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【 過 去 編 】



※アパート 『 台場荘 』 管理人のひとり言なんで、気にすることはありません・・・・・





‥‥‥‥ 2005年12月の日誌 ‥‥‥‥

2005/12/01/ (木)  もう「師走(しわす)」、来年は「戌(いぬ)年」!
2005/12/02/ (金)  「視界の狭隘化」という現象は、現代の由々しき問題か?
2005/12/03/ (土)  万事、「塞翁が馬」ということであろうか……
2005/12/04/ (日)  「耐震強度偽装問題」が照らすのは「国による検査体制の揺らぎ」以外ではない!
2005/12/05/ (月)  「視野の狭隘化」=「死角」に溢れた事故と事件の時代?!
2005/12/06/ (火)  「視野の狭隘化」の視点から覗く話題の二人……
2005/12/07/ (水)  モノ作り製造業に伴いがちな「視野の狭隘化」とマーケティング重視戦略!
2005/12/08/ (木)  知識だけでは変われない愚か者……
2005/12/09/ (金)  「持続可能性」と「満足社会」をデザインする第3のモノサシ!
2005/12/10/ (土)  その『石』は、見事「自身の任務を終えた」!
2005/12/11/ (日)  もう、いくつ寝ると……
2005/12/12/ (月)  学習塾での殺害、何百億もの損害発生となる株売買などへの雑感
2005/12/13/ (火)  見捨てられた「いのち」は、いかにも寂しい姿だった……
2005/12/14/ (水)  「業界天気図」を眺めて、昨今の世相を斬る!
2005/12/15/ (木)  「鳥インフルエンザウイルスを破壊する繊維素材を開発した」企業の株が高騰!
2005/12/16/ (金)  ダメな男のドタンバ勝負、はダメ!
2005/12/17/ (土)  「ジェイコム株」問題から覗ける現在の経済社会!
2005/12/18/ (日)  ちょっとした旅行気分以外ではない……
2005/12/19/ (月)  何だか、居心地悪そうかな?
2005/12/20/ (火)  何やかやと、院内でも忙しい気分となった今日一日!
2005/12/21/ (水)  「人と人の関係」の問題がほとんどすべて……
2005/12/22/ (木)  どこにでも、マネージメントの不手際はあるものだ……
2005/12/23/ (金)  病院風景 ── 男は腐っても鯛でありたい!
2005/12/24/ (土)  病院風景 ── 「不安」がかもし出す人と人との饒舌な会話
2005/12/25/ (日)  そろそろダレ始めてきた入院生活……
2005/12/26/ (月)  50年も以前に知っておくへき食事作法を、今ごろ知るとは……
2005/12/27/ (火)  あっ、という間に過ぎつつある入院生活……
2005/12/28/ (水)  「13日間地獄の特訓」卒業以来の、久々の開放感か……
2005/12/29/ (木)  退院後の「第一発」は、「電動チャリンコ」愛用となるか?
2005/12/30/ (金)  「人力非依存型」ではなく、しっかりと「人力依存型」の「電動チャリンコ」!
2005/12/31/ (土)  せめて、「除夜の鐘の音」が人の智慧や悟りを覚醒させてくれることを……






 早いもので、あれよあれよというまに「師走(しわす)」となってしまった。
 毎年のことだが、事務担当者が会社で出すお年玉年賀状の絵柄を選んでくれと言ってきた。来年は戌(いぬ)年だそうで、印刷屋が提供している見本絵柄パンフにはかわいい犬たちがいろいろな姿で気を惹こうとしている。猫も可愛くないとは言わないが、やはり犬には情が移るものだな、なんぞと思った。そして、そうか戌年だったか、と他愛もないことに気づきながら、できるだけスッキリとした絵柄を選ぶことにした。

 犬と言えば、犬自体には悪い気がするが、先ず思い浮かべてしまったのは、どこだかの首相が、どこだかの国の大統領に媚びへつらう姿を「ポチ」と称されたことだ。今年一年も、大義名分に欠けたイラク戦争に加担して、十分に「ポチ」役を務めたと言って差し支えないだろう。加えて、諸国が撤兵方針を出しているにもかかわらず、自衛隊の派遣継続を臆面もなく掲げ、訳のわからないリスク・テイキングを続けようとしている。
 同じ「ポチ」であるのなら、国民の生命と財産を必死で守る、そんな番犬的な役割り、国民とともに苦楽をともにする国民の真の友人としての役割りを果たしてもらいたいものである。

 ウチの番犬として飼っていた犬、レオが死んでから一年半過ぎる。散歩させられている犬、とくに「レトリバー」犬を見ると、その種類の雑種であったレオのことが無性に思い出されたりする。
 感心するほどに食いしん坊な犬であった。見事な食い意地だと言うべきかもしれなかった。その食い意地の張った姿を見ると、妙に元気づけられたことを覚えている。散歩も大好きで、「サンポ、サンポ」と声をかけると、庭で放し飼いにしていたレオは、うれしいためなのか、あるいはウォーム・アップのつもりなのか、庭中を駆け回り、裏庭の方にまで走って行き姿が見えなくなったりした。
 また、考えられないほどに臆病でもあった。特に、帽子を被っている男性を見るととても怯えた。散歩の最中でも、車道を挟んで向こう側の歩道を野球帽を被った人影などが見えたりすると、それをいつまでもキョロキョロと見つめて尻尾を丸めていたものだ。
 こんなことを書いていると、また、犬を飼ってみたい衝動が突き上げてくるようだ。ただ、現在は庭に野良猫たちが転がり込んでいるので、彼らを追い出すことにもなりかねないから無理ということになりそうではある……。

 ヘンなことを言うようだが、これまでに嫌味な犬にお目にかかったことがない。こいつは、何てイヤなやつなんだろう、どうもズル賢いところがあって気に障る、というような犬にお目にかかったことがないのである。人間ならば、そんな者はごまんといる。子どもでさえ、シッカリと嫌味な子はいるものだ。
 しかし、犬はどの犬も素直であり、一本気であり、陰日なたがない。可愛がってやれば、その気持ちにどこまでも応じてくれる。そんな存在だから、この不気味な環境の時代にあって、ペットとして愛され続けているのであろう。いや、ペットというよりも良き友人としての位置にまで格上げされているのかもしれない。
 来年は、その戌年だという。人々が、「素直で、一本気で、陰日なたがない」ことの良さを再認識、再訓練して、少しでも人が人を信じたり、愛せたりできる世の中になればいいと、単純に願う。

 犬はいつまでも進歩しないでいて欲しいものである。五、六歳くらいのIQだというが、IQの上昇は、人間を見ているかぎり「諸刃の剣」としか言いようがないからだ。高齢者が増大する時代にあって、寂しい老人たちのかけがえのない友人であり続けてもらいたい…… (2005.12.01)


 ハイウェーを高速走行していると、当然左右の光景は当然見づらくなる。つまり、確認できる視界が狭まり、前方のみに限定されてくる。速度とともに視界が狭まり、左右の光景は急流のように流れて確認不能となる。レーシング・カーなどの場合は、さらに「視界の狭隘化」が起こるものだとも聞く。もっとも、定まった一本道を前方へ向かって走行しているのだから、ことさら支障があるようには思えない。しかし、視界が狭まった世界は恐いと言うべきだ。

 何を書きたいかといえば、環境激変がスピード化した現代は、どうも人々の視野・視界を狭隘化させているのではなかろうか、ということなのである。さらに、変化の速度に加えて、変化のその中身も悪化の一途をたどり、人々の「尻に火をつける」かのような社会環境の悪化も「視野・視界の狭隘化」を促しているのかもしれない。
 上記のクルマ運転時のドライバーの視界になぞらえるならば、人々が遭遇する現在時の環境は、あたかもドライバーの左右の光景のごとくあっという間に通り過ぎ、過去の事柄になり終えてしまうようである。だから人々は、高速運転中のドライバーのように前方の視界だけにとらわれ、当面対処すべきことがらのみに関心を向ける習性が身についてしまっているかのようだ。
 自分が向かう先にだけ目を向け、周囲のことがらを無視するかのような行動様式が一般的であるかのように見える、ということなのである。これは、ほとんどパニックのただ中での群集の行動に似ていそうである。

 さしあたって念頭に置いているのは、ますます修羅場状況が深まる「耐震強度偽装問題」である。安心の象徴であったはずの人々のホーム、ハウスを最悪の危険に曝してカネ儲けをしようとした業者たちの犯罪行為は、表現を絶するものだ。無責任、職業意識や倫理観の欠落、利己主義……と、いくらでもその精神的姿勢の誤りを痛烈に罵倒することはできよう。
 しかし、業者の社長たちの言動を見るかぎり、誤りなのは精神的姿勢のレベルだけではなさそうな印象を受けるのだ。「欲に目が眩む」と言うが、彼らにとっては、カネ儲け以外のことが目に入っていない、つまり視界に入っていないと窺えてならないのである。ユーザーだの、大事なお客様だのと空々しくも綺麗事の言辞を口にしているが、そうすればするほどに、実態を「無視」(=視界に入れていない!)していることが歴然として伝わってくる。
 精神的姿勢であるとか、心のあり方、倫理感というものは、視界に入っている事実がしっかりと認識されていればこその話ではないかと思われる。そもそもが、彼らの視界は「カネ儲けという一事に狭隘化」されてしまい、他のことがらは何も見えていないのだと言える。この経済社会には、人をそのようにさせるだけの根拠があるようにありそうな気がしてならない。

