今日は、「第一回目の」シングル夏休みだというのに、日暮れてこれを書くにおよび、心地良い疲労感どころか、気分さえ悪くなるほどにクタクタに疲れてしまった。
おふくろの住いの襖修理作業に没頭したからである。お陰で、一日で、当初予定のすべてとプラスアルファを完遂することにはなった。
今年の夏休みは、どこへも行く予定がなかったので、いかにも年寄り臭い休みのとり方をした。うちの会社は各自が仕事の都合を見ながら、三日間をとっていいことになっているが、わたしの今年のスタイルは、一日づつ分散させて、月曜日三回を休もうというものにしたのだ。三連チャンの休暇を三回楽しもうというセコイ発想なのである。
昔、ある社員がそんなとり方をしていて、奇妙な印象を受けたものだった。なぜまとめてとって、五連チャン休暇をパッと使わないのだろうかと……。噛みしめて休暇を生かそうとする堅実さなのかなあ、と推測したりした。とともに、一度そんな使い方をしてみてもいいかな、とその時思っていたのかもしれない。
そして、今年は、そうすることにしたのだった。盆に向けた1日(月)、8日(月)、15日(月)を夏休みとしてみたのである。確かに、土日プラスワンという三連休は、気分的には悪くない。先ず、この連休で夏休みが終わってしまい、あとは残暑の中の勤務に耐えるだけという悲壮感が生じない。まだまだ、夏休みがあるんだぞ、という余裕感というか、期待感がキープされる。これぞ、特に長期休暇を必要とする旅行などに行かないと決めたシーズンには適切な休暇の取り方のようにも思える。まあ、貧乏人が貯金を大事にするような、やや、みみっちい雰囲気がないではないが……。
で、今日は、昨日から予定していたように、体裁よく言えば、「独居老人支援奉仕活動」とでも言える過ごし方をしたわけである。おふくろの住いの、「暴力的」飼い猫に被害を被った襖たちの救急援護に駆けつけたのだ。
作業の手はずはすべて完璧に済ませていたつもりではあったが、そこはやはり、現実というのは山があれば谷もあり、谷があれば猪も出る。何が起こるかわからないものだ。
襖八枚を、ポリ塩化樹脂加工のベニアで貼り替えてしまう「壮大な計画」をたった一日で達成してしまおうとしていたのである。そのためには、作業の各工程と材料調達等において、「トヨタ方式」に匹敵(?)するほどの合理化、自動化を図る必要があった。そのため、テストや、ウォークスルーも前日に済ませていた。
が、おそらくは「トヨタ」も苦労したに違いないが、わたしの場合も思わぬ手違いによって苦労をさせられてしまった。わたしは、勝手に、すべての襖の仕様は標準規格だと決め込んでいた。まあ、IT関連業種に生きて、仕様といえば統一規格、仮に個体差があっても無視できる僅差だと、勝手に決め込んでいたのだった。
しかし、敵さんはIT製品ではなく、古い建物の建具であった。
大体、建具屋の職人というものは、確かに、統一規格の仕様をめざし、「そうしよう!」と思うことは思うのであろう。しかし、そこは、街の建具屋の職人である。酒も好きなら、パチンコや博打をやっても不思議ではない。地味な仕事であり、気分転換も大いに必要経費とするであろう。となれば、一日の仕事も、四時半にはさっさと上がり、気分転換へと急行しなければならないであろう。となれば、長さの一分の狂いもない仕事ばかりにこだわってもいられないという大雑把さに走ったとしても不思議ではない。
話は長くなってしまったが、要するにおふくろの家の襖類は、一枚一枚にとは言わないまでも、それぞれの寸法に「個性化」が図られていたというわけなのである。ここから、「トヨタ」方式にも迫らんとする統一規格志向派と、酒もパチンコも博打も行きたい派との軋轢が発生することになったのだった。
そんなわけで、自分こそ、今日は楽勝で、早ければ四時半くらいには上がれるだろうと高を括っていたのが、九時になってようやくトンネルの向こうが見えてきたという、情けない首尾に落ち込んでしまったのだった。挙句に、おふくろは、この調子なら他にも何でもやってもらえるものと思い込み、襖関連以外の、トイレの床のカーペット張替えもとか、あそこに板を宛がってほしいとか、よく転びがちなモノ置き台の足を何とかしてほしいとかを唐突に言い出す始末であった。やることにはやぶさかではない「独居老人支援奉仕活動」ではあったが、そこは「トヨタ方式」と競い合う職人である。合理的作業でアッというまに仕上げようと虎視眈々と目論む現代職人である。唐突さが最大の敵なのである。しかも、メイン作業が、自己満足に浸れる推移や出来高であれば、「あいよ。わかったぜ。いいってことよ、気になさんな」と言って流しもしよう。が、メイン作業は、「立板に水」ならぬ、「横板にとりもち」。根っから小難しいこの職人は、疲れも焦りもあってか、仕事はこなしながらも、とうとうキレてしまったのだ。
「あのねぇ、そうやって急に言い出されると、段取りが狂っちゃうんだよねぇ。やるけどさぁ……」
それを言っちゃあお仕舞いよ、と重々わかってはいたものの、思わず口に出してしまうのが、「トヨタ方式」なんぞと競い合う職人ならではの「赤坂」なのであった。
寸法なんぞをきちんとさせようとか、とことん頭を使ってアッという間に仕上げようとか、仕事じゃないんだから、そんなことにこだわる必要なんぞなかったってぇことだったはずなんだ。おふくろは、せっかく喜んでいたにもかかわらず、この気難しい職人の不始末で、滅法恐縮の至りになってしまったのである。
これを書きながら、自分も、せっかく善意をもって、上首尾の作業をしながら、なんてぇ野暮なことを口にしたものかとただただ恐縮の気分で溢れかえっているのである。しかし、まあ、この辺が自分自身の本性なのかもしれない、なんとまだまだ精進が足りない男であることかと、打ちひしがれ反省の色を濃くしている。とにかく風呂へでも入って、明日から出直すべし、てぇところか…… (2005.08.01)