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【 過 去 編 】



※アパート 『 台場荘 』 管理人のひとり言なんで、気にすることはありません・・・・・





‥‥‥‥ 2004年09月の日誌 ‥‥‥‥

2004/09/01/ (水)  岩波書店のロゴのように、種撒きながら歩き……
2004/09/02/ (木)  「なあーに、きらびやかな図柄は後付けのオマケなんです!」
2004/09/03/ (金)  バカで根性の悪い輩たちの自滅を静かに祈る……
2004/09/04/ (土)  全体を鳥瞰してグランド・デザインを設計する人材は?
2004/09/05/ (日)  ココロのバランスを何となくとろうとする日曜日……
2004/09/06/ (月)  「滑りやすい床システム」と「転びやすい小さな椅子」?!
2004/09/07/ (火)  人間界の「不穏な空気」に加えて、「天変地異」まで?
2004/09/08/ (水)  「犯罪」が指し示す現代社会状況の「バグ」?!
2004/09/09/ (木)  身体の記憶が脳をサポートする?
2004/09/10/ (金)  「ええっ? 今日は土曜日じゃないわよ。金曜日よ!」
2004/09/11/ (土)  情報処理ツールとして注目したい「デジタル・レコーダー」!
2004/09/12/ (日)  完全燃焼へのトリガーを作り出すための高電圧のスパーク!
2004/09/13/ (月)  宮部みゆきの『理由』という小説を読んだ「理由」……
2004/09/14/ (火)  社会の「使用前」、「使用後」で区別される子どもと大人?!
2004/09/15/ (水)  「謝罪」の心を失ったのは犯罪者だけなのだろうか……
2004/09/16/ (木)  現代の「因果関係」状況について考える……
2004/09/17/ (金)  <実感的>「人使い」と<錯覚的>「ツール使い」?!
2004/09/18/ (土)  「ツール」類に対して「画竜点睛(がりょうてんせい)を欠く」現代の問題!
2004/09/19/ (日)  初秋夕暮れのウォーキングはまた不思議……
2004/09/20/ (月)  秋の夜長に予定された趣味のPC作業!
2004/09/21/ (火)  脳の老化防止には、やはり「新規挑戦姿勢」が有効らしい!
2004/09/22/ (水)  「思い込み」「主観性の檻(おり)」「呪術の杜(もり)」?!
2004/09/23/ (木)  地元の地理には、どのような過去が保存されているのだろうか?
2004/09/24/ (金)  近所の上品なパン屋さんが「終わっちゃったんです」!
2004/09/25/ (土)  「時間」のコントロールの前提は、「気分」のコントロールかも?
2004/09/26/ (日)  厳しい現実と、郷愁で彩られた虚構世界……
2004/09/27/ (月)  現実は、夢のように素晴らしくなったというより曖昧となった?
2004/09/28/ (火)  「苦しみや不安を抱えながらも、それに負けない真の安らぎを覚えること」
2004/09/29/ (水)  もうこれ以上決して「おだててはいけない!」
2004/09/30/ (木)  「吾れ唯足ることを知る」の文字が浮上し始める現代?!






 景気は回復しているのかどうか、相変らず実感の乏しい状況であろう。
 あるコラムでは次のように解説していた。(朝日新聞、「経済気象台」2004.08.10)
「中小製造業の景況感や企業収益は、バブル期よりは低いが、日本経済が最も充実していた80年代前半を上回って改善している」とのことである。
 しかし、景気実感の厳しさがいまだに消えないのはなぜかといえば、それは、景気回復の様相が今までとは異なっているからだそうである。
「かつて景気回復期には、多くの経営者や労働者がそれまでと同じ仕事をしていても利益や給与が増えた。しかし現代においては、企業は常に事業を見直し、新製品を次々に世に出し、また絶え間ないコスト削減をして初めて、利益を生み、市場で生き残ることができる。労働者は知識やスキルを磨き、新しいアイデアを生み出し続けなければ、所得は増えない。 つまり、企業も家計も毎日走り続けなければ、景気回復の果実を享受できないということである。だから、景気回復の実感がなかなか生まれず、厳しいという思いが募る。しかし、それが現代の景気回復の実相である」
というのである。

 それでも、事実、景気が回復しているのであればいいのだが、真実はどうなのであろうか。「企業も家計も毎日走り続けなければ、景気回復の果実を享受できない」という厳しい現実だけが圧し掛かっているとするなら、あえて「景気回復」というまぎらわしい言葉を使う必要があるのだろうか。
 「かつて景気回復期には、多くの経営者や労働者がそれまでと同じ仕事をしていても利益や給与が増えた」と指摘とているが、一般人の言葉の定義では、それを「景気回復」というのである。そういう状況でないならば、なぜあえて「景気回復」という言葉に固執する必要があるのだろうか。
 当然、一連の経済指数よりはじき出しているはずであろう。そして、その指数の中には、「二極分化」傾向の深まりの中で、巨大規模企業が増産と高収益というかたちで良好な経営指数を生み出している事実が色濃くふくまれているはずである。先ず、「景気回復」という言葉が、経済構造の「二極分化」と、上層企業にとっての「回復」に即して述べられている点が見据えられなければならない。
 確かに、上層企業の経営回復が下層企業の経営状況に影響を及ぼすことはあり得る。が、影響という点でいうならば、上層企業でのコスト削減強化の動きもまた下層企業にマイナスの影響を与えていることをもカウントしなければならないだろう。
 もはや、現況は、かつてのように、景気回復環境を各層がこぞって享受する時代ではなく、「勝ち組」の一人占めで享受されるという点は、決して隠されるべきではないと思える。消費者の購買意欲を喚起したいのであれば、「景気回復」という言葉を連呼してムードを盛り上げるという姑息なことをせず、もはや歴然とした事実である「二極分化」傾向を堂々と踏まえて、大は大なりの収益還元サービスなりを推進して事に当たればいいではないか。

 ところで、気掛かりなのは、「企業も家計も毎日走り続けなければ、……」というくだりなのである。決して、このご時世で怠惰を決め込もうとしている企業や家庭はないはずなのではなかろうか。どこもここも、「なんとか努力したい……」と必死であると想像できる。
 しかし、そうでなければ「景気回復の果実を享受できない」という論法はいただけない。誤解のないように言っておけば、何もあんぐりと口を開けて「果実」が放り込まれるのを待とうという姿勢を正当化しようとしているのではない。
 そうではなくて、「毎日走り続ける」と言葉では簡単明瞭なアナロジーで言うが、先ず「走ってどうなる?」というシニカルな雰囲気が存在するのもまた事実であるような気がしてならない。
 「走る」というアナロジーが使われたので、わたしもアナロジーで反論するが、スポーツ・ビジネスのメジャーである「大リーグ」では、競争激化と収益向上のために、選手たちの「ドーピング」は暗黙の前提だと言うではないか。それがスポーツとして不正であることすら共通認識されていないという。オリンピックでの状況どころではないのだ。つまり、こんな象徴的事実からもうかがえるように、市場主義競争原理はとっくに牧歌的競争の域を越えて、「異常な範疇」へと突入しているのが現実なのである。
 また、この国の場合には「官」による「規制」という市場主義以前のバカげた因習まではびこらせている。「経済特区」などというとっくに実施拡張されていい施策が得意気になされている始末だ。
 つまり、今この国での弱小企業群、庶民の家庭は、「気持ちだけは走ることができても、実質は……」という袋小路に追い込まれているように思われる。米国ではすでに完了した「二極分化」( 現時点では「実際、全世帯の上位一%が、その下の九〇%よりも裕福」、「一九ニ九年には……全世帯の富の半分近くを、上位一%の世帯が支配する状態だった」デビッド・カラハン著『「うそつき病」がはびこるアメリカ』より )とその非合理さが、息苦しさを生み出し始めているのである。
 こんな状況の最中に、まるで「シンデレラ神話」を繰り返すかのように「毎日走り続けなければ……」という表現を無神経に使うのはなんとも解せないのである。競争は競争でいい。それがなければ、張り合いがないということもあろう。しかし、現状のゲーム環境やルールに見直しが及ばないとまずい面がありそうではないか。
 もうひとつ、「企業も家計も毎日走り続けなければ、……」という表現で引っかかるのは、そのことを別様に解釈して、ただただ必死に「コスト削減」方向に「走り続け」たとしたなら、一体どんなことになるのだろうか。いうまでもなく、「デフレの二番底」を作り出すことになるのだろう。「コスト削減」の究極は、仕入れなり購入なりの停止だからである。だから、「企業も家計も毎日走り続けなければ、……」という条件つきの「景気回復」というのは、矛盾に満ちているわけだ。

 現在、世はこぞって「走り続ける」とか「努力する」とか、「競争力」を付けるとかを口にしている。そうでしかあり得ないと感じる危機感はいやと言うほどにわかる。
 しかし、あえて距離を置いて考え直すならば、ホンネで望むのならばともかく、そうしなければならないというプレッシャーだけで出発する「走り続ける」とか「努力する」とか、「競争力」を付けるとかで果たして意味があるのだろうか。プレッシャー発のそれらは、空転したり、奇妙な方向へと紛れ込むのかもしれない。( 前述の『「うそつき病」がはびこるアメリカ』の著者は、この競争に勝たなければというプレッシャーが、「アメリカじゅうでの不正の急増」の一因だと述べている )
 また、もうひとつロングサイズの視点で鳥瞰する時、この望むわけでもない競争、競争の結果はどうなるのかという点なのである。人類の発展! というふうに言いくるめることも可能は可能であろう。しかし、直接的には、「上位一%の世帯」がますます富を拡大することだと言うべきなのかもしれない。つまり、それを目的にした競争なのだと言い換えてもいい。
 それでは、人類の発展! はおぼつかないではないかと言うかもしれない。しかし、お仕着せの競争、クスリまで使った(ドーピング!)競争が、それを叶えるとだれが実証したのであろうか。
 とにかく、人の視界は、走れば走るほどに狭くなってしまうはずである。無理やり走らされれば、見えるべき前方まで不鮮明となるやも知れない。岩波書店のロゴのように、種撒きながら歩き、時々360度を見回すのが良さそうだ…… (2004.09.01)


 できるだけ「非常識的」にものを考えたいと思い続けているわたしであるが、どうも寄る年波からか、常識的かつ凡庸な発想に姿勢を崩しがちとなっている。それでも必死に、いろいろなことに疑問を絶やさないように努めたりする。
 そんな中で、「因果関係の順序」という問題対象は意外とおもしろそうである。
 もちろん通常の「因果関係」は、当然のことながら「原因」が先行して「結果」が後からついてくる。わかり切ったことだ。しかし、生真面目な自然界はそれを疑う余地はないと言うべきだが、イカサマな人の世では、そうも行かないようだ。小学生のように因果関係を信じ込んでしまういたいけな人の心を手玉に取って、平気でいいころ加減なことをやらかすことがあり得る、と想像力を拡大する必要があるのかもしれない。

 この点については、未だ多くの検証(生意気なことを言う!)に至ってはおらず、緒についたばかりであるが、後日、思索を深めることを期して、とりあえずメモ風に書いておこうと思った次第である。
 よく、人の世では、原因と結果がごっちゃになりがちなのかもしれない。家内に言わせると、「イヤなカンジの他人というのは、自分が『イヤだ』と思うことによって出現する」のだという。つまり、自分が「イヤだ」と感じさせられた「結果」、および「イヤなカンジを振り撒く」他の当該者たる「原因」というセットは、実はそうではなくて、自分側が「イヤだ」と感じ、それを顔色に出すような「原因」があったがゆえに、その後に「結果」としてその当該者が「イヤなカンジ」で報復するのだということになるようだ。
 言われてみると、自分が嫌いだと思う人との関係は、実は相手側も嫌っているような相互関係的事実があったりして、「原因」「結果」が判然としない場合もありそうである。 こうした直接的な人間関係ではいろいろと思い浮かぶことがあり得る。たとえば、マクロな問題では、あの緊張した国際問題である「イスラエル」と「パレスチナ」の関係もそうであるような気がするし、一連の「軍事攻撃」と「テロ行動」との関係も「因果関係」の視点を混乱させている気配がありそうだ。

 いやいや、今日はあまり大上段に構えてはいけないと思っているのである。というのも、これから書こうとしているのは、決して人類の命運が掛かるような話ではなく、しがない中年・熟年オヤジの財布の中身に関係したセコイ話だからである。
 パチンコ好きのわたしとしたことが迂闊(うかつ)であったのだ。
 昨今のデジタル式のパチンコ台は、かつての「オール・セブン」台と原理原則は同じであっても、その「出目」の様式は実にビジュアルかつ多種多様となったものである。それは、現在の市場を賑わすさまざまな商品と同様であるといってもいいし、かつてとは比較にならない格段に多様な化粧法やスタイリングで闊歩する若き女性たちと同様だといってもいい。
 水中動物が、上中下の三段に分かれて右から左へ高速で移動するものやら、いろいろなオバケたちが左側、中央、右側を上方から下方へこれまた高速に移動するものやら、その他にも表現するのが面倒なほどに複雑でややこしい、いわゆる手の込んだディスプレイが展開されている。
 そして、「プレイヤー」(そんなカッコのいいものではないのだが)は、いずれにしてもそれらの「図柄」が、タテ・ヨコ・ナナメなどで出揃うことを必死で待ち受けるのである。理屈がどうであろうと、ただただ出揃うことだけを念じており、たぶんそのほかには何も考えてはいないはずである。で、「どうなると当たりなの?」なんぞと初心者に聞かれたりすれば、
「なあーに、タコや亀の図柄が揃えばいいだけさ」
なんぞと何でもないように返事をする。
「ほらほら、この上と下の段のカニと同じ列でもう一匹のカニが止まれば当たりさ」
と上ずった口調で言いながら、そのカニが通過する時点で台をしこたま叩いたりする。叩いて止まるわけがないのは、政界の裏金流通と同じなのだが、それでも叩く。
「……番の台のお客様、台は叩かないようにお願いします」
と放送されても、小さく叩く。
 もはや、図柄が揃うという「原因」を作った後に、ランプが一際輝き「ラッキー」という音声が飛び出し、そして玉がジャラジャラと吐き出される「結果」が生じることを信じて疑わない。政府の公式発表を信じなくても、この因果関係だけはだれが何を言おうと信じようとしている。わたしもそうだった。それが迂闊だったということなのである。

 どうも、ものの本によると、この、「図柄が揃う」→「ランプ&ラッキー&ジャラジャラ」の大当たり、という因果関係は真っ赤な嘘だということなのだ。
 デジタル図柄が動くには、所定の穴(スタートチャッカー)に玉を投入させなければならないのだが、実はこの時点で、つまりタコや亀やカニなどの図柄がもったいぶって動く以前に、まるでルーレットのような構造をもった回転版の乱数が当たり・ハズレを既に「決済済み」なのだそうである。
「ここで注意しなければならないのは、この『的』は、デジタルに表示される『出目』とはまったく別物だという点です。『的』は当たりかハズレかを決めるだけのためにあります。出目は、そのあとに作られます。たとえば、的に矢を射る抽選により『大当たり』を引いたら、その後、どのリーチで揃えるかを決めて、リーチがかかってデジタルが揃います。『ハズレ』を引いた場合は、どの出目でハズれるかを決めて、その出目を表示して終わりとなります。そのときに作成したハズレ出目が、上下絵柄がテンパイした形になっていたらリーチがかかりますが、これは最初からハズレと決まっているリーチですので、当たることは絶対にありません。ときには魚群などのアツいリーチがかかることもありますが、当たりかハズレかはスタートチャッカーに玉が入った瞬間からすでに決まっています」(町田寛永『パチンコ攻略法 その嘘と真実』より)

 要するに、パチンコ台を叩くような「プレイヤー」たちは、既に「決済済み」となり、その言い訳が粉飾されているとしか言いようのない図柄の動きを見て、それが勝敗のリアルタイムな動きだと錯覚させられていたわけなのである。
 パチンコ歴二十年、なおかつコンピュータ・プログラムにも「精通」してきた、そんな自分が、ものの見事に欺かれてきたことを、つい先頃愕然として知ったのだった。たとえ疑い半分でも、叩けばひょっとすれば揃うのではないかと思う衝動が生まれたのは、その図柄の動きが勝敗を決するまさにリアルタイムな動きだと見なしてきたからではなかったか。たとえガリレオが「地動説」なんぞを唱えようと、事、パチンコに限っては、図柄がグルグル回ってこそ勝敗が決まるのだと疑う余地がなかったのであった。
 わたしは、目が覚める思いがしたものだった。とともに、目が覚めたからといって、冷静に考えれば、それが今後の勝敗率に何の影響もないだろうことを納得した。単に、もはやあほらしくて台を叩くことは、腹いせ以外にはないだろうと想像した位だ。
 ただ、直接的現実からいつも何か普遍的な法則めいたものを見出せはしないかと粘るわたしは、さっそく、こうした逆転倒立した「因果関係」もどきの現象が、人の世のあちこちにおいて画策されてはいないか、というそんな思いに駆られていたりするのだ…… (2004.09.02)


 不正と犯罪の「花盛り」の世相を反映してか、メール・ボックスにも削除すべきメールが多数まぎれ込む。いつぞやも書いたとおり、わたしの場合は、メール・ソフトを二段階で活用し、最初のものでは表題だけをダウンロードして、「怪しげなもの」はサーバ・サイドで削除するようにしている。その削除する数は、一日でおよそ数十通は下らない。
 そうして「怪しげなもの」をメール・サーバから取り除いた上で、通常使用するメール・ソフトでゆっくりとチェックすることにしているのである。こうすれば、余計なダウンロード時間を割かなくてよいだけでなく、ウイルス仕込みのメールはほぼ完全にシャットアウトできる。

 最初は、こんな手間のかかることをしなければならないほどに「投函」される迷惑メールの多さに腹立たしい思いがしていたものだったが、今では慣れてしまったというべきか。
 しかし、「オレオレ詐欺」ではないが、何とか見てもらおう、開いてもらおうというあさましい性根が見え見えで、その「表題」のつけ方がバカバカしく思えるものばかりである。
 「未承諾メール」と、タテマエに沿って断わりを入れているものもあるが、そうしたからといって何の意味もない。玄関先で、「すみませーん! 押し売りなんですが……」と断わりの叫びをするようなもので、そうであれば受け側でもさりげなく断わる、だけの話なのである。
 中には、まるで知人、友人からのちょっとしたメールであるかのような装いを凝らしたものもある。
「今度の飲み会どこにする?」とか、「ちょっと言い忘れた話なんだけど……」とか、それで騙せると思ってかい、いいかげんにせい! と言いたくなる。
 また、在宅ビジネスがどうだとかいう儲け話にかこつけたものも多い。さらに、「突然ですが、16万円出しますので……」といった、儲け話と「色」がらみの、いかにも「や」の字が糸引くようなものまであったりする。
 もちろん、ちょいと中身を覗いて見たくはなるものの、そこはウイルス汚染という別のリスクもあるため、表題だけを見て即座に削除してしまう。
 それにしても、どこから手に入れたアドレスなのかは知らないが、あるいは、ホームページ上で公開しているからかもしれないが、やたらにワケのわからない迷惑メールが届くものである。

 そんなメールの到着状況の中で、ありがたいと思えるのは、馴染みの方々からの暖かい内容のものであったり、仕事上でかつて取引きのあったところからの急な見積り依頼であったりということになる。
 わたしは、こうして毎日日誌というか、駄文を公開しているため、それに対するスピーディなレスポンスが返ってくると実にタイムリーな充足感を味わうことになる。これが、手紙などのタイム・ラグを超え、また電話でも構えをなしとはしない制約を超えた、メールならではの長所かと痛感する。
 また、見積り依頼などの、とにかく急ぐことが本命の事柄でもメールと添付資料の活用は群を抜いていると思われる。最近では、発注側も、顧客ニーズに迅速に対応しなければ商機を逃すこと大であるため、ビジネス情報、しかもそこそこ複雑な内容の情報であっても短時間で処理したいはずであろう。そんな時に、大量のデータが当事者間で瞬時にやり取りできることは、他に例を見ないメール通信のメリットだと思われる。
 考えてみれば、本来が電子メールとは、こうした類にこそ活用されるべきものであろう。それが、現状では、あまりにも低次元で、自分勝手な欲だけで乱用されているのがまさに嘆かわしい。