 「視界の狭隘化」に関心を向けると、この種の問題は意外と根が深いのではないかと懸念せざるを得ない。というのも、論理的な思考(⇒合理的な判断と行動)や、創造的思考にとって、「視野・視界の広さ」というものは不可欠だと考えられるからである。
 狭い視界のもとで得た事実によって考えを押し進めようとすれば、必ずといっていいほど不適切で、場合によってはエキセントリック(奇矯)な判断や行動が導かれがちとなる。そうした状態を、「常識がない」と言ったりするわけだが、要するに視界の狭さと、それに伴う考える材料の貧困さだと考えられる。
 溢れるほどに情報が飛び交う時代環境でありながら、人間が思考することと密着した視野や視界というものが、まさにパラドックス的に「狭隘化」しているのではないかと推察する。この点については、明日も続けてみたいと思う…… (2005.12.02)


 今朝は久々にウォーキングに出かけた。
 境川に着くと、今までに御目にかかったことがないほどの多くの白鷺が群れで自分を出迎えてくれたのには驚きとうれしさが隠せなかった。やはり、早朝のウォーキングはやめられないと再認識させられた。世相はますます病的となり、それらだけに接していると誰だって気が滅入るだろう。変わらぬ自然の優しさを意図的に仰がなければ、自分を失うことになりかねないはずだ。
 ウォーキングに出かけた理由のひとつは、悩まされ続けた「腰部脊柱管狭窄症」による足腰の痛みがこのところ気にするほどではなくなったからでもある。これは喜ばしいことではあるのだが、しかし、別の心配事が増えてしまったのがふたつ目の理由である。「血糖値」が異常に上昇してしまったのだ。そのため、通院の上、長らく放置してきた治療を再開し、食事制限も始めた。そして、多少なりとも運動量をと、ウォーキングも再開したわけなのである。

 ところで、「血糖値」の異常を認識したのは、この日誌をつけていたお陰だということができる。バカなことだが、「体重の急激な減少」、「異常な喉の渇き」を、自分はしっかりとこの日誌に記入していた。ただ、上記の足腰の痛みとちょうど平行していたため、てっきりそれに伴う睡眠不足などが原因だと取り違えていたのだった。
 が、足腰の痛みが緩和して「正気を取り戻す」頃、自身の身体の状態の経緯を冷静に振り返り、遅ればせながらはたと気づいたのである。そしてすぐさま市販の「糖尿検出試験紙」を入手してチェックしたところ、目も当てられない反応が発覚したというわけだ。
 さっそく、医者にかかったところ、なぜこんなに悪化するまで放置していたのかと叱られ、さっそく眼科での「眼底検査」を勧められた。びくびくものであったが、その結果は幸いにも「異常なし」であった。何が悲惨だと言って、糖尿病からくる眼底出血により失明することは、考えるだに恐ろしいことだ。
 ともかく、もはやのんびりとするわけには行かず、すぐさま治療に入ることが促された。食事や生活の教育訓練をマスターさせる入院治療も強く勧められ、今年中にはそれに応じることになりそうな気配なのである。

 振り返れば、数年前に「糖尿病境界型」と判定され、二年前まで通院治療をしていたが、良い方向に向かい、一応「解放」されることとなった。本来、それでも最寄の専門医に定期的なチェックを受けなければならなかったのにもかかわらず、さぼってしまい、いつの間にか放縦な生活に流れ込んでしまった。これこそ、「自己責任」問題であり、すべて自分の不徳の致すところだとしか言えない。
 「境界型」と判定された時点でもっとシビァに受けとめるべきであったし、もとより母親も糖尿病で通院しているのだから、その血筋を引いて自身の身にも確実に訪れることだとしっかりと見据えなければならなかったわけだ。この辺が自分の度し難い甘さである。 だが、「今回の発覚」ばかりはこたえた。これからは「成人病」の数々をまともに懸念しなければならない時期であるのに、糖尿病とは、言うまでもなく「成人病総合商社の玄関口」だからである。これをコントロールしないかぎり、時限爆弾を抱えているようなものだからである。
 不幸中の幸いと言うべきか、あの足腰の耐え難い痛みは遠のいてくれたので、「血糖値」の管理に邁進できるというものである。もし、これらが、泣きっ面に蜂のごとくダブルで訪れていたとしたら、自殺でもしたくなるような惨状であったかもしれない。

 多分、今年の年末および年始は自宅では過ごせないはずのようだからと思い、今日は、差し当たって毎年自分の役割だと決めていることのひとつ、障子の張り替えを一部済ますことにしたりした。「余命宣告」をされたものが遺された者たちのためにいろいろと配慮するという、情けない心境のことを、ちょいと連想したりした。
 が、本心としてはもう情けないことだとは思わないようにして、身から出た錆び、年末・年始を自宅で過ごすならば、大なり小なり暴飲暴食のリスクに誘惑されるので、ちょいと無駄な出費ではあるがむしろ妥当なことだと考えている。万事、「塞翁が馬」ということであろうか…… (2005.12.03)


 現在、国家というものがあまりに歪んでしまっているように思える。
 本来、国家が行うべきことを杜撰に放置しており、国民に責任転嫁をして、負荷だけをかけるのだとすればそんなものは歓迎されないであろう。
 国家財政の破綻と、その穴埋め的な増税という無策がそれであるが、他にも、今回の
「耐震強度偽装問題」は、まさに国の果たすべき役割を果たしていなかったことが厳しく咎められるべきであろう。

 今朝、あるTV番組で、その問題に関して、司会者および出席者たちが、業者たちや国の責任を問題にすることは当然として、合わせて入居者たちの責任という点を口にしていた。購入時に、耐震設計などを十分に確認すべきであったというのだ。
 わたしは、これは違う! と思った。確かに、そうできれば被害に遭わなかったかもしれない。しかし、そんなことは可能なのであろうか。
 建築物の「耐震性」などの事情は、どうして一般市民に確認ができようか。高度に複雑であるからこそ、「建築基準法」に定められた基準値に基づいて専門家たちが審査し、公共の審査機関がオーソライズするものではないのか。
 相変わらず、あの偏狭な「自己責任」論の亡霊が息づいているかのようである。投資その他のいかがわしい儲け話に乗って騙されたというのならば、大いに「自己責任」を問題にしていいだろう。
 しかし、今回のマンションの住人たちの場合は、確かに通常価格よりも価格が低目であったという点こそあれ、国の審査をパスしている物件を信用して購入したはずであろう。つまり、一般市民自身がチェックすることを、国が引き受けて太鼓判を押していたからではないのか。
 もし、こうした仕組までを疑い、自身でチェックすべきだと言うのなら、国の公共機関はいらない。いや、むしろ国にそうした審査を委託することによって市民が独自に調査してチェックする権限などが制約を受けているはずだが、国はまともな審査をせず、市民が存分に調査する立場にもないとするなら、まるで「無法」の勧めではなかろうか。
 自己責任というのは、国なり公共機関が、委託されたことを十二分に責任を果たしていて、市民がその上で任意の選択を行って何らかの被害を被った場合にだけ成立する観念であるはずだろう。
 今回のケースのように、本来、検査業務の委託を受けた国家機関がその審査を誤った場合には、「自己責任」ではなく「国家責任」こそが問われてしかるべきである。

 この問題の現実的な広がりや、今後のことが大いに懸念されるが、わたしのもうひとつの心配は、こんなことがありながら、「民間にできることは民間に」というマヌケな発想がさまざまな領域に拡大しようとしていることである。
 そもそも、「民間にできることは民間に」という言い回しこそが能天気なはずである。ここには、明治政府が判断したような「お上の無謬(むびゅう)」と「民間蔑視」という時代錯誤の感覚がべっとりと付着している。いま時、そんなことがどんな根拠で言えるのであろうか。もし、「お上」に優れている部分があるとするならば、それは能力の問題ではなく、「情報公開」を阻み、情報を独占している結果であるに過ぎないと思われる。
 かと言って、民間がすべてにおいて優っているというのではない。まさに、今回の「耐震強度偽装問題」は、「民間主導」で犯された犯罪なのであり、そうした可能性は十分に存在するであろう。その点は、国においても質的な違いはないとは思われるが。
 つまり、「民間にできることは民間に」という発言は、もっと慎重に提起されるべきだということなのである。「できる」というのは、能力の問題だけではないのである。もちろん、コスト的水準の問題からの発想であるならば論外であろう。
 そうではなくて、「責任と信頼」の観点が、「国家業務」と「民間業務」との仕分けに無くてはならないはずなのである。
 なぜならば、市民・国民は、生命と財産の根本にかかわる事柄を、国を信頼して託し、その運営を政府に託しているが、その代わり、もしこの事に不備、不正があれば政府を選びなおすのが民主主義の基本だからである。つまり、「国家業務」は国民のコントロールとフィードバックの仕組のもとにあるということであり、だからこそ「責任」を遂行させることができ、であるがゆえに「信頼」することもできるからである。
 これに対して、「民間業務」というものは、純粋に言えば「私的」性格のものであり、一般市民、国民が介入するとすれば訴訟以外にはなく、即効性に欠ける。また、国が委託し、監視するといっても今回のケースのようになれば何もならない。

 どうも、今回の「耐震強度偽装問題」が照らしているのは、食肉疑惑問題・加工食品疑惑問題、医薬品疑惑問題などの一連の問題と同様に、「国による検査体制の揺らぎ」ということではないかと考える。
 とても、「国による検査体制」の完成度が高まったがゆえに、「民間にできることは民間に」と、「国家業務」を民間に委譲していくような状況ではないと思われてならない。今、なされるべきことは、国が国としての役割りと責務をきちんと果たす「構造改革」を推進することに違いない。やるべきことを杜撰にしておいて、財政問題だけを増税というかたちで国民に責任転嫁をするなんぞは、とても道理にあった話とは思えない…… (2005.12.04)


