「昨日、久々に鮮明で、リアルな夢を見たよ。聞きたきゃ話してもいいけど、このところ、特に追い詰められているというわけでもないんだけどね。そういう心境はと言えば、もはや慢性化していると言った方が当たっているかもしれない」
「だからさ、正夢だとか、逆夢だとか言うけどさ、あれってこじつけがましい感じがするんだよな。夢を司っているのは、深層心理だって言うだろ。起きている時の意識じゃないんだよな。起きている時の通常の意識が夢を見させるなら、『リアルタイム』性というものがあってもわかるけど、深層心理だよね。これってさ、通常の意識とどう関係してんだろうね。通常の意識で不当に我慢させたり、抑圧したものが、夢で現れ、帳尻合わせをするとも言うぜ。そうすると、夢は、現実の裏返しということになるよな。で、どんな夢だったんだよ。エッチな夢なんだろ?」
「冗談じゃないよ、いい年してそんな夢見たくたって見れるもんじゃないさ。だからさ、追い詰められているような、スリリングな夢なんだよ。しかも、妙に光景がシャープで鮮やかなんだから、手に汗握ったし、ヒヤヒヤの感覚も尋常じゃなかった。あんまり切羽詰っていたんで、目が覚めた。そしたら、外が明るくなってたな。寝疲れたとでもいう状態で、思わずふぅーと深呼吸しちゃったよ」
「そうそう、朝方に見る夢は深いって言うぜ。まあ、その人の睡眠の型によって違うようだけど、一般的には目覚める直前に深くなる『朝型』のタイプが多いらしいね」
「休息をとるために眠ってるのに、夢で疲れてたんじゃ何してんだかわかんないよな。」
「それで、どんな光景がでてきたんだい?」
「JRというか、要するに鉄道なんだ。と、駅なんだよな。急いで乗り込んだ車両が、いつの間にか、ジェット・コースターみたいになっちまってるんだ。それが進行してゆくうちに、ほら、よく催し物場なんぞで走らせている、またがって乗る模型の兄貴みたいな列車があるだろ。あんなふうなものにまたがって乗っているんだよ。しかも、走ってる場所は平地のレールの上じゃなくて、ジェット・コースターのような軌道の上なんだ。いやそんな高さじゃなくて、恐ろしく高度のある山岳の峰のような個所を突っ走ってるんだ。まるで、飛行機に乗っているような感じで、下を見ると、どこだか知らないけど湖だの小さな家々が見えて絶景には違いないんだよな。
だけど、気になるのはレールの上をきちんと走ってるのかということなのさ。おまけに、またがって前の席に乗ってるやつが、『揺れると危ないことになりますね……』なんぞとほざきながら、実のところ揺らしているんだよね。で、危なっかしく揺れるのさ。だから、めまいしながらも、思わず、車輪がレールからはずれないように手を伸ばして押さえようなどと無駄なことしたりしたんだ。が、まあ悲惨な事故にはならず、目的地らしいところにいつの間にか着いていた。
ところが、そこがまたとんでもない駅でね。どうも、スクラップ・アンド・ビルド実施中といった感じなんだ。夢ん中の本人は、『そうか、経営再建(!)のためにそんなことしてるんだな……』なんて了解していたようなのさ。が、とんでもない光景が次々と現れる。駅に向かって驀進してくる電車の車両が何とも哀れな格好なんだよ。塗料がはげているのはまあよしとして、驚いたのは、窓がある側面の鉄板が末広がり状にベラベラと揺れてるんだ。ちょうど、工作の下手な子どもが糊付けに失敗したみたいになんだ。呆然と見つめながらも、『経営再建』中ならやむを得まいと、これまた当人は了解していた。
ところがだ、末広がりのベラベラ側面のせいだろうか、鉄塔か何かを引っ掛けて倒してしまったんだ。それで、鉄塔の上にあった鉄製のタンクのようなものがホームに転がり落ちてきたんだよね。で、当然、下敷きとなった負傷者が出た。