 ケータイにも、相変らず「ワン・コール」というのだろうか、「通話料なし」の一回だけコールして、「コール・バック」の電話を悪用しようとする不埒者が絶えない。
 次第に「濃縮」されていくかのような悪行を働く者たちに、何とか社会的にリベンジしてやる手立てはないものかと歯軋りする思いである。が、下手に絡むのも思う壺にはまることにもなりかねないし、ただただ、バカで根性の悪い輩たちの自滅を静かに祈ることだけなのであろうか…… (2004.09.03)


 「個々の分野に詳しい人は大勢いるが、全体を鳥瞰してグランド・デザインを設計する人がいない時代だ」と、確か、TV出演での立花 隆氏が述べていた。全体的に危機を深めている日本の状況に対して憂えながらの発言であった。
 この指摘は、直接的には政治経済分野に対してであったかと思うが、そうした領域に限らず、あらゆる分野でそうした「跛行(はこう。釣合のとれないこと)」現象が昂じているのかもしれないと思った。

 すぐに思い浮かぶのは、専門分化した職業分野であろう。
 現代は、まさに専門職、スペシャリストが闊歩する時代だと言える。われわれのような、コンピュータ・ソフトウェア分野の技術者もその例であるし、むしろスペシャリストとは無縁の職種を探すのが困難なほどであろう。
 かつては、スペシャリストに対して「ゼネラリスト」と呼ばれる職業的位置があったはずである。いわゆる「管理職」のことである。本来、ゼネラリストとは、知識や技能の万能選手を指したのであろうが、通常は、専門職のスタッフを束ねる調整役ほどの意味となり、要するに「管理職」という相場となったようだ。
 いつの頃からか、この「管理職」としての評判がめっきり悪くなった推移があったようだ。とりわけ、「中間管理職」という位置づけは、「中抜き」として外すべし、という風潮が一般化したようだ。

 つまり、IT技術の進展と、ビジネスがスピード化するに至り、経済全体にあっては「中間流通」部分はコスト高となるだけだという理由から「中抜き」が主張された。また、企業組織にあっては、経営層と現場との間の指示や情報伝達は、IT技術によって十分に機能し得ると見なされ、上下の間に入って「パイプ役」をしていた「中間管理職」層はもはや不要だと目されたのだった。
 こうした風潮は、ある一面で当を得た傾向ではあったかと思う。たとえば、特段の付加価値もつけずに、単に上からの指示を下へ、下からの報告を上へと、まるで「パイプ」そのものであるかのような役割りしか果たしていなかった「中間管理職」はいなかったとは言えない。むしろ、ただ単に時間を食い、情報の伝わり方が冗漫になるというようなデメリットさえあったかもしれない。そうした「パイプ」役でしかなかった「中間管理職」や「中間流通」業は外されて然るべきだと言えよう。

 しかし、こうした「中抜き」の風潮は、やや先走り過ぎた面があったことも否めないように思う。というのは、そうした「中間」機能は、言ってみれば「調整管理」という機能を果たしていた(いるつもりだった)と考えられるのだが、この機能自体は決して軽んじられていい機能ではないはずなのである。現実の、「中間流通」業や「中間管理職」がどの程度その重要な機能を果たしていたのか、あるいはそうした名目で「非生産的」なことをしていたかは別問題としてである。
 たぶん、「非生産的」な傾向が強かったがゆえに「中抜き」の風潮が強まったのであろうが、そうだからと言って、「調整管理」という機能が決して不要となったわけではないはずなのである。どうも、「産湯を捨てて赤子を流す」という行過ぎた経緯があったのではないか、という懸念を持つわけなのである。

 こうして、「中間流通」業や「中間管理職」などが軽視され、「ゼネラリスト」への風当たりが強まり、「オール・スペシャリスト」軍団でよいではないか、という「楽観論」に着地してしまったように受け止められるのである。
 なぜそれを「楽観論」というかといえば、冒頭の「全体を鳥瞰してグランド・デザインを設計する」という重要な役割を果たす人材が輩出されにくくなったこともひとつあるからである。やはり、スペシャリストの道を歩む者はどこまでもスペシャリストなのであり、周囲の分野に視野を広げて……といっても、そう簡単に全体像に迫れるものではないと思われる。
 また、昨今、リーダー不足がいろいろな分野で問題とされているようだが、この問題も、「オール・スペシャリスト」軍団的社会の進展と無縁ではないのかもしれない。大部分の者たちが、しかも優秀だと言われる者たちが、垣根を囲った自分の分野におけるスペシャリストの道を邁進する時、スペシャリストたちの言い分を高次な次元で調整するリーダー役の人材はどう確保されるのであろうか。

 わたしが思うのは、この時点で期待される「ゼネラリスト」やリーダーという人材育成には、スぺシャリティを超えたというか、それらの前提的部分というか、「メタ・スペシャル」な素養(よく言われる言葉で言えば、「見識」?)が練磨されていいのではないかといことなのである。それを、とりあえずフィロソフィと言ってもいいし、高度な教養と言ってもいいのかもしれない。
 とにかく、そうした能力というものが軽視され、またその担い手も少なくなりつつあるような気がしてならないのである。そして、大きな領域、レベルでは、一国の政治経済において、「グランド・デザイン」を描き、人々を導く存在が稀有となり、さまざまな集団・組織にあっては、総合的見地に立って指導力を発揮する人材が見当たりにくくなっていそうである。数字の帳尻合わせの業務遂行と、場当たり的な動きや泥縄的な現象が絶えない現実の原因は、こんなところに潜んでいるのではないかと…… (2004.09.04)


 昔はよく、ホームセンターなどの日曜大工道具売り場を覗いては、そこそこの時間をつぶしていたものである。道具を見ていると、その利用法をいろいろと思い浮かべたり、その際の作業の困難さやその時の当該の道具の威力は大丈夫なのかだとか、頭の中でのシミュレーションが結構楽しかったりするのだ。
 そうしては、大して使うはずでもない道具類を買ってしまったり、手元にもはやあるにもかかわらず、ちょっとした改良点が気に入ったり安かったりするだけで追加購入をしてしまったりするありさまであった。
 今日は、家内から取り付けを頼まれていた作業に必要なある道具を探しに出向いたのだったが、久しぶりに展示物の「総点検」めいたことをしてしまった。
 デフレ以降、全般的に価格水準はやはり低価格で落ち着いている気配だ。一見、どうしてなのかわかりづらいかたちで安い道具があったりもする。ペンチやニッパーなどでも、半値以下のものがそれらである。しかし、そうしたものはあまり手を出したくない。年に何回発生するかしないかという使用環境であれば、お守り代わりに買う人がいても不思議ではないだろう。場合によっては、今流行(はやり)の「100円ショップ」で買う人もいるだろうと思う。しかし、わたしは使う際には結構ハードに使うし、道具が途中で「刃折れ矢尽きる」という無残なことになるのが最も厭なことだと思っているため、より確かな強度のものを入手したいと考えるからだ。

 日曜ということもあってか、ホームセンターはごった返した人波で、駐車場から出るのも一騒ぎであったし、道路もクルマで埋まっていた。こんなぐずついた天候なので、遠出を諦めた人たちが近辺のショッピングなどの近場のドライブで気を紛らわせているものと思われた。
 ふと、道路沿いに目をやると今まであったショップがなくなり、「100円ショップ」が開店していた。建物は、いかにも「チープ」を感じさせようとでもいうのか、イエロー一色で塗り固められている。
 時間に余裕もあることだし、ちょいと覗いてみるかと思ったが、何と駐車場は満杯状態であった。なんとなく「わかるなあ……」という思いとなった。夏のレジャーでおカネも使い果たしてさびしいし、こんな天気では自然と親しむといっても心地よくないし、安上がりで安心してしかも何となく充足するショッピングとなると、こういうことになるのかなあ、と思ったわけである。
 いつぞやもブランドに関することで、「希薄になった人間関係の代わりに、モノとの確かなつながりで自己を確かめようとしている」現代人について書いたが、「100円ショップ」のショッピングは、最も手軽にこの現代人の心理を満たす場所であるのかもしれないと思えた。
 書店での「立ち読み」も、モノのカタログを見てあれこれと思いを馳せるのに似て、それなりに定まらぬココロを埋めてくれたりするものであろう。だが、「100円ショップ」は、その膨大な数のレパートリーから来る期待感と、買う(所有する)ことも何の問題もないという開放感で、所在ない人のココロを、さらに相応に埋めるものなのかもしれない。

 またしばらくクルマを走らせると、「中華そば390円」の外食ショップの駐車場が満杯であるのも目に入った。またまた、「わかるなあ……」という思いが込み上げてきたものだった。小雨降る日曜日の昼時、子どもが、
「ラーメンにしようよ〜」
と言えば、母親は手が抜けるので待ってましたとなるだろうし、父親も『390円』の数字を思い浮かべれば反対する理由は吹っ飛んでしまうことだろう。何かにつけて、家族の意見や感想が割れるご時世にあって、こうしたことではまさに全員一致となったに違いなかろう。道路からもよく見える店内は、満員であったようだがガラス窓は曇って定かには見えなかった。

 時代は、未曾有にカネで苦しめられる環境を深めているが、自分も含めた人々は、モノとカネが意識の大半を占める状態から逃れることが困難となっている。不安であっても、どうすることもできないような気にもなっている。そんな状況の中で、とりあえずココロのバランスに帳尻を合わせる動きを何となく選んでいる…… (2004.09.05)


 「不穏な空気」とはまさに現在のようなことを言うのだろうと思ってしまう。米国とイラクとの泥沼戦闘に加えて、ロシアで起きたチェチェン独立派武装勢力による学校占拠、子供156人を含む300名以上の死者を出した事件のことである。道行く子どもの姿を見ると、こんな子どもたちが紛争になれば大人たちによって犠牲にされるのかと思い、何ともやり切れない気分となる。
 「将来に禍根を残す」というシビァな言葉があるが、紛争当事者たちによる初期の対応における「禍(わざわい)」と不首尾が、「禍根」を残し、ただただ事態をエスカレートしていくこととなっているようだ。

 中学の頃の話であるが、体育館で実施された卒業式の練習の際であったか、ある教師が興味深い話をしたものであった。
 それは、体育館の壁に立て掛けられたスチール製の折りたたみ椅子を指差しての話であった。一番最初に、折りたたみ椅子を壁に立て掛ける時に、垂直状態からの角度を深く寝かせてしまうと、その次にその斜めの椅子にもたれ掛からせるからさらに寝かせる角度をつけることとなり、その連鎖はますます極端なものとなってゆき、是正しようがなくなってしまうものだ、と……。
 その時に、こうしたアナロジーでその教師が言おうとしたことは、確か、人間も斜に構えるものが一人登場すれば、これに倣って事態がどんどん悪化していくのではないか、というようなことだったように覚えている。

 ただでさえ、ワックスで磨かれた滑りやすい体育館の床と折りたたみ椅子のスチール・パイプとは妙な「緊張関係」にあるようだと感じさせる。たとえ壁際に立てかけるにしても、その数が少なくてもハラハラさせられるようでもある。なのに、その数が一列で数十にも重なれば、あたかも地滑りのような惨劇にならないとは決して言えない緊張のイメージであろう。
 何だか、現在のこの社会や世界は、そんなハラハラさせるような危なっかしさに満ち満ちているようにさえ思えてしまうのである。たぶん、「スチール製の折りたたみ椅子が人間だと仮定した場合」、壁に立て掛ける角度がどうだという問題というよりも、ワックスで磨かれた体育館の床のような現行の地平のあり様そのものが問題であるように思える。その滑り易さにこそ問題がありそうな気がするのである。
 確かに、ワックスがけの床は、体育館としての床であればこそ汚れにくく腐りにくいというメリットが発揮されよう。しかし、「スチール製の折りたたみ椅子」を人間に譬えた場合、当然、もっとソフトランディングが可能な床=地平=環境が作り出されて然るべきだと考えるのである。

 「軍事力による支配」や、「不透明さを大前提にした競争」が地ならしする社会や世界の「床」は、「スチール製の折りたたみ椅子」の人間個々人としては、あまりにも滑って転びやす過ぎるのではないか。せめて、椅子の座りがよくなるようなクッションとしての「絨毯カーペット」位は敷かれなければならないはずである。
 高が「スチール製の折りたたみ椅子」のために、そんな手間の掛かることはできないという判断もあろうかとは思う。しかし、わたしは上で「スチール製の折りたたみ椅子が人間だと仮定した場合」と言ったはずである。とすれば、「高が人間……」というのは本末転倒であろう。社会や世界の仕組み作りの目的としては、人間とその生活以外に何もないはずだからである。
 わたしは、現在の社会や世界においては、この「高が人間……」「高が子どもたち156人……」という本末転倒した判断がまかり通ってしまっているのではないか、という危惧の念を打ち消せないでいる。
 おそらく、「高が……」という判断をする者たちは、きっと普通の人間たちや子どもたちとは比較にならない「崇高な存在」を目的として抱いているに違いない。その目的のためには、たとえ「スチール製の折りたたみ椅子」が、一個転ぼうが、何百、何千と転ぼうが、大したことではないのだろう。所詮彼らは、椅子とは違って転びようがないほどに重量をもって鎮座しているからである。
 彼らにとっては、小さな椅子が滑って転ぶほどの「滑り具合」のあった方が、富と権力とをわが手に集中させるにはふさわしい環境なのであろうか。戦争と紛争のお陰で肥え太る「死の商人(軍需産業)」の歴然たる存在や、「座りの悪い小さな椅子」が日常の経済システムで転んでしまいズブズブとハマっていく「消費者金融」、そことぬけぬけと資金提携をしている大手銀行といった「滑りやすい床システム」でのサンプルを思い起こせば、うっすらと全体構図が見えてくるような気がするのだが…… (2004.09.06)


 人間界の「不穏な空気」に加えて、「天変地異」とさえ言っていいような異常な自然現象が立て続けに生じている。この夏の猛暑を筆頭に、活火山浅間山の噴火であり、近畿、東海地域での度重なる小さくない地震であり、そして列島に頻繁に接近する大型台風である。それらのいずれもが、並みの事態ではなく、「異常」なケースだと受けとめられているようだ。
 こうした事態は、ややもすれば「オカルト」的な素材となりそうな気配でもある。人間界での混乱と不安の社会現象と、自然界での異常現象は、密室に充満する揮発性の気体さながらに、一触即発の危機を用意しているかのようにも見える。
 こうした時期にくれぐれも用心しなければならないのは、人心の揺らぎであり、必要なのは事実を事実として凝視する冷静さであるに違いない。

 やすやすと「小泉マジック」に引っ掛かり、乗っかってしまった現状での人心の浮動ぶりが見せつけられてきたことを振り返ると、ちょっとした危機が表面化した際には、容易にパニック現象へと暴走する危険があり得ると想像しないわけにはいかない。
 たとえば、阪神大震災のような巨大地震が発生した場合、冷静に振舞えるどころか、折から蓄積しているであろう人々の過剰なストレスが、事態を思わぬかたちで増幅させてしまうのではないかと懸念される。
 今、切実に必要なのは、人々が事実を事実としてクールに認識して、感情を極力制御することだと痛感している。

 ヘンなことに目を向けるのだが、いわゆる通常のパニック現象とは、異変に触発されて群集が平静さを失い混乱状態へと突入してしまうことを指している。その場合、その群集が異変前にどのような心境であったかは問題にはされてこなかったかと思われる。
 つまり、パニックの「質」が、パニック前の群集の社会心理のあり方でどう変化するのかについてはあまり分析されてこなかったのではないかと思っている。
 何が言いたいかといえば、現在の群集というか、人々の社会心理は既に「病んでいる」ようだと推測しているのである。その根拠は、長期化した不況による経済の不安定さ、それを原因とした個々人の経済的立場の少なからぬ激変、そして蔓延するテロ事件による心理的不安の昂進、年金問題から増幅された将来への決定的不安などの一般化である。また、現に新聞を賑わし続けている凶悪犯罪などの多発状況もある。
 ある意味では、現在という状況は、日常的になだらかなパニックが連鎖している状態だと言えないこともない。したがって、こんな「可燃状態にある」かのような「病んだ」社会心理状況に、何かトリガー(きっかけ)が投げ込まれるならば、パニック状態の規模は想像を超えたものになりはしないかと懸念してしまうわけなのである。

 あの「9.11」同時多発テロで、ニューヨークの世界貿易センタービルが攻撃を受けた際の事実は、伝えられていることのほかにも別のパニック現象が起きていたとのことである。(デービッド・カラハン『「うそつき病」がはびこるアメリカ』)
 このビルの爆発崩壊がきっかけとなって、「ニューヨーク信用組合」という連邦、州、地方自治体の職員たちが使う現金自動支払機(ATM)のコンピュータが故障したというのだ。詳細はおくとして、その時に多額の「不正引き出し」が発生し、後の変換要請にもかかわらず結果的には1500万ドルもの額が戻らず仕舞いであったそうだ。「公的」職員たちであってさえも、パニックに乗じて不正を働くアメリカの現状が憂えられていたのである。
 こうした現代の風潮が、この日本の現状と無縁であるとは到底思えないのは、わたしに限ったことではないだろう。シャベルカーなどでATM装置設置場所を破壊した強盗が頻発していたのはつい先頃のことであった。
 大規模地震で社会的パニックが発生した時のことを想像するならば、機に乗じて「不正」行為や暴力行為が発生し得る土壌は、十年前の阪神大震災(95年1月)とは大分異なっているのではないかと心配してしまうのである。

 「天変地異」ではないかと心配気味となる中で、「人災」である機に乗じる不逞の輩の心配までしなければならないのは残念この上ないことではある。しかし、この日本では、それらより苦い歴史的事実( 関東大震災時に、軍部によって引き起こされた「朝鮮人虐殺事件」、大杉栄虐殺事件など )があっただけに、杞憂だといって片付けられない想定なのである。
 そんな時、パニックとその増幅現象を鎮めるのは、治安部隊云々もそうであるのかもしれないが、何よりも人々が冷静に事実を事実として認識すること以外ではないと思っている。それにしても、あの「安全神話」は一体どこへ行ってしまったものか…… (2004.09.07)


 「弱肉強食」という人間にあるまじき風潮が強まる中で、やはり高齢者たちが被害を被っているようだ。昨日の夕刊では、あの「オレオレ詐欺」の手口による被害が減るどころか、急増しているらしい。( 昨年1年間では、6504件で被害総額は約43億2000万円。今年は1〜7月だけで7623件に上り、被害額は1.8倍で約77億2000万円に上るらしい。『朝日』2004.09.07 夕刊 )
 報道によれば、犯人像のなかには、暴力団がらみの「オレオレ詐欺学校」のようなものまで作られており、そこで「学んだ」者もいるのだという。とにかく「弱者を狙え」という、あさましく嘆かわしいご時世となった。

 暴力団関係者が「講師」となる「オレオレ詐欺学校」では何が教えられているのかは定かではない。しかし、仮にも「教える」という立場に立つ者は、「上司」のように思いつきでものを言う(c.f.橋本治『上司は思いつきでものを言う』)わけではなかろう。そうした場合もあるにはあるだろうが、教えるに足る「原則」的知識のようなものを柱にしているに違いないと思う。つまり、「事実は往々にして……である」というような蓋然性が高い一般原則的な知識を伝授しているのであろう。
 ということは、事「オレオレ詐欺」という犯罪に関して言えば、もはや偶発的要素なんかではない、犯罪が成立し易い社会的環境自体が「出来上がっている/整っている」と言い換えてもよさそうに思うのである。
 いくら頭の中が荒っぽい者たち(暴力団)と言えども、対象側に「法則性」がまったく見出せないようなジャンルに関して、詐欺志望者諸君に能書きをこくという無謀なことはしないはずであろう。高齢者世帯に関して、何がしかの「法則的」知識を見出し、それを踏まえての「攻略法」なるものを仕立て上げているに違いないからだ。
 そして、その「攻略法」が照らし出すものは、高齢者世帯には歴然とした「弱点」が存在してしまうということなのだろうと推測せざるを得ない。しかも、その「弱点」は、当該の犯罪を目論む者たちの目からはもちろんのこと、一般の素人の目からでさえ見えてしまう種類のものではないかと思えるのである。歴然とした「弱点」と言っていいのかもしれない。

