"記憶のメカニズム" 解明が、"実証的アプローチ" によって遂に達成されたと考えて良いのであろう。
証明された事実それ自体は、"憶測/洞察/思弁アプローチ" が示唆していた事実とさほど違わないと思われるが、今回、その事実に "実証的証明" が施された点は、何よりも意義深い。
まして、現代のわれわれは、"国民的病" という "認知症" の拡がりに遭遇することで、"記憶のメカニズム" の解明が、その治療法模索という点から急務となっているわけだ。
今回注目する記事は、いわば、"デカルト以来350年の謎" に実証的な決着! をつけたとされる研究成果を報じるものである。
下記引用サイト記事 : 記憶の脳回路痕跡 マウスでついに発見!/東京大学大学院薬学系研究科/2014.03.17 がその画期的記事である。
<東京大学 大学院薬学系研究科の池谷裕二准教授らの研究グループは、脳回路の中の記憶にかかわるニューロンで、興奮性シグナルが増強することが、記憶痕跡の実態であることを証明>
<◆ニューロン(神経細胞)で抑制性シグナルに打ち勝つほどの大きな興奮性シグナルが受け取られることにより記憶は思い出される(再生される)ことが分かりました。
◆学習後のマウスの脳スライス標本を調べることで、記憶の痕跡がニューロン間の信号伝達の増強により脳回路に保存されていることを発見しました。
◆記憶が脳内でどのようにしてできるのかを理解することで、逆に、記憶ができない疾患ではどのような問題が生じているのかを解明でき、認知症治療の糸口を探ることができます。>
<本研究成果により、脳が極めて精細な興奮性調節に基づいて記憶を再生するという画期的な発見がもたらされ、記憶のメカニズムの解明に向けた大きな研究の進展が得られました。これは、脳が記憶を再生する仕組みに関するデカルト以来350年の謎を解決したのみならず(附論参照)、今後、認知症など記憶ができない疾患ではどのような問題が生じているのかを解明する手がかりとなることが期待されます> とある。
何と言っても、"実証的アプローチ" ならではの、<記憶にかかわったニューロンを、そうでないニューロンとは区別できる特殊な遺伝子改変マウスの標本を用いて、記憶に関わったニューロンが優先的に活動しやすくなることで記憶の再生が起こることを示しました> という点、ここが注目されて良いはずだ。
そして、"350年を隔ててデカルトの洞察" を次のように "実証的に読み替え" た点、これもまた注目に値する。
<痕跡(過去の記憶)とは、過去に活動電位が通過したシナプスのことで、その結果として、次に活動電位が到達したとき、このシナプスが活動することが、はるかにたやすくなっている>
記憶の脳回路痕跡 マウスでついに発見! /東京大学大学院薬学系研究科/2014.03.17
1.発表者:
池谷裕二(東京大学大学院薬学系研究科 薬学専攻 准教授)2.発表のポイント:
◆ニューロン(神経細胞)で抑制性シグナルに打ち勝つほどの大きな興奮性シグナルが受け取られることにより記憶は思い出される(再生される)ことが分かりました。
◆学習後のマウスの脳スライス標本を調べることで、記憶の痕跡がニューロン間の信号伝達の増強により脳回路に保存されていることを発見しました。
◆記憶が脳内でどのようにしてできるのかを理解することで、逆に、記憶ができない疾患ではどのような問題が生じているのかを解明でき、認知症治療の糸口を探ることができます。3.発表概要:
東京大学 大学院薬学系研究科の池谷裕二准教授らの研究グループは、脳回路の中の記憶にかかわるニューロンで、興奮性シグナルが増強することが、記憶痕跡の実態であることを証明しました。
一度つくられた記憶は、その後ノンレム睡眠(注1)時に脳内で再生(リプレイ、注2)されることが知られています。しかし、どのような形で記憶痕跡が脳回路に埋め込まれ、脳がどのようにしてその記憶痕跡を再び取り出し再生するかは、いまだに知られていませんでした。
