" の "コア(核)" とは、誰でもが "本を出版できる" という点にこそあるのに違いないのであり、今さら "権威" の "虚像" にビクつくことなぞがあってはならない、と......。
そこが "紙の書籍" のように、さも "権威" が必須であるかのように見なす宿命にある商品と、"電子書籍" が大きく異なる点のはずではなかろうか、と。
そもそも、"紙の書籍" が振りかざす "権威" とは、"コスト" 倒れとならずに資金回収を達成せんがために、"売れる可能性" の担保として何でも欲しいわけであり、そのひとつに "権威"(="信奉者" は買うに違いないとの浅読み?)が選ばれている、と考えてみてはどうであろうか......。まったく、出版社は銀行の融資担当部門と同じことをしているとしか思えない......。
ところが、時代環境は、あらゆる事態が "フラット化" の高波に飲み込まれつつあり、"紙の書籍" もその煽りも受けて(それだけでもなさそうだが......)、"執筆者の権威" や "書籍としての権威" を振りかざしてみても一向に売り捌けなくなってしまった。"返本" の山がまるで "丘" のごとくだとも聞いたりする。
"紙の書籍" の "権威" という本質的な問題に接触したため、つい寄り道をしてしまったようだ。
今日書きたかったのは、 "ePub" にせよ "PDF" にせよ、"電子書籍" スタイルの書籍は、きっと学習する者に大いに好感を持ってもらえる、そんな "教材" を制作することが十分に可能だという、そんな見通しであった。この詳細についてはまた日を改めることにしたい...... (2010.11.19)
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