 ところで、話題が変わるが、子どもたちや青少年たちが嵌り込むあの「ゲーム・ソフト」に関しては、膨大な数の「攻略本」が出版されているのは知る人ぞ知る。先日も書店に設えられたそのコーナーの大きさに驚いたものだった。
 いまでこそ、「攻略」というものに関しては、ゲーム・ソフト・ベンダーも、営業上の観点から「攻略」方法を探すことをビジネスにする側と「提携関係」をさえ結んでいるようではある。が、当初は、ゲーム・ソフトに不本意に埋め込まれてしまった「バグ」が、「攻略」としての突きどころとして狙われていたようだ。
 前述の「オレオレ詐欺」の連中は、まさしくファースト・バージョンの「高齢者世帯ゲーム」に潜む「バグ」、もっと初期バージョンの「独居老人ゲーム」の決定的「バグ」を虎視眈々と見抜いているはずではないかと思うのである。
 おそらく、それぞれの「ゲーム」は、最初から「バグ」を持っているわけではなかったと言える。息子、娘などの子どもたちが同居していたり、頻繁に顔を出していた環境にあっては、「バグ」として指差されるものではなかったはずなのである。
 また、地域コミュニティが健在で、近所の人たちが足繁く出入りしていた当時にも、それは「バグ」として浮上することはなかっただろう。
 しかし、いつの間にか、「高齢者世帯・独居老人」という存在は、まるで歯槽膿漏の歯茎が病むように、あるべき前提的事実が脆弱になるに及び、「バグ」を曝け出すようになってしまったと言うべきなのではなかろうか。
 そして、その点を最も明々白々な形で知らしめたのが、誰あろう「オレオレ詐欺」の犯人たちであったということになる。

 わたしの家庭も、核家族形態であり、おふくろは近所ではあるが「独居老人」という状況設定の中にある。それなりの事情があるとはいうものの、現状における「バグ」は目をつむっても意識に上るものだと言える。
 また、つい先だっても、家内の母が父に加えて養護老人ホームに入居する事情を迎えることともなった。「独居老人」の生活は、上記の犯罪被害の可能性以外にも、危険が溢れた「バグ」もどきの状況なのである。
 本来を言えば、社会生活の問題解決と改善を司る政治が、潜在的「バグ」を「バグ」足らしめない「丈夫な歯茎」としての社会をリードすべきであろう。しかし、何周も遅れてもたついている政治関係者にそれを望むことは虚しい。
 先ずは、自力救済的な行動をするしかないかと思っているが、そういう関与が、やがて自身も必ず歩み入ることになる「高齢者生活」を、事前にリアルに予想しておくことになるのだろうと感じている。
 そう言えば、若い世代とて、次第にシングルで人生を歩む人たちが増えている気配であるがゆえに、決して他人ごとではないはずだと思われる…… (2004.09.08)


 このところ、体調が芳しくないこともあってか、この日誌を綴るその題材に梃子摺っているような気がする。何を書こうかと逡巡し、対象が定まらずに他の作業を優先させることがしばしばである。
 書きたいということがなくなったわけでもなさそうである。逆に、書きたいと思う対象があるにもかかわらず、それを書き始めると大変なことになってしまいそうなので、見送っているというようなものもありそうな気配である。まあ、体調が芳しくなく、精神的なバランスが不調なのかと思っている。
 そんな時は、いつぞやも書いたとおり、「とにかく書き始める」「直感的に書き始める」ことにしている。すると、まるで「こっくりさん」ではないが、書きはじめの茫漠たる意識状態がそれなりに方向づけられ、肉付けすべき素材が思い出され、そしてテーマらしきものが見えてきたりするのである。
 こう書くと、いかにもいい加減な印象を与えかねない。いや、事実いい加減以外ではないはずである。だがしかし、あながち、いい加減とばかりも言えないかもしれないと感じたりするのだ。

 文章を綴っていて気をつけなければならないこととして、「文章に引き摺られる」という現象がある。よく言われてきたことだが、極端に言えば、いろいろと寄り道して書いているうちに、シロがクロになってしまうという無節操な事態のことである。そうでなくとも当初書こうとしていた動機が充たされず、いわば泣き寝入りさせられて不本意な結果にまとまってしまうという滑稽さもある。
 できるだけ、当初の動機が生きるように、当面の作文作業に没頭する自分を、一段上から見下ろしてコントロールしていく別の自分を確保しなければならない、ということになる。
 しかし、こうした「頭脳プレー」「管理体制」は、必ずしもベストだとも言えないと考えている。というのは、書き始める前というのは、その動機とて熟し切っているわけではないし、もちろん「基本設計」や「シナリオ」が用意されているわけではないからである。
 その当初の動機というのは、決してはっきりしているようではっきりしておらず、ただ、こいつについて行けばなんとかなるのかもしれないという印象の感覚だと言える。妙な表現をするならば、押しの強いセールスマンか、オーラもどきを振りまいて煙にまく張ったり屋のようなものなのである。
 だから、どっちにしても書かれることによってしか、書かれるものの正体は判明しない事情にあると言うべきなのであろう。だからこそ、あえて書くという行為の意味があるのだとも言える。
 つまり、書くということは、書く前に「賢い脳」が、あたかも軍が首都を制圧し切るようにすべてを制圧する、というごとくにはいかないところが面白いのだと思える。

 書くことが、どうしてこんなことになってしまうのかは以前から興味のあるところであった。おそらく、文才の無さや準備不足が大きな要因であろうとは踏まえているのだが、ちょっとした別の視点もないではない。
 それは、前にも書いたことがある「暗黙知」の仕業という視点なのである。つまり、ものを書き、思考を詰めていくと、言葉や知識以外の形で、いわば身体が記憶している情報が、無理やりに思考過程に引き摺り出されるのではないか、という類推なのである。苦し紛れというか、雰囲気に乗じてというか、眠っていた記憶が呼び覚まされてしまうのではないかと感じている。
 こうした記憶が、当面書いていることに貢献する場合には、まるで「神懸り」のように思わぬ成果を得たということになるのだろうが、残念ながら、支離滅裂な流れを作ってしまうことが多いようではある。
 だが、これは書くことに限られないのかもしれないが、集中して事を為し、脳だけではなく身体全体が事に参画する時には、通常では自覚されない感覚や思いが浮上してくるような気がしている。

 最近ちょっと着目しているもの書き屋さんの橋本治氏が書いた、若干面白い部分を引用しておく。

<身体の記憶 もしかしたら、この『「わからない」という方法』なる本は、『知性する身体』というタイトルで書かれるべきだったかもしれない。……「忘れることが最大の記憶法である」とは、おそらく突飛な表現だが、しかし、私の記憶法はそういうものである。 「入ったけど、当面いらないや」と思えば、その入った記憶は忘れられる。忘れられて、しかし、それはどこかに残っている。私は、大脳生理学者ではないので、その記憶が脳のどこに残っているのかは知らない。私は、「入ったけど、当面いらないや」系の記憶は、「身体に残る記憶」なのだと思っているのである。 入ればこそ「忘れる」も起こるのだが、入らない記憶は忘れようがない。人が「忘れる」という作用をあまりにも過小評価しているのは、「身体の中に入らなかった情報」を「忘れた記憶」と錯覚しているからだろう。人間の身体はよくできていて、「そんなものを取り込む必要はない」と思ったら、どんなものでも入らない。丸暗記は、身体生理に逆らった行為で、だからこそ、さっさと排除されてしまうのである。それを普通は「忘れた」と言う。しかしそれは、「入る必然のないものが入ったので、さっさと排除された」なのである。だから、「思い出す」という再利用ができない。 「入れる」ということは、「その情報を入れてもいい」と身体が納得することだから、入ったものには入っただけの必然があるのである。「"わかる"は納得であり、納得するためには時間がかかる」とは第二章で言ったことだが、入ったものは、「忘れた」という形で身体にキープされるのである。「忘れた」と言うのは、身体という膨大なる広さを持つ倉庫の管理人である脳のセリフであって、管理人は忘れても、「入ったもの」は、倉庫の中でちゃんと眠っている。「今がチャンスだから、この記憶を活用せよ」と、私の身体は脳に働きかけるのである>( 橋本 治『「わからない」という方法』集英社新書 2001.04.22 ) (2004.09.09)


 自分でもあまりの「鮮やかさ」に驚きが隠せないでいる。
 とんでもない錯覚をしでかしたのである。こんな錯覚は、小学校二年の時であったか、ランドセルを背負わずに家に帰り、学校へ取りに返った時以来である。いや、それほどでもないとしても、近年まれに見る大錯覚である。
 今朝、朝食後、事務所に向かうつもりで仕度をしていた。ヨレヨレのジーンズに、どうでもいい図柄の半そでシャツを引っ掛けていたところであった。すると家内が、
「えっ、そんな恰好で行くわけ? やめた方がいいんじゃないの」
と言う。
「いいじゃないか、どうせ『休み』なんだから」
「『休み』って?」
「だって土曜日だからさ」
「ええっ? 今日は土曜日じゃないわよ。金曜日よ!」
「ええっ? (オロオロ〜)本当かい?」
と急いで、先ほどまで見ていた朝刊を拾い上げ日付を確認する。
『ありゃー、なんてこった。狐につままれたようだ……』
「どうしたの? ……」
「いやあー、なにそのー、今週中の約束の『見積り』を昨日仕上げてしまったものだから、てっきり週末だと勘違いしていたよ」
なんぞと体裁をつくろったりしていた。

 事実、それもあったことはあった。が、どこでどう今日を土曜日だと錯覚したのか判然としない。実は、当人は、昨晩からすっかりそう思い込んでいたのだった。
 どうも、その原因は、この日誌の下書きのテキスト・ファイルの「曜日」を間違えていたことが原因であったようだ。昨日は、ちょっと膨大な量になってしまったこのファイルの整理をしていたところであった。
 それにしても、自分で自分の思い込みの激しさに恐れをなしてしまった。
 昨今は、そんな自分だからこのご時世への「適応障害」(?)めいた気分にもなるのだから、気をつけなければいけないと自戒していたところであった。が、完璧に、パーフェクトにそのことを自覚させられてしまった出来事であった。
 まあ、最近でも、祭日( 確か7月19日の「海の日」? がそうであったか )のことをすっかり忘れて出社直前に気づくというボケをやってしまった。
 「サラリーマン・カレンダー」を軽視して、「わが道を行く」ような執務をしているため、余計にそんなことになってしまうのかもしれない。もっと、自分の周囲をキョロキョロと気にして見回すこまめさがなければいけない、と痛感させられたものだ。

 この際、自分のこの「思い込み」度外れ傾向について書いておいた方がよさそうだ。
 いまさら、「この性分」をリストラクチャリング(再構築)することは先ずもって不可能であろう。これを「脱水機」かなにかで抜き去ってしまったら、かえってそこに残る得体のしれない人物は不可解な存在となり、周囲に異様な感触を与えることになってしまいそうだ。
 だから、まあ、これはこれで行くしかないのだろうけれど、今少し、「羅針盤(compass)」なりを気にしなければいけないのだ。
 そう言えば思い出すことは、血液型のB型というのは、ある者に言わせると、
「砂漠で、ラクダの背にまたがり、黙々と読書している者であり、自分がどこへ向かっているのかなんて一向に気にせず、読書の合い間に、顔を上げてフフーンといった調子で周囲の地平線を見回すふうあり」
というようなことを書いていた。ただただ、納得してしまう言い回しだと思えたものだった。
 たぶん、B型気質とはそんな「アバウト」さなのだろうとは思う。しかし、血液型だけの責任にしてしまっては、それこそそれが「アバウト」なんだ! の謗りを受けかねない。血液型のほかにも、たっぷりと「思い込み」度外れ傾向を形成してきた経緯というものがあるのだろうと推定せざるを得ない。

 当人は一体この「思い込み」度外れ傾向についてどのような評価をしているのかである。当然と言えば当然かもしれないが、全否定なんぞはしていない。いやむしろ肯定的でさえある。そして、この性分によって引き起こされる不祥事は、クスリの副作用と同じだという位にしか考えていない嫌いがある。メリットがあれば、デメリットが生じるのも止むを得ないと、いたって寛容に流しているようでもある。だから、益々その傾向が傾斜度を深めてきたのであろう。
 デメリットは、冒頭のような信じられない錯覚の発生だとして、では、メリットなんぞがあるのだろうか、ということになる。どうも、わたしにとっての行動力の源泉は、少なからずその「思い込み」によって成立しているのかもしれないのである。
 考えてみれば、客観的な事実というものは、あるいはそれを体裁よく形にした知識というものは、脳を働かせることにはなっても、心を動かす力は持っていないかのようである。もちろん、何がしか心が動かないのであれば、人間にとって、行動は生じないと言っていいはずである。
 そんなことで、わたしの場合は、結局は行動を抑止させることにつながりがちでしかない知識操作に対抗して、心を揺さぶり行動をけしかけてきたのが、何あろう「思い込み」だということではなかったかと思っている。

 何という題であったか度忘れしたが、落語にも、わたし以上に「思い込み」の激しい人物が登場する。いわゆる「わかった、わかったからもう何も言うな! 黙ってこのオレに下駄を預けろ!」というのが口癖の人物である。
 確か、特別にその種の感情を抱きあった中ではなく、よんどころない事情があって深夜に片方の若者の叔父の家に一夜泊めてもらいに行く、そんな若い二人連れの話である。
「わかった、何も言うな。この叔父さんに任せろ。床は一つしかないが、それでいいんだな」
と言って、どんどんと事を進めてしまい、結局、なんでもなかった若い男女を夫婦(めおと)にしてしまうという話なのである。
 「思い込み」強のわたしの解釈としては、この叔父さんは早とちりしたというよりも、本質を先取りしたのだと見てしまう。つまり、この叔父は、若い二人の心の内に、当人たちには自覚されてはいなかった潜在的な「慕い会う」芽を直感的に見抜いたものと考えたいのである。
 「思い込み」というものは、ハズレル時にはバカハズレして笑いものにさえなるものだが、それがないと、人の世は、何も起こらず面白くも可笑しくもないかたちで終わってしまう大事な「薬味」のようなものなのかもしれない…… (2004.09.10)


 先日、「デジタル・レコーダー」を購入した。
 要するに、テープ・レコーダーがアナログ・データを保存するのに対して、サウンド、音声をデジタル・データに変換してファイル化するわけである。
 テープ・レコーダーはいろいろと持っているのになぜそんなものを購入したかというと、録音と同時に、サウンド、音声データを高比率で圧縮データ( 「.wma」ファイル=「Windows Media Audio」ファイル。マイクロソフト社が開発した音声圧縮符号化方式。ストリーミング配信技術体系 Windows Media Technologies における標準。ファイル形式名として使われるときは WMA と略される。 MP3 と比較して、同音質を2分の1のデータ量で実現できる。 Windows に標準搭載されている Windows Media Player で再生可能 )に変換してしまうことがひとつと、もうひとつはそのデバイス本体がPCと通信接続が可能で、PC側のソフトでいろいろと処理が可能であるという点である。
 かねてから、「 MP3 」ファイルを扱う『iPod』(アイポッド)には関心を持っていたが、「 MP3 」ファイルは音質において悪くはないが、意外と圧縮率はそう高くはないのに若干の不満を持っていた。それに対して「.wma」ファイルの圧縮比率は非常に高い。もちろん音質もそこそこ保たれている。

 なぜそれが気になることかと言えば、ひとつは、Web上で取り扱う際には、可能な限りファイル・サイズが小さいに越したことはないからである。しかも、MSのブラウザが一般的なことを考えれば、Windows Media Player で効果的に再生される「.wma」ファイルは当然注目したくなる。
 また、デジタル・サウンドを携帯する場合にも、個々のファイル・サイズは小さく圧縮されていれば、多くのデータを扱う、つまり聴くことができて便利であろう。
 こうして、音質の点でも、サイズの点でも、また加工の点でも魅力的な「.wma」ファイルではあるが、加工と言う点、つまり「.wav」ファイルをサウンド・アプリケーション・ソフトなどを使って「.wma」ファイル形式に変換する加工作業がやや面倒ではあった。
 それが、購入した「デジタル・レコーダー」は、PCからインポートした「.wma」ファイルを聴くことができるとともに、音声などを録音する際にそれらを即座に「.wma」ファイル化してしまうのである。つまり、小さく圧縮してしまうのだ。これは、ちょうどデジカメが「.bmp」ファイルというバカでかい形式ではなく「.jpg」といった圧縮ファイルでデータを保存することと似ている。
 また、このことは、テープなどの音声、サウンドの音を、ケーブルでこのデバイスに接続してコピーすれば、「.wma」ファイル化するので、ちょうどアナログ・サウンドを「.wma」ファイルという圧縮デジタル・データに変換するということを意味する。
 つまり、手持ちのさまざまなアナログ音を、スモール・サイズのデジタル・データに変換する変換機の役割りも果たすということなのである。
 そんなことに着眼して、この「デジタル・レコーダー」を購入したというわけなのである。

 わたしの用途は、若い人たちのように音楽を聴くというよりも、いくつかの別な用途がある。
 ひとつは、デジタル・サウンドを組み込んだコンテンツを創るということであり、ほかには、文章を音声化して活用すること、あるいはメモ代わりに自分の音声を録音して、これをそのままPCでデータとして使うことなどであろうか。もちろん、落語テープ、CDをデジタル化したいとも思っている。
 いずれにしても、サウンド・データは、テキスト・データに較べれば途方もなく大きいのが処理上問題であったわけだが、こうしてそこそこのサイズにまずまずの作業で変換できるとなれば大いに活用したいものだと思うのである。「ICメモリ」をはじめとして、「DVD」もそうであるが、メディア・記録媒体はますます大型サイズで低廉化し扱い易くもなっていくはずなので、大いに期待したいところだと考えている。
 ただ、今ひとつのことを懸念しているのだが、それは、考えていることを効率的に口述して、音声記録すること、ありていに言えば「口述筆記」に堪えられるような口述をすることに慣れていないという点であろうか。文章として書くことは、慣れはじめていても、どうもマイクに向かって考えたり、感じたりしていることを手短に口述するのが下手なような自覚をしているのである。この点をクリアしないと、せっかくの効率的なデバイスに、冗漫なデータばかりが残されることになってしまい、何をしているのかということになりかねない…… (2004.09.11)


 昨夜から、久々にモノに熱中するモードに入っている。さしたることではないが、昨日も書いた「デジタル・レコーダー」を購入したことをきっかけに、アナログ音源のデジタル化・圧縮ファイル化というテーマに惹きつけられている。
 取り扱い説明書を丹念に読みながら、あれこれと活用可能性に思いを馳せたり、PCと接続しては、テスト操作を繰り返したりしている。
 何であれ、強く興味を抱くことが重要なことだと考え続けてきたわりには、どうも最近は何かにつけて淡白となりがちなことに懸念していた。仕事関連のテーマでも、趣味絡みでも、あるいはメンタルな対象でも、とにかく熱くなれるようなモノに関与すること、し続けること、これが自分なりの好調な生き方を作り出すコツだと考えてきた。何かに対して熱くなっていれば、そのハイテンションな水準が自身の行動のすべてに波及すると考えているのである。
 クルマでも、半クラッチ的なノロノロ運転ばかりしていると、キャブレターや内燃機関内が不完全燃焼気味となり、くすぶりも起きその結果いろいろと支障が生じやすくなるものだ。別にスピードを出せばよいというのではなく、メリハリがきいた運転をしているとエンジンは好調さを保つことになる。このメリハリがきいた運転というのが、自分の場合は、何かへの強い関心を示す状態だと言えるわけなのである。

