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【 過 去 編 】



※アパート 『 台場荘 』 管理人のひとり言なんで、気にすることはありません・・・・・





‥‥‥‥ 2003年02月の日誌 ‥‥‥‥

2003/02/01/ (土)  「顔」の見えない便利な道具には、相変わらず警戒が必要か?
2003/02/02/ (日)  猫の背丈ほどの、小さくささやかな心の安らぎもまた……
2003/02/03/ (月)  「知的トレランス」という視点から見る昨今の危ない情勢!
2003/02/04/ (火)  政治家さんたちは、オリジナル脚本で「ライブ」をやりなさい!
2003/02/05/ (水)  「リュック」に詰まった薄っぺらな現代への猜疑心と自然が信じられた確かな過去!
2003/02/06/ (木)  パウエル主演の『ネゴシエーター』が見たかった……
2003/02/07/ (金)  健康問題に目を向けさせられた一日……
2003/02/08/ (土)  「ものぐさ」をも唸らせたスラックス売り場の変化!
2003/02/09/ (日)  歴史を作るのは、リーダー個人ではなく、圧倒的多数のフォロアーだ!
2003/02/10/ (月)  子どもたちが、病んだ大人たちの大きな救いだと思える時代!
2003/02/11/ (火)  こんな時代に、ますます際立つ古典落語世界の妙味!
2003/02/12/ (水)  この気分のおかしさには、ちょっと参っている!
2003/02/13/ (木)  嗚呼、人情渦巻く江戸時代にまで戻りたい!
2003/02/14/ (金)  「医者いらず!」という言葉に託された昔の人々の生活の知恵!
2003/02/15/ (土)  「ネイチャー・デバイド」なんかを生み出す時代であってたまるものか……
2003/02/16/ (日)  旧街道沿いの白梅の古木は何を思っているのだろうか?
2003/02/17/ (月)  今こそ、思いっきりマジメに「イマジン」してみたい!
2003/02/18/ (火)  技術を振り回すのではなく、感受性をこそ研ぎ澄ますべきなのかも……
2003/02/19/ (水)  わたしの関心とあなたの関心が異なるのが自然でしょ?
2003/02/20/ (木)  健全な生活からの明るい提言!
2003/02/21/ (金)  「不安」蔓延の時期における「自信」回復への二大要素!
2003/02/22/ (土)  「自然」生活とでも言うべき方向に大きく揺れ戻されている自分!
2003/02/23/ (日)  過剰「選択肢」社会の現代における積極的「無関心」!
2003/02/24/ (月)  『一番重要な知識は、何が知らないでいいことかを、知ることである』?
2003/02/25/ (火)  病院での待ち行列苦痛を「あといくつ寝たらお正月〜♪」の期待感に変えよ!
2003/02/26/ (水)  時代は、鋭く「配分」と「価値観」が問われる局面に突入し始めた!
2003/02/27/ (木)  「もらう」ことが、気兼ねなくできる社会でいいんじゃないの
2003/02/28/ (金)  どぎつい人工光より、すがすがしい朝日がいいなあ、やっぱし!





2003/02/01/ (土)  「顔」の見えない便利な道具には、相変わらず警戒が必要か?
 

 いやあ、今日は風が冷たい寒い日であった。空は真っ青であったので、いわゆる放射冷却で気温が下がり、なおかつ風のために寒さがしみ渡ったということなのだろうか。
 先日、義兄から電話があり、パソコンに関して仕事関連で教えてもらいたいことがあるという連絡が入っていた。いつも夜遅くまで事務所に詰めている自分であるため、休日のいずれかに向かうつもりでいた。そして、買い物に出た足で、夕刻に訪れてみた。

 義兄は建築技師なので、もはやパソコンのアプリケーションを使わなければ仕事にならないといった状況である。確かに、建築関係の領域は、キャドにしても、設計上の数値計算にしても、まさにコンピュータが得意とするジャンルそのものである。また、設計事務所を小規模体制でやる場合には、パソコンは必須のツールであるはずだろう。
 当該の事柄は何ということもないことであり、小一時間で済んだのだが、へぇーという思わぬ話を聞いたものだった。

 インターネットを始めてはどうかと勧めたのは自分であり、その結果仕事関係やら、嫁いだ娘などとのメールなどでそこそこ使っていたようだった。そこで、建築事務所としてのホームページを開設すれば仕事の引き合いがネットから飛び込むのではないかと、今回勧めてみたのだった。
 実際、昨今の、当社のホームページを見ての問い合わせその他については、数の上ではまずまずの反応があるのは事実である。規模の小さな経営にあっては、可能なかぎりの営業チャンネルを持つことが重要であることは言うまでもないのだ。
 ところが、義兄は消極的な反応を示したのだった。
「うちらの仕事では、信用のおける相手としか仕事はできないんだよね……」と。
 よくよく聴いてみると、建築業関係ではただでさえ支払いサイトは長いという。半年や一年もざらにあるらしい。債権者側も引き続く仕事依頼を期待することもあり、催促を遠慮したりするらしい。おまけに、顧客側は、長いのを隠れ蓑にしながら、そのまま債務不履行で行方をくらましてしまうことも少なくないのだそうだ。
 なるほど、と思えた。そんなルーズで非紳士的な風潮がある業界だから、仕事引き受けますなどというネットでの広告は、まんまと騙されることを名乗り出ることにつながりかねないというわけなのである。仕事量が少なくとも、馴染みの顧客との関係にすがらなければならないというのが実情なのだそうである。

 確かに、インターネット上での商取引はいまだにトラブル含みの傾向がある。要するに、「ネット上での情報」しかないかたちで相手を信用したかのような判断を進めてゆくのだから、不透明なリスクが満ち溢れていると見なければならない。
 事実、インターネットのイージーでパーソナルな雰囲気を真に受けて、その雰囲気をそのままビジネスに雪崩れ込ませてくるお門違いの輩がいないわけでもない。先日も、見ず知らずのソフト業者から、「何か持ち帰り(請負のかたち)の仕事がありませんか?」とDM的にメールを入れてきたものだった。たとえ、どんなに忙しくしていたとしても、業務実績や業務姿勢が定かではない業者と取引をすることは、ソフト業界での経験が多少でもあれば手が出せないのが常識である。目に見えるモノの製作以上に、従事者の能力や素性にこだわらざるを得ないのがソフト制作であるからだ。
 自分の顔を隠して無責任な手口に走るのは、インターネットに限らず、電話も相変わらずである。いつだったかこの日誌にも記したことがあるが、ヘッドハンティングの業者であるに違いないと思われる見え見えの手口があった。
「その時、お聞きした名前は忘れてしまったのですが、御社の社員で三十歳台の技術に明るい人に親切にいろいろと教えてもらいました。もう一度お聞きしたいことがあるのでお電話しました。いや、名前は覚えていないんです……」と言って、「さて、誰でしょうか、アオキですか? タナカですか?」という社員名を聞き出すのが狙いなのである。これには、English バージョンあり、技術者ではなくセールス・エンジニアのバージョンありとかなり手がこんだ業者であった。

 便利で有用な道具というのは、使い方によっては「クスリ」にもなれば「毒」にもなるものだというのが道理であろう。まして、人の身体の中でも黙っていても最も多くを物語ってしまう「顔」というものを見せずに利用できる道具に対しては、相変わらず警戒を要するというのが実情なのであろうか…… (2003.02.01)

2003/02/02/ (日)  猫の背丈ほどの、小さくささやかな心の安らぎもまた……
 

 庶民がちょっとした心の安らぎを得ることのできる事がらや対象というものは決して多くないかもしれない。国内経済問題や国際情勢がにわかに好転したとして、さほど実感的な安堵感や納得感がこみあげてくるものでもない。仮に、ほとんどそんなことにはならないようだからこそ思うのだが、米国がやけっぱちのイラク攻撃を回避したとして、日々つのるさまざまな不安の上に駄目押し的にかぶさっていた上乗せ不安がいつの間にかなくなったかな、というような小さな心境の変化があるかないかで終わってしまうのかもしれない。本来を言えば、そんな場合にこそ心底、心の安らぎを感じたいものなのである。蚊帳の外に置かれ続けてきた庶民の喜怒哀楽というものは、もっともっとささやかな実感レベルに追いやられてしまったかのような気がする。

 思いがけずに抽選で小物が当たった場合、しかも買えないような高価なものというわけでもなく、要するに人に真剣に羨まれるほどのものではなくごくごくささやかなモノが転がり込んできた場合なども、うれしさというよりもなぜか心の安らぎを感じたりする。決して、自分が幸運だと思えるようなツキがある人間ではないにせよ、まったくツキから見放された人間でもないことが示された心の安らぎなのであろうか。
 また、親切心というよりも、ちょっとした気配りでしかない振る舞いに対して、年配の方からご丁寧な感謝の姿勢を示された場合も、なぜか望外の心の安らぎを感じたりする。すっかり、人情、礼儀、心の触れ合いなどというものが地の果てに吹き飛ばされてしまったものと思い込んでいるところへの、打てば響くかのごとき思いがけない反応に心の安らぎを得たと言えるのかもしれない。
 何なのだろうか、このうれしさというよりも心の安らぎと言った方がおさまる感覚は。
 おふくろは、人にモノをあげる場合にも、あれこれと「小細工」をする。旅行に行って買って来たみやげものにしてもそうである。数量があった何とか饅頭などを小分けしてくれる場合には、元の饅頭の箱を小分けした個数に応じたサイズに作り直して、さも元々その個数向けに作られた箱であるかのようにして手渡したりするのだ。どうでもいいと言えばどうでもいいことなのだが、そこをおふくろはこだわるのだ。そして、満足げな気分となって手渡すのである。これがおふくろの心の安らぎなのかもしれない。
 そう言えば、祖父もそうであったことを思い出す。子どもや孫でごった返した家族構成の「祖父の館」で迎える大晦日には、翌元日に手渡すお年玉に先んじて決まってミカンの一山が各家族に配られたのだった。祖父の部屋にゆくと、どこで調達したのか手頃な箱にミカンが仕分けられて置いてあったものだ。
「おう、やすおんとこのはそれだ」といかにも満足げに言い放つ祖父の顔が思い出されたりする。
 そして、祖父、おふくろに体型も顔つきも似た自分は、同じようなシチュエーションで心の安らぎを得るようなことをやってきたように振り返るのである。今日も、これは人にあげるものではなかったが、あるPC関係の小物に見合ったどうでもいいケースを部屋中あちこちと探し回り、手頃なものが見つかると、何とも言えない心の安らぎを見出していたりしたのだった。

 うれしさや、さらに狂喜せんばかりの幸運に遭遇するということは、必ず他人を押し退けた結果であるに違いない。そして、他人の嫉妬心を惹起せずにはおかなかったはずである。そこには、塀で囲ってしまったような喜びはあったとしても、心の安らぎというものは自覚しにくいのかもしれない。
 たぶん、心の安らぎが生まれる場というものは、他人の心との間に壁もなく、段差もない場であり、そんな事がらであるのかもしれない。経済事象で言われるボーダレスや、建築事象(や社会的差別環境)で言われるバリア・フリーという言葉などが本来使われなければならない土俵とは、人の心と心の関係の場であると言った方が良いのだろう。グローバリズムだ、競争だ、自立心だ、そして戦争だという押しつけがましさばかりの現在の世界は、ふとこんなことを感じさせるのである。

 そんなことどうだっていいじゃない、というようなささいなことに人が感情を振るわせるのは、もっともなことであり、貴重なことであるのかもしれないと思う自分がいたのだった。猫が毛づくろいするような、小さな小さな、わずかなささいな事がら、しかもいっさい他者を不幸にするはずもない心の安らぎを得るということ、それはそれで捨てたものではないかもしれない…… (2003.02.02)

2003/02/03/ (月)  「知的トレランス」という視点から見る昨今の危ない情勢!
 