 まだ運転免許を取ったばかりの頃、自宅の車庫入れ時に子どもの三輪車を壊してしまったことがある。もちろん「バック」での車庫入れ運転であり、後方がやや高くなっており三輪車が完全に「死角」となっていたので、ブレーキを踏むこともなく押し潰してしまったのである。大いに恐縮したものであった。
 三輪車ぐらいで済んだのは不幸中の幸いであったが、いつぞやのニュースでは、一般のドライバーが我が子を轢いてしまったり、幼稚園の送迎バスの運転手が園児を轢いてしまったという悲惨な事故もあったかに思う。「死角」となった後方と、不注意が、思わぬ悲劇をもたらしたことになる。

 「死角」ということが気になるのである。これは、先日書いた「視野の狭隘化」と合い通じるものだと考えたい。「視野の狭隘化」とは、言ってみれば両サイドが「死角」となってしまった状態と変わらないわけだ。そして、そこには何も存在しないものと思い込んでしまう。ここから、さまざまな不祥事と不幸が始まってしまうことになる。
 あえてこんなことを問題にするのは、現在起きているいろいろな事件や事故というものが、ひょっとしたらそれらを引き起こす当該者が、対象のすべてを知った上で引き起こすというよりも、まるで被害を受ける対象側の存在が認識されていない、つまり視界に入っていないからなのではないかと思ったりするのである。
 こうした表現は、ややもすれば、加害者を甘やかしたり、容赦するような響きがありそうにも予感するが、決してそういう意図はない。むしろ、さらに厳しい意味を持たせ、病気扱いにしようとしているのである。生理面と人格における「視野の狭隘化」という病気あるいはビョーキではないかと考えるのである。

 健常な人間であれば、たとえ「欲に目が眩む」場合があったとしても、自分と同じ他者の存在をしっかりと視界に入れ、リアルに知っているだけに、それらの人々がみすみす危険に至ることに思いが向かわないはずがない。そして、苦しむ姿を想像しないわけにもいかないだろう。それらのことが、「欲に目が眩む」自分をクールダウンさせる大きな要因ではないかと思うのだ。さらに、他者に向けられた視線上には社会があり、刑罰をはじめとした社会的制裁も視野に収まっているはずであろう。
 ところが、ある種の人々には、それらが「死角」となってしまっているのではないかと思える。もちろん、視覚上では脳にフィードバックされているのではあろうが、それらをそれらとして認識されていないと考えられる。こんなことは、決して不思議なことではなく、通常人でも目の前に転がっているにもかかわらず、どこへ行った、どこへ行ったと探し回ることなどがその好例であろう。また、夢遊病者にとっては、視覚的に見えているものと、当人が認識しているものとは別物となっていそうでもある。

 ところで、女子高校生などが電車内や人通りの多い場所であっても平気で化粧をするのはどういった心境かと問題にされたことがあった。いろいろと考えられようが、最も妥当だと思われる解釈は、要するに彼女らにとっては、自分および親しい仲間以外の人々の姿は視野に入っていない、すなわち「死角」となってしまっている、ということではないかと思う。「世間」などというものは、彼女らにとっては無いに等しいのかもしれない。
 こうして考えてみると、例の「耐震強度偽装問題」の渦中の人である業者などは、社名に「ユーザー」という名称を駄洒落ふうに入れてはいても、現実の「ユーザー」の姿などは「死角」となって見えていないのではなかろうか。
 また、昨今、子を持つ親のみならず、子どもたちがかわいいと思う人々を悲しませている「女児殺害事件」の犯人たちは、「性的対象として目が眩み」自分と同様に生きて、生活している人の子としての姿が凝視されていないのだと考えられる。
 そして、こうした「視野の狭隘化」は、ヒューマニズムとか、道徳心とかといった高度な観念の衰弱どころの話ではなく、「病的」水準の症候群ではないかと考える。

 こうした「視野の狭隘化」症候群は、決して一部の特殊な者たちだけに限定されない、というのが現代という時代の「末期的」状況なのではないかと懸念する。
 その際だった症状は、「自分のことしか見えず、他者一般が『死角』となっている」というジコチュー地獄となっていることではないかと思われる。こうした悪しき傾向の一般化の根底には、一体何が横たわっていると言えるのだろうか…… (2005.12.05)


 二つの新聞記事について考える。
 ひとつは、<小泉首相「靖国は外交カードにならず」>( 朝日新聞 2005.11.05 )である。

<中国政府が今月中旬の東アジアサミットの際に行われる予定だった日中韓、3か国首脳会談の延期を発表したことについて、小泉総理は「靖国問題は外交のカードにはならない」と中国側を強くけん制しました。
 会談延期について、小泉総理は「向こうが延期する。それでも結構です」と述べた上で、自らの靖国参拝が延期の原因という見方について、「靖国はもう外交のカードにはなりません。いくら、中国、韓国が外交のカードにしようとしても無理ですね」と中国側を強くけん制しました。
 その上で小泉総理は、「靖国以外に日中・日韓で友好関係を重視していくべき問題はたくさんありますから」と述べて、靖国問題を除外して、両国との友好関係を図っていくべきだという考えを改めて強調しました。>

 もうひとつは、<念願の仕事、転落なぜ… 姉歯建築士、語らぬ真相>( 朝日新聞 2005.11.06 ) であり、つぎのように報道されている。少し長いが、事の真相が見えてくるような報道であるのでほぼ全文を引用する。

<構造計算書を偽造した姉歯秀次建築士(48)は5日、弁明することなく建築事務所の登録取り消しを受け入れた。……多くの命を危険にさらす前代未聞の不正に、姉歯建築士はなぜ手を染めるようになったのか。
 十数件の物件で姉歯建築士と一緒に仕事した千葉県市川市の建築士は姉歯建築士のまじめな仕事ぶりを思い出す。現場に出向くことが多く、ラフな格好をしている建築士も多いなか、姉歯建築士は自宅事務所でもいつもネクタイ姿だった。「期限をしっかり守る、責任感の強いきちょうめんな人だった」と語る。
 姉歯建築士の親族も今回の問題に驚きを隠さない。母との2人暮らしが長かった姉歯建築士が20年ほど前、自分の結婚式で「お母さんの喜ぶ顔が見たくて一生懸命勉強した」とあいさつした姿が忘れられない。「独り暮らしの母親に『一緒に暮らそう』とよく話をして、家族思いの子だったんですが……」
 宮城県の工業高校の建築科を卒業し、中堅ゼネコンの東京本店に勤めた。4年間働いて依願退職し、東京都新宿区の設計事務所などを経て90年に1級建築士の免許を取得、市川市に事務所を構えた。ゼネコンにいたころから「設計に興味がある」と同僚に話した。 国土交通省の調査では9年後の99年、念願の仕事に就いたはずの姉歯建築士は偽装を始める。木村建設(熊本県八代市、破産手続き開始決定)とヒューザー(東京都千代田区)が姉歯建築士と知り合ったと説明している時期の1〜3年後に当たる。
 両社とシノケン(福岡市)について姉歯建築士は11月24日、国交省の聴聞会で「コスト削減の圧力を受けた」と名指しし、「生活のためには(コスト削減の要求に)従うほかなかった」と語っている。
 自宅の土地と建物には99年ごろまでに、ローン会社が債権額3150万円の抵当権を、銀行が極度額2000万円の根抵当権を設定していた。
 当時、妻は体調を崩しがちで、姉歯建築士も2人の子供とも意思疎通がうまくいっておらず、思い悩んでいた様子だったという。近所の人は、姉歯建築士の妻が「家庭内がめちゃくちゃで」とこぼしたと明かした。
 その姉歯建築士が、ふと笑みを見せた時のことを建築士仲間は覚えている。2年ほど前、「せがれが事務所を手伝うことになって」と話し、ほおが緩んだ。
 偽装が確認された建物は12月5日、60棟を超えた。「仕事をこなすことを優先してしまった」。数年前に入院した時も病室にパソコンを持ち込んで仕事していたという。>
 わたしの着眼の視点は、相変わらず、このところ凝っている「視野の狭隘化」というビュー・ポイントからということになる。
 「相変わらず」小泉総理の視野は狭すぎると考える。
 今朝の朝日新聞の社説は、<小泉外交 対話の扉が閉じていく>と題して、そんな小泉総理の外交姿勢にかなり強烈な懸念を示していた。まったく同感である。
 彼の視野・視界は、完璧に太平洋を挟んだ「東方」の米国側だけに存在し、中国、韓国側は「死角」になっていそうだ。
 また、「靖国」にこだわり続けるのは、多くの重要な政治課題がありながら「郵政問題」にだけこだわった姿勢とぴったりと重なっており、これらは、「より視野を広げて対象を見るならば、混乱してしまい処理不能となるんです」とでも言いたげに見える。一国の総理でありながら、そんな駆け出しのスペシャリストの言うような情けないことでは、国民が大いに迷惑する。
 現在、国中で「視野の狭隘化」を原因とする事件、事故が発生しているし、それらに至らないまでも、「視野の狭隘化」の一変種である極度の利己主義が日本中に蔓延していると思われるのだが、そのことと、この国のトップに君臨する者のスタンスとが見事に符合していると感じるのである。この総理にして、この国民あり、とでも言ってみたい気がするのだ。
 そして、総理の膝元には、これまた絵に描いたような「視野の狭隘化」の総本山である官僚機構があるとくれば、まさに「視野の狭隘化」大国と言わざるを得なくなる。
 で、最も恐いのが、戦争とは、いつも自国の利害だけに「視野の狭隘化」が向かった時に発生しているという歴史の事実との関係なのである……。