 今、誰もが激変する時代と社会の中で、どう自分の「ポジショニング」を進めて行こうかと思案しているはずである。企業にしても、今後をサバイバルして行くためには、ありきたりの効率化、低コスト化だけを図っていたのではおぼつかない、何か新しいビジネス、カネ儲けの道を探り当てなければならないと腐心しているはずである。
 しがない会社経営者の自分としては、自分と会社の将来という両面を担わなければならず、正直言ってシンドイ思いを続けているわけである。
 ただ、おそらく従来どおりの業態を続けていてもジリ貧であろうし、かと言って無理やりに儲け話をでっち上げようとして叶うものでもない。いや、むしろカネ儲け、カネ儲けとリキんでみても空転するのがオチであろうとの予感が強い。
 のんきなことを言っているようだが、やるべきことは、時代と自分、自分たちとの関係をリアルに掴むこと、つまりよりリアルな状況認識に努めることが重要だと観ている。これを怠って、唐突なことを考えても上滑りしたり、空転したりすることが目に見えているからなのである。また何よりも自身がハイテンションであり続けることをキープしてゆかなければいけない。

 まあ、ビジネスの話はまた別の機会にするとして、自身の生き方を振り返る際、能力のあるなしは別として、自身をマックス(最大限)の状態におき、それを維持することが重要だと思っている。そんなことは、何もスポーツ選手だけに課された課題なのではなく、人各々がコントロールしなければならないことだと思っている。
 と言っても、難しいことではない。要するに、ちょっとした工夫を怠れば、人というのはすぐに不完全燃焼気味となってしまうものだということ。そして、不完全燃焼気味となれば、燃費率が悪くなるだけではなく、いろいろな機関(心身)に不調をきたすこととなる。体調、心調(?)ともに狂いが出てくるわけだ。
 ところが、完全燃焼的な調子に持ち込めば、機関のすべての部分が好調へと転じるから不思議といえば不思議である。
 まるで、クルマで言えば、内燃機関のプラグの電圧が高く、小気味よいスパークが、キャブレターで混合された燃料ガスを余すところなく爆発燃焼してパワーに転じるようなものであろう。そして、このプラグへの高電圧を送るということが、自分の場合には、何かに対して強い興味を抱き、そのことに関与するという行動に当たると思っている。

 現在の若い人たちが、好きなことを職業として選んでゆきたいと望んでいることは、まさしく正解だと思う。確かに、好きなことで飯が食えるようになることは一筋縄の努力では叶わないであろう。ひと(たにん)には想像できない苦しさを媒介にしてこそそれは可能となるものだと思う。そしてそんな苦しさを耐えさせる源は、好きなこと、強い興味で高まる高電圧以外にはないという気がしてならないのである…… (2004.09.12)


 遅ればせながら、ベストセラー小説であり、98年直木賞受賞作品でもある『理由』(宮部みゆき著)を読んだ。朝日新聞の夕刊で連載もされていたはずである。なぜ今というに、文庫本になったからに過ぎない。ハードカバーの分厚いものを、就寝前に床で読むには疲れる(頭がではなく、身体とくに肩と手首が疲れる)が、文庫本だと数百ページあろうが、何とか楽な姿勢で読めるものだ。
 別のことを書こうとしているのであるが、それにしても宮部みゆきのタフネスさには驚いてしまう。文章量だけ見ても、数百ページもあり、その各ページは今どきめずらしくビッシリと文字で埋められている。流行作家にありがちな、一、ニ行の会話文を連ねてページをスカスカ状態で「消費」するゼイタクさではない。まるで、岩波文庫のカント、ヘーゲル哲学文庫のごとく、あるいは量さえ多ければ文句ないだろ、と言わぬばかりの近所の「ほか弁」弁当のめし粒のように、一ページには文字が所狭しと詰め込まれている。
 とは言っても、貶(けな)そうというのではなく、スゴイなあと感心するのである。と言うのも、豊饒な叙述にやっぱり必然性のようなものがあると思えるからだ。確かに、ちょっとは、「おいおい、アタシも忙しいし、眠くもなってきたので結論を急ごうや!」と言いたくなる部分も無くはなかった。
 がしかし、いやいや、この作品にあっては、このリアルな日常的家族描写こそが重要な「前菜」であり、いやあるいは、「メイン・ディッシュ」でさえありそうか、との思い直しを迫られたりもした。

 今書こうとしていることは、この小説は、ミステリー小説スタイルを採りながらも、社会小説風に定かなテーマを打ち出しているという点がひとつである。そして、そのテーマとは個人と家族との関係という、古くて新しく、やっぱり古い難問だと言う点であり、さらに、この種の問題は、現代にあっては、さすがに難問中の難問としか言いようがないという点なのである。
 小説では、事件に何らかの形で関係する人々が、家族もろともピックアップされ、その日常が「くどい」ほどのタッチで描かれる。この辺が、ただただミステリーのプロットだけに感心を持つミステリー・ファンにとっては「イライラ」するところなのかもしれない。「結論を急ごうや!」と本気で感じる読者もいないとは限るまい。
 しかし、ますます現実そのものがミステリアスとなり、不可解となった現代を目の前にして思うことは、動機を含めた犯罪へのプロットというものは、松本清張の推理小説時代とは異質の困難さがありそうな気がしている。
 松本清張も、社会派推理作家として、犯罪者の動機などに個人心理では括り切れない社会的要素を組み込んでいた。それが、紋切り型的な個人心理で押し捲る従来型推理小説に飽き足りない大人のファンを魅了した。しかし、それでも、今読むとするならば、そこに登場する人物たちが、個人としてしっかりとした相貌を持っており、何となく古き良き時代の「古典的人物」だという感触を抱いてしまうのではなかろうか。
 つまり、現代の犯罪というものは、決して「古典的人物」たちによって担われている様子ではなく、まさに、不可解な現代の事情に振り回されている「不可解×不可解」な人物によって手が下されているようにしか思えないのだ。

 そして、「不可解×不可解」な人物は、家族というこれまた謎に満ち満ちてしまったレイヤー(層)と渾然一体となっていそうな感じなのである。というのも、現代における家族とは、かつての家族と比較するならば、あらゆるものが「奪われ」(=本来の機能の大半が、家族外の市場社会に飛び出してしまった。外食、学校教育、娯楽……)、それだけならまだしも、あらゆる解消しがたい社会的問題が<荷が重過ぎる形>で「持ち込まれる」(痩せ細る「社会福祉制度」からくる積み残し問題、情報化社会が潜在させる問題的な影響、従来の家族文化がその基盤を失いながら新たな家族文化が未成立な状況などがありながら、「自力救済」的解決が期待されているようだ)状態であるのかもしれない。
 たとえば、ありがちな例を出すならば、家族の中に従来であれば就職をして職業の下積み的なプロセスに邁進している年齢の若者が、フリーターであったり、無職無収入であったりする問題も、果たして親の教育云々という家族問題だけの視点でなんとかなるものなのであろうか? また、不登校問題もそうだし、あるいは、覚醒剤などのドラッグ患者となってしまった子どもたちの問題、さらにもはやあちこちで目にすることになってしまった「ドメスティック・バイオレンス」も然りであろう。
 つまり、家族だけでは到底手におえないような「不可解」な問題が、家族空間の日常性に音もなく忍び込んでいるのである。

 わたしが、宮部みゆきの『理由』という小説を、最後まで放り出さずに読んだ理由は、ミステリーという「かっぱえびせん」(「やめられない、とまらない……」)効果によるものだけではなく、現代の家族と個人が放り出されたアブナイ状況を、カンと洞察力のある著者とともに深く共感したからなのかもしれないと、そんなふうに思っている…… (2004.09.13)


 出勤の途中、ドラッグ・ストアーに立ち寄った。コーヒーばかり飲んでいて、それで体調が良くないのかもしれない、カロチン入りのにんじんジュースでも備え置こうと思ってのことだった。
 いろんなペットボトルがあるので、どれにしようかと迷っていた。
 すると、トイレ方向からまだ幼稚園にも行かないような小さな女の子が、弟を乗せたベビー・カーを押しながら、ぐずっている弟に向かって何か言っている。
「だいじょうぶだからね。ママは、オシッコしてるの。もうすぐ来るからね。オシッコじゃなくてウンコかもしれないけどね……」
 思わず笑ってしまった。真面目くさってそんなことを言わずにはいられないのが子どもなんだなあ、と思えた。大人から較べれば、ごくごく限られた知識で構成されている子どもの頭の中が透けて見えるような場面であった。頭の中の構成要素が少ないだけに、ひとつひとつの体験と知識のセットが重みを持つのかもしれない。

 何がきっかけだったか忘れたが、つい先だって、奇妙なことを考えたものだった。
 三、四歳の小さな女の子が火のつくように泣きじゃくる姿。疳の虫でもいるように泣きじゃくる子にはいろいろな原因があるだろう。我がままを言って聞き入れられないためかもしれない。身体のどこかに潜む痛みを訴えているのかもしれない。
 が、もし、自分の愛情と信頼のすべてであるに違いない母親がいなくなったこと、それが原因だとしたら、何にもまして共感すべき姿ではないか、とそんなことを思い浮かべていたのだ。
 また、その子にとっては、母親がいなくなるということは、どんな理由であっても一律なのかもしれない。たとえ、ちょっとした買い物で姿が見えなくなることも、永遠の別れである死別も、あるいはなんらかの事情で母親がその子を捨てて出て行く場合であっても、その子にとっては、一律に母親不在という自分自身の大前提の瓦解以外ではないのかもしれない。
 その子にとっては、母親が死ぬという事態は解釈しようがないであろう。さらに、自分の大好きな母親が、自分を捨てて他の誰かのもとへ行ってしまうなぞということも、想像できないというよりも、解釈不能であり、要するにあり得ないことであるに違いない。つまり、「子細(しさい)」に立ち入ることができないというか、おおまかな仕分けで世界に立ち向かっているのが子どもなんだと思ったわけなのである。だから、ひょっとしたら、そんなすべてのケースを含意して、たとえお使いに行っただけの不在でも、「全天候型」対応方式で火のつくように泣くのが子どもなのかもしれない、と思ったのである。

 つい先日、栃木の「渡良瀬川」湿地の植物云々と書いたばかりであった(2004.08.12)が、その支流の思川で、気になっていた幼児の遺体が見つかったそうだ。あの男手の先輩後輩関係二世帯に関する誘拐事件の痛ましい結末のことである。
 こんな事件が起きると、いつも思わされることは、「何も殺さなくてもいいじゃないか」ということであろう。しかも、何がどうあろうと、大人とはまだ脳の構造が異なっている子どもに、大人の論理を押しつけて、挙句の果てには二度と戻らぬ結果に追いやるというのがやり切れない気持ちにさせるのである。
 また、やり切れない気持ちと言えば、三年前に大勢の児童が意味もなく理不尽に殺傷された「大阪・池田小事件」の宅間死刑囚に死刑が執行されたとの報道があった。多くの児童が唐突に殺害されたことがもちろんやり切れない気持ちの中心である。
 が、それに加えて、「どうして?」という当然の疑問が封印されてしまうかたちのままで、宅間死刑囚が処刑されたことがなおのことやり切れない気持ちを増幅させる。同死刑囚は、「贖罪(しょくざい)の気持ち」がないままに、「6カ月以内、出来たら3カ月以内の死刑執行を望みます」と意思表示をしていたという。
 「被害者・遺族の被害感情が極めて強い」という事情は生身の人間として良くわかる。一刻も早く加害者に「目には目を」の仕打ちを与えたいと望む気持ちは、もし自分が被害者家族であれば当然のように抱くであろうことも想像できる。
 しかし、にもかかわらず、言い知れない違和感が残り、人間という存在に対して不気味な不安が喚起されてしまうのである。荒み切った現代にあっては、もはや贅沢な願いとなってしまった観も無きにしも非ずではあるが、もっと<人間らしい決着のつけ方>があって欲しいと考えてしまうのだ。

 わたしが今日、考えることの支点としているのは、「子ども」という存在である。大人の誰もが通過してきた地点としての「子ども」であり、多くの大人たちが「無邪気でかわいい」と評するほどに「可能性に満ちた」「未使用」の素地のかたまりとしての「子ども」である。
 これも先日ある場面を見ていてふと思ったことであるが、どんな大人の仕草の中にも、「子ども」当時の仕草というものが残されているのではなかろうか、ということである。そんなことに目を向けた時、ああ、この人にも「子ども」時代があり、その時は将来に向けてどんな希望を抱いていたのだろう、現在のような立場や姿となることを微塵とも思い描いてはいなかったのではなかろうか、などと他愛もないことを考えた。
 そして次に、<その「子ども」>は、今のその大人の現実になることを、すべて「自己責任」で選び通し、選び尽くしてきたのだろうか、という妙な疑問が生じたのだった。おそらく、結果論でそういう表現はできたとしても、事実としてはそうではあるまい。柔らかい言い方をするならば、「よんどころなく」「しがらみゆえに」「成り行きで」ここまで来てしまった、ということになるのではなかろうか。強烈な言い草ふうに言えば、「ほかにどうしろというような、そんな寛大な社会環境があったんだい?」となるのかもしれない。
 わたしは、決して「悪者」を甘やかそうと考えているつもりはない。すべて、環境や社会が悪いのだ、という考え方に加担しようというつもりもない。ただ、人間は環境の中で形成されざるを得ない歴然たる事実を軽視したくないだけなのである。「個人責任」という過度に抽象的な言葉が、恥ずかしげもなく飛び交う異常な状況の中で、人間はやはり根を張って生きるのであり、その根は張るべき土壌という環境や社会にきっちりと依存しているのだという事実、それを無視しては人間は成り立たなくなってしまうと思うだけなのである。

 新品のPCは、気持ちよくサクサクと稼動する。しかし、いろいろなソフトをインストールして、いろいろなデバイスをドライバーとともに加え続けていくと何だか稼動が重たくなり、ネットに繋ぎやがてウイルスでも背負い込むようになると、とんでもない修羅場PCとなってしまう。
 そんな時、「このPCは、何て意固地で性悪なヤツなんだ! 叩き壊してしまえ!」という憤りに襲われることもあろうかと思う。
 しかし、素人ではないプロのPC使いは、クールに言うだろう。
「さて、もう一度ゼロ・スタートしてみるか。ハードディスクを初期化して、OSを再インストールして、必要最小限のアプリケーションだけをインストールすることにしてみよう!」
と。
 もちろん、人間とPCとは立場も構造も異なる。しかし、主たる原因の所在をあらぬ方向へ振り向けても何の解決にも近づけない点では共通しているような気がする…… (2004.09.14)


 さすがに、判決から一年未満で死刑が執行された宅間死刑囚については、マスメディアでもいろいろなかたちで取り上げられている。
 そんな中で、同死刑囚との接触もあったらしいある大学教授(心理学)がハッとするようなコメントをしていた。(TVの報道番組)
 同死刑囚は、被害者家族に対して結局なんらの謝罪もなくこの世を去ったわけだが、同教授によると、そうした感情への接近が会話の過程で見受けられはしたらしい。しかし、言葉となって出てはこなかったという。それに対する同教授の考察は、そもそも同死刑囚には、「謝罪」という観念自体が成立し得なかったのではないか、というのだ。
 ちょっと想像しがたい事実であるかもしれない。通常の人間観では、一時の錯乱状態からでも他者に被害を加えたり、悲しませたりした場合、平常心に戻った場合には、ごくごく自然に「謝罪」の感情が生まれ、それが何らかの「謝罪」の言葉に結実すると思われる。
 しかし、同教授の話し振りでは、言葉となりかかった「謝罪」の思いが、何かによって妨げられたというのではなく、そもそも「謝罪」という感情や観念自体が生じない心理構造が存在している、とでも言いたげな口調のように感じられた。

 もちろん、よくはわからない事柄ではある。だが、ありそうな気がしないでもない。しかも、当該者のみならず、一般の現代人にもである……。
 往々にして、平凡な人間は、自分が盲信する平凡さを軸にして、あるいは平凡さを楯にとって異常な犯罪の実態をも推し量ろうとする。しかし、平凡な人間像を思い描くことが、社会的事実の解釈を有効足らしめると見なすことは、いかにも「後手に回り過ぎる」ような気がしてならない。社会の変化とそこでの人間の変化の激しさは、思いのほか昂進してしまっているのではなかろうか。平凡な人たちでも、その場になれば「謝罪」の心というものをきっちりと表現できるのか、という疑問めいたものが消せないのである。
 また、大抵の人は、たとえ身辺で異常とも見える何がしかの小さな事実を目撃したり、知ったとしても、それを自分が住む平凡な日常と「地続きの事実」だとは認めたがらないのではなかろうか。なぜならば、それを認めるならば、自身の平凡な日常の安定が脅かされることになるからである。犯罪者の犯罪を、地続きの現象だとは見なさず、海を隔てた遠い島での出来事だと見なした方が気が楽なはずである。つまり、自分とは無縁の、異常体質者の特異な事件だと見なした方が、気が安まるというわけである。

 しかし、こうした「隔離」的発想( 犯罪というものを、平凡な一般人とは「隔絶」した特異体質者が引き起こすものと見て、犯罪自体を「隔離」して考察する発想 )は、犯罪を抑止する上でも果たして有効なのだろうかと疑問を持ってしまうのだ。
 確かに、異常犯罪を引き起こした犯罪者の過去には、異常な生活環境が指摘されることが多いようだ。しかし、それとて、犯罪が引き起こされた時点から振り返るから、異常らしき生活現象が異常の度合いを強められるのかもしれない。場合によっては、平凡な生活者にも、異常らしき生活現象が隠されているのかもしれない。ただ、それがプライバシーという暗幕によって覆われているだけなのかもしれない。
 何だか、傷口を手でなでるような不快なことを書いているが、言いたいことは、われわれは犯罪者が過ごした過去の生活のさまざまな事象と共通性の高い事象を結構多く経験しているのではないかということなのである。恐ろしいことを言えば、犯罪者とわれわれとは「他人ではない」ということでもある。一線が引かれるのは、その犯罪行為に踏み込んでしまったか、抑止し得たかの違いだけだとも言える。その距離は大きいには違いない。だが、その線の内側は「平凡」、その線の向こう側は「異常」と決めて涼しい顔をするほどではないような気もするのである。

 ここで冒頭の「謝罪」の感情、「謝罪」の言葉という問題に戻ってみる。かつての、「古き良き日本人」「平凡な日本人」の間には、何かにつけて「謝罪」の言葉を素直に口にする人々が多かった。「すみません」と言って軽く頭を下げることが習慣のようにもなっていた。「謝罪」の行為を外発的に促す集団の圧力もあったのであろうが、それ以前に、他者の痛みへの同情と共感というものがしっかりと存在していたと振り返る。
 しかし、現代では「情に竿させば流される」とばかりに、この他者への同情と共感というものが、風化という以上に、拒絶されていると見ていい。米国ふうに、交通事故を起こした際には「謝れば負け!」の駆け引きさえめずらしくない日常となってしまったかのようだ。倫理的問題は棚上げにされ、法廷闘争が主戦場となった現代ならではのような感じである。
 極端に言えば、個人主義と競争社会の激化に生きる現代人としてのわれわれは、もはや「謝罪」という観念を放棄し始めているのではないかとさえ思うほどである。
 首相も大統領も、あるいは官僚たちも、たとえ事実が誤っていても、決して「謝罪」はしない。「謝罪」と称する「儀礼」を演じるのは、「不祥事」企業だけである。しかし、それは痛みを受けた被害関係者への「謝罪」というよりも、消費者からの反撃を回避したいという意思表示だと見るべきなのであろう。

 「謝罪」とは、英語では「 apology ( アポロジー ) 」となり、当該の「謝罪」を意味するほかに、「弁明」「釈明」の意を含むことになる。おそらく、原意は、相手や他者に向かって「事実を明らかにする」ことが重要だと見なされたからなのであろう。決して、居直って強弁する意味ではないはずだ。
 日本や東洋での「謝罪」とは、「事実はどうであれ」相手の心情が許すか許さないかという主観的な部分に重きが置かれていたのではないかと推察する。
 現代の日本では、「事実はどうであれ」という半端な部分だけは継承され、あとは「ディベート」的言い逃れ風潮が凌駕して、まさに「謝罪」の観念は空中分解してしまったのではなかろうか。
 店の者に声をかける際に、「すみませーん」というように、あるいは「不祥事」企業の重役たちがハゲを見せるように(?)、「謝罪」とはパーフェクトに「儀礼」的意味しか持たなくなってしまったかのようである…… (2004.09.15)