 一般的に言えば、「迷う」ことは良くないことであり、「迷わない」ことが正しいと受けとめられている。子どもがいる家庭において、母親が子どもに向かって言う「ぐずくずしないで、早くしなさい!」という言葉は、お定まりの実態であるのかもしれない。子どもが、何かに「迷い」、ためらう際に浴びせられる言葉である。もっとも、「迷い」というよりも単に動作が遅いだけの子もいるかもしれない。時代は何かにつけスピーディであることを要求し続けている。そんな風潮やシステムが歴然として存在する以上、母親だけを責めるわけにもいかない。

 しかし、何の「迷い」も躊躇もなくスピーディに判断し行動することがよいと決まったわけでもなかろう。「巧遅拙速」というスピード時代の現代にふさわしい言葉もあるにはあるが、スピード第一で、「迷う」ことを、ムリ・ムダ・ムラと同様に一方的に排除すべき悪だと決めてかかるのはどうかという気がしている。
 選択肢がひとつしかない状況においては「迷い」は存在しない。行動の多くが本能によってプログラミングされている人間以外の動物には、おそらく深刻な「迷い」はないであろうし、まして「迷い」の中で悩むことなどは無縁だと思われる。動物たちのシャープな行動が、羨ましくもあるほどに率直で、直接的で、そして力強く見えるのは、ひとえに人間には伴う「迷い」というものに動物たちが無縁であるからに違いない。

 もう何回も書くことであるが、知的トレランス(tolerance、「耐性」)という奥行きを持った言葉がある。知的判断において苦しい不確かな状況の中で、思考することを放棄して、えいやっ! と何かに下駄を預けてしまわずに、まるで這うようにしてでも思考を進めてゆく、たくましい忍耐力だと言ってよい。
 日常生活や職場の中で、しばしば誤解されていることとして、判断力・決断力の有無というものがありそうだ。「あの部長はとにかく判断力がある。それに較べて課長はどうも煮え切らない」といった陰口はどこにでもありそうである。しかし、そんな場合、じっくりと観察すべきは、判断の速度ではなく、何を判断材料としてその結果の判断がリアルで正確であったかどうか、という点であろう。意外と、その部長は性格的に、えいやっ! 主義であり、その課長は職務がら現場のリアルな状況から多くの判断材料を入手しているがためにその整理の時間を要しているとも言えそうである。とするならば、判断は、決して速度で評価されるべきではなく、事実に照らした判断の妥当性に目が向けられるべきなのである。

 知的トレランスという資質は、一般に科学者たちに要請されるものである。しかし、この資質は科学者たちだけに限られて求められるものではないような気がしている。
 米国の大統領であったリンカーンに逸話は多いが、民主主義にまつわる話がある。あるテーマで政策決定を迫られていたリンカーンは、自身の考えを述べた後で閣僚たちの見解を一通り丹念に聴いたそうだ。そして、その後で、「では、わたしの判断をもって進めたい」と決断したというのである。ここには、民主主義といえば多数決という安直な短絡をしがちな風潮に対する痛打があるように思える。(経済学には「集団の誤謬」という興味深い言葉もある!)
 ここで強調したいのは、こうした自律能力に優れたリンカーンが、同時に知的トレランスも豊かであったのではないかということなのである。自身の判断を持ちながらも、これをすぐには絶対視せずに保留しながら、別な選択肢をくまなく配慮しようとする手順を踏んでいたからである。これが民主主義だと頷かせるのである。他者の考えや判断をどういう観点で尊重するのかが重要であると思う。他者の自尊心云々というようなものではなく、不確かな人間世界において、他者の口から語られる別な事実認識=事実の別な側面や可能性をじっくりと視野に入れるということが重要だと思われるのである。そうした意味で、民主主義の概念の中には、科学者に必要とされる知的トレランスが、同様に要請されているのだと考えたわけである。

 わたしの念頭にあり続けた事がらは、いうまでもなく米国によるイラク攻撃のカウント・ダウンであり、そうした結論を急ぐ現在の米国のメンタリティに対する危惧の念なのである。そして、結局は一元性に収斂していくかごときの「システム」世界に対する不安であるとも言える。
 そんな中で、スペース・シャトルの事故が起きた。どう表現を変えても、スペース・シャトル事業が時代のシステム科学の最高峰であることには違いないであろう。この事故に対するさまざまな論調で特徴的なのは、「これにめげずに宇宙開発を推進すべし!」という発想であろうか。しかし、本当にそう判断するのなら、ここは誰もが頷くようなえいやっ! 的な明るいスローガンに雪崩れ込むのではなく、積み残された膨大な課題に知的トレランスをもってクールに目を向けるべきだと思うのだ。
 「子分としての(?)」日本は、昨今の「親分たる」米国の思い上がりに対して、まるで「高転び」が懸念されていた、自らを神と言い始めた晩年の信長と同じような危なさを感じてならないのである…… (2003.02.03)

2003/02/04/ (火)  政治家さんたちは、オリジナル脚本で「ライブ」をやりなさい!
 

 ロビン・ウィリアムズ主演の邦題『今を生きる』(原題:"DEAD POETS SOCIETY" 1989年 アメリカ 第62回アカデミー賞 オリジナル脚本賞受賞)という感動的な映画があった。「バーモントの名門校ウェルトン・アカデミーに、この学園の卒業生でもあるキーティングが英語教師として赴任してくる。彼は、題名通りに『今を生きる』こと、今しかないこの時を精一杯生きることの大事さを、生徒たちに教える。生徒たちは先生を慕い、生き生きとしてくる。しかし、ある事件をきっかけにキーティングが責任を問われ学園を去ることになってしまう。その時生徒たちは…」といったあらすじであった。

 「今を生きる」ことは、詩人たちや青少年たちにしかできないことなのだろうか?
 予算国会での代表質問と首相答弁のやりとりを見ていると、思わずそんなことを感じた。質問側もそうであるなら、答弁側の首相もただ誰かの手によって書かれた文書を、読み上げるという味気ないことをやっている。国会「中継」といいながら、それはけっして「ライブ」なんぞではないのだ。国会「録画中継」と改めてもらいたいとさえ思ってしまう。リアルタイムな脳と心と言葉で、対処しなさいよ、と言いたい。

 今、多くの国民は、姿を見せない影の支配者をうすうす感じ取っている。政治家たち、首相から閣僚に至るまでが、その影の支配者の「傀儡!」でしか過ぎないことを見据え始めているはずだ。もちろん、影の支配者とは官僚機構であり、官僚たちのことである。
 首相答弁のセリフが、この影の支配者によって書き上げられていることももはや周知の事実であろう。したがって、本来ならば首相は答弁の最後に、常に「以上、わたくしが代読いたしました」と言うのが、昨今シビァになってきた著作権上の配慮というものかもしれない。昨今の政局がらみで言えば、首相も言明したがらない「消費税アップ」の話題が、機を一にしたように閣僚たちの口から飛び出すタイミングを見ていると、影の支配者の横柄な身のくねらせ方が透けて見えるような気さえするのである。

 外野傍聴席からの野次のような話はさておき、内野傍聴席からの野次に入りたいが、今という緊張と即応力を必要とする「ライブ」に耐えられない役者政治家たちに、近未来に何が起こるかもしれないこの現代の舵取りを任せておいていいものかと、率直に疑問を持つのである。
 影の支配者=官僚機構のキー・コンセプトは言うまでもなく「過去」であろう。「そのような事例は『過去』にはございません」を口癖、常套発想としていることからも明らかであるし、過去に定められた法規に縛られている点、過去の統計材料に依拠する姿勢などからも、そう言わざるをえない。

 わが国の体質が、危機管理に乏しいと指摘されるのは至極当然のことだと思う。もっぱら、過去の事例に依拠して、目くらましではったりのスローガンの影では、多くの実態が過去によって雁字搦めとなっている実情で、どうして未来が現在に高速で溶け込んできている千変万化の今に対処できるものだろうか。
 少なくとも、政治家であれば、他人の手による脚本なんかを読まず、また自分の手によるものであっても、覚書き程度にとどめて、「ライブ」ふうにこなすべきではないか。それともなんですかい? 「ライブ」でやっちゃうと、思わずホンネが口から飛び出して危険だとでも言いなさんのかい? それとも「お捻り」でも飛んでこなければ、あほらしくてやってられない、とでも…… (2003.02.04)

2003/02/05/ (水)  「リュック」に詰まった薄っぺらな現代への猜疑心と自然が信じられた確かな過去!
 

 若い人たちが通勤で「リュック」を背負っている姿はめずらしくなくなった。また年配の方々の「リュック」姿もしばしば目に入る昨今である。年配の人たちにとっては、足元が揺らいだいざという時に備え、両手を自由にしておく「リュック」は、合理的といえば合理的な身づくろいなのであろう。

 通勤途中の道すがらにあるとある店舗、どういうわけか長続きしないようで、コンビニであったかと思えば不動産屋となり、事務所となり、現在は「自然食品」を扱う店に様変わりしている。その「自然食品」の店となったのを知ったのは、ちょっと目を引く「リュック」姿の行列を見かけたからだった。
 先日、ウォーキングの折に、その店のはるか手前の歩道から「リュック」を背負う年配の方たちばかりの行列が延々と続くのに遭遇したのだった。黒やグレー、または彩度の低い地味な防寒ジャケットなどを着込み、大半の人が「リュック」を背負っている。寒い日であったので、それぞれが襟を立てたり、マフラーで襟元をおおったり、毛糸の帽子をかぶったりと、防寒には余念のない体勢をしていた。
 初めは何ごとかと驚いた。行列はその店に向かっていた。ほどなく、店の正面が覗けた時、ガラスの壁の「自然食品」という大きな文字が目に入り、納得できたのだった。そうか、開店のキャンペーンでまた食パンか何かを無料配布しているんだな……と。たぶん同じ業者なのであろうか、以前にも早朝から並ぶ行列を見たことがあった。こうして、わたしなどが店の存在を記憶してしまっているのだから、このキャンペーンはまずまずの成功だと言えるのであろう。

 しかし、観光地の駐車場かどこかで見る「リュック」姿の一団ならば何の不思議もないが、退屈きわまりない日常の街の一角で、年寄りばかりの「リュック」姿の行列を目にすると、なぜか異様なものを感じてしまう。思わず数十年の過去へとタイム・スリップしてしまったかという気分でさえあった。
 そして、事実が判明した後も、どういうわけか気分が晴れなかったのだ。ひとつは、無添加の食パン一斤(?)かが無料でもらえるとかであったが、これを寒い中を並ぶほどに貴重なことと見なさざるを得ない、現時点の生活環境の厳しさが改めて思い知らされたのである。
 同じ深刻さに対しても、若さゆえに高を括ることのできる世代とは異なって、無償配布のありがたさを自然に受け入れる年配世代。彼らの胸中では、深まり行くこの不況の深刻な臭いを通して、皆がこぞってひもじい思いに苛まれた状況、戦時中、終戦後の光景がじわじわと蘇っているのであろうか……

 もうひとつ、思いを寄せたことは、「無添加」の「自然食品」についてである。年配の世代にとっては、それらが良いと思えるのはごくごく自然なことであろう。たとえ、味や形状にスマートさが欠けるとしても 、とにかく安全であったという確信があるはずだ。しかも、かつてのそれらは命をつなぐための貴重かつ希少な糧なのであっただろう。感謝の念を伴いながら、全身で「おいしい!」と叫んでいたのかもしれない。
 彼らにとって現代の加工食品は、いまひとつ心が許せなくて、それでも不本意ながら口にせざるを得ないものであっただろう。が、その意を強めさせるに足る加工食品の不祥事が、嫁や孫たちと見るテレビ画面で大々的に報じられるに及ぶと、もう行動あるのみ! という確信に行き着いたのではないだろうか。冷たい北風が吹きすさぶ中を並ぶ彼らの心と「リュック」の内には、薄っぺらな現代への猜疑心と、貧しくも自然を信じてつつがなかった確かな過去を望郷する思いとが混在していたのかもしれない…… (2003.02.05)

2003/02/06/ (木)  パウエル主演の『ネゴシエーター』が見たかった……
 

 共通の敵を持つ者たちは友人となりがちであろう。イラクにとっての、北朝鮮にとっての共通の敵は、目下のところ、言うまでもなく米国である。
 「坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い」とあるが、米国を憎み、警戒心を強めている北朝鮮は、イラクへの執拗な米国姿勢を眺めていよう。そして、米国の言いなりになって尻尾を振る「ポチ」たる日本政府をも睨んでいるはずだ。米国でさえ、対イラク戦争が始まったら北朝鮮が機に乗じて不穏な動きを示すことを警戒して、二正面作戦の配備をし始めているという。米国との間での不可侵条約の締結を期待していた北朝鮮に対して、当初、ブッシュは北朝鮮への攻撃はないとのリップ・サービス的な姿勢を示したが、北朝鮮への威嚇の配備作戦は、否応なく両国間の緊張度を高めてしまったはずである。

 多くの日本人は、イラクをどこか遠い国だと見なしているかもしれないが、危機の連鎖は、日本を十分に危険水域にはめ込んでいるように感じるのだ。米国が、平和と安全とを口にしながら、このまま実際には戦争の渦を作り出すことに躊躇しないなら、そこに現れた怨念のようなネガティブな磁波は、危ない国々に最悪の引き金を引かせる危険を、ただただ高めるだけになっているのではなかろうか。北朝鮮は、イラク以上に荒廃した環境にあり、狂気の選択への可能性は皆無ではないはずだと見える。そして、片方では北朝鮮のミサイルは、核を搭載し、東京を標的にして七、八分で着弾するという可能性も否定できないと聞いている。とにかく、「手荒なまね」をして冬山の「雪崩れ」現象のような悲惨さを生み出してはならないのだ。

 昨夜の米国、パウエル国務長官によるイラク査察妨害証拠の提出「ショー」(イラク側は、これを「アメリカン・ショー」だと言ったとある。もちろん、イラクに肩入れするつもりなどはないが、それにしても「ショー」という印象が拭えなかった)は、床に入ってまで同時通訳を聞くはめになっていた。そして、まず感じたことは、真実がどうであるかという本命のことよりも、とにかく米国の、戦争を急ぐ姿勢に対する怖さであった。膨大な武力以外にも、他国を隅々まで覗き込める衛星の精度の高い威力がプレゼンされた。相手国の軍事幹部たちの会話を盗聴することさえできたというその諜報活動の凄さも示された。そして、その結果をアピールするためにマルチメディアが駆使された。まさに、向かうところ敵なしのスーパーマン検事のようであった。

 しかし、残念だと思えたのは、この証拠提出が米国によってなされた点である。もしこれが、査察団なり、中立の機関から出されていたなら、これらの「状況証拠」はもっと説得力を発揮したのであろう。上記のように、何でも可能なスーパーマン的パワーを持つ米国であるからこそ、イラクが「反論」するように、捏造することさえも不可能ではないのではないか、という邪推が否定しきれないのだ。そこまで、「同盟国」たる米国を信じないのもさみしいことだが、これらをもってして、「イラクの大量破壊兵器に関する疑惑はさらに深まった」と指摘する日本政府の「ポチ」度加減はもっとさみしいと思う。