そこへ、赤十字の帽子かぶったナースたちが駆け寄ってきたのはいいんだが、こともあろうに負傷者を距離も相当あるホームからホームへと手荷物のように投げているんだよな。ヒヤヒヤして見てると、案の定うまく受け止められないで、コンクリートのホームに投げ出される人も出てくる始末。怪我人は、落ちたタンクでつぶされ、放り投げられてつぶれて目も当てられない。が、これも、夢の中の当人は、『緊急の際だから、まっ、しょうがないんだな』と納得してやがる。
しかし、状況が何か変だとの疑いを持っているらしく、当たり前なんだけどね、線路状況の調査かなんかを始めたようなんだ。『イラクの核査察』のつもりなのかね。するとだね、これがまたとんでもないのさ。レールはまともな平地になんか敷設してないのよ。崖っ淵に寄り添わせるようにとか、河川の上とか、要するに道なき場所ばかりに、危なっかしい古鋼材で仮設してある様子。が、これも『新路線敷設の邪魔にならないように仮設で苦労しているんだな、大変なご苦労だ』なんて、好意的に了解しちゃってるのさ。
だけど、さすがに『しかし、これはいくらなんでもやり過ぎじゃないか?』と首をかしげている光景に出っくわすのさ。線路が、ほぼ90度の直角に曲げられて敷設されている個所があったんだ。直角になった崖っ淵に沿う廊下かなんぞのように、平行な二本のレールが右折しているんだね。曲げられたレールの内側はしわしわとなり、外側には亀裂さえ入っていた。こればかりは、『車輪や、車体はここをどうこなすんだろうか?』と疑問を禁じえなかった。と、そこに線路工夫たちを乗せたトロッコのようなものがやってきたかと思うと、あっという間になんなく右折して通り過ぎて行ったのさ。『そうか、大丈夫なんだ……』と、結局は了解しちゃうんだね。
で、どこだかわからない駅に不安を感じてなんだろう、帰宅しようとしたんだろうか、込み入った路線網から、どうしてなのかわからないけど『水道橋』方面行きのホームはどこかと探しているんだね。
どうも、一度駅から外へでなくてはならないらしくて、仕方なく外へ出ることとなった。『暗くならないうちに急がれたほうがいいですよ』なんて誰かが言っているのが聞こえたりする。ほんに、あたりは薄暗くなり始めていた。ほとんど迷子の心境。通りすがりの人に出会うが、これも変な話だけれど、聞いたわけでもないのに『わたしは、九州は熊本から来たのです』なんぞと言っている。そんな熊本の人に、水道橋方面へ行くホームはどう行けばいいのかを聞いてるのがばかばかしい。『皆さんあっちの方へ歩いていかれましたよ』と聞いて、それで妙に納得して、向かってみるのがまた不思議。
と、そこは鬱蒼とした急斜面。柔らかい赤土のようで、足が取られて登るに登れない。しかし、先行者がいたというのだから、手立てがあるのだろうと模索する。すると、太いツタのようなものが垂れ下がっているのを発見。これだっと思い、やっとのことでそれを手繰り寄せるようにして這い上がってゆく。が、またまた不安と恐怖が押し寄せてくる。そのツタは、人ひとりがやっとくぐれる真っ暗なトンネルから伸びてきているのだ。夢の当人はこう思ったね。『自分は、<狭所恐怖症>に違いないんだから、ここで運の尽きか……』と。
だが、あきらめるのはまだ早かったのだ。トンネルはほんの数メートルしか続かず、もがきながら、頭上に生い茂った草むら越しに薄暗い空がのぞいてきた。顔を出した場所は『水道橋』駅の駅員宿舎の裏手のようだった。ほっとしながら、そうだ、切符を買わねば、と思い、改札に回る。駅員に自分でもよくわからない事情を話そうとすると、『あっ、調査の人でしょ。自由に通ってくださいな』ときた。それで、やっと……
あれっ、あいつ聞いてるとばかり思ってたら、どっかいっちゃったじゃないか。そりゃ、まあそうだよな。本人にもわけがわからないこんなくだらない話、カネ貰ったって聞いちゃいられないはずだよな……」(しかし、ホントの夢の話! どうにでも解釈してくやれ!) (2002.12.01)