 陽射しは心地よいとまでは言えない強さである。だが、気温もさほど高くないし、ほどほどの風も吹き、爽やかな秋晴れといった気配の天気だ。空には雲も無く、「天高く」の形容を思い起こさせるほどに青く澄み渡っている。
 少年の頃の、こんな天候の日には、このような天候が与えてくれるすがすがしさを何の懸念もなく何の文句もなく享受していたはずだ、というようなことに思いを向けていた。が、すぐに、いやいやそうではなかったかもしれない、というシニカルな思いがそれを打ち消す。子どもの頃には子どもの頃の他愛ない心配事があり、決してこの空のように澄み切っていたわけでもなかっただろう、という世知辛い思いである。
 いつでも、大なり小なり心に影を宿す懸念や心配事というものが絶えないのが、人間なのかもしれないと、冷ややかで訳知り的な思いがよぎるのだった。
 昼食を済ませて事務所に戻る道すがら、民家の庭の植木やら、誰もいない公園やら、夏草が生え盛る空き地などに、見るともなく目をやりながら、そんな所在ない思いを運んでいたのだった。

 不快な音がしたので上空を見上げると、軍事用ヘリコプターが飛んでいる。澄んだ青空を汚すグロテスクな恰好である。と、見上げた視界の右片隅に、またまた不快感を増幅させる飛来物が目に入る。二機のジェット機が、接触を心配させるような近距離のペア編成を組んで飛び行くのであった。
 ここは、相模原であり軍事施設がある。厚木基地もそう遠くはないため、こうした「無粋」ものが、人々の日常感覚にサンド・ペーパーをかけるような音を横柄に撒き散らかしているのだ。
 わたしは、ヘリコプターやジェット機のパイロットたちの心境を想像していた。彼らは、もちろん、地上に住むわれわれの感覚や思いなんぞに関心はないだろう。われわれが拒絶しているのは、その騒音だけではなく、彼らの軍事行動そのものであり、それらが「平和を守る」という「効能書き」とは別に、ますます事態をきな臭いものとしていると懸念している事実なぞには、彼らはまるっきり無関心ではなかろうか。
 むしろ、彼らの頭の中には、「対テロ軍事行動」という強い使命感が渦巻いているのだと思われた。ブッシュ米大統領は、大統領選を控えた選挙キャンペーンで、危険度を高めているテロに対する「毅然とした」防衛を訴え国民の支持を拡大していると言われる。軍事戦線に出向いた兵士たちが、「対テロ防衛」という「大義」を頭の中に詰め込んでいるはずだと考えることは決して難しいことではない。

 しかし、「対テロ防衛」という「言い草」は、非常に「米国的」であり、米国がリードする世界ならではの「現代的」な表現スタイルだと思わずにはいられない。
 それは、先住民族としてのネイティブ・アメリカン(インディアン)を、先手攻撃の自分側の問題を棚上げにして、一方的に「野蛮」の謗りだけを誇張する表現スタイルと酷似している。もっとストレートに言うならば、第一原因(侵略!)を削除してしまって、それに対する第一結果(先・原住民抵抗と反撃!)だけから「事件簿」を作成するという独特な表現スタイルだと言っていいだろう。
 ほかに例を挙げるならば、一般に通念として受け入れられている野生動物たちの「凶暴さ」という表現も同じなのかもしれない。
 動物学者たちに言わせれば、動物たちは無用に殺戮を仕掛けないものであるという。彼らは生存が第一目的であり、その目的には共存も含まれているようだ。よんどころなく、その目的が果たせない場合にのみ、緊急回避的に最小限の(必要な食餌のための)殺戮を行うと見ていいのだろう。
 ここで既に、人間が行う残虐な殺戮の「無差別さ」との差が表れているが、それはおくとして、野生動物たちの、人間から言うところの「野蛮」さとは、結局、彼らの生息地に人間が横柄に侵略した第一原因があったからということにはならないのだろうか。あるいは、そのことによって、彼らの生息地環境の激変が、彼らを人里地域に出没させ、人間との不慮の遭遇機会を作ってしまったのだとは言えないのだろうか。

 「現代的」な世界では、物事の因果関係が正しく「トレース(跡をたどる)」されていないケースが少なくないように見受けられる。
 昨日、「謝罪」という心が稀有なものとなりかけているという状況について触れたが、それもまた、自分が撒いた種を刈り取れない点において、因果関係を黙殺していることになるのであろう。
 今ひとつ気になり続けてきた現象に、以上書いてきた事とは逆のように見えるものもある。それは、第一原因を削除するというのではなく、第一原因の前には、さらに先行した原因があったのだと主張する立場である。その先行する事象を原因だとすることで、第一原因そのものをいわばその「結果」なのだと言い張るわけである。いわゆる、「責任回避」、「言い逃れ」と呼ばれる現象だということになるのだろう。
 先日の台風による風水害で、大方の被害者が「天災だから、文句の言いようがない……」と述べている中で、「役所の対応が悪い!」と、憤慨していた方がいた。ひょっとしたら、避難勧告などに関して不手際があったのかもしれない。
 確かに、税金を納め、支払っている以上、安全で快適な市民生活が過ごせると考える発想は正しい。だが、そうした社会的因果関係が果たされるためには多くの副次的な前提が必要となる。自治体行政への日常的な関心の持ち方や参画、政策吟味による選挙行動などなどであろう。消費生活での市場主義原理のように、税金納付がただちに安全快適な市民生活に直結するはずだと考えるのは抽象的過ぎるように思われたのだ。
 もう少し言えば、「権利意識ばかりが……」という例の論点の問題と関係している。
 わたしは、権利意識は当然持って然るべきものだと思っている。このことを逆手にとって、義務が云々と言いながら、権利意識を放棄させる論調はとんでもない時代逆行の姿勢だと考える。
 ただ、権利意識は抽象的なかたちで飾られていてはならないと思ってもいる。権利とは、「ある」のではなく「する」のだと明言を吐いた法律家がいたが、「睡眠状態」であるかのような権利意識は空しい。いやそれどころか、現状の黙認、追認という点において、権利を放棄していることになりかねない。
 先の台風災害について言えば、もし、役所が問題であったとするならば、事前にそれを糾弾していた団体などがあったのではなかろうか。たとえば、河川工事や管理のあり方に問題があるとかというふうにである。そんな時にこそ、聡明な市民は反応すべきなのだと思う。それを、役所なのだから、万事瑕疵のない対応をするであろう、そうして当然なのだといった下駄を預ける姿勢であったとすれば、それは限りなく現状黙認、権利放棄に近いのかもしれない。

 くどくどと書いたが、要するに、現代という時代は、自身が「第一原因」者であるとする意識が消し飛んだ風潮が強い状態にありそうだということである。これは、決して変わるはずがない普遍的な道理である「因果関係」が、現代的要素( 巨大組織の魔力、不透明なマスメディア、情報化社会のねじれ現象…… )によって撹乱されている事態と表裏一体となっているように見える。
 それとも、「因果関係」というロジック自体が、変容を来たし始めているのであろうか? 確かに、市場万能社会は、「いいものが売れる」から「売れるものがいいもの」というロジックの反転を生み出してもいるようだ…… (2004.09.16)


 「落語」に『化け物使い』という「人使い」の荒い男の話がある。
 「一つ目小僧」や「大男」といった「化け物」に化けて人間を脅かして楽しもうとしていたたぬきが、「人使い」が荒いと評判の男の前に出てくるのだが、男を驚かせるどころか、掃除から、布団敷き、肩たたきまで指図され奉公人のように使われてしまい、ついに音(ね)をあげてしまうという話である。夜しか活動できないに決まっている「化け物」に向かって、
「昼間は出てこられないのか? なんせ権助(ごんすけ)が辞めたもんで用が足せないんだ」
と言う始末である。
 「人使い」が荒いと評判だけに「化け物使い」も荒いというのが「落ち」となる。

 その男に向かって、権助は奉公人を辞める際、苦情をぶつける場面があった。
「おらあ奉公人だで何でも言うことを聞く。だけどあんたは用を言いつけて楽しんでいる節がある。紙屋の隣がたばこ屋なのに、半紙買って来いと言って、おらが戻ってからたばこ買って来いと言いなさる。なんで一緒に言いつけない。それが『人使い』が荒いと言うだよ」
 すると、男が言うには、
「勘弁しろや、これがおれの性分なんだぁ……」
と、<人をこき使うのが好きな性分>であることをあっけらかんと白状するのである。
 使われる側からすればたまったものではなかろう。しかし、「人使い」の荒いこの男の心境は、わからないでもないので可笑しい。化け物が音をあげることよりも、その「性分」自体が人間のある種の欲を、露骨に淡々と表現しているのが笑えるのだ。

 この「人使い」欲を、大上段に「権力欲」と称して騒ぎ立ててもいいのだが、それよりもちょっと変わった視点から眺めてみようと思う。
 ある本を読んでいたら、一風変わった表現ではあるのだが、「なるほど」と思わされる言葉に出会った。「自己効力感(自分で自分の能力を実感することによる喜びや満足)」( 堀内圭子『<快楽消費>する社会 消費者が求めているものはなにか』中央公論新社、2004.05.25 )という言葉である。
 これは、たとえば、なぜ、危険を伴うスカイダイビングなどに熱中したり、遊園地で過激なジェットコースターに乗ったり、あるいはまた難解なTVゲームに夢中となったりするのかを分析するならば、達成感とも自己満足ともやや異なった、いわば「自己効力感」と言うしかない動機の姿が見えるというのである。

 わたしも同様なことを考えたことがある。現代という時代の特徴のひとつは、エレクトロニクス技術やITが駆使され、ひと昔前には想像もできなかったハイテク・ツール類が大衆化したことであろう。PCがその代表格であるが、ケータイだってそうだし、デジカメもそうだろう。さらにその周辺機器まで見渡すならば、あるとないでは大違いの結果となるようなツール類が溢れている。そして、こうしたツール類に嵌り込んでゆく者(マニア)たちも決して少なくない。DosVショップを手がけた頃には身の周りにそうした人種が大勢いたものであった。
 その時、そんな彼らの動機は一体何だろうかと考えないわけにはいかなかった。そのコレクションするツール類が秘めたパワーを、自己能力と同一視してご満悦なのかとも想像したりした。あながち外れてはいない想像ではないかと思ったものだ。

 そんなある時、「操作感」(捜査官ではない!)という言葉を耳にしたことがあった。つまり、さまざまな優れもののツールを「操作」する、できることで、自分の能力を過大に実感して悦に入るというほどの意味であったかと思う。ただちょっとこの言葉は弱い表現だと不満に感じてもいた。「このハンドルは若干『操作感触』が良くないね」というような、フィーリングの意味に流れ込んでしまう嫌いがあったからであろう。
 当該の感覚というのは、もっと自画自賛の思い込みに近いもののような気がしていたのである。きわめて危険な例を挙げるならば、思いがけずにピストルというツールを入手してしまった者が、その時から自分は恐い者なしのパワーを持っていると錯覚していくようなものである。
 例が良くなかったが、しかし、これに近いことは、現代という時代が各個人に提供しているさまざまなハイテク・ツールに関しても見受けられることではないかと思う。クルマもそうであるに違いない。おそらく、若者たちは、アクセルを踏んで走らせているのはクルマではなく、クルマと同一視した自分自身なのではないかと思うことがある。

 つまり、現代という時代は、あたかも自分自身がそんな能力を持っているかのような絶妙な<錯覚>を与える「魔法のツール」類を、次から次へとふんだんに商品化しているということなのである。「自己効力感」という言葉は、そうした商品社会の舞台裏をを見る上で言い得て妙な言葉だと受けとめたのである。
 思えば、「ヤッタァー!」といういつでもどこでも耳にするあの叫びというのは、現代人の感性に忍び込んだ観念としての「自己効力感」と出所は同じなのかもしれない。
 両者ともに、「遣り甲斐」や「達成感」ほどに<マジに>自己投資はしていない。場合によっては、「ラッキー!」と言っても良さそうな他力本願的なこと(抽選など)での好ましい結果に対しても「ヤッタァー!」と叫ぶ。そこには、そうでもしてゆかなければ、自己能力や自己存在を手にすることなぞできない「糠くぎ」のような現実があるからなのだろうか。

 「ご提供するツールの素晴らしさは自信を持っております。そのこととお客様とはまったく別問題でしょう。このツールをお客様がどのようにご活用されるかが問題なんです!」とは、決してCMでは言わないだろう。ただ、果てしない可能性が広がっているはずだと濁すにとどめる。あなたのパワーを拡大する! という表現になる。ユーザーや消費者にそうした<錯覚>を与えなければツール類は売れないと言っていい。
 希薄となった人間関係での空虚感を、モノとの関係でしか埋められないというのが現代の風潮だと言われてきたが、ここでもその現象が見られそうだ。自分の存在や能力を自覚するのに、はた迷惑ではあるが「人使い」を荒くすること、つまりあくまでも人間関係(化け物関係?)に固執していたのが、モノとしてのツールを持つことに伴う<錯覚>を得ることに置換えられているかのようである。
 自身を振り返っても、モノとしてのツールや情報の秘めたパワーには魅了されがちなタイプである。ひょっとしたら(ひょっとしなくとも)「人使い」も荒い方であるかもしれないが、こちらは、相対的に希薄になりつつある予感がしている。煩わしいというのが実感ということになろうか。
 だが、自分も含めた現代の風潮がこれでいいのかという疑問は消えない。だからこそと言ってはなんだが、人間関係しかないとさえ言える落語の世界が鮮やかに思えたりもするのかもしれない…… (2004.09.17)


 毎日、文章をまとめていて落胆することは、大抵が、書こうとした当初の動機のイメージが表現され切れないことだと言えるかもしれない。限られた時間で、なおかつ整理し切れない思いや考えを書こうとしているため、まるで気ままな旅行のように寄り道の末に、はてはて、こんなところに来たかったのだろうか、といったバカな思案をすることになるわけだ。まあ、そんな試行錯誤の過程で、少しでも、書きたいことが的確に書けるようになれればいいと思ってはいるのである。

 昨日のテーマに関しても、今ひとつ「的(まと)」から逸れたという印象が残っている。
 ちょっとおさらいをするならば次のようになろうか。
 「人使い」も、「ツール使い」も当面の問題解決のためという実利性があるとともに、いわば隠れた副次的な感覚としての「自己効力感」追求という面がありそうだということ、これがひとつであった。そして、落語『化け物使い』の主人公のように、「性分」だと自認するほどに副次的感覚が肥大化する場合もあるということ、これがふたつ目である。 そして、ここからが主要な関心事だと言えるのだが、現代という特殊な時代においては、「ツール」というモノがジャンルを問わず豊富な形で商品化され、大衆化されている。サイエンスやテクノロジーの飛躍的発展という面とともに、「 Do it yourself ! 」のキャッチフレーズにうかがえるように、一般消費者、ユーザが、お仕着せの製品に飽き、自らの手で自身が望むモノを作りたいというニーズが凌駕してきた時代だからという面もありそうである。これはまさしく、文明の進展だと言っていい現象だろう。

 だが、こうした健全な事象とともに、落語『化け物使い』の主人公のように、「ツール使い」の副次的側面である「自己効力感」をひたすら追求するケースも少なくなさそうだということなのである。「ツール」を使いこなす実利性よりも、「ツール」を操作することで<錯覚>的に味わえる「オレはやれる!」ふうの感覚にハマリ込んでゆくケースが多分にありそうだと思えたのである。
 その一番大きな原因は、「ツール」を実利的に使いこなすには、そうした「環境」と自身が考案した「目的」が必要となるはずである。しかし、たとえば、レーシング・カー仕様のクルマを持ったからと言って、素人にはそんなおあつらえ向きの環境に臨めるわけでもない。一般道路でスピード違反を起こして捕まるのがオチかもしれない。
 また、これがなかなかにしんどいことになるはずだが、「ツール」が活きるような目的を自身で編み出すということはなかなか骨の折れる内的作業だという点である。この点が大きな問題だと思われてならない。

 われわれの世界には、「ニーズ」という必要性が自覚されたものと、「シーズ」というその「ニーズ」を充足させる技術のような能動的なものとがあると言われる。もちろん、「ツール」類は、その「シーズ」の代表格だと言っていい。
 そして、窮乏の時代だとされた過去の時代は、「ニーズ > シーズ」の関係だと見なされたはずである。人々はいろいろな窮乏( 主としてモノの欠乏! )を訴え、「シーズ」を求めたのだと言える。
 しかし、モノが豊饒に供給される現代にあっては、事態は逆転して「ニーズ < シーズ」という関係、つまりモノへの「欠乏感」が縮小して、「モノ余り」「ツール余り」の現象が生じている。しかも、それでもなおかつモノや「ツール」は過剰生産され続けている。
 ここで歴然としていることは、「欠乏感」がどうしたら回復するのか、あるいはより高次な「欠乏感」がどうしたら発生するのかというテーマではないのかと思う。そして、そのことは、ハイ・テクノロジーで仕立て上げられた「ツール」類、それに見合った<使用目的感>がどうしたらユーザの意識の中に形成されるかというテーマとも直結しているはずである。「〜のための」「ツール」という元来の関係は、「〜のための」という使用目的部分が希薄な状態のままとなっているように見えるのである。高性能なPCがほこりを被ったままとなっているかもしれない現状はそれを象徴しているのだろう。
 しかし、この課題は、結構、難易度の高いもののはずではないかと思う。まして、安直に使えることを良しとして市場にイージーな製品が雪崩れ込んで来た経緯を考えると、多少とも、自力で苦労することによってより高度な目的を設定し、その実現に挑戦するような大衆は生まれるべくもないと想像するのである。「この優秀なツールは、これこれこうした目的で使いなさい」と言って、お仕着せの使用目的をきっちりと提示してあげなければならないのが現状のようではないかと推察する。「ユースウェア(PCなどのハード、ソフトの「使い方」に関心を向けること)」が着目されるのは、こうした背景があるからだと思われる。

 こうして、「ツール」の実利性が<使用目的感>の立ち遅れによって曖昧化しがちな現状で、にょきにょきと頭をもたげてくるのが、「ツール」に対する副次的な感覚としての「自己効力感」追求という面ではないかと思うわけなのである。いわば、「コレクター」の感性そのものだと言っていい。当該物の実利性、実用目的は「封印」されてしまい、それらを「所有している」ことにだけ熱い関心と感情が注がれるアレである。
 ハイテク装備された優れた「ツール」を「所有する」こと、あるいは使用目的のサンプルに添って簡単な操作をして悦に入る程度で、いわばバーチャルな「自己効力感」を得てそこそこ満足している図だと言えるのかもしれない。
 ところで、時々、伝統工芸の職人さんたちが、何十年も使い切った道具などを実感を込めて紹介するようなことがある。たとえば、愛用のノミが、何度も研いでいるうちに刃の高さが新しいものと較べものにならないほど磨り減ったりしたものをである。
 その光景からは、実利的な使用目的、人間の行為としての使用の重さがずっしりと伝わってくる。何が主役であるのかが明瞭に感じ取れるのだ。
 優秀だとされる現代の「ツール」類の存在は、いろいろと問題の多い現代という時代にあって唯一幸せなことだと思う実感がある。しかし、その実感を確実なものとするためには、道具に負けないほどの手堅い使用目的を創造して、しっかりと「ツール」類に実利性を取り戻してやることが必要なのだろうと感じているわけなのである…… (2004.09.18)


