米国のニュース雑誌タイム "Time" では、その年もっとも活躍した人物や、世界に影響を与えた人物を「今年の人」/"Person of the Year"として選出して来た。そして、2011年の「今年の人」は、特定の個人ではなく、抗議活動(デモ)の参加者を意味する "The Protester(「抗議者」)" が選ばれたという。<中東の民主化運動「アラブの春」や、反格差社会デモ「ウォール街を占拠せよ」など世界各地のデモに参加する「抗議者」>(下記引用記事より)のことを指すようだ。
2006年には「あなた」"You"が選ばれ、ブログやSNSなどの台頭で個人の情報発信者が主役だったことを意味し、去年2010年はフェイスブックの創始者が選ばれているそんな文脈を見ると、現代という時代に影響を与え続けている "ソーシャルメディア" の存在がいよいよ鮮明となってきたという印象が強い。
だが、世界のこうした "率直なアクション" とそれへの賛同に比べて、やや気になるのは国内の "煮え切らない(?)空気" だと言うべきか......。問題の焦点は、"為政者" たちの体たらくだと言っても虚しい。そんなことは分かり切った事実だからだ。
むしろ、彼らを "使い切る" ことができないわれわれ側の "力不足" なのだと考えた方が妥当ではなかろうか。ハイエンドのIT環境を "ソーシャル・グッド" に向けて "使い切れない" のと同様に......。
つまり、世界各国と同じインフラ環境を持ちながらも、一向に "最悪の現状" に対する「抗議者」としては立ち上がれない、そんなわれわれこそがちょっと "変わり者" ではないかと......。この国だけが "別天地" ならまだ話も分かる。
しかし、"別天地" は "別天地" でも、今や世界最悪の "別天地"(№1 債務国!)なのであり、その現実的な財政破綻が刻々と迫っているにもかかわらず......。
価値観の多様化、価値の相対化という "泥沼" 環境では、"ああ言えば、こう言う" 式のリアクションが充満していて、自己主張一つ難しくなっているのかもしれない。まして、エスタブリッシュメント(既存体制)への "抗議" なぞは "圏外!" 的出来事なのかもしれない。
であるからこそ、"The Protester(「抗議者」)" が秘める希少価値が、"ストップ高" へと上りつめているのであろう......。
<米誌タイム、今年の人「抗議者」 世界各地のデモ参加者選定
【ニューヨーク共同】米誌タイムは14日、年末恒例の「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」に、中東の民主化運動「アラブの春」や、反格差社会デモ「ウォール街を占拠せよ」など世界各地のデモに参加する「抗議者」を選んだと発表した。
「今年の人」は特定の人物を選ぶのが通例だが、今回は不特定多数が対象となった。過去には06年、個人がインターネットを通じて情報を自由にやりとりし、世界に大きな影響を与える時代になったとして、一般市民を指す「あなた」が選ばれた例がある。
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( 米誌タイム、今年の人「抗議者」 世界各地のデモ参加者選定/【共同通信/2011.12.15 )
それにしても、時代環境は、益々「抗議者」を生み出す火種には事欠かない、そんな問題山積の環境へと突き進んでいる。きっと米誌 "Time" は、"抗議" が2011年に限られた一過性の出来事だとは見ていないはずである...... (2011.12.17)
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