 戦争というものが、恐ろしいのは、先日の暴力団関係者による発砲・乱射事件と同様に、いやそんなものとは比較を絶するのだが、要は「まきぞえ」的に何万、何十万という膨大な命が破壊されるということだ。洗脳されているかもしれぬ子どもたちが憐れでならない、と誰もが感じているはずだ。
 また、パウエル国務長官の論理的矛盾は、あれだけ炭疽(たんそ)菌などの「化学兵器」の危険、その保有推定量の膨大さを指摘していながら、戦争を始めたならそれらが戦場に拡散するかもしれないリスクについて何ら懸念されていなかったという点だ。子どもたちを含む相手国国民について考えよ、というのも虚しいが、地上戦となった際の自国米兵たちのことはどうなんだろうか。後遺症どころではない悲惨さが兵士たちにも待ち受けているのではないだろうか。
 戦争が長引く中で、米国国内からも当然のごとく反戦勢力が台頭してくるに違いなかろうが、何十万もの戦死者を作り出した後で、また国際的にも広がる憎悪の連鎖がさらに根強くなった後で、展開される反戦運動はさみし過ぎる。「ネゴシエーター」という米国ならではの映画があったが、やはり米国は、最後の最後までリアルな合理性を求めて、粘り強く「ネゴシエート」すべきだ…… (2003.02.06)

2003/02/07/ (金)  健康問題に目を向けさせられた一日……
 

 今日は、健康問題に目を向けさせられた一日であった。
 まずは自分のことである。定期的な自主検診で早朝からかかりつけの病院に向かった。念のためということでCTスキャナーでの検査を行ったのだ。特に自覚症状があるわけでもなく、おまけに保険を使っても七千円以上の費用でもあるため、前向きの気持ちにはなれなかったがとりあえず受診してきた。高額のCTスキャナーの運営維持のためには、いろいろな人の受診が必要なのだろう、などという憶測も持ったりしていた。そんな腹の内の憶測が、ひょっとしたらスキャニングであぶり出されているかもしれない。

 人は誰でも健康を害することがあり得る。システムの設計や、改造、はたまた運用上の不具合という「システムの病気」を治療する技術者もまた、健康上の不調に陥ることも十分あり得る。
 今日は、客先に出向いていた弊社のスタッフが、現場にて救急車出動要請を考慮せざるを得ないほどの不調に陥った。関連業者から連絡が入り、現場がクルマでゆける一時間程度の距離ということもあって、クルマ通勤をしているわたしが迎えにゆくこととしたのだった。 身体の不調を懸念して、診断を受けていた者であったため、不調の様子は聞き知っていたが、現場で見せた彼の症状は実に憐憫の思いを誘うものであった。早速、自宅へ送りとどけ、とにかく休ませるようにした。

 ソフト会社というものは、技術でビジネスをしているわけだが、要するに技術という商品が個別に存在するものではなく、ビジネスの元になっているのは技術者という人間なのだと認識している。悩みや、理想や、不慮の健康状態などに常に影響を蒙っている人間なのだ。現在のように、人が元気で生きることをさまざまに揺るがす環境が広がっている時期には、問題の発生もまた予断が許されないのかもしれない。
 もとより、ソフトウェアのシステム開発というものは、これだけが特殊だというほどでもないにせよ、技術者個人の知的能力、センス、パーソナリティなどと密接に絡んでいる。そして、あらゆる人間の作業の自動化が突き進む現代にあって、それらを推進させた力がこれであるとともに、それらが困難と見なされて残された領域、その領域に挑んでいるのが、ソフトウェアのシステム開発だとさえ言えるのかもしれないのである。

 現代は、「知識」というものを、人の内面の総合力とは別に操作することが可能と、高を括りがちでもある。そして、ややもすれば技術者個人への関心ではなく、外在化されたと錯覚する技術自体により多くの関心を向けがちでもある。
 事実、各組織団体での技術教育にもその傾向が強いし、若い技術者候補生もそうした発想を採りがちとなっているような気配だ。
 その影になってしまっているのが、人間側の総合力だと思われる。自分は、かねてからこの側面への関心を捨て切れなかったが、相変わらずというか、ますますというか、この側面の重要さが軽視されているように思われてならない。
 そして、この人間側の総合力についてはいろいろと議論可能であるが、それらを根底で支える身体と心の健康管理の問題が、もっと普通に重要視されてよいのだろうと痛感している。ここを損なうことさえなければ、何とでも生きてゆけるのだ、という楽観性を持ちたいものである…… (2003.02.07)

2003/02/08/ (土)  「ものぐさ」をも唸らせたスラックス売り場の変化!
 

 今が、冬物のバーゲン時期だから、着替えのスラックスを「イトーヨーカドー」あたりに探しに行ってはどうかと、家人にしつこい程に勧められていた。あんたは「イトーヨーカドー」の回し者かと、わたしが言ったほどにことあるごとに勧めていた。ようやく、出向いて帰ったら、「やっぱり何度も言っていると『刷り込み』効果が出るものね」と、人を小馬鹿にした言い方をされた。
 自分は、身につけるものについてはいたって無頓着だと言える。いつだったか、息子が中学生くらいだったころだろうか、「お父さんは、何であんな変な格好で表に出るんだろうね」と愚痴をこぼしていたという。そんなつもりもないのだが、逆に、意識して身だしなみを整えようというつもりにもならないのだ。気にすることといえば、もっぱら寒い暑いといった機能的な面だけであろうか。

 そんなことだから、事務所へのクルマ通勤の上、都心へ出ることも少ない日常では、ネクタイとワイシャツを替えるだけが着替えだと認識し、スーツ、ブレザー、スラックスは長期間平気で着続けてしまう。
 ところが、最近、ウォーキングの成果が出て、足腰がスマートになったためスラックスが、はき心地と見た目でダブつく感じとなってきていた。いつものとおり、「まあ、いっか」とやりすごしていたのだが、滅多にそんなことは言わないおふくろからも「随分、ブカブカのジーパンをはいてるんだね」と唐突に指摘され、内心ハッと思うようになったのだった。
 そこで、いよいよ「イトーヨーカドー」の冬物一掃バーゲン市に出向いたのであった。
 ショッピングが嫌いなわけではないのに、なぜ衣類の買い物を毛嫌いするのかといえば、特にスラックスの場合、わずらわしさが先に立つのであろう。まず、色や風合いを選び、ウエストのサイズで振り分け、そして試着して、その上裾を仕立ててもらうために股下サイズの計測をしなければならない。そして、裾の仕上がりを待ったり、あるいは再度取りに行ったりしなければならない。高がスラックスごときで、どうしてそんなに手間をかけなければならないのかという潜在意識が、「まあ、いっか」という保守主義に徹しさせてしまうのである。

 しかし、今回のショッピングは、衣類の保守主義者の目をいくらか醒まさせたかもしれない。状況がいくらか様変わりしていたのだった。敵もさるものと思わせる点に目をむけざるをえなかったのである。
 そのひとつは、自分のようなものぐさを狙い撃ちするかのような趣向が凝らされていたのだ。つまり、各ウエストサイズ毎に、各種の股下サイズが用意されたコーナーがあったのだ。これなら、一回試着すればすべての解答が出て、わずらわしさ感は一気に軽減されるのである。わたしは、思わず胸の内で「ヨーシ!」と同意の声をあげていた。「これが世に言う『顧客本位!』なのさ、『ユーザ・オリエンティッド!』なのさ」と、大げさに納得していたのだ。
 おまけに、デフレの上に冬物一掃バーゲンということも重なり、記憶していたスラックス価格(あまりにも以前の話だから半分忘れかけてさえいたが……)と較べて格安という印象を受けたのだった。店員の方に、「こんなに安くてやってゆけるのですか?」と声をかけたいほどなのであった。
 結局、勤務用のスラックス三本と、おふくろの指摘を思い起こしてジーンズ一本の計四本を購入することにしたのだった。ものぐさの上に景気も悪いため、スーツもここしばらくあつらえていないなあ、とスーツ売り場に目をやったが、「サラリーマンの衣類購入額は低下傾向!」という報道を思い浮かべ、「まあ、いっか」と帰宅したのだった…… (2003.02.08)

2003/02/09/ (日)  歴史を作るのは、リーダー個人ではなく、圧倒的多数のフォロアーだ!
 

 もっと早起きをすべきだったと後悔するほどに、久々の気持ちの良い天候である。明け方まで降っていた雨が、冷たく乾き切っていた地表に潤いを与え、暖かく、しっとりとした陽気を生み出していた。こんな、春のような陽気の日差しの下を歩いていると、ついぞ思い出さない遠い過去、幼い頃の春の日の日差しの中で遊ぶ光景が断片的に蘇ってきたりする。不安というようなものを生み出しようもないほどに、その材料となる想念などを何も持たず、ただただ柔らかい日差しに溶け込んだ現時点の自分があるのみといった幼い日々の何気ない光景である。将来を憂えることも、懸念する過去とて持たない、今だけを意識する幼い頃。それだけに、明るく暖かい日差しと自分だけが存在のすべてだと感じていたのかもしれない。そして、日差しが傾いてゆき、やがて寂しげに西の空を夕日が染めると、心細い気分となっていったのだろう。裸電球のともされた家の中の明るさが、ともかく心細さから守ってくれる場となった……

 まだまだ、本当の春は遠く、これからも雪が降るような寒ささえあり得るのだろう。
 しかし、今年の冬、その底冷えを伴った寒さと陰鬱な気候は、身体にというよりも、気分に応えたという印象がある。"Freeze ! Just freeze."(動くな! 動くんじゃない。)とでも警告されたかのような、不況の下での社会全体の沈滞ぶりは、わたしの気分を眠らせるに足るものだった。極端に言えば、起きていながらあたかも夢の中を彷徨っているような覚醒感の乏しさを感じたりもしたほどである。

 聞くところによると、冬(ふゆ)とは、「増ゆ(ふゆ)=増える」を語源とし、春(はる)とは、「張る(はる)=はちきれる」の意味でもあるという。季節の厳しさを耐えながら、力を温存、増殖し、はちきれた力が、機を得て芽吹くように発現するのが春だということらしい。
 しかし、そうした建設的な動きのためには、そういうことであるという信頼に足るインフォメーションなり、希望を持続させる何かが必須のはずではなかろうか。それが無いのが現状の最大の問題のように思われる。リーダー不在だと頻繁に叫ばれるのは、困難で不確かな状況にあって、この苦境を超えるならばどのような明るさが見えるようになるのかを静かな信念をもって語り、そのために時系列の手立てを組み立てたプログラムを聡明さをもって提示する、そんな人格がいないからなのであろう。あるいは、そうしたことが為せる人こそがリーダーなのだというリーダー観を、残念ながら多くの人が持ち得てこなかったところに問題が潜んでいたのかもしれない。

 リーダー・シップという言葉はよく知られているが、これを生み出し、支える「フォロアー・シップ」という言葉は意外と知られていない。人間関係とは、いつも相互的であり、相補的な関係なのであり、良きリーダーの登場のためには、賢く聡明な支持者、見届け者(フォロアー)が必要なのであろう。
 さらに言うならば、実際、事を為すのは、あるいは歴史を作るのは、リーダー個人ではなく、圧倒的多数のフォロアーだと見なすのがごく自然だと思われる。リーダー個人は、フォロアーたちのパワー、それは時として相殺し合う愚も犯し得るのだが、そのパワーに自然の流れを促す役割を演じるものなのであろう。

 とにかく、わが国の現状が、未曾有の苦境のただ中にあり、現首相と内閣がミス・キャストであることは間違いないだろう。いくら忍耐強い国民といえども、上述のリーダーたる基本用件を果たしえない者を仰ぎ続け、"Freeze !" し続けることは、「力の貯め」のない冬を長引かせることになり、実りのない春を招くことにしかならないのである。90年代の「失われた十年」はあっという間に「失われたニ十年」となり、子どもたちが将来この時期の大人たちの無為無策、そして無能さを嘆く日が来るような気がしてならない…… (2003.02.09)

2003/02/10/ (月)  子どもたちが、病んだ大人たちの大きな救いだと思える時代!
 