 ふたつ目の記事である「姉歯建築士」をめぐる記事では、結論から言うならば、やはり彼の視野・視界は狭かったと痛感する。
 彼の「堕落」が、海線山千の悪の塊たちと「知り合った」ことから始まっていることは、この記事の記者も類推しているようだが、まさにそのとおりだと同感する。
 そして、彼が問題であったのは、そうした「悪」たちの存在に無知であったこと、「死角」となっていたことではなかったかと推測するのである。記事の叙述からすれば、彼は、ささやかに陽がさす真っ当な世界しか見てこなかった人物であるように受け取れる。
 もし、海線山千の悪の塊たちと出会うことがなかったならば、今頃は、ささやかな仕事の発注者をねぎらい、場末の飲み屋のTVを見ながらでも、
「嫌な世の中になったもんですな。いくら仕事が欲しいからといって一級建築士として、あんなひどいことをしてはいけませんわ……」
と、他人事として済んでいたはずではなかろうか。
 ひょっとしたら、彼には、「悪」に対する「免疫性」が欠落していたのではなかったか。そして、その根底には、嫌なことではあるが「悪」を事実として凝視する視野・視界がなかったのではないかと考えるのである。
 「悪」は、それを実地体験する必要はないにせよ、黙殺したり、見て見ぬふりをしたり、さらに逃げ回ってはいけない。しっかりと、凝視してそれから拒絶しなければ、「染まって」しまう可能性が高いことを知らなければならないように思う。
 そんな「悪」は信じられない、という人が、往々にして被害者の立場に追い込まれるのがこのご時世なのかもしれない。

 まだまだ「視野の狭隘化」問題にはこだわりつづけなければならないような気がしている…… (2005.12.06)


 いくら努力をしても報われないという場合があるものだ。いや、自分のことを言っているのではない。自分は大して努力をしていないことは自覚しており、世間一般の話である。
 その原因はいろいろとあろうかと思うが、「つぼを心得ていない」努力が報われないことは往々にしてあり得ると思われる。そして、どこに「つぼ」があるかを探り当てるには、先ずは、惰性や思い込みの姿勢から解放され、広い鳥瞰(ちょうかん)的視野を得なければならないのかもしれない。つまり、「視野の狭隘化」から脱却して、当該対象のトータリティに目を向けなければならない。

 かねてから、スペシャリストとゼネラリストの差異の問題、あるいは技術(者)と営業(マン)の差異の問題と言ってもいいが、こうした対照的な2タイプの問題には関心を向けてきた。極論をするならば、前者は、どちらかと言えば「視野の狭隘化」に陥りやすく、後者は、「広い視野に伴う拡散・散漫」となりがちではないかとの推測もしてきた。
 どちらが良くて、どちらが悪いというよりも、できれば両者の長所を兼ね備えたいものかと思う。
 ただ、現在、どちらかと言えばやはり「視野の狭隘化」が目につくのは、どうしても時代は、スペシャリスト万能、技術(者)偏重という風潮にあるからなのかもしれない。

 そんなことを考えていたら、ある雑誌の特集記事で興味深いものに遭遇した。人におけるパーソナリティの問題ではなく、産業界における企業や業界におけるその種の問題(「視野の狭隘化」問題?)かと思われたのである。しかも、その企業や業界というのが、われわれの仕事に密接に関係する「半導体製造業界」のことであったから、真剣に読むことにもなったわけである。
 雑誌は、『週刊 エコノミスト 12/13』であり、特集記事とは、「電機の危機 『負け組』が引き金となる再編シナリオ」、注目した記事とは、「家電量販に販売 "丸投げ"のしっぺ返し」(泉谷 渉[半導体産業新聞編集長])である。

 筆者は、次のように切り出している。
<「こんなに頑張っているのに、稼働率が高いのに、なぜ儲からないんだ」
 最近視察したある大手半導体メーカーの国内工場で、工場長はフル稼働にもかかわらず赤字が続く半導体部門の現状をこう嘆いた>
 どうも実際が、大変な努力をしているのだけれども、現在の国内半導体メーカーは利益を得ていないようなのである。
 この事実を見据えて、筆者はその原因に迫っていくのである。
 原因を大別すれば、二つあると読めた。
 その一つは、「半導体の急激な値崩れ」だとする。
 <もともと半導体価格は生産量の増大に伴い低下していく製品である>と指摘し、「値崩れ」を内包した製品であることを断わりながら、それにしても<「年4割」価格下落>するのは尋常ではなく、別な事柄に原因を求める。
 そして、筆者が指摘するのは、
<半導体各社はマーケティングが国内偏重で、その中でつぶし合いに終始してきた。さらには、国内のデジタル家電の流通は家電量販店にほぼ支配されてしまった。>という点である。
 つまり、ヤマダ電機、ヨドバシカメラ、コジマ電機などの量販店が、デジタル家電販売の40%〜50%のシェアを持ち、「価格決定権」を握っていること、それがゆえに<新しい製品を出しても、あっという間に値段が下がる>ことになってしまう。そして、
<デジタル家電の価格暴落は、半導体、フラットパネルディスプレーなどのデバイス(電子部品)、チップ業界への強烈な値下げ圧力となり、結果的に国内メーカーは全く利益が出ない水準に落とし込まれている。>
と指摘している。
 問題を煮詰めると次のようになると書く。
<日本の家電メーカーはある意味で怠慢であった。製造までは一生懸命だが、その後はすべて家電量販店に丸投げする。流通を支配され、価格決定権を持てないまま適正価格が維持されない。この結果、全軍総崩れとなる。ここにメスを入れなければならない。>
 わたしにはどうも、モノ作り製造業がはらんできた問題点である専門特化ゆえの「視野の狭隘化」が災いしているように見えるのである。

 二つ目として筆者が指摘する点は、<海外市場での販売力の弱さだ>とする。国内市場だけを相手として、それも家電量販店にひさしを貸して母屋を取られるがごとき結果となっている現状で、海外市場の持つ意味は決して小さくないはずだと思われた。
 ところで、この弱点には重要な問題が潜んでいるという。サムスンなどの海外勢は、コストを惜しまずマーケティングに多大な投資をしているのに対して、日本メーカーは、<情報をとるのにお金を使わない>というのだ。そして、
<ひたすら高品質にこだわる戦略では、世界市場を獲ることはできない。そのためには綿密なマーケティングが不可欠だが、そこがいかにも弱い。>としている。

 筆者はさすがに当業界に精通しており、画期的なコストダウン、マーケティング重視、家電流通の分野へのメス入れなどの緊急課題を的確に示して結んでいる。
 この業界が現在あるような状況の背景には、きっとそれなりの脈絡があったはずに違いないとは思える。しかし、国際環境がここまで激変して、海外のコンペチターが優位を占めつつある現時点では、やはり問題点を深刻に受けとめる必要に迫られているようであり、問題点の根底には、「視野の狭隘化」に類するものが感じられるのである。
 おそらくこの傾向は、半導体製造領域に限らず、モノ作り製造業全般が抱えた弱点なのではなかろうかと思えてならない…… (2005.12.07)


「それって、血糖値のクスリ?」
と、わたしは思わず声をかけていた。
「えっ? うん、まあそうね……、ほかのもあるんだけどね」
 店内の座敷コーナーの隅っこで、いかにも肥満気味だと見えるこの店のおかみさんが正座していた。医者から処方されたらしいクスリ袋を数袋テーブルの上に広げ、飲むべきクスリを物色している様子である。
 その姿は、糖尿と心臓を患い、少なくないクスリ袋に毎日翻弄されている母親に似ていなくもなかった。だからということもあり、声をかけたのかもしれない。が、明らかにこの店のおかみさんは、今はすでに体重を落とした母親とは比較にならないほどに肥えている。
 わたしは、時々顔を出す駅前の蕎麦屋に来ていた。わたし自身、血糖値が高く食事には十分な配慮が必要となっているため、昼食は、低カロリーで「GI(glycemic index)値」が低い蕎麦にしようと考えやって来ていたのだった。

「血糖値も高いんだけど、心筋梗塞の恐れもあってね。心臓のクスリもあるの。」
「そりゃあ、大変だ。親戚の方にそういう人がいるんでしょ」
 わたしも、蕎麦を食べ終えて一息ついていたので、おかみさんとの会話に乗っていた。店内には、中年の婦人が一人、おかみさんの方に向かうかたちで別のテーブルに着き、注文の品がくるのを待っている。どうもわれわれの会話に関心があるようで、おかみさんやわたしが喋ると、その都度その方に顔を向けている様子である。
 おかみさんが、クスリ袋からクスリの収まったプラスチックの板を取り出し、会話を続けた。
「ついこの間、姉が、心筋梗塞で危ないことになったのよ。それで恐くなったもんでね。」
「実を言うと、わたしも血糖値が高くてね。それで、低カロリーなお蕎麦で済まそうというわけなのよ。」
「あっ、そうなの……」
「とにかく体重を落とすしかないみたいだよ。お蕎麦屋さんなんだから、お蕎麦で済ますようにすればいけるとおもうけどなあ……」
「でも、ほら、ウチは食べ物屋でしょ。どうしてもいろんなものをつまんじゃうのよね。一度は、10キロ痩せたことがあったんだけど、ごらんのとおり戻っちゃってね」
「『リバウンド』っていうやつだよね。ムリに痩せるとゼッタイに来るようだ」
 その時、それまで聴き手役に徹していた中年の婦人が口を開いた。
「そうですよね。ウチの主人も同じことを経験していました。なかなか難しいみたいね。」
 そして、その婦人はわたしの方を見て、
「でも、旦那さんはそんなに太っていないじゃないですか」
と、わたしに矛先を向けてきたのである。
「いやあ、逆なんですよ。つい先頃まで太り過ぎで、血糖値が上がった結果、一気に体重が数キロ落ちちゃったんです」
「そうなんですか。体重が落ちるのは大分悪いといいますよね……」
「だから今頃になって本気で取り組もうとしてたりしてね」