池谷准教授らは、記憶にかかわったニューロンを、そうでないニューロンとは区別できる特殊な遺伝子改変マウスの標本を用いて、記憶に関わったニューロンが優先的に活動しやすくなることで記憶の再生が起こることを示しました。これまで、脳回路ではニューロンの興奮(アクセル)と抑制(ブレーキ)は広くバランスが取れていることが常識でした。しかし、記憶にかかわったニューロンは抑制性シグナルに打ち勝つほどの大きな興奮性シグナルを受け取ることで、記憶を再生させることが明らかになりました。さらに記憶は「LTP(注3)」によって脳回路に保存されていることも証明しました。
本研究成果により、脳が極めて精細な興奮性調節に基づいて記憶を再生するという画期的な発見がもたらされ、記憶のメカニズムの解明に向けた大きな研究の進展が得られました。これは、脳が記憶を再生する仕組みに関するデカルト以来350年の謎を解決したのみならず(附論参照)、今後、認知症など記憶ができない疾患ではどのような問題が生じているのかを解明する手がかりとなることが期待されます。
本研究成果は、2014年3月16日(米国時間)発行の米国科学誌「ネイチャー・ニューロサイエンス」オンライン版に掲載されます。
―― 以下中略 ――
4.発表内容:
<研究の背景と経緯>
<研究方法と発見の内容>
<今後の展開>
5.発表雑誌
6.問い合わせ先
――――――7.用語解説:
(注1)ノンレム睡眠:睡眠には主に2つの状態が交互に現れることが知られており、そのうちの一つ。急速な眼球運動や覚醒時と同じような脳波を示すレム睡眠ではない、睡眠状態を指します。
(注2)リプレイ:
記憶学習時の神経細胞集団の発火活動パターンが、後に圧縮再生される現象。
(注3)LTP(Long-term potentiation):長期にわたり、ニューロンからニューロンへ信号が伝達しやすくなる現象を指します。ニューロン間の接合部位(シナプス)が示す可塑性の一種であり、記憶の素過程と考えられています。長期増強とも呼びます。
―― 以下略 ――
附論:なぜデカルト以来なのか
デカルトは近代的な思弁アプローチにもとづいて脳の動作原理を正確に射抜いた最初の哲学者です。1649年に著した『情念論』でデカルトは、記憶のメカニズムについて考察し、次のように記しています。
心が或る事柄を想起しようと欲した場合、(中略)、思い出そうとする対象が残した痕跡の存在する箇所に出会うまで、脳の各所に精気を押し流すのである。けだしこの痕跡とはかつて問題の対象が現れたために精気がそこから流れ出した脳気孔にほかならず、その結果、この痕跡は精気が到達した場合、ふたたび同様にして開くことが、他の気孔と比べてはるかにたやすくなっているのである。したがってこの気孔に出会った精気は、(中略)、この対象こそ心の思い出そうとしていた物であることを心に教えるのである。
当時、シナプスはおろか神経細胞すら発見されていなかったため、このような難解な文章になったと思われます。そこで、「精気」を「活動電位」に、「気孔」を「シナプス」に読みかえると、以下のようになります。
ある事柄を思いだそうとしたとき、脳にたくえられた過去の記憶(痕跡)を探すために、脳の各所に活動電位を送りこむ。痕跡とは、過去に活動電位が通過したシナプスのことで、その結果として、次に活動電位が到達したとき、このシナプスが活動することが、はるかにたやすくなっている。したがって、このシナプスにたくわえられた記憶こそが、いままさに思いだそうとしていた物として想起されるのだ。
太字で示したデカルトの推察こそ、今回の発見した現象そのものです。記憶については、古代ギリシャ以来(アリストテレスなど)、多くの識者が洞察を重ねてきましたが、350年前のデカルトほど本質をついた洞察を示した人はいません。
( ※引用者注 ―― 文意を損なわないよう留意して割愛しています。)
"記憶のメカニズム" 解明の意義が大きいことは言うまでもないが、今日のわれわれにとっては、"では、認知症患者の記憶障害に対する治療法へとどう結びついていくのか?" という切迫した課題に "目移りする" ことが避けられないのも事実だ。今後の研究に大いに期待したい...... (2014.03.22)
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