 休日の朝寝をして目覚めると、障子に映える光から戸外はいかにも暑そうに思えた。そこで、朝のウォーキングは夕方にシフトすることにしてしまった。せっかく秋らしい季節となったのに、夏さながらの暑さの中を歩くのを嫌ってのことだった。
 夕刻、5時半ごろにいつものコースを歩いた。もう、薄暮の気配である。いつもウォーキングの際には、たっぷりと汗をかくためハンカチで顔の汗が拭いやすいように眼鏡は外していく。そのため、薄暮の街路をゆく人の顔がわかりづらい。夕方にウォーキングをするとこういう点が違うんだな、と先ず気づく。
 夕刻に散歩やウォーキングをすることは、近頃ではほとんどない。嫌いというのではなく、そうした機会がないということだろう。何やら新鮮な期待感が伴い、いろいろと目新しいことに遭遇しそうな気がしていた。

 二番目に気づかざるを得なかったのは、朝一番ではなく夕刻だと頭の活動が完璧に立ち上がっているため、いろいろなことをおっくうがらずに考えるということである。起き抜けの頭はどうしても、中途半端である。あわよくばもう一度眠ってしまおうとする腰の引けた頭脳状態である。感覚も機敏と到底言えない。それに対して夕刻の頭脳や感覚は、「常態」に達しているからということになるのだろうが、見るもの聞くものに対して額面通りの反応が呼び起こされるようで、妙な言い方だが「取りこぼし」がないかのような感じがした。南の空の雲間に上っている上弦の月を見ては、迫り来る秋の訪れを予感したり、バスの明るい車内に見える乗客たちを見ては、急いで帰るその自宅にはどんな生活が待っているのだろうかなど……

 コースの半ば近くの6時ころにはめっきり薄暗くなってきた。そんな時、唐突に何十年も前に、深夜の車道沿いを十数キロほど急ぎ足で歩いた事を思い起こした。終電に乗り遅れて、帰路の半ばの駅で降り、その後は、タクシーなぞという贅沢なことはできなかったので、若さの宝であった体力にものを言わせて躊躇うこともなく歩き始めたのだった。
 疲れて眠いということもあったのかもしれない。黙々と歩いたようだったので、途中のことは余り記憶になく、深夜の3時過ぎ辿り着いた時、まるでマラソン・ランナーがゴールで歓待されるように家族に出迎えられたことを覚えている。
 ただ、そんなことは大したことではないと気づくことになったのはその十数年後であった。会社勤めをして、過激なセミナーに参加させられることとなり、二週間のうちに二回も長距離の夜間歩行をさせられたからである。一度目は予行演習的に20キロプラスα、本チャンは40キロプラスαであり、しかも「プラスα」とは数百メートルなんかという常識的なものではなく、オリエンテーリング方式であったため、正規距離とほぼ同等の距離が上積みされたのである。一晩で、いや夜が明けて次の日の昼近くになってしまうのだが、7〜80キロ歩き通すということは、30代の半ばであったがやはり「地獄」の名に値するものだと「感激」したものだった。

 暗くなり始めたいつもの川沿いの遊歩道をしばらく歩くと、偶然というのは本当に不思議なものだと痛感することに出会った。
 前方の薄暗がりに、女性の二人連れが歩いているのがわかった。ウォーキングをしていると、前方から来る人を避けることや、前方を行く人を避けることに結構気をつかう。特に、同じ方向に向かう人を追い越す場合はそうである。
 その彼女たちは、たらんこたらんこと歩いている。うち一人は、左右に揺れていかにも開放感に浸りながら歩いている。こんな薄暗くて、なおかつ両手に鉄アレーを持って、急ぎ通り過ぎるなら、怪しい者とカン違いされ「アレー」と叫ばれないとも限らない。こっちの方が気をつかって無難に通り過ぎた。
 と、後方で、一瞬覚えのある声が聞こえた。ここが、朝の脳と夕刻の脳のステイタスの違いなのである。さほど自身では意識してはいないのだが、脳の方の「瞬間検索」は火を吹く凄まじさであったのかもしれない。意識の中心部は、暗闇の中で「アレー」なんぞと驚かれないようにということに集中していたのであり、二人の姿もおぼろげに見えただけである。にもかかわらず、二人の会話の声が識別され、彼女たちとは、わたしの姉と姪っ子であることがわかったのである。
 わたしは、振り返り、
「あれっ、○○か?」
と言った。
「あっ、おじさん、何してるの? ウォーキング?」
と姪っ子が言い、
「あっ、やすおじゃない」
と、姉が驚いた。
 まあ、実は大した不思議でもない道理があったのである。遊歩道のこの付近には姉夫婦が住んでいて、嫁いだ姪っ子が、生まれて間もない赤ん坊を連れて実家に来ていたのであった。だが、不注意にも通り過ぎてしまえばそれまでの話しではあった。
 二人は、ベビィ・カーで赤ん坊を連れて散歩をしていた模様である。
 姉が、「孫」を抱いて、
「どう? かわいいでしょ?」
とわたしの顔の前に赤ん坊の顔を近づけた。赤ん坊は、「誰だ?」といった興味深げな顔をして、野球帽をかぶり、顔じゅう汗だらけのわたしを凝視していた。澄んだ目をした本当にかわいい顔をしている。
「散歩してたんだ」
と言うと、もぐもぐと何かを言ったような感じがした。

 それにしても、偶然というのは面白いと思わざるをえなかった。
 赤ん坊の顔の大きさは、大きめの夏みかん位であっただろうか。生き生きとして、しっかりとした目つきをしていたものだ。正直言って、わたしが今一番憧憬の念を抱いているであろう「命の輝き」がその顔に凝縮されていた、と思い返しながら歩いていた。
 バカなことをふと考えた。自分も、こうして歩く限り身体を維持できるに違いない。一日歩けば、一日長生きする。きっとそんな効果があったりするのかもしれない。いや、待て、「するってえーと」歩き続ける限り、寿命が延び放題ということになっちまう。そんなバカな…… (2004.09.19)


 『iPod』(アイポッド)ではないのだが、同様の仕様である携帯型HDDサウンド・プレーヤー( CREATIV の Zen Touch )を購入してからというもの、アナログ音源のデジタル圧縮変換作業で趣味の時間を費やしている。PC作業には、インターネット(HP運営)、デジカメ画像処理、ワープロでの文章化作業などに加えて、サウンド処理という作業が増えたことになる。
 変換作業は、その種のソフト・ツールを使うわけだが、その操作ではそこそこ気を使い、そして時間がかかる。その上、全自動というわけにはゆかず、進行状況をチェックしていなければならないため、作業中は「付き添って」いなければならない。つまり、「拘束」されることになる。
 そうした手間がかかる場合というのは、主に「テープ音源」を一旦「.wav」ファイルに変換しなければならない時に生じる。この辺が、アナログ・データにまつわりついた煩わしさだと言える。
 音楽テープ以外には、落語テープが多く、古いものになるとラジオやTVから録音したものもあり、前後の番組がつながったりしている。その不要な部分を組み込まずに「.wav」ファイル化しようとすれば、当然、前後の音をモニタリングしながらの処理となる。まあ、この際、秋の夜長を活用しながら数十本ある落語テープを総点検しつつ処理をすべきかと考えている。落語CDの音源をも処理しようとしているから結構大変か?
 振り返るに、以前に同じ作業をかなりの本数まで進めたのだったが、ドジなことで、それらを収納したHDDを消去してしまった。返す返すも悔やまれるところである。今回は、先行きの「老後の楽しみ」のひとつに備えて、データ保存をしっかりとやるべしである。
 ちなみに、自宅の書斎にも、そこそこのCPU搭載のデスクトップPC二台がLANでつなげてある。したがって、片方のPCでサウンド処理をさせておいて、その間もう片方でこうした文章作成などの別の作業ができる。さもなければ、データ変換だけを病院の待合室で順番を待つ退屈さとなり耐えられないことになるだろう。
 いや、現在進めている作業が進めば、たばこサイズのプレーヤーに、落語全集から、音楽、English 、気に入った文章の朗読などなどとかなりのサウンド・データを収納することになるので、どんなに待ち時間が長かろうが退屈で苦しむことはまず無くなるはずである。

 こうしてアナログ・データのデジタル圧縮変換をして、携帯プレーヤーのHDDに収納するという作業をしていると、若干の苦労が伴うだけに、「何のため?」という目的意識が自覚されないわけにはいかない。まあ、苦労ばかりでもなく、思い通りに進んでいる時には充実感というよりも、先日書いたような「自己効力感」めいたものも生じたりしてはいるが。
 アナログ・データの弱点、デジタル・データのメリットはいくつかあろうかと思う。
 一つはアナログ・データは「劣化」が激しいという点であろう。サウンド・テープなぞは、音の劣化もさることながら、テープ自体が操作の過程で破損したり、気温で伸び縮みして変質することもある。また保存中にホコリが浸入することも十分ありうる。
 二つ目は、アナログ・データの質量的な問題である。昨今、あの嵩張るアナログ・データであるビデオ・カセットの代替メディアとして「DVD」が注目されているのも、まさにこの質量的にコンパクトであることが最大の理由かもしれない。もちろん、劣化しにくい「DVD」という点も評価されているに違いない。
 この点では、昨今は、室内という空間で邪魔にならないというだけではなく、携帯の上で(モバイルの観点で)嵩張らないという新たなニーズも自覚されるようになり、メディア自体のサイズのみならず、大量データの携帯という点からデータの圧縮収納というおまけもつくようになってきたわけだ。アナログ・データの圧縮という方法はちょっと考えにくい。
 三つ目は、データの活用と再利用という利用上の問題が挙げられる。
 テープ音源のようなアナログ・データを考えた時、再生のデバイス(テープ・レコーダー)も限定されているし、そのデータのコピィをとる時にも手間がかかる割には、音質の低下を招き良い点が見出しにくい。ただ、空間的に嵩張る難点に目をつむれば、整理整頓さえできていれば、お目当てのカセットを探すことは比較的楽であるかもしれない。
 これに対してデジタル・データの検索の場合である。たとえば、わたしのように、多くの落語家の多くの演題の話をHDDに収納する場合、手間をかけて収納したとしても、さてそれらを聴いて楽しもうとした際、もし羅列されたものの中から探すというようなことであれば、結局は不精者の物置同然で、ただただ仕舞い込んだという事実だけで終わってしまうことだろう。
 ここでは、お目当てのデータ(話)が、比較的容易に探し出される仕組みとの連携が必要となる。つまり、杓子定規にいえば「データ・ベース」機能との連携である。「落語DB」というとイメージしにくくとも、かつてのアナログのレコードの「ジューク・ボックス」のような仕組みといえばわかりやすい。すると、あの自動販売機並みの大きさの「ジューク・ボックス」が、たばこ大の大きさの携帯プレーヤーとなるのも、デジタル・データ化によって「データ・ベース」機能となじみ易くなったからだと言えるわけだが、この点の意義は非常に大きい。もちろん、デジタル・データの保存だけでそれらが叶うわけではなく、それらを収納するデバイスとそのソフト・システムが前提ではあるが。
 また、保存収納されたデジタル・データは、然るべき環境を設定すれば、いろいろと加工したり編集したりという再活用ができる点も大きなメリットだと言えよう。その点では、デジカメのデジタル画像データも、デジタル・サウンド・データも、再活用という点で少なくない可能性を潜在させるようになったのである。

 こうして、アナログ・データに対するデジタル・データのメリットは、かなりのものがあるということになるわけだ。だから、そんな変換作業を手間ひまかけてもやろうとするわけなのである。
 しかし、考えてみると、デジタル・データ化する大もとのデータ、つまり音楽の演奏なり、イングリッシュの会話なり、そして落語なりは、まがいもなくアナログ以外ではない。いや、不規則性などのバラツキがあり、そこにこそ味わいが見出せる人間的アナログでなければならないのである。IT社会と同様に、ここでも中間経路のアナログ部分が「中抜き」されているということになるようだ。デジタル・データの圧縮とは感づかれないようにデータ要素を「中抜き」する手法だそうで、まるで「手抜き工事」か「中間搾取」のようだと言えないこともない。データの変換、圧縮というプロセスは結構おもしろいものだ…… (2004.09.20)


 昨日は「敬老の日」であったためであろう。深夜のTV番組(NHK)で、高齢者の脳でもその萎縮を抑え、活性化することが可能だという内容のドキュメンタリーを観た。
 一般的には、加齢とともに脳細胞は増殖力を失い、萎縮していくと見なされている。確かに、脳への刺激に乏しい生活へと入り込んでいくと、「もの忘れ」がひどくなったりするなどの、脳の老化が進むようだ。
 脳内で(短期)記憶を司る部分は、古い大脳皮質の「海馬(かいば)」という奇妙な名称の部分である。この「海馬」という部分の細胞が萎縮し始めるとど忘れ、もの忘れなど老人特有の現象があられてくるらしい。
 先日も、ある番組で、作家の五木寛之氏が「最近は固有名詞が思い出せなくて困ってますよ」とか話していた。言葉を駆使している有名作家でさえ高齢となるとそうなるのかと思わされたものだった。
 わたしなんぞも、まだ高齢ではないにしても、固有名詞が「行方不明」となり、51名の「アイウエオ」捜索隊が濃紺の制服に六尺棒を持って捜索することがままある昨今だ。どうも、50代となるといわゆる脳の老化がじわじわと進行するとかいう。たぶん、老眼傾向が始まる頃から、脳の内部では細胞の「劣化(?)」がスタートしているのではなかろうかと思う。

 情けない話である、と思いきや、昨夜の番組が伝えるところでは、十分に「防止策」があるとのことなのである。
 従来、脳細胞と筋肉細胞とはだいぶ異なっていると見なされていたようなのだが、実はかなり似通っているらしい。つまり、筋肉(細胞)は使えば使うほどに活性化され強度を増すものと考えられてきたわけだが、脳(細胞)もほぼ同じことが言えそうだということである。
 そう言えば、「頭は使えばつかうほどに……」という言い習わしはあった。しかし、それは脳の発達期のことではなかったかと思うが、実は「衰退期(?)」にあっても、十分その命題は通用しているらしいのだ。
 昨夜の番組で取り上げられていたサンプルの高齢者は、90代の方であったが、脳医学の観点からは60代の脳だと診断されていた。そして、その理由というのが、仕事や生き方が「新規なものへの挑戦姿勢」に満ちていることだという。70代となってから、ある必要に迫られて中国語という見覚えのない新しい言語習得に挑戦したというし、教育関係の仕事でも常に独創的な教材作りを手がけてもきたという。

 脳医学から見ると、新規なものへの挑戦というのは、大脳皮質の「前頭葉」部分で担われるらしい。つまり「前頭葉」とは「前頭前野はすべての大脳皮質、大脳核・視床・視床下部・小脳・能幹との間に広範な繊維連絡を持ち、意志・思考・創造など高次精神機能と関連し、個性の座と見なされる」(広辞苑)ということである。
 そして、この部分の活発化は、先の、短期記憶を司る「海馬」部分に決定的に刺激がフィードバックされ、「海馬」部分の萎縮を抑え、現状維持に加えての新規細胞すら発生させるとのことなのである。ちなみに、こうした脳内の動きは、脳の活動がスキャニングできる「MRI」などで検証されるらしい。

 ところで、新規挑戦などの行動によって「前頭葉」部分は活性化されるのではあるが、その思考行動には若干の条件がつくとのことである。自分の能力を少しだけ上回るような負荷であることが大事だそうだ。「自分にもできそう!」という感触なのであろうか、これがなくて、ただ一方的に負荷が大きいような対象に対しては、脳は拒絶反応を示し、考えようとしないらしいのである。可笑しな話ではあるが、言われてみると、それが脳の合理的な働きなのかもしれない。考えても答に辿り着けそうもないことには参与しない、という合理性である。
 この条件をスムーズにクリアするのが、「好きなこと、得意なこと」であるらしい。だから、「好きなこと、得意なこと」で、ちょっとがんばれば成果がゲットできそうなことを継続すること、これが高齢者の脳の老化を食い止め、なおかつ活性化させる有効な方法だということになりそうである。
 さすがに、長い発展のヒストリーを内在させた脳の構造というものは奥が深いと感じ入ったものであった。精々、大事に使って長持ちさせてやりたいものである…… (2004.09.21)


 この二、三日、見失ったあるPC関連デバイスの電源アダプターを探していた。
 当初使う必要がなかったため、しばらく放置していたのだ。それが急に必要となり心当たりの場所をくまなく探してみたが見つからない。なくすはずはなかった。
 それが、今日、既に何度も点検したはずのモノ入れ箱の上部に無造作に突っ込まれているではないか。何だか狐にばかされたような心境であった。安堵感を得るとともに、愕然とした気分ともなった。決して第三者の仕業とは考えにくかった。要するに、自身の探し方のまずさであったわけである。
 なぜこんなミスを仕出かしたのかを振り返ってみた。すると、なるほどと思えるようなあることに行き着いた。
 わたしがその電源アダプターを探し始めるに当たって、頭の中に思い描いていたそのイメージはありありとしていた。マッチ箱(今時適切な比喩とは言えなくなってしまったが)程度の黒いプラスチック製の形状で、そこから直径数ミリ程度の丸型のコードが延びていて、それは1〜2メートルほどの長さであるため、輪っか状に束ねて針金入りのビニール紐で結ばれているはずだった。こうして詳しく叙述できるのは、同じものを別にも使っているからである。
 だから、あちこちと探す際にも、まるで頭の中のそのイメージを、「犯人の似顔絵」よろしく引っさげるようにして、「こんなモノに見覚えがありませんか?」と尋ね回るがごとく家捜ししていたのだった。この「初動捜査」に誤りがあったのだ。モノのイメージを具体的に、明確に絞り込んだがゆえに、埒外(らちがい)な「捜査」へと誘導されることになってしまったのだ。

 もったいぶらずに種明かしをすると、見つかった「遺留品」(当該のアダプターのこと)は、何と、購入時そのままに、細長い透明ビニール袋に入っていたのである。もちろん、透明ビニール袋であるから中は透けて見える。透けて見えたから今回、「あった!」と見つけることができたのだ。
 しかし、落ち着いて振り返ったときに気づかざるを得なかったのは、わたしが「捜査」上目星をつけ、頭の中に思い描いた「似顔絵」の姿と、「逮捕」された時のホシの姿との間にはちょっとしたズレがあったということだろう。
 何とホシは、細長い透明ビニール袋なんぞをかぶり、姑息にも「変装」していたのである。というのは負け惜しみの弁以外ではなく、わたしが勝手に先入観でホシの姿を限定し、それをもって杓子定規に「捜査」を進め、シンデレラが残したガラスの靴をもって当人を探すがごとく探し回っていたということになる。たぶん、細長い透明ビニール袋で「変装」したアダプターは何度も、つまみ出していたことなのであろう。「おまえなんか探してるんじゃないの」とか言って。

 こう振り返ると、返す返すも「思い込み」というものがもたらす悲喜劇というのは凄まじいと感じざるを得ない。まるで、夢遊病者のような行動を採らせてしまうからだ。
 そういえば、夢遊病というか、寝ぼけというか、そんな行動の摩訶不思議さについては、もう二十数年前に息子が幼児の頃にまのあたりにしたことがあった。
 夜中に彼が、わたしがまだ仕事をしていたわたしの部屋を通ってトイレに行き、用を足したあと戻って来た。と、つかつかとわたしの机の上にある本棚からとある書籍(哲学関連の本)を取り出し、それを手元で広げて、何やら指差しながらうれしそうにコメントしているではないか。わたしはそばで見ていてゾクゾクして鳥肌が立つ思いであった。そしてやがて、その本を元の場所に戻し、自分をも寝床に戻し、再び寝入ったのであった。
 わたしは不気味さを覚えたが、待て、と考えてみるに、わたし自身が幼児の頃、夢遊病的行動をしていたこと( 木登りのように柱によじ登ろうとしていたらしい )が思い当たった。また彼が手にした本というのが、彼が気に入っていたビニール・カバーで覆われた動物図鑑とよく似たビニール・カバーで装丁されていたことなどから、彼は完全に寝ぼけていて、夢の続きで自分の本棚から動物図鑑を取り出して見ているつもりだったのだろう、という解釈も成り立つのだった。そう考えることによって鳥肌は消えたようだった。