 わたしは、お勘定を済ませて表に出たが、見ず知らずの人に余計なことまで話してしまったことが、何となくくすぐったい思いであった。近々入院するんです、とまでは言わなかったのが、まだましな方であったと苦笑いした。

 それにしても、自分の事はさておいて、血糖値が問題の人はゴロゴロいそうな気配だ。石を投げれば糖尿病患者に当たると言えるほどなのかもしれない。
 で、自分はといえば、このところ毎日、空腹感と闘い、胃袋を小さくすることに精を出している。その甲斐あってか、遅ればせながら、医者からは、経過は良好であると言われた。インシュリンもしっかりと出ているので、入院して好ましい生活習慣を是非とも身につけるようにと忠告されている。
 ふと思ったことは、人というか、自分がというか、何にせよ痛い目を味わわなければまともなことができないのだなあ、ということである。知識だけでは、どうしても他人事になってしまう習性を、恨めしく思い返している始末だ…… (2005.12.08)


 ある雑誌の書評欄で紹介された、興味深い新刊本に目がとまった。さっそく、"Amazon"に注文を入れたものだ。
 それは、<大橋照枝著『「満足社会」をデザインする第3のモノサシ――「持続可能な日本」へのシナリオ』(ダイヤモンド社)>というもの。
 書評を引用すると、
<本書は「持続可能性」をキーワードに、日本の国のありようや価値観を180度変換させるためのパラダイムシフトを提案し、そのための二つのモノサシを提言したものである。また著者は、知の荒廃とディベート下手を、日本が将来かかえる大きな危険であるとして警鐘を鳴らし、第2次大戦勃発の年に生まれた著者の後続世代を本書の主たるターゲットとし、賛否両論の論陣を張る一つのひな型としてのモノサシを提供している>(『週刊 エコノミスト 12/13』)

 先ず、「持続可能性」という言葉への着眼が当を得ていると思えた。もはや、「拡大、増大」でもなければ、「発展」でもないと言うべきである。これらの言葉に共感を抱く者は、あまりにも観察力、想像力が乏しく、鈍感な人だと言わざるを得ないだろう。そうした言葉をスローガンにした過去の推移が、今となってはいかにさまざまなマイナス面を蓄積させたかは、まともな感覚で時代と社会を見つめていれば容易に気がつくからである。 台風、ハリケーンの頻発と巨大化やその他の異常気象にしても、地球温暖化傾向が原因であることはほぼ確実であり、その温暖化が、経済と生活の「拡大、増大」に伴う大気中のCO2の増加であることは誰もが知っている。
 また、取ってつけたような表現となってしまうが、現在この国で問題となっている「耐震強度偽装問題」にしても、結局、関係業者たちの利益「拡大、増大」志向以外にほかならないと思われる。そこでは、建物自体の「持続可能性」すらが犠牲にされたことになる。
 このほかにも、われわれは、現在を謳歌しつつ「将来を食い潰す」ようなことを平気でやっていそうである。国の財政はいつも将来にツケを回すことをしてきたし、経済領域で目につくのは、当面の競争に勝つことが最優先され、将来必ず逼迫することになる資源(人材の育成など!)を「食い潰して」いそうだ。
 この傾向は、「構造改革」と「コスト削減」という美名のもとに、安直な「巧遅拙速」を大々的に推進することになり、目も当てられなくなったと見える。
 つまり、とんでもない将来がわれわれに大接近しているにもかかわらず、現時点のみに目を奪われるように仕向けているこの状況が、大きな問題なのだと思われる。そして、これにまさしく警鐘を鳴らそうということばが、「持続可能性」という静かな言葉だと思うのである。

 冒頭の著書に戻ると、著者は、二つのモノサシを提示しているという。
一つ目は、<第2時世界大戦後の日本の高度成長経済を支えてきたGDP成長神話というモノサシに代わる新しい尺度「人間満足度尺度=HSM( Human Satisfaction Measure )」である。HSMは、人間の幸福や満足、社会の持続可能性にとって不可避な労働、健康、教育、ジェンダー、環境、所得のデータを用い、同一基準で多国間の満足度を時系列で比較できる、著者オリジナル>なモデルである。
 そして、二つ目は、ではどうしたら良いのかにかかわるものであり、<スウェーデンというモノサシ>を提示している。
<スウェーデンはHSM値で世界1位に位置づけられる。そのスウェーデンに対する調査を実施し、「日本のようなGDPの規模拡大主義で男権社会、長老支配の”動脈系の国”と違って、女性、若者が活性化され、弱者、移民などを大切にする”静脈系の国”」>
をこそモノサシとすべきであると結んでいるという。

 たぶん、こうした考えに接する人は、わたしも第一印象ではそう受けとめたように、こんなことはほとんど不可能だと思いがちなのではなかろうか。そんな懸念が頭に浮かんだものである。
 しかし、歴然たる事実として、このままではこの国のみならず、地球と人類自体の存亡にかかわる危機がそう遠くない近未来に訪れること、それまでにさほどの時間的ゆとりがないことなどは、しっかりと見つめなければならないようだ…… (2005.12.09)


「そう言えば、お世話になったあの『石』は、随分多くの人のために役立ちましたよ。わたしが知るだけでも四、五人いるし、ほかにも何人もいるようですよ」

 その石とは、ガンに効くという微量放射線を発する『北投石(ほくとうせき)』のことである。以前に、ある知人から戴いたものなのであり、幸い自分はガンとは無縁であるため、当該の知人に差し上げたのであった。運悪くガンを背負ってしまったその知人は、自分でも患部にその石を包帯で固定して試したところ、患部のしこりが思いのほか縮小するという効き目を得たという。それ以来、ありがたそうにそれを肌身につけて、通院する病院にまで持参し、医者からは「叱られた」とも言っていた。
 ところが、それを聞きつけた患者仲間が次々と「貸してほしい」と言いはじめ、人の良いその知人は、期限付きで貸してあげたのだそうだ。しかし、藁をもすがるガン患者たちは、期限を延ばしてほしいと申し入れてきたり、その人が終わるとすぐさま別の患者が懇願してきたりで、その『石』は転々と患者たちの間を渡り歩き、「藁」としての役割りプラスαを果たし続けていたそうなのである。
 そして、最後のご奉公先は、あるすい臓ガンにおかされた男性であったそうだ。やはり、その『石』をすい臓付近に固定して闘病していたらしい。が、その『石』の役割り範囲をはるかに超えていたようで、とうとう亡くなったという。その患者は、最期までその『石』を握り締めていたらしく、見るに見かねたご遺族は、その『石』を棺に収め、死の旅立ちに持たせてあげたそうなのである。

 一時期は、わたしの手元にあり、ジッポーのライターほどの小ぶりの大きさでありながら、結構ズッシリと重かったのが、その『石』であった。表面は、いかにも、何やら粒子状の金属物質が含まれているように、そうした部分が輝いていたものだった。
 当時から「五十肩」の痛みを煩わしく思っていた自分は、一時は、それを右肩に置いてみたりもした覚えがあった。ガンではないので効き目があろうはずもなかった。が、そんなふうに、自分も肌につけたことがあるだけに、その『石』が、見事「自身の任務を終えた」ことを聞くと、そうか、なるほどなあ、と思い、心の中でその労をねぎらってやりたい心境になったものである。

 未だにガンと闘っている当該の知人は、先頃、眼に転移して失明の恐れに戦々恐々としていた。ただでさえ、免疫性が低下して、だるく、気力が湧かない生活の日々を過ごし続けた上に、失明の恐れという難題を押しつけられた彼は、いつもになく消沈していたものだった。
 おまけに、気を紛らわしてくれるTVを見ることも許されなくなったため、まさに真っ暗闇の中の気分だったらしい。
 そんな彼に、自分は、少しでも気を晴らすことができればと思い、「落語テープ」を貸してあげたりした。これが結構喜ばれた。聞き終わったらまだありますから、と言ってテープを小箱に入れて貸し出したのだが、結局、計三箱を貸してあげたことになった。
 今日、会ってみると、
「いやあー、おかげさまで、失明の心配は解消されました。ほっとしてます」
ということだったのである。以前に会った時の、意気消沈ぶりが消えていたのが何よりであった。
「定期検査の方もまずまずで、これであと一年位は生きていられそうです」
と、あっけらかんとして言い放った。
「そんなこと言わないで『粘って』くださいよ。最近思うんですが、結局、生きるということは『粘り』ということなんじゃないですか。歳とれば誰だってあっちこっちに故障が出て来るもんで、それをおして『粘る』のが生きるということのようで……」
 わたしは、自身の、昨今の実感に基づいた感想を思わず口にしていた…… (2005.12.10)


 来週の月曜(19日)の午後からの入院が決まった。年末・年始をはさみ二週間の入院となる。容体の推移を問わずあらかじめ二週間と決まっているのは、この入院が、糖尿病治療でも「教育、コントロール」を主眼とするものであるからだと思われる。
 もちろん、二週間もあるのだからさまざまな検査で引き回されるであろうことは想像できるが、その他に、「意識改革」のためのレンチャンの説教(?)を聞かされることは目に見えている。つまり、どんな食事内容でなければならないかといった食生活指導や、必要運動量の問題、あるいは規則正しい一日の過ごし方などを、看護士先生からたっぷりと指導されるのだろうと思う。
 他人からとやかく言われることをあまり好まない自分としては、心地よいものではなさそうだが、まあ、そんなことを言っている場合ではなく、しっかりと肝に銘じる必要がありそうだから、個々の食材の100グラムあたりのカロリーやGI値などは「丸暗記」するくらいの血糖値「博士」にでもなろうかと思ったりしている。