 最近、強く感じ、考えること、そして望むことは、目をそむけたくなるほどに荒んだ時代や社会の現実に凛として拮抗する、人間への応援歌のような事実である。荒れ果てた現実を凝視して、これを変革、改善することはもちろん重要である。
 しかし、たとえば、この日誌にしてからが、荒んだ現実を批判的に叙述したとしても、余りにも愚痴っぽい共鳴ばかりとなり、書いている方もカタルシス(憂さ晴らし?)にもなり得ず、むしろ陰々滅々とした泥沼に足元がすくわれる思いさえしている。文章は、書くものと読むものに元気や勇気を喚起するものでありたいと思っているのに、いくら現実がそうだからといって、暗さだけを再現して何になるものかと思う昨今である。

 『NHKスペシャル こども・輝けいのち』を見ていて、じわーっと感じたのは、「そうなんだ、この不幸な時代にあって、どれほど大人たちは子どもたちから生きる勇気を与えられているか」ということであった。
 昨夜の「第1集 父ちゃん母ちゃん、生きるんや 〜大阪・西成こどもの里〜」では、夫に先立たれアル中から抜け出せない母親を助ける高校生の男子と、自分を捨てて出て行った末に脳卒中でリハビリを受けることとなっていた父親とのやり直しを進めるやはり高校生男子、そして貧困と離婚によってアル中となってしまった父親をまるで妻のように支える八歳の明るい女の子の姿、などが紹介されていた。

 両親を選ぶ余地なく、そしてそこでの貧しく苦しい環境をも選択の余地なく引き受けている子どもたち。かれらの口からは、どんなに苦しめられていても自分の父や母が「好きなんだ」という言葉が返ってくる。それは……などと言って、訳知り顔で余計なことを言うべきではないのだ。この粗野で単純明快な事実にこそ、何ものにも換えがたい「救い」というものがある。比較だとか、良い悪いという視点が小賢しくさえ思えてしまう、単刀直入な子どもたちによる「愛」がそこにある。ネイティーブな(加工のない自然な)感情の逞しさがそこにうかがえる。

 今、子どもたちの生きる姿に多くの人たちの目が向いてしまうのは、やはり、大人たちの作り出した世界が、どこか狂い始めているからに違いない。大人たちが、いい点もたくさんあるにもかかわらず自信を喪失してしまっている現実があるからに違いない。
 子どもたちは、知らないがゆえに、おおらかで健気で天衣無縫でいられるのだと、一面での客観的感想さえ口篭もるほどに、大人たちは痛んでいるのかもしれない。

 道に迷った場合、迷いが始まった元の場所にまで戻ればよいことは、誰でもが知っている。よく見知った心安らぐ元の場所まで戻れば、確かな再スタートが切れるはずであろう。ところが、いやらしい現実の世界は、懐かしい元の場所に戻ることをさまざまなかたちで妨害するのかもしれない。
 そんな妨害などはない、あるのは当人に潜む意志薄弱や弱さだと言うことも不可能ではない。かつての自分は、そう言ってはばからなかったかもしれない。
 だが、今は違うことを感じている。道に迷った者は、すでに途方に暮れているはずだし、恐怖さえ感じているかもしれない。少なくとも、恐怖と表裏一体となった不安の虜となっているに違いない。そんな状況に埋まった人に、無いものねだりのように強い意志を持つべきだと、「べき」論を吐いたところで何もならないはずだろう。

 アル中という病気を念頭に置いてはいるのだが、周辺的にふたつのことを考えようとしている。ひとつは、現代という時代には、つまずいた心を癒すとの触れ込みの依存癖の強い薬物などが多すぎるという点。もうひとつは、これらと裏腹の関係において、身体が本来持っている自然治癒力が損なわれていたり、その前に軽視されていたりしているのではないかという点である。そして、それらに共通するのは、人間の身体性への大きな誤解と蔑視なのかもしれない。
 子どもたちが、大人たちの救いであるように思える時代に潜むひとつの病根とは、実は、人間の身体性や人間の内なる自然を軽んじ、見下して来たかもしれない近代・現代文明の問題の根と同根であるのかもしれないと、ふと思うのである…… (2003.02.10)

2003/02/11/ (火)  こんな時代に、ますます際立つ古典落語世界の妙味!
 

 若い時から古典落語好きだったので、ラジオやテレビからの録音テープがそれなりにある。ちょっと以前までは、そうしたテープを毎晩寝る際に耳にしていた。オートシャット機構のないテレコを使っていた時には、巻き取りのスイッチが入ったままのテレコが夜中にキーッという音を立て驚いたりした。
 その後も、相変わらずテレコを愛用し、思い切って「円生(えんしょう)」の木製化粧箱入り『古典落語大全集』を購入した際にも、テープ版を選んでいた。
 だが、CDプレイヤーを使い始めるようになり、頭出しの便利さや、何よりも音の劣化が少ないことなどから、今ではすっかりCDプレイヤーによる落語鑑賞というスタイルが定着した。比較的最近入手した「志ん生(しんしょう)」の『大全集』は、迷うことなくCD版を選んで購入していた。よく何かのコレクター向けに「永久保存版」がどうだこうだというのを聞くが、こと古典落語に関しては、たぶん歳をとっても聞き続けるはずだと思い定め、音質劣化の少ないCDで一安心しているといったところだ。

 ほぼ毎晩聴きながら眠るため、数のあるCD『大全集』とて、あっという間に気分の新鮮さを失うはめになってしまう。そこで、昔録音したテープを引っ張り出してきたりしていたが、どうも使い勝手が悪い。中には、過度に愛用したためにテープと音が歪んでしまったものまで出てくる。
 ラジオなどから録音した部類のテープは、いわゆる寄席のライブであり、客の笑いや拍手なども収録されており、それはそれで趣きのあるものが多い。製品版向けのスタジオ録音も落ち着いていて悪くはないのだが、ラジオ放送からのものは捨てがたい。
「これで、演芸特選を終わります。まもなく、九時五十五分になります。ここで、明日の天気を……」とか、中には、「男はタフでなければ生きてゆけない。やさしくなければ生きている資格がない……」というテレビ放映の『野生の証明』のセリフが飛び出してきたりするのも、いとおかし。

 そこで、しばらく前から、自宅でのパソコン作業の一項目に、テープ・アーカイバをCDへコンバートする作戦を加えているのだ。
 まずは、テープ音声というアナログ・データをPCに、"wave"データとして取り込むのである。個々の演題はおよそ2〜3百MBくらいはあろうか。名称をつけられた話が、ハード・ディスクにデジタル・データとして保存されるのである。
 昨今のHDDは、大容量で安くなっているため、40GBもあれば、百本以上の演題を楽々保存することができることになる。そして、これらをCD-Rで適時焼いてゆくということになるのである。

 ずぼらとなった昨今では、ほかのことで手間をかけるのは願い下げなのであるが、こと古典落語となると労を惜しまないのだからおもしろい。
 しかし今や、わたしにとって、古典落語世界の妙味は、現実の世界の荒びと味気なさの深まりによってますます際立ち、輝かしいものとして浮かび上がってくるのである…… (2003.02.11)

2003/02/12/ (水)  この気分のおかしさには、ちょっと参っている!
 

 インフルエンザにでもかかり始めているのであろうか、どうも気分が優れない。めっぽう滅入ってどうにもならない。身体は特にだるいというわけでもなく、ウォーキングの足も比較的軽やかなのであった。
 そして、あいにく今日の天気は気分の良くない人を逆撫でするようなひどさだ。まるで、「手付金」のような春めいた日々を経験させられただけに、陰鬱な冬がぶり返したかのような天候は、心や気分にこたえてならない。どうも、現在のわが国の景気動向と並べてしまいたくなる。

 二十代の頃、「帯状疱疹(たいじょうほうしん)」という奇妙な病気にかかったことがあった。胸と腹の間の片側だけに、帯状の疱疹ができ、下着に触れるだけでピリピリと痛むのである。横になって休むのにも一苦労であった。神経の炎症とかであったが、何よりも苦しかったのは気分がとことん沈むことであった。楽しいことを考えようが何をしようが、ズズーンと不安な気分が波のように訪れるのであった。
 初期症状では何が何やら分からず、困惑したものだ。書店で『家庭医学百科事典』などを立ち読みしてみると、「帯状疱疹」という病名の症状が、何から何まで当たっていた。2〜3週間にも渡るとのことだったので、医者にかかることにした。その際、「どうやら『帯状疱疹』のようなのです……」と申し出ると、年配の医者は「ご明察! よく分かったね」と感心していたものだった。おべんちゃらはいいから、早く治してくれ〜! とわたしは叫んでいたはずだ。
 この病気は、通常年寄りに起こりがちなウィルス性の神経炎症で、ビタミンB群が過度に欠乏すると若い世代でも発症するとのことだったと思う。
 確か、発症したのは、秋口だった。その夏、わたしは、鉄工所での溶接のアルバイトに精を出し、工場内で溶接の熱を浴び汗を滝のように流し、炎天下の建築現場でも、真夏の日射と溶接の光をさんざん浴びて作業着としていたジーンズの上下をぐっしょりとさせていた。そして、その当時は、一人アパート暮らしをしていたため、ろくなものは食べていなかったのだ。後に、ゴキブリが一緒にあがっていてやめることにした最安値の天婦羅定食屋に飽きもせず通っていたはずだった。だから、原因を遡るのに何の苦労もいらなかったのである。しかし、人間がビタミンを欠乏させるとどんなことになるのかを身をもって思い知らされたものだった。

 今回のこの気分の落ち込みも、ひょっとしたら神経へのウィルスの攻撃なのかもしれないと予感している。コンピュータ・ウィルスの猛威も相変わらずだと言われている。インフルエンザ・ウィルスによる初期症状であるのかもしれないが、なんせ、日頃、世を憂える国士気取りで小難しいことをひねくり回しているものだから、現状の症状が、フィロソフィーから来るものか、神経へのウィルスの取りつきから来るものかが判然としなくなっていたりする。馬鹿な話ではある。
 ある人が、芥川や太宰は、毎朝午前六時にきちんと起床して、ラジオ体操を続ければ作風がガラッと変わったはずであると豪語したことがあった。人間の生き方というものは、複雑そうに見えても、意外とフィジカル(physical)な条件によってかなりの部分が作用を受けているのかもしれない、と思わされた。そんな意味においても、身体の管理への配慮は馬鹿にできないと思われる。「頭の弱い子身体が強い!それで人生五分と五分!」という荒っぽいが、ある意味では気の利いた言い草がある。人間の生き方における単刀直入な真理を言い表して、言い得て妙という気もするのだ…… (2003.02.12)

2003/02/13/ (木)  嗚呼、人情渦巻く江戸時代にまで戻りたい!
 

 子どもの頃、風邪を引いて早引けをした時のことだった。早引けをするくらいだから熱っぽくて、気分が沈んでいたに違いない。日が高い午後だった。
 自宅の「祖父の館」の前まで戻った時、祖父は家の表回りを竹箒で掃いていた。一種の道楽でもあった日曜大工の一区切りをつけたようで、カンナくずなどをまとめているようだった。そして、しょぼくれ顔のわたしを見て声をかけた。
「どうした、やすお。いやに帰りが早いじゃないか?」
「熱があるんで早引けしたんだ……」
「病気か? そんじゃしょうがないよな」
 そして祖父は、胸元の竹箒の柄(え)の突端で両手を組むようにして、わたしの姿を足元から頭のてっぺんまでなめるように見回す。
「気分が悪いのは分かるけど、しょぼくれるんじゃないぞ。まるで、何か悪いことしてるみたいに見えるじゃないか。病気ん時は大威張りで帰って来んのさ、なっ」

 体調が悪い時には、時々そんなことを思い起こしたりする。
 祖父の言葉には、祖父の生き方、処世術が奇しくも込められているのだが、同時に、かつての庶民感覚の中には、病気というものに対する文句ないいたわりのようなものがあった気配を感じるのだ。病気は、まさに「無礼講」のごとく特別視することを、皆で申し合わせ、了解し合っていたかのようである。
 ふと今思ったものだが、どこか「無尽講」の発想の裏返しのような気さえする。互助的な金融であった「無尽講」の発想は、皆の掛け金が抽籤で誰に当たっても文句なし、自分に当たる可能性も十分あるのだから、というものであっただろう。
 それに対して、災難の当たりとしての病気も、今日の自分は避けられていても、ひょっとしたら明日は自分が見舞われるかもしれないという現実的な判断があったと言えるのかもしれない。だから、順繰りの病気に当たってしまった人には特別待遇を許してやろうじゃないか、というふうであったのかもしれない。
 カネの工面も、災難との遭遇も、とにかく皆で了解し合って何とか助け合おうじゃないか、という庶民のいたわり合いとしての互助精神が暖かく想像されるのである。

 「医療費3割負担」化が問題視されている。現政府による「弱者切り捨て」の特徴が遺憾なく発揮された愚策だと言わざるを得ない。自民党の「本流」でさえ、危惧の念を抱き始めている。もっともこれは、「3割負担」化で通院患者数激減を憂える医師会からの反対に突き上げられたもので、庶民「感情」論にあらず、票読み「勘定」論だと言えよう。 しかし、たとえ票読み「勘定」論ではあっても、味方からも懸念される策なんぞは愚策だと言うほかなかろう。こんな時期の消費税アップにしても同様である。財政の帳尻合わせのためになりふり構わぬ策を講じようとしている現政府の硬直した姿勢が嘆かわしいと思う。
 国保にしても、消費税アップにしても、はたまた年金問題にしても、目を向けてもらいたいのは、じゃあ、なぜこうなったのか! というこれまでの経緯ではないのか。読みの無さと、勝手な資金流用と、そしてそれらを安易に支援した無責任体制! 言うまでもなく、無責任政党と官僚機構との合作の結果以外ではない。この上、今、こうなった以上仕方ないでしょ、という図に上った「勘当息子」のような体たらくは勘弁してもらいたいものだ。同じ「勘当息子」でも、落語の世界の御曹司なら、庶民の苦しみには手を差し伸べる人情というものがあったはずなのだ。演題「唐茄子屋」の「勘当息子」、「とく」は、罪滅ぼしで唐茄子を売りながら、長屋でひもじい思いをしている母子を助け、因業な大家と闘い、なんとも人情の機微を心得た粋(いき)な「勘当息子」だったのである…… (2003.02.13)

2003/02/14/ (金)  「医者いらず!」という言葉に託された昔の人々の生活の知恵!
 