 「思い込み」にしても、寝ぼけや夢にしても、つまるところ主観性の為す業以外ではない。この主観性が働かなければ、人間は外界との間に意味のある関係をとり結べない。いや、これがあるために、人間にとってのすべての意味というものが生じる。
 しかし、この主観性というものは「諸刃(もろは)の剣」以外の何ものでもないはずである。もちろん、充実した意味や喜びや感動をもたらすのも主観性のゆえであるが、その逆もまたある。決して隠れてしまったわけでもない電源アダプターを探しあぐねたように、自身が自身に対して不都合や苦痛をもたらす非合理もまた主観性ゆえに生じうるということである。
 現代という時代は、サイエンスが象徴するように客観性至上主義だと思えるような雰囲気がある。呪術が人々を支配したかのような歴史の過去とは、一線も二線も画する飛躍を達成したかに思える面もある。
 しかし、ざっくりと言って、客観性などよりも益々もって主観性が人々の生き方に多大な作用を与えているのが現代という時代ではないのかと痛感する。膨大な問題過ぎて、サンプルを挙げることも戸惑うが、たとえば、現代の病気にしてからが、「心身症」などという各人の主観性の領域であろう精神的・心理的状況に起因する病がウェイトを占めていそうである。また、マスメディアを賑わす絶え間ない犯罪事件には、客観性の側にある社会規範という存在を、まるであざ笑うかのような人々の主観性の暴走が見受けられる。
 覚せい剤というのは、幻覚症状を促すという点で「主観性の檻(おり)」を作り出すと言えるかもしれないが、昨今の犯罪や、社会事象を観察するならば、主観性の暴走とも言える以上に、覚せい剤患者的だとさえ言えそうな気がしている。犯罪当事者たちのかなりの部分が、覚せい剤によって汚染されている可能性も高いのかもしれないが、ほぼ確実に言えることは、「主観性の檻」に振り回されてしまっている、つまり「主観性の檻」に汚染されてしまっている、ということではないかと思う。
 「砂粒のように個々バラバラ」という表現は、もはや現代にあっては当たり前過ぎて何も意味しないほどになっていそうである。しかし、これを助長し亢進させる現代は、サイエンス至上主義のもう片方に、「主観性の檻」をうずたかく積み上げた「呪術の杜(もり)」を築いているとのイメージもありそうだ…… (2004.09.22)


 通勤などでクルマを運転していて、つまらないことに気づくことがある。
 町田、相模原は市街化が進んでいるとはいうものの、畑や空き地などがそこそこ残されている。随分と都市化されたとはいうものの、農村であった頃の面影を探せば見出せる土地柄である。そんな風だからなのかもしれないが、鳥居のある大小の神社があちこちに残されている。
 その神社に関係したことなのである。わたしの思い過ごしなのかもしれないが、その神社の鳥居と社への参道が、どうもクルマの道路と直線的につながっているケースが多いように思われるのだ。典型的な場合には、道路がT字路となっていて、その正面に鳥居があり、そこから参道が延びている。下手をすれば道路を進んできたクルマがそのまま鳥居をくぐって参道に入りかねない。その懸念があってか、もちろん「進入禁止」の標識が据えられてあったりする。わたしは毎日、このT字路を、鳥居を正面に見ながら左折するものだから、なおのこと印象深い。
 そして、ほどなく行ったところに今度は、二股に鋭角的に分かれた道があり、片方はクルマが行く車道であり、もう片方が入り口に鳥居がありその先に参道が続く神社となっているのである。しかも、これと同様の形状をした他の神社をすぐにも思い出すことができるのである。
 どうということもないことだと言えばそうなのだが、なぜだか気に止めてきた。今でも、それは単なる偶然のことであるのか、何か意味を持つのか、はたまた自分がなぜ気にしているのか、一切が判然としない。だから書くほどのこともないといえばそうなるのだが、なぜか書いている。

 最初はバカなことを考えた。神社にはお賽銭箱があるものだが、賽銭箱は否が応でも銭が転がり落ちていくような形状をしているものである。銭以前に、銭を持つ人々が否が応でも歩き進んでしまうように、通りの正面であったり、二股路の片方であったりするのではないかと……。
 また、農村史なんぞを思い浮かべたりもした。たぶん、神社などはかなり早い時期に優先的に設置されたのではなかろうか。極端な話が、だだっ広い田畑の真中に鎮守の杜が鎮座するようなイメージである。そして、その際には周辺の田畑の環境に影響されることは少なく、神社本位で「方角のよしあし」などが考慮され建てられ、それにふさわしい参道が設置されたのかもしれない。むしろ、生活道路などはその後に整備されたものと考えられる。
 これは確認できていることではないのだが、その「方角のよしあし」がたとえば「東」向きに社を建て、そこに通じる参道を設けるとしたなら、その後に出来た生活道路、車道などが区画整理の都合によって神社の参道の向きとの間に奇妙な関係を作り出したとしても止むを得ないことになったりするのかもしれない、と。

 現在でこそ、「先ず道路ありき」で民家や、さまざまな施設の建造物が作り出される。それが当たり前となっている。しかし、地域における歴史を持つ古い施設は、自ずからその当時の歴史的事情を背負っているはずである。地形の制約からくる必然性という事情のみならず、人々の生活や文化に根ざした事情をも背負って現在の姿を留めていたりするのであろう。
 そうした古い建造物が、現代の超合理的な区画方式との間で奇異な関係を生み出したとして、その責任を古い建造物に押し付けるのはちょっと気の毒な気もしないでもない。おそらく、全国史に名を留めるようなネーム・バリューのある古い建物ならば、それが背負った歴史的事情も十分に考慮されて対処されるのであろうが、各地の名も無き古い建物は、現代の超合理的な区画方式の前で肩身の狭い思いをさせられていたり、それならばまだしも、理不尽にも邪魔者扱いをされて取り壊されたりしているはずである。宗教関係物などが、祟りがあるやも、という懸念を与え、取り壊し抑止力を発揮しているくらいであろうか。飛行場内に残された鳥居、ビルの谷間に埋もれる格好で残された稲荷の社などが思い浮かぶ。

 こう書いていて、ようやく何故自分が道路と神社の有りようとの違和感に関心を向けようとしていたかということが何となくわかり始めてきたというものだ。
 現代という時代は、限りなく過去との関係を希薄にさせている時代だということなのかもしれない。イメージ的には、時間の縦の繋がりを失って、その時点のみで構成された「スライス」「輪切り」のような気がしないでもない。
 現時点での観察だけから、奇異な念や違和感を抱いたり、便利・不便を論じたりして、過去のいきさつや歴史というものがとうてい視野には入っていないようである。こうした風潮自体が、歴史的産物以外の何物でもないのであって、そうした点に無頓着であり続けるならばきっとしっぺ返しがやってくるような不安を感じないでもない…… (2004.09.23)


 昼食の調達で、表に出る昼時、最近ちょっと気になっていることがあった。
 最近、近所のとあるパン屋さんが「シャッターを締めっきり」にし始めていたからだ。そのパン屋さんの手作りメロンパンが美味くて、わたしも「ほか弁」に飽きた際は、メロンパンを筆頭にして何個かのパンを購入し、昼食としたものだった。
 確かに、そのメロンパンは表面のカリカリ具合いといい、中のふっくらとしたパンの焼け具合といい申し分なかった。が、他の手作りパンのラインアップは、わたしとしては若干上品過ぎるように感じていた。ケーキの種類に仕分けられるような果実やクリームでアレンジされたパンも、おやつとしては魅力的であるが、主食としてはいまいち購買意欲に欠けるところがある。ウィンナー・ソーセージなどをあしらったパンも美味しそうではあったが、空腹時に足早で買いに行く動機づけとしてはもうひとつ弱かった。

 わたしの昼食がパン食になるのは一週間に一回、二回あるかないかであろう。そのうちの一回が、その店で買うことが多かった。だが、もう一回は、ちょっとその先に足を伸ばした別のパン屋になることになった。なぜだか、当該の「上品な」店の人には悪いような気がしたのを自覚している。
 別の店で扱われているものは、手作りパンでもなく、また「上品さ」のあるパンでもなかった。品数が多いのと、その中にコロッケやフィシュ・フライ、かつといったフライものを挟んだパンが置いてあること、それが足を向けさせる要因であったかもしれない。
 考えてみれば、数十メートルしか離れていない距離に、競合関係となるパン屋が二軒あったわけであり、そこに「悲劇」の伏線が張られていたことになるのだろうか。

 今日、昼食時に表に出た際、通りのはるか前方に目が向いた。「上品な」パン屋さんのシャッターは相変らず閉まっているように見えた。ひょっとしたら、遅い夏休みの休暇でも採っているのかもしれないなぞと、一時は想像したりもした。
 しかし、閉まったシャッターを見てはどうしたのかなあ、といつも気にしていてもしょうがないので、ふいに、この際事情を確認してみようと思ったのだった。
 通りを渡り、その店の方へ向かうと、閉まったシャッターがありありと見えてきた。と、二軒手前の民家の奥さんが、カー・ポートを箒で掃除しているのが目についた。よし、この「おしゃべりそうな」奥さん(そう見えたからしようがない)に訊ねてみようという衝動に駆られた。
「あっ、すいません、ちょっとうかがいます。あのパン屋さんはどうしたんでしょうか?」
 すると、その奥さんは、屈託なく大きく作り笑いの顔をして、
「終わっちゃったんです」
と言った。
「そうなんですか、どうも……」
と言ったわたしだったが、不吉な予感が当たってしまったことを了解した。
 やっぱり、「あの路線」では難しかったんだな、という思いが浮かんできた。

 その店は、間口四間位であっただろう。パンが並べられた店の方と、中がガラス張りの壁でよく見える手作り作業場とに分かれていた。三十代の若夫婦が二人で経営していた。物静かそうな若い夫が黙々と作業場でパンの生地を練ったり、焼いたりしていた。奥さんの方も、客が途絶えた時には作業場で手伝っていたが、客が店に入るとレジの傍に立つようだった。
 二人の印象としては、とにかくパン作りが好きで、いやひょっとしたらケーキ作りが本命であったのかもしれないが、どちらにしても、物静かにパンを焼き続けて「世間の片隅で」平凡に一生を過ごしてゆきたい、という可憐な感じであった。
 ただ、ひとつ気掛かりだったのは、パン作りへの思い入れは重々了解できたし、その腕も評価できたが、いわゆる客商売という点では何か不安を感じさせるものがあったかもしれない。さっき、この店の事情を尋ねた隣の隣の奥さんのような大げささではなくとも、「作り笑い」がさりげなくできたり、「おしゃべりそうな」開放的印象を振り撒くような姿勢が欲しいところであった。
 ここ最近は、顔といわず素振りといわず、めっぽう雰囲気は沈んでいたと思われる。もともとが感情を上品に抑制した性格なのであろうが、その上に経営のままならない現実がしっかりとこたえていたのであろうか。
 いつ入っても、店頭に並ぶパンの数は減っているようには見えなかった。店仕舞いの夜までこうした状態であったならどういうことになるのだろう、と余計な心配をしたこともあったほどだ。
 美味いパン、良いパンを作ることが、良く売れ、店が繁盛するようであって欲しいと考える。きっと、その店の若いご主人は、そうしたポリシーを抱いていたのだと思う。奥さんもそうしたご主人に賛同していたに違いないなかろう。
 だが、現実は、しかも経済社会が大きく変動した現在の世知辛い現実は、不条理と言いたいほどに厳しい。
 わが身を振り返っても、たまにはいいとしても、バター臭いパンではなくて田舎臭いコロッケ・サンドが食べたいと思って、その店の前を通り過ぎることも何度かあったわけだ。若干の後ろめたさを感じながらも、気まぐれな食欲に一番適したモノを買おうというのが消費者だということになる。
 それらを、的確に掌握しながら商品を揃え、それでいてパン作りへの自身の思い入れも満足させていかなければならない。まことに至難の業だと言うほかない。そして、これが、あらゆる客商売の現在の難しさだということになるのだろう。
 わたしも、今は楽しくも苦い思い出となってしまったパソコン・ショップ経営という間口拡大の当時を振り返ると、客足が少なくなっていく寂しさと悲しさと悔しさは針のむしろの上に座らされる思いであったことをありありと思い出す。
 どうしたらいい? 「悲劇」を避ける秘策は何かあるのか? 思い入れをして一生懸命がんばれば、という王道だけでは事が成り立ちにくくなっているこの現状に立ち向かう術(すべ)はあるのか? きっとあるに違いない。
 まずは、あると信じて奔走することが必要なのだろう。見出せないのは、無いからではなく、一昨日の「失せ物」ではないが探し方に問題があるからだと考えたい。
 また、秘策とは、掴みにくいからこそ秘策なのであり、その掴みにくさは座して考える時に最大となり、試行錯誤的に行動を起こすことで最小となるものかもしれない。「犬も歩けば棒に当たる」「瓢箪から駒が出る」とは、あながち見くびってばかりもいられないことわざだと思われる…… (2004.09.24)


 まだ今年の残暑は続くのであろうが、彼岸(秋分の日)も過ぎたためかここ二、三日朝晩はめっきりと涼しくなった。特に朝方は、これまでのように掛け布団をはいでいると、知らぬ間に身体が冷えてしまい、目覚めた時には「おお、さぶさぶ」ということになる。「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったものだと納得せざるを得ない。
 猛暑から解放された休日は、もちろんありがたい。が、外出もしやすくなるため、ついついわけもなくぶらつきがちで、あっという間に日が暮れてしまうようだ。日が暮れて家に戻り、まるで小学生が宿題に取り掛かるようにこの日誌を書いている。

 それにしても、こうして落ち着いて机に向かうと、日中ぶらぶらとしていたことが妙に悔やまれたりする。というのも、気分を集中させてみると、どうでも良さそうな気分転換に比べて、より重みのあるやりたいこと、やるべきことが一気に意識されるからである。
しかし、休日の日の、出だしは、どういうものか先ずは気分の解放が優先されてしまう。
 今でこそ、通勤による疲労というものは皆無に近いが、町田から神田や新宿まで通っていた当時は、休日は、一方で気分の解放を求めながらも、同じウェイトで身体の疲労回復を切実に追及したものだった。とにかく、昼頃まで布団にもぐり込んでいるようなこともしばしばであった。
 今思えば、町田〜新宿間のラッシュの小田急での50分は何と「殺人的」であったことかと思う。まさに身動きの取れないすし詰め満員電車であった。帰りとて、座って帰れることはめずらしい状況であり、とにかく仕事をするよりも疲れたという覚えがある。
 そんなものだから、休みともなると、身体の疲労回復を第一とせざるを得なかったわけだ。気分転換も、英気を養うことも、疲労回復足りてからのことだったはずだ。

 そうした疲労の問題もさることながら、不自由な姿勢で費やす往復の通勤時間が何ともったいないことだと思ったことか。通勤時間の総体はラッシュの小田急をメインとしてその前後を含めると優に一時間半強であった。一番最初の頃の神田の事務所までは、二時間弱であった。だから、読書であるとか、語学テープであるとか、いろいろと窮屈な場所での時間の活用に腐心したものだ。だが、結局は疲れのために居眠りをすることが多くなっていったようであった。居住地町田の近辺に会社を作ったのも、そんな、理不尽な体力消耗と、時間のムダに対する恨みが横たわっていたはずだと思う。

 ところで、「職住近接」という贅沢な願いを果たした今、それでも感ずることは、時間のコントロールというものはやっかいだということかもしれない。
 確かに、かつてのように通勤でべらぼうに疲れるということはなくなったが、気分というか、心理的・精神的な疲労はあまり変わらないように思えるからだ。むしろ、毎日都心まで向かい、公共の場、雑踏にもまれていた頃は、それはそれで気分転換になっていたのかもしれない。
 よく、自宅で仕事をする職業の人々(自営業者を含む)は、一見ラクそうに見える反面、日常生活に起伏が欠けて気分がマンネリとなるという躓きがあるといわれる。確かにその通りかもしれない。そして、この気分のリフレッシュは、またそれはそれでやっかいなものに違いないのかもしれない。
 身体の体力的な疲労がなければ、あるいは拘束される時間が少なければ、時間というものを存分にコントロールできるというものでもなさそうなのである。もちろん、現に制約を受けている人からすれば、贅沢な話に聞こえるとは思う。
 何だか、要は、時間をコントロールしようとする前に、自身の気分ともいうべきつかみどころのないものをどうコントロールするかという問題であるような気がするのである。 そういえば、「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」というモノスゴイ言葉があった。「薪の中に臥して身を苦しめ、にがい肝を時々嘗めて……」という「壮絶!」さは、絶対に現代的だとは言えない。しかし、そうでもして、自身の気分というものを方向づけようとした思いというものはわからないわけではない。日常生活のただ中にある人の心や気分というものは、何か「事を為す」時のそれらとはあまりにも異なっていると思われるからである。きっと、「イチロー」は大きな記録達成を目前にして、自身と自身の気分を「臥薪嘗胆」的環境に置いて、それでコントロールしようとしているのではなかろうか…… (2004.09.25)


 涼しくて睡眠が深くなれたのだろうか、昨晩は何と、夢の中で作詞作曲をしていた。
 「トイレ休憩」のごとく深夜に目が覚めた時には、その旋律までをしっかりと覚えていて、われながら悪くないと感じ入ったりもしていた。よほど、その旋律と詞をキープしておこうかとも思ったが、そんなことをしていると今度は寝そびれてしまうだろうと懸念してそのまま再び眠ってしまった。
 どんな文脈で、作詞作曲なんぞをし始めたかはまるっきり思い出せない。詞の断片だけは覚えており、なんでも「もし、あなたが苦しむ時、きっとわたしが助けてあげる……」といった内容である。そして、旋律は、詞の言葉の抑揚をフルに活かした情感あふれるもの(?)であったようだ。
 夢の中というのは、喜怒哀楽の度合いがひたすら激しく、いわば一途な状態であることは以前にも書いた覚えがある。シニカルでさえある現(うつつ)のそれとは異なり、純度百パーセントというのが夢の中での感情のあり方である。
 だから、現(うつつ)の評価眼からすれば、どうせろくでもないものであるのだろうが、夢を見ていた時には、何と素晴らしい歌だろうと感動し、自画自賛していたのだ。
 こう書いていて、しかし、きっと何かこの現(うつつ)での経験的刺激があったに違いないと反芻してみるが、これといった脈絡が思いあたらない。でも、無理やりに探すならば、二、三週間前であったか、事務所での昼休み時にFM放送の音楽番組で、たまたま「桂 銀淑(ケイ・ウンスク)」の特集の一部を聴いた。わたしにとっては、数少ない関心のある女性歌手であった。その時にも、過剰とさえ感じられる情感溢れた歌声に、昼間っからこんな歌を聴いていたのでは仕事にならなくなるかもなあ、とか思っていた。ひょっとしたらこの時の印象などが潜在意識に潜り込み、唐突に夢となって現れたのかもしれない。

 ところで、最近は演歌や歌謡曲というものもあまり耳にしなくなったものだが、ポップスやニュー・ミュージックに押されながらも根強い支持を受けていた当時に思ったことは、そこでイメージ化されていた女性にしても、また男性にしても到底現代という時代に生きて生活している人物とは思えない虚構性であった。男の立場としては、「そんな女性は今時いるもんか」と思ったものだった。リアリティがまるでないと思えた。自分なんぞよりも年配の世代であっても、毎日日常生活を送っている以上、記憶の中からさえ遠のいていくイメージだと感じていたのではなかろうか。
 にもかかわらず、古い歌のリバイバルだけでなく、同種のイメージの歌謡曲が何の視点の変化もなく再生産されたりするのを知るにつけ、これは一体どういうことなんだろうかと訝しく思ったものだった。
 郷愁なんだと言ってしまえばそれまでなのかもしれない。だが、郷愁だと言った場合にも、それはまったく現実生活とは別の虚構としてしっかりと峻別され切っているのかどうかが気になるところであった。人の意識というものは、現実と虚構とをパーフェクトに仕分けして扱っていると言い切れるのかどうかという疑問なのである。意外としぶとく作用を与え続けるのが、郷愁のような漠然とした意識の対象のように見える。