 確か、入院自体が初めてのきずであるが、それにしても年末・年始を病院で過ごすというのは、まさに生まれてこのかた初めてということになる。だから、どんなもんだろうかと興味津々の思いである。
 まさか、年末・年始は、医者や看護士たちがいなくなってしまい、患者たちだけが取り残されるという悲惨なことにはならないだろうとは思う。なんせ、この「コース」は差額ベット代も含め、病院の稼ぎにとっても「ドル箱」ではないかと推定する。食事だって、糖尿病患者向けともなれば、大いにコスト・ダウンを見込めるというものではなかろうか。病院だってビジネスなのだから、たとえ年末・年始であろうが、誠心誠意で対処しなければ、ユーザー評価は得られないはずである。もっとも、ホテルとは異なり、リピーターというのは想定外ではあろう。

 今、ひとつ安堵していることは、ノートPC(&ケータイでの通信)使用の許可をもらったことである。病室は、大部屋、二人部屋、一人部屋と用意されていて、自分は二人部屋を契約した。本来、ノートPCなどは一人部屋でないと使えない制度になっていたらしいのだが、頼み込んで使用許可を得ることができた。
 これによって、まるで自分にとっては「へその緒」のようでもあるメールやネットとのつながりがキープできることとなったわけなのである。まあ、滅多にない入院生活であるのだから、これらをも遮断しても良さそうなものであるが、仕事に支障をきたさないことや、この日誌にしてもなんとか途切れないようにしたいものであった。
 したがって、状況が許すかぎり、入院事情、院内事情というものをつぶさに「報道」しようかとも思っている。

 もうすでに食事療法で、かなり減食を進めて辛い思いをし始めているので、入院したからといってさほど苦しむことにはならないだろうと考えている。
 たまには、拘束される生活をしてみることも悪くはないかもしれない。当たり前のような日常生活の自由のありがたさが見直せるかもしれないからである…… (2005.12.11)


 「株」は世相を如実に反映するらしい。「株」自体を話題にしたいのではなく別の点に関心があるのだが、二つほど挙げてみたい。

 「塾」の先生が生徒を殺害したという事件も、「塾」を経営する企業の株価にリアルに反映しているという。
<学習塾「京進」の株価、売り注文殺到でストップ安
 12日の大阪株式市場では、大証2部上場の学習塾「京進」(京都市)の株式に売り注文が殺到し、株価は値幅制限の下限(ストップ安)まで下落したまま売買が成立しない状態が続いている。下限値は、前週末比100円安い736円。>( asahi.com 2005.12.12 )
 殺害された「女児」の生命に較べれば、少なくとも責任の一端を担う「塾」経営企業の「株価」なんぞは二の次にすべき問題であろう。それが、「いい迷惑」だとしてもである。管理監督責任は逃れようがないからである。何のための監視カメラだったのかという人もいる。
 ちなみに、今日も「殺人現場」の校舎で子どもたちに授業をしているというから、何を考えているのかという思いがする。

 もうひとつは、「人材派遣会社ジェイコム(東証マザーズ)の株式の取引で誤った売り注文を大量に出した問題」である。
 不謹慎なことを言えば、事件当日も、自分は、株式市場の動きを観測していた。この間「デイ・トレード」とはどんなものかを体感しようとしている、そんな意図の一環である。確かに、その日は全体がいわゆる「軟調」「弱含み」であり、何かヘンな気配がしていたのを覚えてはいる。しかし、東証マザーズで、「1円で61万株の売り」注文があったことなぞは一向に気がつかなかった。もし、気づいていたのならば、ヘンだとは思いながらも「後学のために」に「買い注文」なんぞを入れて事態を見守ろうとしたのではないかと思う。そうしたら、社長としての自分にはなかった「ボーナス」が予想外に飛び込むところであった。
 ちなみに、その額はというと、「91万2000円」だとかである。

<みずほ証券の株式大量誤発注をめぐる問題で、東京証券取引所の株式清算業務を行う日本証券クリアリング機構は12日、買い注文が成立した投資家に8日の終値(ストップ高の77万2000円)より14万円高い91万2000円で強制的に現金決済する方針を固め、関係者に提示した。損失額はみずほ証券が当初想定していた270億円を上回り、400億円を超す見通しだ。>( asahi.com 2005.12.12 )

 当初、この事件は、「みずほ証券」側に問題ありと解釈されていた。ジェイコム株を「61万円で1株の売り」とするところを誤って「1円で61万株の売り」と注文を入力ミスした上に、その取消作業も誤ったとされていたのだ。
 ところが、多分、東証の売買システムのベンダーであったのだろうか、富士通側から「東証のシステムに問題があった可能性がある」との報告があり事態は急転したらしい。そして、結局は、「東証のシステムに問題があった可能性がある」という点に決着しそうなのである。
 つまり、発生することを当然「想定」しなければならない「ヒューマン・エラー」を、東証の売買システムは十分にリカバリーしていなかった、ということなのであろう。

 ここから本題に入ることとなる。
 以前、「環境管理型権力、社会」(東浩紀・大澤真幸『自由を考える』NHKブックス 2003.04.30)ということを書いたことがある。(2004.06.30、2005.06.10)
 そこでは、次のように書いた。

<人格が背後に引っ込んでしまうシステム環境が人々の行動を操作・規制する時代がますます強まるという点である。もはや、駅員が改札に立っていた頃のような「キセル」行為は、システム化された自動改札では事実上不可能となったのである。もちろん、改札駅員との喧嘩ごしのやりとりなんぞは遠い昔の話となってしまったのだ。>

 残念ながらとでも言うか、現代という時代は、人の善意や人間「性善説」は一跨ぎに飛び越えられてしまった時代なのだそうだ。「そんな悪はしないだろう」という「性善説」的発想は「棄却」されて組み立て始められた時代だと思われる。
 もっと率直に言えば、人間「性悪説」に依拠して、「人間は、あらゆる悪や失敗を仕出かす」存在として「想定」され、それでも社会や権力はびくともしないように、「システム化」する! というのが現代の最大の特徴なのであろう。
 簡単に言えば、「無意識に失敗すること」も「意図的に悪を選択すること」も、不可能もしくは無意味であるように組み立てられた構造を持った時代だということなのである。 いや、何から何までがすべてそうだというのではない。そのパーフェクトな出来上がりを目指した時代だというまでである。もちろん、リアルな現実には、それを目指しながら不備となり、「穴」となった部分が多々残されている。
 そこに発生するのが、世間を騒がすさまざまな事件であり、上記の二つのケースも、まさにその「穴」において発生した事件であるように見える。「塾」内での殺害事件も、「監視カメラ」が「不能」とならないようなパーフェクトさがあれば、ということになりそうである。

 こう書くと、パーフェクトなシステム化を礼賛しているように聞こえるかもしれない。もし、そんなパーフェクトさが実際可能であるのなら、こうした方向は、ひとつの選択肢であるのかもしれない。仮に、もし「権力」がそれを行使することになったらという、より大きな恐怖と警戒を呼び覚ますことにはなるだろうが……。
 しかし、パーフェクトなシステム化というようなことは、観念としては存在し得ても、現実には不可能ではないかと思う。その顕著な例を挙げるならば、「コンピュータ・ウイルス」や「スパイウェアー」がそれらである。絶滅を言うのは簡単だが、現実は「いたちごっこ」以外ではない。つまり、人間「性悪説」に立つならば、多分、「底なし」だと言うべきなのではなかろうか。無限の悪を追求する人間を「想定」せざるを得なくなるのではないかと想像するのである。奇想天外な「悪」を行う人間を「想定」するシステム屋のすぐ隣には、「更なる」奇想天外な「悪」を行う人間が寡黙に座っているのが人間社会だと言うべきなのではなかろうか。

 では、何をどうすればいいのか? わたしなんぞにわかろうはずはないが、「性悪説に立ち切って、パーフェクトなシステム化を目指すべし」という、昨今、流行りつつある議論は、どうも「焼けのやんぱち」の議論であるような、そんな気配だけは感じているのである。
 詳細はおくとして、おそらくは、そうしたスローガンの達成(と思しきもの)に近づくためには、「オーバーヘッド工数」( c.f.2005.04.13 )がかかり過ぎてしまいそうな気がする。簡単な話が、「性悪説に立ち切る」ならば、当然、「モラルや倫理感」などによる犯罪抑止の効果は期待しようもないはずで、「法」とて形骸化することを「想定」せざるを得なくなろう。いきなりの「逮捕」だけが犯罪抑止の手段となり、そのために必要な治安要員(警官など)は膨大な数となるのではなかろうか。しかも、全国津々浦々に監視カメラ設置を実施することも膨大なコストであれば、その映像を監視する要員数も大変な数になるはずだ。
 「焼けのやんぱち」の議論だと書いたのは、現在のところはまだこうしたコスト負担が緒についたばかりだからご都合主義的に考えられる話かもしれないが、行き着くところ想像を絶する規模とならざるを得なくなる予想があるからなのだ…… (2005.12.12)