 最近のさまざまなシステムには、自身のシステム不調を直す働きというものが組み込まれていたりする。たとえば、パソコンのOSであるWindows(98)ならば、「システム・ファイル・チェッカー」というツールが、壊れたファイルを探し出し、再インストールを促してくれる。ほかにも、バックアップをしておいたものを丸ごとリストアする、という手もある。いずれにしても、「自動回復」、「自然回復」に近い復帰を果たそうという発想である。

 こうした発想の根底には、人間を初めとする自然界の存在が自然に近い「回復力」を持っている素晴らしい事実への熱い視線があると思われる。この自然界のバランス回復力は「ホメオスタシス(恒常性維持機能)」と呼ばれたりしている。人間界の営為は、一方で、自然界の仕組みを超える新たな「デザイン」を持ち込んでいるが、他方で自然界の自然回復力や自然治癒力を弱体化させてもいる。
 森林伐採などの開発によって価値あるものが手に入れられる一方で、エコロジーの循環が切断されてしまい、最も自然な流れ、低コストで回復されるはずの動きが封じ込められてしまうといったことなどである。

 こうした自然が持つ回復力の機能は、人間の外側にある自然環境だけに限らず、人間の身体という自然自体においても十分働いてきた。近代医学の恩恵を受けられなかった昔の人々が頼りとしてきたのは、まさしくこのありがたいパワーであったはずだ。
 しかし、彼らは、単にそのパワーに頼るだけではなく、そのパワーが最大限に発揮されるための努力と禁欲も怠らなかったように思う。つまり、自然の秩序を撹乱せず、それらと一体化することへの配慮である。

 現代のわれわれは、自然の恩恵を感じる前に、近代・現代医学なり、人工加工物などの環境を享受し、すべてが人間の技によって成就すると過信させられてきたかもしれない。確かに、そう信じることが可能なほどに人工環境の素晴らしさを謳歌することもできる。 しかし、決して否定できない事実とは、そうした人工環境が人間の望むような機能を果たす大前提に、自然の法則と言うか営為が厳然として働いている、ということだと思う。
 特に、人間の身体の仕組みが、人類発祥以来どれだけ変化、進化したのかに目を向けた時、人間の自然性と人工性(文明化)の比率は較べようがないほどに「自然」なのだと言わざるをえないだろう。

 体調を崩してはたと気づいたことは、人は何を頼りにすべきかと言った場合、先ずは「自然」であり、さらに言えば「自然治癒力」だという点である。もちろん、近代医学のお世話になるな、と言っているのではなく、「医者いらず!」という感嘆すべき言葉に託された昔の人々の「予防医学」的な生活姿勢に対して謙虚に目を向けたいということなのである。
 昨日に引き続き、「医療費3割負担」化という情けない現実の動向を目の当たりにする時、庶民はカネの掛からない生活の中の確かな知恵を、是が非でも復権させなければならないと…… (2003.02.14)

2003/02/15/ (土)  「ネイチャー・デバイド」なんかを生み出す時代であってたまるものか……
 

 今朝は、最初に目覚めた時点で思い切って起床した。休みの日に七時台に寝床から離れるのはまれなことだ。天気予報のとおり、窓の外が快晴だったことも理由のひとつであっただろう。さらに言えば、ここしばらく優れない気分にとって、こんな快晴の日の朝にウォーキングをすることは大きな癒しを与えてもらえると思えたからだろう。
 案の定、燦々(さんさん)と降り注ぐ朝日の光は、何ものにもかえがたい安心感と元気とを与えてくれた。

「米の飯と天道(てんとう)様はどこへ行っても付いて回る」(どんな所にも日が当たるように、人間、どこへ行っても、どんなことをしても暮らしていける。だから、くよくよするなということ)ということわざがあった。先日も書いた古典落語の「唐茄子」売りをすることになる勘当息子もこれを口にする場面がある。身の置き場を助けられた叔父さんから、おまえは勘当された時に偉そうなことを言ったそうだがと聞かれ、
「ハイッ、お天道様は付いて回っていますが、米の飯は付いてきません……」と、後悔じみた泣き言を言い、助けてもらいたいと哀願する場面である。

 落語の話はともかくとして、冬の日の明るく、暖かい太陽ほど平等に万人を和ませるものはないと言えるだろう。登りつめてしまった商品社会にあって、何においても貧富の差に応じて報いるいやらしい時代にあって、太陽ばかりは無償で、惜しみなく恩恵を与えてくれる。ただし、とりあえずは、贅沢(ぜいたく)を言ってはならない。贅沢を言えば、すぐに商品社会の思うつぼにはまり、日当たりの良い高価な住宅ということになってしまうのだ。そこは、みずから足を運ぶ謙虚さ、健気(けなげ)さがなければならない。広い公園なり、広い通りなり遮蔽物のない公共の広場に出向けばよいことなのだ。

 植物と違って、人は「光合成」は行なわないに決まっているが、それにしても燦々とした太陽の光を浴びることは、オゾン・ホールからの強い紫外線は別として、心身ともに健全化するに違いない。まして、当たり前のことではあるが、求める人々には公平に降り注いでいるという事実に気づくと、なにやらひとしおの感慨が伴ったりもする。
 「日照権の侵害」という文明社会にあるまじき非人道的行為をする者や業者がいるわけだが、こうした事実に厳しく「ノー」と言える社会こそが人間を大事にする文明社会だと言える。誰のものでもない恵みの太陽光を、高々地表の一時的な人為的指標でしかないカネの力で独り占めするなんぞは許されて良いわけがない。人間が生きる自然の権利が保護されるのなら、その人間が生きる上で「不可欠!」な太陽光を不当に妨げる行為は、人間の自然権への侵害として厳しく対処されていくべきだと思う。

 二十一世紀は、決して、グローバリズムや構造改革によって貧富の差が広がり、「デジタル・デバイド」などを初めとした貧富の差によってさまざまな人間社会の恩恵から遠ざけられる人々を作り出す時代ではないはずだ。まして、自然の恩恵からも排除されるといった「ネイチャー・デバイド」なんかを生み出す時代であってたまるものか…… (2003.02.15)

2003/02/16/ (日)  旧街道沿いの白梅の古木は何を思っているのだろうか?
 

 昨日の天候とは打って変わっての、寒々しく小雨が降る最悪の日曜日である。だが、季(とき)の移りゆきに寄り添う植物たちの律儀さに目がとまった。ウォーキングの帰り道となっている旧街道(旧町田街道)沿いの古い家々の白梅が見事に開花していたのだ。
 いかにも小づくりといった小さくしっかりとした花弁の白梅ひとつひとつが、この冷たい小雨をあびながらも凛(りん)として咲いている姿は、眺めることなく通り過ぎるには惜しいと思えた。
 中には幹の太さが3〜40センチもあろうかと見える古木もあった。幹の表面は、黒く、硬いうろこのような樹皮が覆っている。ところどころに暗緑色の苔がうっすらと色を添えてはいるが、全体としてはまるで水墨画のような印象を与えていた。
 さぞかし、ある時期には豪華な母屋と、見栄えのする庭の一角で誇り高くおさまっていたのであろう。しかし、現在その梅の木の背後に見える建物は、安普請の木造平屋賃貸住宅のようである。風雪に耐えてきた梅の木とはあまりにも似つかわしくない組み合わせだと思えた。時の流れの無情さが伝わってくるようである。

 そう言えば、旧街道沿いを歩いていると、もともと何もなかったか、畑などであった新開発地とは異なって、時の流れの何がしかを考えさせられたりするものだ。
 毎日歩いていると、旧街道沿いの変化に否応なく気づかされるものである。昨年の年末、かなり広い敷地のある旧家が取り壊され、更地にさせられているのを知った。時代に沿った商売でもやり、それを順調に進めないかぎりは、とても農家であったはずのなりわいを延長するだけで大きな土地資産を維持してゆくことは困難なはずである。庶民には無縁の膨大な相続税が、被相続者たちに過去との決別という決断を迫るに違いない。
 しかし、他人の家であっても、建物はもちろんのこと庭木も、あるいは歴史を誇ってきた古い門構えなども、荒々しいシャベル・カーの動きによってなぎ倒され、撤去されていく状況は、見ていて心地よいものではない。とりわけ、その家の人々とともに、何十年、いやそれ以上の歳月をともに生き続けてきた樹木たちが無造作に伐採され、根こそぎに撤去される情景は、言い知れない哀しさを伴う。

 その更地は、現在、庭も、日当たりも何もあったものではない一戸建て住宅がひしめき合うように建築中となっている。時々、建築中の進捗状況を、たぶんその契約者家族と思われる比較的若い家族たちが見に来ているのに出っくわすことがある。いずれも、期待に胸を膨らませているような様子が、建築現場を眺めている嬉々とした姿からうかがえたりするのである。

 そんな時代の変遷をどんなふうに受けとめてきたのであろうか、受けとめているのであろうか、今咲き誇っている白梅の古木だけではなく、この近辺には少なくない見上げるような大木に出会うと、ふと思いめぐらすのである…… (2003.02.16)

2003/02/17/ (月)  今こそ、思いっきりマジメに「イマジン」してみたい!
 

 平和を求める人々によるデモが全世界で一千万人を超えたと報道された。米国によるイラク攻撃への反対運動の意思表示である。もちろん、今後の米国の動きや事態の推移は予断を許さない。しかし、平和解決を切に求める聡明な人々が決して少なくないことに安堵感と喜びを感じた。そして、やや悲観的傾向に陥っていた自分を幾分恥じている。また、生存権が脅かされるほどの景気悪循環の中で、聡明な意思表示についてさえ他人事かのように無反応となっているかもしれない日本のさみしい現状を振り返った。

 あるドラマの中で、「一人でも信じ続ける者がいるかぎり、世界は変わる!」という言葉があった。人間が弱いか、強いかは、人間がどう信じて実証してゆくかにかかっているのだろう。そしてこのことは、身の回りの小さな人間関係であれ、組織の中の集団力学であれ、そして世界の国々の国際関係であれ同じことだと考えたい。
 そう考えると、最もみじめなのは、「日和見(ひよりみ)」であるに違いない。環境や世界が抱えた問題に対して、何一つ自分なりの選択をしようとせずに、大勢(たいせい)の動きを眺めてひたすらそれについてゆこうとすることは、自分自身と周囲の人々の両方に対して信頼関係を放棄してゆくことのように思える。

 周囲の他者が、そんな「日和見」主義者に信頼感を抱きようがないことは言うまでもない。だが、「日和見」主義者にとってもっと恐ろしいことは、自身の何ものも信じられないという「人間放棄」とも言うべき最悪の事態に蝕まれていくことではないだろうか。
 もはや、日本が延々と続けてきた「キャッチ・アップ(欧米先進諸国水準への追随・接近とその延長)」時代はとっくに終わっているはずである。世界の現状は、個々の国々が、自らの歴史を踏まえて、前人未踏の新環境の中で自立的な選択をせざるを得ない状況となっているものと思う。
 どの国もが、未曾有の新しい難問を抱えて、明確な自信を持ちえているとは言いがたいのではなかろうか。米国とて、表明される「自信過剰」的にも見える挙動は、見る人から見れば不安を覆い隠す大言壮語やはったりにしか見えなかったりする。力み過ぎてきた「保安官」が、一人だけで多くの敵を作り出し、日夜その影におびえるような様子だと言ったら言い過ぎであろうか。

 今こそ、世界で唯一の被爆国である日本は、その点を全世界への訴求力を発揮させる「看板」にして、いかなる戦争にも反対するのだという「単刀直入」な姿勢を示すべきだと思うのだ。「平和ボケ」だ、「観念論」だ、はたまた「時代錯誤」だと言われたっていいじゃないか。人間を殺すことに屁理屈をつけて、冷たくゆがんだ「知的」笑みを浮かべる者たちの勿体をつけた表情に、決して騙されてはいけない。彼らが、ささいなことで自滅していく道理を想像できる「イマジン」を持たなければならないと思う…… (2003.02.17)

2003/02/18/ (火)  技術を振り回すのではなく、感受性をこそ研ぎ澄ますべきなのかも……
 

 このところ昼食は、ダイエット志向から「カロリーメイト フルーツ味」と牛乳で済ますという日が続いていた。だが今日は、久しぶりに以前よく通った日本そば屋へ足を向けることにした。どうでもいいが、わたしがその店に出向いた時には、外人がよく来ている。今日も、たどたどしい英語の若い日本人と二人連れでそばを食べていた。先日は、ニーチェふうのひげの外人が、すする音を抑制して実に静かにざるそばを食していた。そばというものは、こうやって思いっきり音を立てて食べるものですよ、と教えてやりたかったくらいだ。

 帰り道、横断歩道の信号が替わるのを待っていた際、コートなしのブレザー姿で飛び出してきたため冷たい空気に包まれてしまった。思わず「おお〜さぶい、さぶい」とつぶやいてしまう。と、この寒い戸外で、勤勉さを絵に描いたような八百屋さんの、あいかわらず張り切っている姿が目に入った。
 この露天の八百屋さんは、駅からさほど遠くない、車道に面した畑の一角を借り受け、小型トラックとテントとを組み合わせた仮設店舗をもうだいぶ前から営んでいるのだ。幸い、この駅の南口側には事務所や住宅はあっても、コンビニや飲食店以外の店舗は皆無である。たぶん、そうした環境を見つめ、家族会議の上に開業したものであろう。
 裸電球をテントの中に灯し、結構夜遅くまで営業している。夏の夜などに見かける灯された裸電球とその下に並ぶ野菜類は、何となく涼しげな趣きも感じられた。しかし、冬場には、裸電球に暖かさは感じはするものの、背をやや丸め手揉みしながら客応対している店の人の寒さは、想像して余りあるものだ。

 どんな人たちが、どんな事情で、この畑の地主と交渉してここに至ったのかと、他人事ながらこれまでに何度も思いを巡らせたりした。
 こんな時期でも、最近は、脱サラ、リストラで店を開く人も少なくないようだ。そんな人たちが犯しやすい間違いのひとつは、商売という実質を脇に置いてしまい、店構えであるとか、店での自分の居心地良さとかを優先させてしまうことであるかもしれない。いわゆる「SOHO(スモールオフィス、ホームオフィス)」の予想外の低迷も、同様の敗因なのであろう。本当は、そんな「かたち」の問題はどうでもいいはずなのであり、要するにコンスタントな売上、固定客、そして安定した仕入れという部分が立ち上がることがほとんどすべてであると言ってよいはずなのである。にもかかわらず、「かたち」にこだわってしまうようだ。それは、ちょうど趣味の何かを始めるビギナーが、「格好」や「道具」にとりあえず目を向けてしまうことと似ているのかもしれない。
 そこへ行くと、この露天の八百屋さんは、売れる場所、重荷にならない店構え、そして身を粉にしての努力という実質本位の姿勢が、見上げたものだと感心するのだ。多分、店舗テナント料などのコストが掛からない分、商品売価も安いのではなかろうか。そのように、第三者に想像させるだけでも客寄せになっているのかもしれない。ならば、固定客も少なくないと推測させる。

 最近は、どうも「一発当て屋」や計算づくの「小りこう」ぶった輩が多く、そして傍目から見ても危なっかしい商売人が目につきやすい。確かに頭を使わない商売は難しい時代ではある。だが、何はなくとも、顧客確保という泥臭い原点に立ち返ることが重要なことであるように思う。そして、そのために人々が日々の生活の中で何を、どのくらいの強度で求めているのかという「人間通のスタンス」が不可欠であると思える。この点は、さまざまな専門知識、技術がやや過剰気味とさえ見える現在にあってはとりわけ重要なことではないのだろうか。技術を振り回すのではなく、感受性をこそ研ぎ澄ますべきなのかも…… (2003.02.18)

2003/02/19/ (水)  わたしの関心とあなたの関心が異なるのが自然でしょ?
 

