プロローグ 泣いたらあかん!

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ひろせやすお

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   プロローグ 泣いたらあかん!

   第一話 泣いてるひまなんかあらへん!

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   第二話 かもめたちの群れ

   第三話 鍵っ子かもめの秘密

   第四話 かもめたちのすみか

   第五話 かもめたちの飢え

   第六話 中年かもめたちの癒し

   第七話 個性尊重は至難の技!

   第八話 遠い日の焚き火!

   第九話 Thinking by myself!



 





 プロローグ 泣いたらあかん!



 列車は、夏の朝靄の品川駅にすべり込んでいった。
眠さと、泣き腫らした目に、駅構内やホームは白く霞んで見えた。
「さあぁ」
と母親が何かを促すようにつぶやいたかもしれない。
姉は、不安そうにあたりを見回していた。
少年は、膝の上のかばんを押さえ、やや緊張気味だった。

 つい先ほど、多摩川の鉄橋を通り過ぎる頃だっただろうか、三人はそれまでこらえてきた悲しさの堰を切り放ち、泣きじゃくったのだった。
 「お父ちゃん、何してるかな・・・」
 「そやなぁ、きっとまだ寝てるんやろなぁ・・・」
と、白々としてきた窓の外に目を向ける会話だったが、なにやら次第にあやしくなっていったのだ。
そして、
 「そやけど、お父ちゃん、可哀想や!」
と、涙ぐむ姉の顔が、それぞれの押し殺された感情を解き放ってしまった。
 母親もハンカチを目頭に当て始めた。
少年は、もう駄々っ子のように泣き始め、向かい側に座っていた母親の膝に顔を埋めてワーッと声を上げた。
姉も、母親の右腕にしがみついて泣いた。手のつけようがない状態が続いた。
そして、やがて収まっていった。
 「あかん、泣いてたらあかん!お父ちゃんも気ばりはるんやからな。みんなで、早う東京に慣れて、お父ちゃんが来るの待と」
 母親の制止で、ようやく姉弟は涙を拭い、列車の座席にきちんと座り直した。
 少年は、子どもごころに感じ続けた不条理を見据えるように宙を睨み、
『 泣いたらあかんのや!泣いたら負けや!』
と無心に自分に言い聞かせていた。

 昨晩、三人は、しばらく大阪に残り仕事のけりをつけることになった父親と、大阪は天王寺駅で別れを惜しんだのだった。
 夜行列車に乗り、母親の実家である東京、品川に向けての引越しが始まろうとしていた。

rail.jpg二人の子の夏休み中に移動をし、九月の新学期から転入するのが良策だと配慮された結果だった。

 すでに、この大転回が遂行される直前の大阪での生活は、少年の目から見ても緊急事態となっていた。
 父親は、戦後、兄たち、少年から言えば叔父たちと一緒に仕事をしていた。しかし、それが次第にうまくゆかなくなっていったようであった。
少年が小学校に入学する頃、生家は人手に渡って、叔父の家の一角に引越しをしていた。
その後、「兄貴らは薄情や!」、「結局騙されたんや!」という父親の嘆きの言葉を、少年は幾度となく耳にすることとなった。
 だから、少年は、東京へ引っ越すことがどんな成り行きで、どういう意味を持つのかをそれなりに感じ取っていたのである。
 さらに、父親が、生まれ育った故郷を捨て、東京に出ることを本心では望んでいないことも知っていた。
 こうして少年は、『 何か大変なことが始まったのだ。自分はぜったい負けたらあかんのや。』という、漠然とした気持ちの下ごしらえを培っていたのだった。

 朝靄というより、細かい水滴が見えるほどの霧のように白んだ品川駅の構内を、心もとない感じの三人が、きょろきょろとしながら正面改札口まで向かっていた。
たどりつくと、改札口の向こうで見知らぬ人影が手を振っているのを、三人は見つけた。
 「賢ちゃんが迎えにきてくれてる!」
と母親はうれしそうに言った。一瞬、彼らの心細さがさらりと拭われていった。
 「疲れたでしょ。タクシー出てますから」
と言いながら、彼は一番大きな手荷物をさりげなく手にして、三人をタクシー乗り場へ案内した。
 タクシーは、品川駅を後にして、八ツ山橋を通り、八ツ山下の祖父の家へと走り抜けた。
早朝の通りにはほとんど人影が見えず、不思議なほどの静けさだった。
初めて乗るタクシーの窓際に、少年が座っていた。
窓のすきまから吹き込む朝の湿った空気は、ここ北品川が海に近いことを、それとなく少年に告げていた。

 これが、少年と、第二のふるさと品川との皮切りであった。


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このページは、yasuo hiroseが2008年5月28日 10:44に書いたブログ記事です。

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