 夕方、タバコを買いに表に出た。曇天のためか、すでに薄暮となり、おまけに空気は冷え冷えとしている。
 歩道を歩き自販機まで行く途中で可愛そうな光景を見た。
 いかにも寒々とした一角で、鎖に繋がれた犬が死んでいたのだ。薄汚れた毛並みの中型犬は、蓋が壊れかかった四角の下水ホールの上で四肢を伸ばして横たわっていた。最初は、眠っているのかと思ったりもしたが、こんなに冷え込んだ時に、冷たい地面に横たわって寝るはずがないことに気づいた。
 四、五日前であっただろうか、やはり何か買い物をすべくそこを通った際、奇妙な光景を見たものだった。その犬が、餌皿の上に盛られた餌のそばにまで行きながら、時々鼻っ面で匂いをかいではいるが、一向に食べようとはしないのである。泥で薄汚れた身体はみすぼらしさを滲ませ、おまけに、明らかに何かの病気であることを示すように右後ろ足を付け根から震わせていた。
 かわいそうだとは思ったものの、鎖で繋がれた他人の家の飼い犬であったため、しばらく様子を眺めてその場を去った。

 その時、どういうものか、その犬の飼い主の家を自分は誤解していた。飼い主の家の、その隣の家だとばかり思い込んでいたのだ。が、今日、その犬が横たわっていた場所から推測するに、その犬の飼い主の家は反対側の家であったようだ。おそらく、自分のご主人の家に寄りそうかたちで最期を迎えたようなのである。そう思うと、つくづくいじらしさを感じさせられたものだった。
 と、同時に、自分は、そんな最期を放置しているその家の飼い主に対する言い知れない憤りが込み上げてきた。そして、その家の外観を見回すこととなった。と、すべての事情が見えてきた思いがしたのである。
 その家は、ほぼ確実だと思うが、人が住んでいるようには見えなかったのである。と言うよりも、廃屋と言った方がいい。
 そう言えば、と、自分は、以前この家に人が住んでいた時のことを思い起こした。
 この家の両隣は、特に問題のない一般的な民家であるのに、この家ばかりは恐ろしく古びていた。外壁は、ブリキの波板で覆われ、しかもそれらはペンキも剥げて、錆びが露わになっていた。歩道に面した側にガラス窓があり、確か割れたガラスがテープか何かで補修してあったかもしれない。
 良くは覚えていないが、建築業者が使うような道具が立てかけてあったりしたかもしれない。いや、「引越し」がどうのこうのという張り紙がしてあったかもしれないから、運送屋だったのかもしれない。
 いずれにしても、仕事がうまくいかないんだろうな、家の建て替えどころじゃないんだろう、と沈んだ気分にさせられたことを思い起こしたのである。

 自分の推測は、その犬が「見捨てられた」のだろうという哀れな結論に達していた。じゃあ、先日見た餌皿の餌はどういうことなのか? それはきっと、自分の家でも犬を飼っている隣の家の人が、見るに見かねて餌を与えていたのだと思われる。自分は、てっきりその家の犬だと取り違えていたようなのである。
 病気になり心細くなったにもかかわらず、どうもご主人の姿がついぞ見えなくなってしまったその犬の心境は、一体どんなものであっただろうか、と想像してしまうのである。
 わたし自身の家にも、ご主人さまに「夜逃げ」されて見捨てられてしまった猫の親子が訪れるだけに、無縁ではないわけなのである。
 今世間では、動物の「いのち」どころか、人の子の「いのち」を奪うことをも何とも思わない風潮が広がっていそうだ。生きものの「いのち」を育み、尊重することができる「穏やかな生活」自体が失われつつあるのだろうか。「運送屋」や「夜逃げ」の、「いのち」の飼い主たちも、きっと自身の「いのち」自体が脅かされ、「穏やかな生活」をもぎ取られてしまっていたという事情があったのかもしれない……。
 生きものの「いのち」を特別な存在だと考えたり、想像できなくなる環境が、もし広がっているとするならば、生きものの頂点に位置する人間にとってこれ以上の不幸はないだろう。「いのち」の尊さを百万回唱えるよりも、「穏やかな生活」を奪う傾向に満ち溢れたこの時代をこそ拒絶すべきであるように思えてならない…… (2005.12.13)


 景気動向の中身を見ようと、久しぶりに「NIKKEI NET」の「業界天気図」(主要30業種の動き・10−12月期の産業天気図予測)を覗いてみた。
 なるほど、一時期に較べると「晴れマーク」の「晴れの業種」が多くなったことに気づく。
 ちなみに、「晴れマーク」から「晴れマーク」の業種は次のとおりだ。
 <鉄鋼・非鉄>……鉄鋼は自動車、造船向けで好調。アルミは低調
 <産業・工作機械>……自動車向けがけん引。輸出も過去最高ペース
 <精密機械>……デジカメは最大の需要期。事務機も拡大基調
 <ネットサービス>……ネット広告、通販は大幅な伸び。競売の伸び鈍化
 <アミューズメント>……年末用主力ソフトに期待。次世代機登場も寄与
 <人材派遣>……販売・営業の需要増に支えられて好調な受注続く
 ほかに、「薄日の業種」から「晴れマーク」に変わったものが、
 <家電>……薄型テレビ好調持続。白物も高付加価値品が活況
だそうだ。
 反対に、雨絡みの業種は、
 <建設・セメント>……民間設備投資の回復基調続く。官需は低迷
 <百貨店>……株高による高額消費。ウオームビズに期待
 <スーパー>……衣料不振は底打ちの兆し。食品は価格下落続く
というようになっている。
 「自動車」関連が良好なのは街を走る多くの新車を見ていれば頷けるし、「安値」で煽られたデジカメ、薄型テレビなどの関連製品の順調さもわかる。人材コストの削減を果たす<人材派遣>業種が好調なのも、問題は感じるものの了解できるところだ。逆に、不調な業種に<建設・セメント>が入っているのは、やむを得ないだろう。安全性を無視して時流に抗して稼ぐ企業もあるが、むしろ例外だと考えたい。

 こんな状況の中で、われわれの会社の仕事に関係する<業種>はどうかという視点で眺めてみた。すると、
 <電子部品・半導体>……稼働率上がるが薄型パネルなどは供給過剰懸念も
が、「薄日」から「薄日」であり、
 <情報>……ハード、ソフトとも数量増だが価格下落続く
は、「曇り」から「曇り」であり、どちらにしても冴えないステイタスであった。
 <半導体>業種については、先日も書いたが、最終製品の価格設定力が量販店に握られていたりして、要するに価格下落で利益が出ていない点などに大きな問題がありそうだ。 そして、<情報>もまた「数量増だが価格下落続く」という似たような問題状況にある。

 実は、今日最も強い関心を向けたいのは、この<情報>関連業種なのである。
 というのも、昨今の「東証システム」の不備の問題に関して以下のような記事があったからである。

<金融IT化、弱い足腰 東証システム障害( asahi.com 2005.11.02 )
 金融取引は今やコンピューターシステムなしには成り立たないが、トラブルも後を絶たない。
 三菱UFJフィナンシャル・グループは、システム障害の懸念から、傘下の東京三菱銀行とUFJ銀行の合併を来年1月まで3カ月間延期した。先に合併した傘下の信託銀行や証券会社で10月に障害が発生。畔柳信雄社長は「人知の及ばないところが残る」と語る。
 一方、システムメーカー側の人手不足は深刻だ。「エンジニアが足りず、そちらには回せない」。あるIT企業にシステム増強を求めた大手銀行の担当者は最近、新規開発に時間がかかると連絡を受けた。
 北陸先端科学技術大学院大学の片山卓也教授は「日本のトラブル対策は人海戦術。企業はリストラで疲弊しており、対応できるエンジニアが不足している」と話す。
 高度なソフトウエア技術者を養成する国立情報学研究所の本位田真一教授も「巨大システムの場合、全体を見渡す能力のある技術者が必要だが、日本は人材養成を怠ってきた」と言う。
 日本経団連が6月に出した提言は、システム開発と運用を引っ張るトップ級のコンピューター技術者は新卒段階で約1500人必要だが、現実にはわずかしかいないと指摘した。>

 つまり、今回の「東証システム」問題(富士通納入)の背後にも、相変わらずの「ソフトウェア」業界の変わらぬ問題、すなわち「巨大システムの場合、全体を見渡す能力のある技術者が必要だが、日本は人材養成を怠ってきた」という問題が控えていたのだと言わなければならない。
 この問題をいまさら繰り返して述べることは避けたいが、こんな状況であるにもかかわらず、一方では、「数量増だが価格下落続く」という「質より量」に傾斜する風潮、そしてその具体例である<人材派遣>の好調さという事実がまかり通っているわけだ。
 ソフト開発を、安手な派遣技術者で賄おうとする企業が相変わらず少なくないのが情けない現状なのである。一時代前のように、比較的小型のシステムであれば、品質の悪いシステムであっても被害は高が知れているかもしれない。しかし、巨大なエリアがネットワークで結ばれた現在にあっては、システム内の小さな「バグ」は予想外の甚大な被害を発生させてしまうことになるのだ。
 この問題を未然に防ぐために必要なことは、精神論でもなければ、小手先の対応でもないと思われる。コスト問題だけに執着するのではなく、「人材の質を高める」という王道を実施する以外に方法はなさそうだと思われる。
 企業も国家も、とかく表面的な辻褄あわせだけに奔走して、大事なことを見て見ぬ振りをしていたのでは、逆に巨大な「コスト・ロス」を生み出し続けるような気がする…… (2005.12.14)


 最近は、できるだけ株価の推移に関心を持つようにしている。これほどに、株価というものが現在の経済状況に大きな影響を与えている時代はないからであり、株式の視点を抜いて経済を語ることが困難だからでもある。

 今日の株式市況は、「大幅続落で安値引け」であったようだ。
 「日経平均株価は大幅続落」、「2営業日連続で日経平均が200円以上下げるのは今年初めて」というし、「東証株価指数(TOPIX)も続落」であったようだ。
 原因は、「円相場の上昇を嫌気して」ということや、「外国証券経由の売買注文状況(市場推計)が7営業日ぶりに売り越しとなったこと」、そして「前日の米株式市場で投資判断の引き下げなどを受けてハイテク株が下げたこと」だという。(以上、NIKKEI NET より)
 これらの原因のいずれもが、国内要因というよりも海外事情、とりわけ米国経済のありようから来ていることは再確認されていい。いかほどに、日本経済というものが海外(米国)状況に依存しているか、そして国内投資家たちがそのことを良く心得ているかということを示しているからである。