 先日、あるテレビ番組(テレビ東京「開運!なんでも鑑定団」)でおもしろい少年が登場していた。高校一年生なのだが、骨董品にえらく関心を持ち、おまけに大正時代の女優さんたちのブロマイドを必死に集めているという変わった子であった。骨董市にてテレビ局の者と待ち合わせをした際にも、着流しと羽織を着こなし見事な姿で登場していたものだ。ちなみに、わたしはこの番組をたいてい見るとはなしに見てそこそこ楽しんでいる。民芸骨董には関心があるほうだが、むしろ新しいモノに文句なく価値ありとする風潮への何とはなしの抵抗なのかもしれないと思っている。また、いろいろな事情で入手した骨董類が、思わぬ高値を呼んだり、また思い込みで価値ありと信じてきた人の持ちものが贋作であったりという波乱を、第三者の涼しい顔で見ていられるのもおもしろい。

 上述の高校生は、視聴者に、大正時代の女優のブロマイドを譲ってくださいと呼びかけていたのだが、わたしは馬鹿馬鹿しいというよりも素晴らしいと思ったものだった。小学校時分から、こずかいのほとんどすべてをこうしたジャンルに注ぎ込んできたという。何がきっかけだったかと聞かれると、美空ひばりの存在であったそうだ。ひばりが国民栄誉賞を受賞した時のスポーツ新聞を後日古本屋で見つけて、千円で買ったとも言っていた。彼の部屋の中は、そうした時代ものの写真やレコード、資料で埋まっていた。決して、半端ではないのめり込み方をしているのだ。

 わたしには、彼が、おかしいというよりも「個性的!」というか、「独立独歩!」というか、とにかく好感が持てたものだった。同世代の大多数が、次から次へと日めくりの変化のように登場するタレントや芸能人に現を抜かしたり、あるいは、ファッションにせよ、ケータイにせよ新奇なものに飛びついている中で、反主流というか、天邪鬼というかを貫いている姿勢が実に感動的であったのだ。好きなものはしょうがないじゃないか! と言わんばかりに自分のコレクター人生に、何の迷いも感じていない毅然とした生き方が、ウームとうならせたのだった。(ちょっと誉め過ぎか?)

 幸せに生きるとは、こういうことなのかもしれないなと薄々感じたものだった。
 個性的に生きるという視点もさることながら、メジャーな他者たちが関心を向け、鵜の目鷹の目となって競合し合っているところに、のこのこと入っていくのではないあり方なのだ。まるで動物たち、昆虫たちの「棲み分け」原理を地でいくかのように、自分にとってだけ意味があり、価値がある対象に深く沈潜していくこと、これは何と素晴らしいことかと思っている。
 考えてみると、現在の多くの不幸の原因は、価値観の多元化などと言葉遊びをしていながら、実態は価値一元化の極みであることに由来しているように思われる。一言でいえば、「拝金主義」的価値観だと言えるのかもしれない。これを基軸として、「出世主義」「人気主義」「モノ万能主義」「排他主義」「独占主義」などの価値観がシングル・ピラミッドを構築しているような気がする。
 たとえば、真理の探究こそが生きがいだとして身を捧げたはずの「学者」先生たちが、場違いな世俗のジャンルに嬉々として登場してくるなんざあ、薄っぺらな当世風もいいところだと思う。もっともっと、無数の価値観の柱を打ち立てていくべきなのだ。

 漠然としてではあるが、これからの経済と社会のあり様においては、文字通りの「価値の多元化」が推進されることが重要なことなのではないかと推測する。そして、決して競合に向かうのではなく、スマートな「棲み分け」に向かうべきだと考える。
 「猫に小判」「馬の耳に念仏」のごとく、ある者が価値ありとすることを、意に介さないような者が存在する社会というものが、結構おもしろくて、かつ重要なのかもしれない。もちろん、単一貨幣が世界を駆け巡るグローバリズムという「閉塞」方向への揶揄のつもりである…… (2003.02.19)

2003/02/20/ (木)  健全な生活からの明るい提言!
 

 今朝は、気分よく目覚めた。昨日から、今日の天候は折りからの低気圧によって冬型となる上に、崩れると知っていたが、気持ちよく目が覚めたのでホッとした。
 朝の目覚めにこだわっているのは、ここしばらく気分が優れなかったことが、朝一番から始まっていたからだ。風邪やストレスなどいろんなことが重なり、起床しても夢うつつのような状態を経験したり、一日中頭がすっきりしないようなことがあり、ちょっとまともに気にしたのだった。どうも、夜更かしの上に、寝酒をするは、起きたらコーヒーは一日十杯は飲むはのでたらめがたたり自律神経を損なったのかもしれない。
 もともと、自分は朝には弱い傾向があった。「夜は龍のごとく、朝はネズミのごとし」の典型的な該当者なのだ。多分、この世に生まれて来た時、早朝だったらしいが、「朝っぱらから、何なんだ〜!」と機嫌を損ねて泣きわめいていたに違いないと思う。

 そこで、ここしばらくは生活改善委員のような毎日を過ごしてみたのだ。まずは、寝酒撤廃! である。もう何十年も毎日続けてしまった習慣である。量こそは、最近では缶ビール1〜2本にとどまってきたが、それでも眠れない時は、随時、特別追加措置を講じていた。
 自分でも想像したものである。自分が眠っているというよりも、アルコールが眠っているのではないか、いろいろと奇妙な夢を見る原因は、要するに酔っ払い運転ならず酔っ払い睡眠のためではないかと……。
 確かに、酔って眠ることは、どうしても睡眠を浅くするらしい。脳が活動の非番となり、休まるはずの「ノン・レム」睡眠が得にくくなるという。だから、目覚めが悪く、いつまでも寝ていたいという状態となるらしい。

 まだまだ、自慢ができるほどに安定していないが、さし当たって一週間は寝酒抜きで就寝することができた。このまま行けそうな気がしている。
 この一週間、まずは惰眠を放棄して早起きすることを心がけた。また、日が暮れてからは、できるだけ小難しいことは考えない、込み入った頭脳作業などはしないことを心がけた。もちろん、朝一番のウォーキングは欠かさないできた。あと、もうひとつ、時たま出かける近所の「トロン温泉」入浴を丹念に続けてみた。こうした、老人の知恵的な「努力」の成果で、今朝のような、誰もがメランコリーとなるような朝に、気分の良い目覚めを入手することができたというわけなのである。

 それにしても思うことは、自分の健康は自分がコントロールして守らずして誰が守るかということである。自分の身体に関しては、役所の役人や大企業の管理職のように、あるいは昨今の政治屋たちのように、責任転嫁をして誰かのせいにしたって始まらない。ますます、厳しくなるこのご時世ゆえに、庶民は身体だけが資本なのだから、くれぐれも心した資産運用をしてゆかなければならないと思っている。

 この健康問題と関連して、ひとつ気をつけたほうがいいかもしれない事実に気づいた。 わたしも、就寝前の十時過ぎのテレビ・ニュース・ショーをほぼ毎日見続けてきたものだが、この、気分が優れなかった期間、見ることを避けがちとなっている自分を見つけたのだ。多分、昨今のニュースは身体に良くない! ということのようなのである。
 考えてみれば、深刻で、どぎつくて、不快で、展望がなくて、(ああ、もういいか)といった報道は、なぜ見る必要があるのだろうか? しかも、心安らかにならなければならない就寝直前に! こんなものは、一日の締め括りに見るものではないと思われる。一日精一杯耐え切って仕事をこなした上に、疲れの駄目押しをするかのような愚を犯すことは断じてないと思えたのだ。どうしても、時局の掌握が必要ならば、知力と感情に余力のある日中にすべきことであろうか。
 いや、事実報道と称して、庶民が知ってもただただうな垂れてしまうような報道は、問題なのかもしれない。これらを無くせと言っているのではなくて、見る側が自粛、敬遠してよいと思うのだ。少なくとも身体にとっては。場合によっては、マスコミを干してやる! という気概があってもよいかもしれない、身体にとっては。
 そうすれば、マスコミ側も庶民が勇気づけられるようなネタを必死に探したり、「やらせ」にまで突っ込んだりして、少しは社会が明るくなるやもしれない…… (2003.02.20)

2003/02/21/ (金)  「不安」蔓延の時期における「自信」回復への二大要素!
 

 今現在、自分も含めて人々が最も関心を向けているテーマが何かと言えば、そのひとつに「不安と自信」というシビアな問題をあげることができるかもしれない。
 「不安」のほうの問題は、テロ事件の恐怖に始まり、不安定な経済環境からくる経済的問題やら、食品の安全性問題に東海大地震、頻発する凶悪犯罪に老後の生活の見通しなどなどと、数えあげれば切りがないほどに悪材料は揃い切っている。むしろ、このご時世で、「絶対だいじょーぶ!」といった安心じるしの対象を見出すのに骨が折れると言ったほうがいいかもしれない。

 だから、当然のごとくとにかく「自信」喪失状況が、ジワーッ、ダラーッと蔓延しているとも見える。「自信」喪失のあまり、オドオドとしたり、なぜか自己主張もできなかったり、あるいは、何の変哲もない当然の事柄に対してなぜかうれしかったりしていないだろうか。
 会社では、廊下ですれ違う上司が自分の顔を見て怪訝な顔をすると、「リストラ」という四文字の言葉が脳裏をかすめたりしないだろうか? フロアを見渡し、上司たちがこぞって緊急会議でいなくなっていたりすると、「うちの会社はだいじょーぶかな?」と暗い予感が背筋に食らいついたりしないだろうか? 突然、廊下の掲示板に張り紙がされたりすると、たとえそれが「社内一斉駆除剤撒布」のお知らせであったりしても、「もしや、自分の名前が……」と早合点したりしないであろうか? 給料日の昼休みに、急いで銀行へ行って給振りがつつがなくなされているのがわかると、キャッシュ・ディスペンサーに思わず手を合わせて拝んだりしないだろうか? 帰宅時の地下鉄で、ペットボトルを袋に入れて持つ労務者が乗り込んでいるのを見ると、次の駅で降りたくなったりしないだろうか? 自宅の最寄駅に着いたところ、消防車のサイレンが聞こえたりすると、用もないのに自宅に電話して、「オレ、今駅に着いたから……」などと間抜けなことを言ったりしないであろうか? 改札口を出る際、駅員に「もし……」などと言われようなものなら、定期の期限が切れているのも気づかないほどに、自分をなくしてしまっていたのかと、落ち込んだりしないだろうか? たとえ、駅員が「それは定期入れじゃなくて、お財布ですね」と言葉を足しても、『あなたはもうすぐ定期が不必要となりますね』と聞き取ってしまうほどに、ピリピリとしていないだろうか?
 なぜだかのどが渇いてしかたなく、自販機でウーロン茶を買おうと硬貨二枚を入れると、しっかりと缶が落ちる音がして、お釣りまでしっかりと出てきた。当たり前の事であるにもかかわらず、それがなぜだか、安心、信頼、保証の証(あかし)であるような気がして、とてもうれしくなったりしないであろうか? 自宅の通りの近所の飼い犬が、自分の顔を見て尾っぽを振っていたりすると、ほっとするだけでなく、あつい人情(犬情?)に触れたかのようで涙が一筋こぼれ落ちたりしないであろうか? 自宅の前までたどり着くと、自分の好物の肉じゃがであるような夕飯の匂いがたち込めていたりすると、もう一筋の涙が滝のようになり、咽び泣く心境とはならないであろうか?(だんだん、うそっぽくなり始めたかな?)

 しかし、この「不安」蔓延の時期において大事なことは、自分の身体を信じられる状態にしておくこと、自分と家族との心のきずなをしっかりと再確認しておくことであろうと思える。すべての「自信」回復への道が、その二大要素から始まるであろうことは、健全な庶民であれば誰も疑わないと思われる…… (2003.02.21)

2003/02/22/ (土)  「自然」生活とでも言うべき方向に大きく揺れ戻されている自分!
 

