世界一巨額の財政赤字=「国の借金」の凄まじさは、今さら始まったわけではなく、とっくに周知の事実となってきた。
むしろ、注意を向けるべきは、何故、今、"財務省" がこの事実をセンセーショナルに "公表" する必要があるのかという点であろう。
聡明な国民が気づくのは、次の点であるに違いない。この "公表" によって、いよいよ政府が国民に "痛みを強いる" 具体的アクションを起こすための、その "世論作り" に着手し始めた! ということだ。
"圧倒的な数を制覇" した政府与党(=霞が関官僚機構)といえども、やはり "世論" を味方にしておいた方が無難だとする狡猾な計算が働くのであろう。
それもそうだろうと思われるのは、政府与党にも何ら懸念がないわけでもないからである。
経済再建・成長を謳い文句にしたアベノミクス政策は、財政再建よりも経済成長が先だとの思い込みから、むしろ財政赤字を上塗りするかたちで財政支出を増大させてきた。しかし、これで経済成長が軌道に乗るならばまだしも、現状の経済状況は、クールに評価するならば不透明な未知数的状況以外の何ものでもない。
株価(円相場)とて不安定そのものであるし、打ち出された成長戦略が有効化したり、奏功したりしているとの客観的評価は乏しい。
しかも、相変わらず国民による景気回復の実感は行き渡らず、むしろ諸物価の値上がりで生活実感の悪化さえささやかれているあり様だ。
であるがゆえに、ここに来て、消費増税/社会保障費削減の実施が追い打ちをかけてくるならば、どのような事態が生まれるかは不安材料以外ではないはずである。
国民による購買意欲(需要)の落ち込みが導かれてしまうならば、貧弱な景気回復力などはひとたまりもなくなるのではなかろうか......。
こんな不安定この上ない状況が、別に政府与党ではなくとも一般国民の目からでさえ見えてしまうのが現状であるに違いない。
だからこそ、政府の舞台裏では、国民からの支持を繋ぎとめるための "世論作り" に余念がないのだと推測される。
振り返ってみれば、今回の参院選はその典型であったかと思われるのだが、時の政権は、不特定多数の国民からの "共感・支持" を獲得するために "有らん限りのキレイ事" を振り撒いてきたし、今なお振り撒いている。
国民にとってホントに大事なことは曇らせておいて、また、マスメディアを存分に駆使しながら、特定階層の利益でしかないことをすべての国民にとっての利益であるかのような空気作りを進めながら、さながら新製品販売キャンペーンを実施している民間企業のような雰囲気を醸し出していそうである。
多分、こうしたプロセスを経ながら、手堅く進められようとしているのは、既に絶望的とさえ見える米国格差社会の、その二番煎じだと思われる。異次元の金融緩和政策(アベノミクス)が、言ってみれば、米国FRBによる政策の二番煎じであったように、ターゲットとされる経済社会像もまた、厚い中間層を零落させて極端に二極化の流れを深めた米国の超格差社会! それ以外ではない。その超格差社会! が、目指されているとしか言いようがない......。
初の1000兆円突破=「国の借金」膨張止まらず-1人当たり792万円・6月末/時事ドットコム/2013.08.09 - 14:51
財務省は9日、国債や借入金、政府短期証券の残高を合計した「国の借金」が6月末時点で1008兆6281億円になったと発表した。社会保障費など歳出増加に伴って借金の膨張に歯止めがかからず、3月末から17兆270億円増え、初めて1000兆円を突破した。日本の厳しい財政事情が改めて浮き彫りになった。
7月1日時点の人口推計(1億2735万人)で割ると、国民1人当たり約792万円の借金を背負う計算となる。
「借金」の内訳は、普通国債が3月末比11兆3470億円増の716兆3542億円、特殊法人への貸し付けの原資となる財投債は1兆7424億円減の107兆5183億円、政府短期証券は8兆1007億円増の123兆3683億円など。
財務省は2013年度末の「借金」は1107兆1000億円になると見込んでいる。(2013/08/09-14:51)( ※引用者注 ―― 文意を損なわないよう留意して割愛しています。)
この十日余り、実は自分は、「命にかかわる」と脅されて(?)緊急入院( "胆石→胆嚢炎" )を余儀なくされていた。おまけに、この入院は "前篇" であって、来月には "後篇" の入院( "胆嚢摘出" )が控えているのだ。
まあ、それはそれとして、この十日余りの入院は、惰性に流されていた昨今の日常生活に、いわば "句読点!" を打たせた感があった。前半は "絶食=点滴" であったし、もちろん入院中は "断酒"(この先一ヶ月も継続不可避)であった......。
その結果、所在ない時間はすべて読書に専念し、思わぬ "リフレッシュ" をさせてもらったわけである。だからこそ "句読点!" を打ったという感触が残るのだ。
そして、この間、頭と心を過ぎったのは、カッコ良く言えば<"惰性" を断ち切り、"ホント" を見つめるべきだ!> であったような気がしている...... (2013.08.10)
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