 話題をさらに進めてしまうが、残された過去の虚構に引きずられる人間の意識というものを考える時、すぐに思い起こすのが、地方から都会に出て来た人々の意識に残り続ける望郷の念というテーマである。都市化が急速に進んだ頃、よくこの種の問題が話題に上ったのではなかっただろうか。
 つまり、都会で暮らす地方出身者たちは、最終的な意識の基点は「ふるさと」にあり、都会での暮らしは「仮住まい」的な感覚、「身過ぎ世過ぎ」的な構えがあるという指摘であった。だから、都会で起きている事柄に対して、ややもすれば傍観者的な姿勢ともなりがちだというのであった。都会生活で行き詰まった最悪の場合には、「ふるさと」に戻り寛大な「ふるさと」の懐で癒されると信じる部分があるのではないかということではなかったかと。
 確かにそうした傾向はあったのだろうと思える。大学の頃にも地方から上京していた学友たちの言動にそうしたものを見たし、勤めに入った頃にも、地方から採用した社員にその種の意識を感じないわけではなかった。

 だが、この問題は、地方出身者と都会という関係だけではなく、人の意識に共通する現象なのかもしれないと感じることがある。と言うのも、人には誰しも「ふるさと」と呼ぶべきものがありそうだし、また「ふるさと」とは、空間的な地理上の「ふるさと」に限るものではなく、郷愁を誘うものにはいろいろなものがありそうだと思うからである。
 そして、人はそのふるさとにこそリアリティを感じ、それ以外の現実にどこか「いなす」姿勢で接することになるのかもしれない。
 こんなことを考えるのは、ほかでもない、現代という時代が自然環境面、社会・政治状況面においてかなり深刻な事態を迎えているにもかかわらず、特に日本という国にあっては、今ひとつリアルな危機意識というものが希薄であるように思えてならないからかもしれない。どこか、差し迫った眼前の現実を「いなし」、別な世界に身を置いているようだとしか見えないこともないのである。ただ、それは人々個々人だけの責任ではなく、そうした意識状態を意図的に作り出すこと、再生産することで現実から目を逸らさせる動きのあるのも事実であろう。
 のんびりとしていても、みんなが持ち前の互助の姿勢で生きてゆけた時代には、そう目くじらを立てることもなかった。が、時代の動きは抜け目ないというよりも、悪意をさえ秘めた連中によって再構成されようとしている。何が生きるための現実であるのかを、人それぞれが予断なく掴まなければならない時代なのであろう…… (2004.09.26)


 昨日は、夢の話をきっかけにしながら、現実に向き合わずに虚構の世界を浮遊するかのような(?)われわれの意識について書いた。昨夜もまたありありとした夢を見たためそれを書いてもいいのだが、そんなことに思いを寄せていたら、唐突に考えたことがあった。この現代という時代環境は、現(うつつ)でありながら、まるで夢のように「確かさを欠く」性格が色濃くなっているようだ、という点である。
 さまざまな社会的事件、現象にしてからが、どれを取り上げても、霞みがかかったように釈然としない部分が残り続ける。マス・メディアの報道も、センセーショナルに第一報をぶち上げる割りには、その「結論」まで追い込まない、追い込めないようだ。「要するに何だったのか」という大事な部分が、たいてい竜頭蛇尾(りょうとうだび)のごとく萎んでしまっている印象がある。一般人は、「サプライズ」のメニューは見せられても、あるいはそうしたボリュームのあるものを食わされても、いつもそれらを首尾よく消化し切れずに、「消化不良」気味とさせられているように思う。
 そうした「消化不良」が絶え間なく続くと、一体何を食べたのか、食べさせられたのかわからなくなってしまい、このレストランの正体は一体何なのか(=現代の世界とは一体何なのか)が皆目つかみどころがなくなってしまう。「サプライズ」なりのイメージは伝えられるものの、その事柄のリアルな推移や成り行きまでが理解できないもどかしさが、まるで夢の推移と同じようだと感じたわけなのである。
 手堅い因果関係連鎖の経緯が理解しにくいとするならば、そして、自身の意思によってそれらの場面の移り行きを支配できないとするならば、ほとんどそれらは夢と同じではないかとさえ思ってしまうわけである。

 先日も、いや現在も継続中であるようだが、あたかも夢そのもののような報道があったものだ。北朝鮮のミサイル発射基地が活発な動きを見せており、中距離弾道ミサイル・ノドンの発射準備が完了しているのではないかという、まるで奇想天外であり、それでいてその真偽に関してはわれわれ庶民には何とも言えない報道である。ちょうど雲や霞みが周辺に描かれた日本画独特の曖昧さを見る思いというか、いや、やっぱりつかみどころのない夢の出来事というしかないだろう。
 もともと、かの国はアンビリーバブルなほどに異質性を誇る点において、さながら夢のように破天荒な国である。そこへもって来て、報道関係者も事実を掴みにくい状況にある。そして、ノドンとは、毒ガスVX弾を搭載可能で、日本本土全域を射程距離内に含んだミサイルなのである。いわば、ホラー映画を見た晩にうなされて見る悪夢の内容と同等だとしか言えない。
 また、そうしたことが報道されながら、マス・メディアもさほど騒がないし、だからということなのであろうが世間も静まり返っている。穿った解釈をすれば、どうせ、いつもの北朝鮮の「政治外交的威嚇」なんだとみんなが了解しているか、いくらなんでも「発射」なんぞはするまいという楽観的な読みが広がっているのであろう。
 しかし、こうしたことすべてが、何か実感の乏しい夢の中の出来事のように感じられる。そう言えば、あの「9.11」の衝撃的場面も、あたかも夢の中の出来事のように受けとめたことを思い出さざるを得ない。

 事の内容自体が掴みにくい複雑さをはらみ、また奇想天外性を持つ。加えて、次から次へと事件そのものも多発し、ひとつひとつを丹念に追いかけるゆとりが、報道関係側にも一般の受け手側にもない。第一報やさわりの部分に目を向けるだけでも忙し過ぎる。さらにまた、そんなドサクサにまぎれて報道内容を意図的にコントロールしたり、統制を加えたりする動きも事実として否定できない。
 こうして、われわれの脳に届く世界の像は、唐突で、断片的で、曖昧で、かつ情動的(エモーショナル)である。これらはすべて夢の特徴以外ではなかったはずである…… (2004.09.27)


 今朝、久々に「彼」にあった。頭髪の脱毛は見せるべきではないとしてか、毛糸の帽子をかぶっていた。長い闘病生活のせいか、顔はほっそりとしている。
 特にわたしは何もしてあげていないのに、「いつもいろいろとありがとうございます」と丁寧な言葉を口にする彼であった。
「容態はいかがですか」
と言うと、首筋を指さしながら、
「今、『生検』してもらってるところですが、先日、ここから梅干の種のようなシコリを取り出しましてね。医者も、こんなに固まってしまうのはめずらしい、と言ってました。あの『北投石(ほくとうせき)』を毎晩当てているおかげですよ」
 リンパ腺の癌が見つかってからもう四、五年になるのだろうか。入退院を繰り返し、入院のたびにより強い抗癌治療を重ね頭髪をざっくりと抜け落としながらも耐え続けている彼であった。ひょんなことからわたしが入手した微量の放射性を含有する消しゴム大の「北投石」を提供したところ、それを患部に当て続けていい結果を出しているとのことなのである。
「効くんですねぇ」
「いやぁ、大変なもんですよ。医者には内緒にしているんで、この効果を不思議がってますよ」

 わたしは、彼のそうした屈託のないしゃべり方に接していると、いつも思ってしまうことがある。もし、自分が彼のような立場に置かれた場合、そのように「平静」でいられるだろうか、という思いである。確かに、その「平静」さは、人前に出た時の礼儀ということなのであるのかもしれない。水面下では、筆舌に尽くし難い苦痛と苦悩とが彼を容赦なく襲っているのだとも考えられる。
 それにしても、彼はよく耐え、よくがんばっていると思う。
 それというのも、さし当たって身体の上では何の支障もないというのに、この自分ときたら、この度し難い経済事情や社会状況を「恨んで」は、日々暗澹たる思いで過ごしているからだ。無いものねだりのように、思い通りにゆかない現実の、いっさいの否定的要因がまるで台風一過のごとくなくなればいい、とでも願っているかのようだからだ。堪え性がなく、底が浅い自分に自己嫌悪しているからである。

 「苦しみや不安を抱えながらも、それに負けない真の安らぎを覚えること」こそが、人が目指すべきより現実的な救いなのだろうと知らされる。「苦しみや不安を抱えながらも」という部分に、安心させられるほどのリアルな視点がありそうだ。
 「苦しみや不安」には原因があるのだから、それもろとも除去(削除)しましょう、という発想は、一見合理的で果断とも見える。しかし、それは子ども騙しの非現実性に染めあげられているというべきにのであろう。そんな、昼日中の足元の影だけを消すような手品なんぞはありようがないということである。
 人間にとっての「苦しみや不安」という「主語」は、除去(削除)されてしまえばいいというものではないのかもしれない。そんなことは土台不可能なのだが、あえて、除去(削除)されてしまえば、人間もろとも無となってしまうと言ってもいいのだろう。
 そうではなく、その「主語」の後には、「打ちひしがれない」「打ち克つ」という「述語」こそが続けられなければならないのだろう。レトリックを言っているつもりはなく、それが事実なのだと思う。除去(削除)するという発想には、どこか人間や世界の本源に高を括るまやかしが隠れているような気がする。下世話な言葉で言えば、「問題すり替え」「問題据え置き」「問題積み残し」ということにでもなりそうである。

 「苦しみや不安を抱えながらも、……」というフレーズは、柳田邦男氏が、五木寛之氏の<往生(おうじょう)>という仏教用語の解釈に、共感を持って引用していたものである。一般的には成仏と解されるこの言葉の本義は、「生きていく力をあたえられること」であり、「苦しみや不安を抱えながらも、それに負けない真の安らぎを覚えること」だというのである。( 柳田邦男著『言葉の力、生きる力』新潮社、2002.06.15 ちなみに、最近なぜだかにわかに同氏の著作が読みたくなっている自分である )

 アプリケーション・ソフトの「編集」の項目のアイコンをクリックすると、そのリストには、「削除」「変換」「コピー」「切り取り」「貼り付け」「やり直し」といった、編集モードの選択肢が連ねられている。
 これらは、デジタル対象の世界に対する便利な編集ツールではあるが、ひょっとしたら現代のわれわれは、こうしたツールとその発想法を、デジタル世界に限定することなく日常的に援用してしまっていそうな気もする。
 不要だと決めつけたものは、「削除」できると思い込み「削除」の行為に及ぶ。他人の成功は、「コピー」して自分に「貼り付け」可能だと思ってしまう。失敗したら、その原因がどうということよりも「やり直し」のみを選択する……。
 「苦しみや不安」とて、鎮痛剤によって「削除」すべき対象以外の何ものでもないと考えてしまったとしてさほど不思議でもなくなったわけだ。しかし、このデジタル世界対応の人間の側の発想スタイルこそが、閉塞した袋小路への道の轍(わだち)をよりいっそう深くしているような気がしてならない…… (2004.09.28)


 第ニ次(「大惨事」としないようにしてもらいたいものだ……)小泉内閣が組閣された。わたしはこの内閣を「隔靴掻痒(かっかそうよう。『靴を隔てて痒きを掻く』ごとくもどかしい!)」内閣と命名する。
 現在国民が立たされている全方位危機の状況にあって「郵政民営化」なんぞに入れ込むのは政治屋の「道楽」以外の何ものでもないからだ。
(「小泉首相が2003年11月の総選挙で掲げたマニフェストの柱は、またぞろ郵政三事業と道路公団四公団の民営化だった。これを小泉首相は改革だと言っているわけだが、どちらも国民には何の関係もないことだから改革ではない。……本当の改革は何もやっていない小泉首相……」大前研一『日本の真実』より)
 現に、朝日新聞社が実施した全国緊急世論調査によると、「『新しい内閣で一番力を入れてほしいこと』は『年金・福祉問題』と『景気・雇用』で全体の8割を占め、『郵政改革』を挙げた人は2%に過ぎず、首相と有権者の意識のギャップも浮き彫りになった」とある。
 「年金・福祉」に「景気・雇用」の問題とは、国民生活にとってのきわめてベーシックな領域の切実な問題である。なのに、「郵政民営化」だという問題意識は一体どうした文脈から出てくるのであろうか。挙句の果てに、そのテーマへの賛否を組閣の「踏絵」にするなんぞは、政治を「私物化」するのもいいかげんにせい! である。どこだかのTV番組に倣えば「喝!」と声を揃えて叫びたいもんだ。
 さらに、昨今では、「国連・常任理事国」になりたいと名乗り出るというこれまた「おとといおいで!」とでも言いたい的外れなことに御執心である。自国の足元をこそもっと確かな視点で見つめるべきなのではないか。まさに、「バカ殿のご乱心」としか言いようがない。
 とまあ、「言うまいと思えど……」と自粛し、言っても詮(せん)無きことは言うまいと思ってきたが、ついつい不快感が吹き上げてしまった。いや、もうこれ以上言うのはよそう。

 注目すべきは、期待できない内閣にさえ約三割の人々の期待感が集中している「景気・雇用」問題である。ここで思い出すべきは、「景気は回復している」という専らの評判が先行していた事実である。にもかかわらず、「景気・雇用」問題が人々の主要な関心事となっている。「景気回復」をやはり実感できない人々が少なくない、ということを軽視してはいけないと思われる。
 以前も書いたが、現在の「景気回復」の意味は、かつてのように広く全体に行き渡り、全体を底上げするような種類のものではない、競争激化の環境で必死に努力しなければその恩恵を被れない、とはいうものの、そうした綺麗事を言っていていい場合なのだろうか? わたしは、そうした「御用提灯学者」を信用していないので、シビァな見方をせざるを得ない。

 日誌という場で多面的な議論をするわけにはゆかないので、論点を絞りたいが、真実の「景気回復」のためには、一般の消費者需要が安定的に成長する必要があるはずだろう。そのためには、消費に貢献しているとされる若年層の所得や就業状況が大いに問題となるはずである。この点が極めて危ないことは、「15〜34歳の未婚の若者で、仕事も通学もしていない無業者は03年で推計52万人、フリーターは過去最多の217万人に上る」(04年版『労働経済白書』)という点ひとつ取り上げても明瞭だと思われる。フリーターの立場にある者たちが、従来のような旺盛な消費活動を進めるとは到底考えられないはずである。
 また、フリーターではない「雇用」関係の中身にも注意を払わなければならないようだ。いわゆる「失業」統計には入らない数字の中身であるが、「正社員」は9年連続で減少し続け、逆に、派遣社員や契約社員など「非正規雇用者」が全雇用者の28%と過去最高になっているのである。「専門性の高い人材が求められる一方、非正規雇用が増えて就業形態の多様化が進んでいる」といった役人による作文の言い草はともかく、要するに不安定な所得が「約束された」雇用が年々増加しているというわけである。これで一体、景気を後押しする旺盛な消費者需要が約束されるのであろうか。

 ところで、先の世論調査では、「年金・福祉問題」への期待が過半数に上ったという。この点にしても、「年金・福祉問題」に眉をひそめる人々が、旺盛な購買意欲を発揮するものであろうかと考えてみなければならない。
 とにかく、残念ながら、景気を押し上げる明るい材料に乏しい現実が根を張ってしまっているわけだ。しかも、あの消費税率アップの動きが間近に控えているとみなければならない。消費需要は成長するどころか、ニワトリのようにもはや飛翔することはとても困難に見えるのである。
 こんな深刻な事態が濃厚となっていくというのに、「バカ殿」が埒外なことに御執心とあらば、もうこれ以上決して「おだててはいけない!」と言いたいのである…… (2004.09.29)





 台風の影響による南風のせいなのであろうか、やや蒸し暑く感じる。が、空を見上げると久々に真っ青で、空気が澄んでいるためか目に入る景色は明るくシャープである。台風一過ならではの天候となっている。
 昨晩は、風雨の音に邪魔をされ、この上なく寝つきが悪かった。強い風で雨戸を横殴りする雨が、あたかもドラムを小刻みに連打するような激しい音を作り出していた。ウトウトとし始めた寝入りばなに、そんな起床ラッパ風のドラム連打もどきががなり立てたため、眠るどころではなくなってしまったのだ。せっかく、「とある本」を読み、平和な気分で眠り始めていたところだったが、もはや耳栓をして、極力知らぬ顔をする以外に手はなかった。今シーズン、もう何度となく見せつけられている西日本の洪水光景を思い浮かべ、あのような悲惨さに較べれば、ドラムの連打といったいたずらなんぞ何ということもない……、と思い返しつつ、いつしか寝入っていた。

 「とある本」とは、中野孝次著『足るを知る ―― 自足して生きる喜び ―― 』である。ちなみに、平行して『清貧の思想』『すらすら読める徒然草』なども読んでおり、時代がかもし出す「地獄気分」の毒気を、いくらかでも中和しようとしているかのようでもある。
 「足るを知る」といえば、京都竜安寺に、「吾れ唯足ることを知る」という文字を組み合わせたおもしろい形の蹲(つくばい)のあることが知られている。あの水戸光圀公の寄進によるものと伝えられているものである。
 確か、中学の修学旅行で訪れた際、みやげに銅版の壁掛けとしてデザインされたその蹲を購入したことを覚えている。もちろん、中学生ごときが「吾唯足知」という枯れた心境地を理解できるわけがない。単に、水を貯める中央の窪みを「口」という字でこしらえ、四文字のへんやつくりなどの共通部分としたそのアイディアに感心しただけのことだったと思う。

 その蹲のある竜安寺とは、いうまでもなく石庭で有名な臨済宗の禅寺である。そして「吾れ唯足ることを知る」という考え方も、すぐれて禅の教えに沿うものである。いや、厳密に言えば、禅からさらに中国哲学の「老子(ろうし)」に遡るはずではある。その点は、前述中野氏の著作が詳しい。
 それはともかく、仮に宗教や哲学としてのおもしろさで「吾れ唯足ることを知る」という考え方に接近したりしたことがあったとしても、これに生き方の重心を置くということはまずあり得ないのが、現代に生きる自分であり、われわれ一般のはずではなかったかと思う。
 「足る」べき対象を「モノ」と考えても、あるいは「知識・情報」と考えても、これに従うことは、現代人としてはまさに「自殺行為」にさえなりかねないであろう。現代の世界というか、文明をここまで引っ張ってきたのは、一言で言えば、「足るを知ってはいけない」という考え方であり、「足るを知る」ことが不可能な環境づくりへの邁進(消費欲求の拡大再生産! 宣伝その他による消費欲求の増幅!)以外ではなかったと言えるからだ。
 戦後の日本経済の成長にしても、またそうした推移とともにあった自身の人生のこれまでにしても、その駆動力となったキー・コンセプトは、決して「吾れ唯足ることを知る」ではなかったはずである。むしろ「まだ足りない、まだ足りない」という非充足感であったかと思う。日本経済の高度成長期なぞから始まった大量生産方式は、マス・メディアによって繰り広げられた消費欲求の人為操作的増幅と、その結果としての大量消費というものがなければ成立しなかったことは歴然としていよう。「まだ足りない、まだ足りない」という感覚が、「欲しがりません、勝つまでは」という戦前のスローガンの反転として一気に浸透させられたわけだ。

 しかし、環境問題、エコロジー問題もさることながら、大量生産=大量消費というこれまでの路線にくっきりと陰りが見えはじめ、これと連動するかたちで人々の生活基盤自体が、「まだ足りない、まだ足りない」という姿勢では延長線が引けない状況を迎えることとなってしまった。
 だからといって、ここで急に「足るを知る」生活スタイル、意識スタイルに着地できるものでもないであろう。バブルの異常事態が忘れられないどころではなく、戦後生まれにとっては、「まだ足りない、まだ足りない」という感覚こそが、生きることの唯一の支えであったからである。
 しかし、どうも、時代がかもし出す「地獄気分」に日々直面していると、たとえ遅ればせながらではあっても、まずは、「吾れ唯足ることを知る」という思いというものが一体何を語ろうとしているのかだけでも気づかなければならないような気がしている…… (2004.09.30)