 今日は、曇天であるにもかかわらず、田畑や丘の木々の様子を見渡すとどことなく春が近いという印象を受けたものだった。休日の朝、まずまずの睡眠が確保できたこともあって、ウォーキングは「薬師池公園」を周る遠出をすることにしたのだ。

 このところ、自分は睡眠に関して実に神経質になってしまっている。これまでは、通常午前二時くらいを就寝時間のめどにしていたのだが、ここ一週間は午後十一時には寝床に入り、自力で眠るように努めている。つまり、寝酒に頼らないということである。今後、一生これを続けようなどというつもりは毛頭ないが、アルコールがないと眠れないという習慣や固定観念を、この際とりあえず壊そうとしているのだ。
 そのため、寝床に入ったら、できるだけ「心安らかな気分」となるべく、明かりの下で手にする本も厳選している。たとえば、東海林さだおのおもしろエッセイである『東海林さだおの大宴会』、文庫本の帯に「これは、皇后さまから最高のプレゼントとして国民に贈られたもの、と言っていいだろう。--- 河合隼雄」と書かれた『日本少年国民文庫 世界名作選 山本有三編』といった心和む児童文学、そして、かねてからの愛読書である漫画、つげ義春の『ねじ式』『無能の人・日の戯れ』などといったところだ。志ん生の『粗忽長屋』のCDのイヤホーンを左耳に挿しながら、読むとはなく読む(決して、深く考えたりしながら読んではいけないのだ!)と、羊がちらほらと現れてきて、頭脳活動が「ああ、今日は店仕舞なんだな……」とクール・ダウンしてゆくのである。

 不思議なもので、そこそこの深い睡眠がとれた頭は、朝一番から実に柔軟で、妙な表現だが幅と奥行きが備わっている、といった感じなのだ。ウォーキングの際に目にする風景からも、いろいろなことが連想されたり、想起されたりもする。単なる歩道の脇の枯草から漂う藁の匂いからも、幼い頃に過ごした大阪の田園の多かった光景を思い起こしたり、また、今日のように薄ら寒い曇天の下でのありふれた風景ひとつひとつからも、バラ色とまではいかなくとも、弾むような連想が跳ね上がってきたりする。
 遠くに民家が取り囲むかたちで広がる田畑、不定形な畦(あぜ)で区切られた田に、稲の刈り取られたあとが残っている。その脇の畑には、真っ黒な土から濃い緑の葱の穂たちが立ち上がっている。曇天の下ではあっても、そんな風景がとてもリアリティに富んで存在感が感じられた。昨今ではついぞ思いを寄せたこともなかった「ジオラマ」などを、田園風景をテーマにして作ると結構楽しいかもしれないな、などと自分らしく想像したりもしていた。
 これが、睡眠不調の際には、何を見ても、倦怠感と、ひどい場合には虚無感などが染み上がってきて往生させられるのだから、何という天国と地獄であることか……

 わたしは今、「自然」生活とでも言うべき方向に大きく揺れ戻されているような気がしている。過剰な人工物に取り囲まれ、身体の「内的自然」までそれらに撹乱されている気配を感じることを、感覚的に警戒し始めているのかもしれない……

※ 今日は、株式会社アドホクラット設立「十五周年」記念日なり。1988年の今日が創立で、明日から16年目が始まる。人で言えば「高校生」となる勘定だ。さて、どう進めていけることか。世のためになり続けられ、世の「お陰様」で継続できれば幸いだと考えている。 (2003.02.22)

2003/02/23/ (日)  過剰「選択肢」社会の現代における積極的「無関心」!
 

 率直に言って、楽しさもさることながら、「選択肢」の洪水のような印象を受けた。昨日、久々に町田「東急ハンズ」に出向いた際の感想である。以前は、しばしば覗いていたものであった。何か思い通りのものを創ろうとした時、あちこちの材料関係ショップを駆け回るくらいなら、「ハンズ」に行ったほうが結果的にねらいが早く叶った経験があったからである。また、「王様のアイディア」店を思い出させるような、ちょっとしたアイディアがスマートに生かされたグッズが並び、見て楽しむショッピングを満喫させてくれるのも出かける動機となっていた。

 昨日は、エレクトロニクス関係でちょっとしたターゲットがあったため、久しぶりに出かけたのだった。目指したモノは結局置いてないのがわかった。がっかり、というほどでもなかったが、それではと思い、何のあてもなく各フロアーを散策した。土曜日ということもあって、いずれの階も人があふれていた。不況とは言え、集まるところには人が集まるものだなあ、とシビアな現実を知らされる。

 贔屓(ひいき)目で見ているのかもしれないが、やはり各フロアーに並ぶ商品グッズはいずれも「アタシ、どう?」と気取ってポーズをつける女の子のように、一味の知的刺激を光らせているものが多いと思えた。しかも、ほんのちょっとだけ差別化された同種の商品が多いことに改めて気づかされた。たとえば、旅行用のバッグのキャリアにしても、ほぼ同じスタイルでありながら、ホイールが並のモノと全体が弾力性のあるゴム製のモノ、使用するバッグや荷物の大きさに応じた背丈の違いがいろいろ、そして折りたたんだ時のコンパクトさの違いなどなど多品種である。

 久しぶりのせいか、昨今のグッズのアィディア知識に疎くなっていたせいか、見るもの触れるものが目新しく映り、ちょっとした混乱状態に陥りそうになったものだ。とにかく、先ずは「えっ?」と、アイディア箇所と思われる部分に関心が惹かれてしまうのである。「ほおー」と手に取って関心してしまい、欲しくなったりする。購入を抑止するのは、その後まだまだ店内を見てみたいのに手荷物を増やすことがいやなこと、レジに並んで待つことで気分に水をさされたくないことなどであろうか。
 意外と、それを購入して実際自分の日常生活でどう使うのか、というリアルな問題については棚上げになっていることが多かったりする。しかし、逆に、そのことを落ち着いて考え始めると、やばいことになったりするのだ。思考量の負荷が馬鹿にならないものとなり、サラーッとグッズの海を見回るつもりが、まるで「新製品抜き打ち検査係」の担当者のように一箇所ごとに立ち止まり、しかめっ面をしなければならなくなるからである。

 つまり、たまに「ハンズ」を訪れたりすると、現代の過剰とも思える「選択肢」洪水状況に溺れそうになるのである。確かに、自分が関心を持っている事がらに関して、思い通りの「選択肢」がないことに対しては激しい苛立ちを禁じえない。しかし、自分が関心を寄せてもいない事がらで、多くの「選択肢」を当然のごとく並べられると、これもまた禁じえない苛立ちを感じてしまうのである。そればかりか、妙に疲れてしまい、もう出よ〜ッ! という気分にさえなってしまうのだ。
 ふと考えたが、「ハンズ」の店内に並ぶグッズのアィディアのそのすべてに、理性的な同意と共感を与えられる人は、先ずいないのではないだろうか。現実は、それらの何百分の一に共感を覚え、そして買ったり買わなかったりして対処しているのであろう。つまり、何百、何千、何万とある「選択肢」を、有っても無きがごとく見過ごす姿勢で「事なきをえている」と思われるのだ。要するに、これまでの「画一」社会が、「個性」と「選択」を標榜する社会となると、「選択」能力がクローズ・アップされてきて、先ずは何を、どんな基準で「選択」するのかを決められる能力を誰もが身につけなければならなくなるのであろう。
 しかし、それ以前にもっと注目しなければならない鉄則は、「選択」能力を磨くジャンルをうまく「選択」することであるのかもしれないと思えたのだ。どんなジャンルに対しても「選択」できるオールマイティな自分なんぞを思い描くならば、必ずや頭がパンクしてしまうに違いないからだ。関心のないジャンルについては、潔く「選択」不能! と思い定めるか、端っから「無関心」を押し通すといった、そんな思い切りの良い仕分けが、過剰「選択肢」社会の現代においては、馬鹿にできない処世術なのだ、と。「東急ハンズ」を出ながらそんなことを考えていた…… (2003.02.23)

2003/02/24/ (月)  『一番重要な知識は、何が知らないでいいことかを、知ることである』?
 

 かつて、と言っても二千四五百年も前であるが、古代ギリシアの哲学者ソクラテスは、真の知恵とは「無知の自覚」だと言ったと言う。現在でも知ったかぶりをする者ほど、実は真の事情をよく知らず、ただただ鼻持ちならないことは変わりない。
 しかし、現代という時代は、一方で知識と情報がふんだんに駆け巡っているにもかかわらず、人々に「無知の自覚」を否応なく自覚させるような環境だと言えるかもしれない。ソクラテスの「無知の自覚」とは、思索をする者にとって、知ることができたという傲慢さを打ち砕き、謙虚に構えることが真理へ近づく要諦であるとする意があったかもしれない。しかし、現代の「無知の自覚」とは、知ろうとすればするほどに、ワケが分からなくなってしまうというジレンマが潜んでいそうだ。ちょうど、海の塩水を飲むと、ますます喉の渇きが刺激されてしまうジレンマに似ているのかもしれない。むしろ、生半可に知るよりも、蚊帳の外にいたほうが「知らぬが仏」といった平静な心持でいられたりする。

 実は、昨日の過剰な「選択肢」云々という感覚も、同じ根っこの問題であったと思われる。いわば、現代特有の問題なのである。
 そんなことを考えていたら、興味深い書評に出っくわした。朝日新聞の書評欄の、ドイツのノルベルト・ボルツ(ドイツ・エッセン大教授、メディア論ほか)著『世界コミュニケーション』、評者:清水克雄氏である。
「情報や知識は物事をよく理解するために役立つはずだ。ところが私たちは情報や知識はあふれているのに、ますます先のことは分からなくなるという不思議な時代に生きている。なぜ情報量の増大は、かえって世界を見えにくくするのか。それは、『私の知識は増えるが、私の無知の増え方はもっと速い』からだ、と著者は言う」と切り出していた。そして、
「現代を地球規模で情報化が進む世界コミュニケーションの時代としてとらえる著者は、そこで起きている大きな問題は空間のもつ意義が減少して、かわりに時間の役割がふくらんでしまったことだと強調する。そのために人はいつも時間に追われている。
 情報は大量にあふれているが、時間不足のせいで大半は消化されずに終わり、いつも不完全な情報しかない状態におかれる。知識の爆発的増大に追いつけるような人間は誰もいないので知らないことばかりが増えていく。その結果、『一番重要な知識は、何が知らないでいいことかを、知ることである』という奇妙なことになるのだという」と要約していた。

 実感的には、まさしく現代の事情をよくとらえていて、意を強める思いがした。
 むかしは、その気のある人には、新知識を咀嚼する余裕が環境から与えられていたかに思えた。要するに、知識や情報の広がり方に緩やかな冗漫さがあった。ところが、現代はまさにグローバリズムという世界コミュニケーションの環境であるために、知識・情報が進化してゆく速度は、幾何級数的な上昇カーブだと言える。そんなものに、個人の頭がついていける訳がない。当然途中で見失ってしまうことになる。これが、知りたいと思う者こそが、「わからない!」という実感を深めて、苛立ちの渦に巻き込まれてしまう理由なのであろう。

 評者は、「倫理的な不安感」についても紹介している。
「私たちは世界中で起きた出来事を目にして道徳的な痛みを感じるが、身近な問題のように自分では解決はできない。それなのに、全世界についての責任を負わされたような気分にさせられることが混乱を生み出している」と。これは、まさにわたしがニ、三日前に、午後十時以降のニュース・ショーを見ることは痛し痒しだと書いた心境と重なり合うのである。等身大などでありようはずがない、世界の膨大な知識・情報の物量は、個人のささやかな頭脳と心にとっては持て余してしまう、という事情が要領よく照らし出されていそうに思った。

 「日常を観察する人こそが知識人だ」と原著者は言っているそうであり、それも十分に共感できるが、わたしは昨日に引き続きやはり、「一番重要な知識は、何が知らないでいいことかを、知ることである」という逆説を採用したいと思ったのである。たとえば、昨今の週刊誌ネタなどは見事にこれに当てはまるような気がする。現在の日本のマスコミの役割は、当事者たちは知ってか知らずか実に馬鹿でかいと感じる…… (2003.02.24)

2003/02/25/ (火)  病院での待ち行列苦痛を「あといくつ寝たらお正月〜♪」の期待感に変えよ!
 

 「待ち時間」というものは、何とかならないものだろうか?
 今日は、定期的な検診で大学病院へ行った。予約時間が決められてはいたものの、結局3時間も待たされてしまったのだ。この時期の病院というのは、風邪をひいた患者さんも多く、長時間滞在していていいことがあるわけがなかろう。おまけに、元気はつらつの明るい人々がいるわけでもなく、サッと検査を済まして、サッと立ち去りたい場所である。
 昨日も書いたのだが、現代は「時間不足」に眉をしかめる時代である。そんな時に、あとどれだけ待てばよいのかがわからないかたちで、座り心地が決してよいとは言えない待合室のビニール張りの椅子で待ちつづけるのは、何だか不条理と感じてしかたがなかった。まして、待てば何かよいことがあるというわけでもないのだ。どこかが痛くて痛くて、これをとり除いてもらえるという状況ならば待つ甲斐もあろう。自分のような「経過観察」的検査のような場合は、待って、考えれば考えるほどに馬鹿馬鹿しく思えてくるのである。
 当然、時間つぶしの本は持ち込んではいたものの、それを読み切ってしまうと、あとはどうすりゃいいんだ〜、ということになってしまう。かと言って、病院内の喫茶室へ行って熱いコーヒーでも飲んで気をまぎらすというわけにもいかない。いつ、「……さん、……さん、3番の診療室にお入りください」とくるかもしれないからだ。

 病院内の医療データ、会計データは、構内LANを活用して実にスピーディに流れているようだ。直接、医療「売上」に結びつく局面の事柄は、迅速に処理されているのだ。
 それに較べて、患者さんたちの待ち行列や、患者さんたちの退屈や時間消費については、何十年いや百年前と一向に変わらず何も改善されていないと言える。
 確かに、一人当たりの所要時間がほとんど変わらない理髪店とは違って、各患者に対する対応時間はまちまちであるだろう。いやそうでなくては困る。まるで、ベルトコンベアのように、患者一人に費やす時間は5分30秒などと勝手に決められたりしていたのでは、長い待ち時間の問題よりも物議をかもすことになろう。

 たとえば、待つ患者が順番だけでもわかって、「あっ、あと3人済んだらオレの番だな。」とまるで、「あといくつ寝たらお正月〜♪」という想像をさせてくれてもいいように思うのだ。
 町田市の市役所では、住民票などを取りに行くと整理券が渡され、その番号の予告が電光掲示板に表示されるようになっている。あとどのくらい待てばよいかが十分に想像できるのである。こうしたシステムを大学病院でも取り入れてもらえないかと思うのだ。
 病院という場所柄、あまりビジネスライク、デジタルライクに過ぎてもなんなので、これにちょっと患者さんたちを激励する一味をつけたりするのも悪くない。
 たとえば、うちの事務所の近くの中華飯店のように、日替わりで整理券番号に「当たりくじ」が設定されていて、診断が終了した時点で受け付けに行くと、カラン、カラン、カランと鐘を鳴らして「……さん、おめでとうございます! <内科−39番>は二等賞で、本日のお薬代は無料となります!」とかがあったりすると、長い待ち時間も苦にならないと思うのだが……。小泉さん、人気挽回策のひとつに、医療費3割負担化と抱き合わせに、各病院の待ち行列改善策を上記のようにしてみてはどうだろう? (2003.02.25)

2003/02/26/ (水)  時代は、鋭く「配分」と「価値観」が問われる局面に突入し始めた!
 

 ソフトウェア開発を例にとるならば、開発要員の頭数をいくら増やしても埒(らち)が明かない場合がある。いや、その場合の方が多いと言うべきかもしれない。仕様レベルでの構想や、設計レベルでのアウトプットがボトル・ネックとなって、いくらプログラム製造要員を追加したところで進捗を速めることが難しいといった場面のことなのである。

 そんなことを考えてみると、何かが足りないといった場合、何が不足しているのかにクールな目を向けることが重要なのだと思う。とかくわれわれは、「不足=量的不足」という観点から出発しがちな傾向が強いようだ。それが一番取っつき易く、分かり易くもあるからなのである。
 何を考えようとしているかと言えば、もちろん、さし当たっては、現在どこでも聞くことができる経済問題であり、財政問題なのである。
 経済の成長期の時代にあっては、いろいろな問題があっても、全体的なパイの「絶対量」が増大していくことにより、当面は問題自体が問題視されなかったのだと思える。たとえば、分かり易く個人の所得について考えてみるなら、たとえ浪費だと見なせる支出があったとしても、所得が増え続けている間は、さほど問題視されなかったかもしれない。「絶対量」の継続的増加は、支出の中身のチェックを限りなく甘くしていたはずである。

 しかし、いざ「絶対量」は増加せず、むしろ継続的な減少に転じ始めると、事態は一変せざるを得ない。がしかし、そこで視線がまず向けられるのは、「絶対量」の減少の克服策であったり、回復策であったりする。継続的に増大してきたこれまでを当然のベースとした発想をとるならば、それらがさほど困難なこととは感じられないからであろう。それが、可能なのであればそれに越したことはない。
 そして、一向に目が向かないのが、少なくなった「絶対量」が何によって消費され続けているかという点であり、さらにそれらのジャンルの優先順位づけの見直しであったり、戦略的な価値づけなのだろうと思う。なぜならば、「量的」な問題を云々するほどにこれらの問題はやさしくないからであろう。
 これらは、分かり易く言えば、いわば「やりくり」や「配分」問題だと言えようか。量的な不足と無縁な立場や時代にあっては、この「やりくり」などは必須ではなかったかもしれない。あればあったに越したことはない、方策だった。しかし、現在のような時代環境にあっては、「やりくり」や「配分」問題はもはや必須の営為だと思われるのだ。

 「やりくり」と言うと、量的問題の単なる調整作業のように聞こえないわけでもないが、実は、価値判断やビジョンを必要とするきわめて高等な作業だと思えるのである。
 たとえば、いろいろなゲームに共通する原理のひとつは、限定されたリソース(資源)を使って目的を攻略することだと言えそうだが、これはそのまま限られたリソースの条件で「やりくり」算段、資源の「配分」を工夫することだと言っていいと思われる。
 つまり、「やりくり」算段、資源の「配分」こそが、「知恵を働かす」ということのプロトタイプだと気づかされるのである。
 そして、希少価値の「資源」を何に配分するかということは、単に現時点での「配分」問題にとどまらず、それが「次の一手」や近未来の可能性を制する戦略のはずだと考えなければならないはずである。

 豊かな時代、右肩上がりの経済成長の時代の継続で、われわれは「やりくり」に不慣れとなってしまっていたのかもしれない。本当の意味での「知恵を働かす」ことを忘れてしまったのかもしれない。
 言うまでもなく、こんな時代に問われることは、税金をどのようにどんな分野に「配分」して未来を切り開いていくのか、であるはずだ。しかし、現行の政治は、さまざまな間違った理由によって、この「配分」問題の中身を洗い出し、再編成することを拒絶しているとしか言いようがない。

 個人の生き方の問題についても、今、同様の課題が課されているような気がしてならない。カネ、時間、そして残された寿命といった制約性をリアルに実感して、何にどう「配分」していくのかをしっかりと自覚していくべきなのではないかと思うのだ。
 そうした意味において、時代は、鋭く「配分」と「価値観」が問われる局面に突入し始めたと感じている…… (2003.02.26)

2003/02/27/ (木)  「もらう」ことが、気兼ねなくできる社会でいいんじゃないの
 

 「もらう」という言葉が、実に懐かしく、新鮮な感じで心に響いた。なんということもないのであって、朝の通勤途中でクルマのラジオから子ども向け番組のドラマで次のようなくだりがあったのだ。
「今度の誕生日プレゼントで、自転車がもらえるかな?」
 五歳になろうとする子が、兄弟たちから「おまえは自転車には乗れない。だって、おまえはオンボロの三輪車しか持ってないじゃないか」となじられ、にわかに自転車が欲しくなったというのだ。

 もう五十も半ばになろうとする自分である。「もらう」という言葉が懐かしく聞こえてしまったのは、ひたすら周囲から「もらう」ことだけに願望を集中させていた、そんな幼い時代から、はるかに年月を重ねてしまったからなのであろう。
 誕生日には、親からプレゼントを「もらう」ことを当然のことと見なし、同様にお正月にはお年玉を「もらう」ことに何の不思議も感じることがなかった。おみやげもまた然り。
 あるいは、どこかへ連れて行って「もらう」という場合もあっただろう。さらに、養って「もらう」というのも忘れてはならないはずだ。
 とにかく、人から何かを「もらう」ことに頼り、しかもそのことの道理を毛頭詮索したりなどもしないで、平然としていた子ども時代があったわけだ。

 「もらう」という言葉に感じた懐かしさは、子どもの頃への郷愁ではあろうが、いまひとつ、何から何までがおカネを媒介とする「有償」の交換、代償なしでの供与というかたちが皆無に近くなっている現在の人間関係の中にあって、「あげる」「もらう」という「超法規的」というか、「生(なま)の」人間関係というか、もはやメルヘンチックでさえある人間のやりとりへの切ないノスタルジーが刺激されたのかもしれない。
 しかし、さらに考えてみるならば、こんな風に感じてしまう自分自身が、まさにどっぷりと商品交換社会に浸かって、おまけに浸かった湯で顔まで洗っているから、この湯が世の中のすべてを浸していると錯覚しているのだと気づかされるのだ。

 ウォーキングの際にふんだんに見かける野鳥たちが、人家の庭の木々を啄(つい)ばんで、木の実を「もらう」こと、マガモたちが川底の藻を食べさせて「もらう」こと、さらに言えば、捨て猫のミーちゃんが遊歩道の脇に仮設小屋を作って「もらい」、不自由しないえさを「もらい」、皆からかわいがって「もらう」ことに、それらの動物たちは、「気兼ね」をしたり、いつかは恩返しをしなければと杓子定規な面持ちでいたりでもしているであろうか。
 「恩知らず」という言葉は、絶対に適さないであろう。むしろ「無頓着」という言葉を添えることによってこそ、彼らの生きる原理が照らし出されてくるように思える。

 ホームレスの人々が、善意の人々から炊き出しの一皿を「もらう」こと、ハンディキャップを背負った人たちが健常者に支えて「もらう」こと、運の悪い人生を歩まされてしまった人々が、ちょいとばかり羽振りの良い人々から回して「もらう」こと、そんなことが動物たち以上に「無頓着」に進められる関係こそが推奨されていくべきなのだと思う。能力に応じた配分を原理とする「能力社会」「競争社会」が、生きる者たちを幸せにすると考えるのは、やはり「幻想」でしかないような気がしている…… (2003.02.27)

2003/02/28/ (金)  どぎつい人工光より、すがすがしい朝日がいいなあ、やっぱし!
 

「元気ですね! 毎朝っ!」
と、杖をついたお年寄りの女性から声をかけられた。その方は、日当たりの良い空き地の囲いに腰掛けて休んでいる姿を、以前一、二度見かけたことはあった。あるいは、以前にも
「今日は暖かでよかったね」
とか声をかけられていたかもしれない。小柄で、腰もやや曲がったおばあさんだが、何か商売でもやっていたのであろうか、声に張りを感じさせる発声である。
 隠れるようにというつもりもなかったが、いわば人知れずというふうに歩いていたのに、見ている人は見ていたのかと、小さな驚きを得ることとなった。

 そう言えば、今日は二月の末日。昨年の八月末から意を決してウォーキングを始めて、半年となる。ちょうど、秋から冬にかけてのいわば一年の裏側の季節半年である。傘をさして歩いたり、雪を被った歩道を踏みしめたりもした。体調を崩して休んだこともあったが、二日連続で休むことだけは避けた。まあ、半年続けたと言っていいのだろう。
 おかげで、七、八キロの減量に成功したし、血糖値も要注意水域から脱して、経過観察へと放免してもらうこととなった。今では、歩くことが何ら苦にならないし、自分で太腿あたりに触れてみると、青年期のように筋肉オンリーと化しているのがわかり、フムフムと頷いたりもする。誰だかではないが、自分で自分のことを誉めたりしている。

 そして、今手がけている健康増進対策は、「睡眠の質改善構造改革」である。これも、小泉方式ではなく、カルロス・ゴーン方式で実績を上げたいと思っている。
 この「睡眠の質」改善には、二重の課題が畳み込まれていると見ている。ひとつは、自身の悪い習慣の改善である。夜更かし朝寝坊、運動不足に、頭脳活動と言う名目の下手な考えの連続、寝酒に依存する寝入りなどの悪循環を断ち切ることである。
 この何日間か、「改善運動」を続けてわかったことは、真っ当な睡眠をとろうと努めて、それが叶うと何と朝がすがすがしいかという実感である。ウォーキングに出向くために玄関を出る際の心境が、まるで小学生が始業前に校庭で駆け回って遊ぶために早出登校をする時の気分のようなのである。

 「睡眠の質」改善に含まれるもうひとつの課題は、現代夜更かし文明=体内時計破壊文明に対する決別と、それへの果敢なるレジスタンスだと言ってもいいはずである。
 刺激だけを売りとする劣悪なコンテンツのテレビ番組なんぞは断固として拒絶すべきだし、報道番組とて残忍な悪行の実態なんぞを駄目押し的に知る必要などもはやないとして切り捨ててよいと判断した。それこそ、昔、プロレス中継を見ている老人が心臓発作に襲われたように、身体に毒でしかないのである。
 ところで、よくレジャーで骨休めに旅行した先のホテルで、朝一番ロビーで黙々と新聞に目を通している光景を見かける。わたしは、そうした姿を見ると胸の内で「ばか〜!」と叫ぶようにしている。何もこんなとこまで来て、世間のことなんぞ気にしなくたっていいじゃないか、なのである。
 何でも、いつでも知っておかなければならないという脅迫観念に支配された現代人の悪癖はどこかで断ち切る必要がありそうだ。知りたいことだけを知るが基本原則であり、それでは不安ならば、必要に応じて知る努力をする、でいいんじゃなかろうか。少なくとも、暴力団組員がどーたらこーたらしただの、バラバラ殺人でどこから首が見つかっただのといった個別殺人事件などは、「イラク人大量殺人計画」(=イラク攻撃)に一本化して報道してもらいたいと思ったりする。

 とにかく、わたしは、とっくに迷子になってしまっている現代文明にお付き合いしてゆくつもりなど毛頭ない。むしろ肩身の狭い思いをさせられていながら健気にがんばっている「自然」に、手をあげて組してゆきたいと思うわけなのだ…… (2003.02.28)