 オンラインで、株式市場の動きを見ていても、やはりほとんどの株が「右下がり」となっており、勢いのある企業はごく少数であった。
 そんな中で、ある企業の株価だけが「やはり!」と思わせた。
 実は、昨日、帰宅の途中でラジオでニュースを聞いた際に、「ほほー」、きっとこの話題は明日の株価を押し上げるのではなかろうかと思うことがあった。
 先日も書いたが、京都の「学習塾」で「女児殺害事件」があった時には、この塾経営の企業の株は、大量に売られて「ストップ安」(株の値動きには、その株価の規模によって、上下に一定の値幅で、これ以上高くはならないという「ストップ高」と、これ以上は下がらないという「ストップ安」とが設定されている)となったものだった。
 要するに、株売買の領域では、「材料株」と称され何か投資家たちの判断に少なからぬ影響を与える「材料」を持つ企業の株は、「値動き」が大きくなるのである。
 ただし、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」のとおり、一日もすれば、「売った」株を、「利食い」のために「買い戻す」といったドライさも伴う。現に、その学習塾経営企業の株価も、翌日にはある程度戻していたようだ。

 「ほほー」、と思わせた企業の株価は、「寄り付き」(売買開始時)から大量の「買い」が入り、「ストップ高」で始まっていた。なるほど、世間の投資家たちの耳は抜け目がないものだなあ、と思わせたものだった。
 で、その「材料」とは、
<同社[日清紡]は14日、帯広畜産大学と共同で鳥インフルエンザウイルスを破壊する繊維素材を開発したと発表。これを手掛かり材料視した買いが先行している。>[東京 15日 ロイター]
ということだったのである。
 昨夜、ニュースで耳にした際にも、これはそれなりにインパクトを与えそうだと思えた。何しろ、「鳥インフルエンザウイルス」による感染被害は、世界各地で起きており、この冬のさらなる拡大が懸念されているからである。しかも、それ用の「ワクチン」は生産が追いつかないことや、副作用が云々という事情もあり、多くの人々が言い知れない不安を抱いているわけである。
 こうした状況の真っ只中で、「鳥インフルエンザウイルスを破壊する繊維素材を開発した」という事実は、人々を「ほほー」と感心させないではおかないはずであろう。市販製品となるには、まだ時間がかかるらしいが、予防マスクやその他の衣服に加工されるならば、大きな購買力を刺激することは間違いなさそうである。
 そして、そうした企業「日清紡」は、社会的に貢献するとともに、経営的にも大きなメリットを手にすることになりそうである。だから、目敏い投資家たちは、一気に群がったというわけなのであろう。

 現代という時代は、政治世界の民主主義はあまり頼りにならない印象もある。その分、消費生活での「消費者の意向」という局面は、「不買運動」なども含めて、それなりの影響力を行使しているようだ。
 そして、それに加えて、個人投資家たちが増えつつある昨今の状況では、株式売買が、社会的な影響力を発揮するチャンネルになっていくのかもしれない。もっとも、株式売買のジャンルでは、巨大な資金を動かす海外投資家もあれば、機関投資家もあるわけで、正確な民意を反映するというわけには行かないことも考慮しなければならないが…… (2005.12.15)


 来週月曜からの「教育入院」に当たって、今日は何となく気ぜわしい一日となった。仕事関係、事務作業のやり残しがドタンバになってにわかに自覚されたりしたからである。どうも、今日一日では片付かず、明日も出社しなければならない気配が濃厚となった。
 当人の身体や意識が尋常ではなくなり、救急車で運ばれるがごとく入院するというのなら、何のやり残しもあったものではなかろうし、何の準備もできようはずがない。が、身体も意識もピンピンしているにもかかわらずの入院というのは、長期の旅行へでも行くがごとく、何やかやと頭の中は雑多な事柄が蠢き、せわしないものでもある。

 大体、最近の自分は煩わしいと思えることを先送りにし始めるようになったかもしれない。だから、何らかの期限が近づいたりするとあたふたとするのだろう。
 もっとも、この傾向は若い時からであるのかもしれない。学生時代の試験にしたところが、いよいよという時間の迫り方になるまでは高を括っていたようだ。そして、ファナティックなラストスパートに入る、というのが常道であった。
 若い時は、それでも良かったといえば良かった。何しろ「ファナティックなラストスパート」が利いたからである。自分の集中力にそこそこ自信を持ってもいた。また、飲まず食わずや徹夜など多少のムリなど平気な身体もあった。
 だがしかし、昨今の自分は、先ず、身体の方がついてこない状態になっていそうだ。まあ、徹夜ができないというよりも、そんなことをすれば、後に尾を引いて大変な始末となりそうだからだ。
 しかも、自慢であった集中力も凡庸な水準となってしまったようだ。こうして毎日文章を綴っているから、まだその衰えを阻止しているかもしれないが、これもなかったらダラダラ老人へと転げ落ちていくところであろう。

 若い時代とはすべての条件が異なっているにもかかわらず、物事を先送りにしているのはひとえに怠慢のなすところ以外ではない。そして、その怠慢を助長しているのが、「明日ありと思う心の仇桜」(桜の花が明日もまだ咲き誇っているだろうと思っていると、夜半に嵐が吹いて花が散ってしまうかもしれないという意の親鸞の作と伝えられる歌から。[広辞苑])という戒めを意識しない気分なのだろうと思っている。
 明日もまた今日と同じような日がやってきて、今日と同じように過ぎてゆくはずだと信じ込んでいる自分なのである。事務所の自分の部屋には、そうした「明日あり」を大前提にした一連の形跡が山済みにされている。やりかけの作業がそのままにされているし、読みかけの書籍が山済みにされているし、その日その日できちんと処理しているのは、防火の点から当然な、タバコの吸殻の始末くらいかもしれない。そして、この日誌くらいであろうか。万事が、明日へ、明日へと先送りされているのが、残念ながらの実情だ。

 こんなふうだから、ちょいと二週間ほどを空けるとなるとにわかにドタバタとした気分になるというわけなのである。スピード優先の時代環境の点からいっても、また自分の人生のステージという点からいっても、頭や心にひっかかっていることを迅速に処理する「即断即決即行動!」という体質変換を是非してゆきたいと考える昨今である…… (2005.12.16)


 驚くべきニュースだと思った。
< みずほ証券が誤った売り注文を大量に出した人材派遣会社・ジェイコムの株を、千葉県市川市の男性(27)が7100株取得し、20億円以上の利益を得ていたことが16日、関東財務局に提出された大量保有報告書でわかった。今回の問題の中で、証券会社だけでなく個人も巨額の利益を得ていたことがわかり始めたが、報告書では無職とされるこの男性が得た利益は、判明した個人分としては最大。>(asahi.com 2005.12.17 )
 これ以前にも、すでに以下のようなケースも伝えられていた。
< みずほ証券がジェイコム株を大量に誤発注した問題で、東京・六本木に住む男性会社役員(24)が同株3701株を取得し、約5億6300万円の利益を得ていたことが15日、関東財務局に提出された大量保有報告書でわかった。証券会社数社による大量取得は判明していたが、個人が同株取得で巨額の利益を得ていたのが確認されたのは初めて。 誤発注があった8日、会社役員は同株の発行済み株式の25.52%分を自己資金の28億1150万円で取得。みずほ証券が13日に1株91万2000円で強制決済した際に33億7531万円で売却し、約1週間で5億円超を稼いだ。>(asahi.com 2005.12.16 )
 これじゃあ、一般庶民の勤労意欲が損なわれるじゃないか……、と「妬み」を込めて非難したい。百何十億という高額な「利益」を得た金融機関も「返還する」方向だというのだから、「美しく」生きるために「返還! 返還!」とも先ずはシュプレヒコールしたいところである。まあ庶民も、「3億円」をねらい、「年末ジャンボ宝くじ」を買ったりして束の間の夢を見たりしているのではあろうが、それとこれとは「ラベル(?)が違う」はずであろう。

 ところで、先日、この「事故」に関して政府の役人が「歯の浮くようなこと」を発言したそうな。
< 与謝野馨金融・経済財政担当相は13日の閣議後会見で、みずほ証券の大量誤発注の後に日興コーディアル証券など証券5社が自社の資金でジェイコム株を大量に取得していたことについて「美しくない」と批判した。
 与謝野金融担当相は「誤発注を認識しながら買い注文を出すことは法的には問題はない」とした上で「顧客の注文を取り次ぐのではなく、自己売買部門で間隙(かんげき)をぬって売買するのは証券会社として美しい話ではないと思う」と述べた。
 また「証券会社の経営者は行動の美学を持つべきだろう。今回の行動は、心温まる『ちょっといい話』を載せた本には決して掲載されない話だ」と注文をつけた。>( 毎日新聞 12月13日 )
 経済財政担当相である以上黙ってはいられない立場にあるのだろうが、他人に「行動の美学」を言うのなら、「自民政治の美学」とやらをも聞かせてもらいたいところだ。「出るを制する」ことにルーズであり続けた政府が、とどのつまりは涼しい顔での「大増税」という厚かましい無策は「美しい」とでも言うのだろうか。

 「法的には問題はない」と発言し、二の句を継いで出る言葉が「行動の美学」というわけだが、こうした言い回しから今さらのように現在の社会経済状況の「凄まじさ」を感じるのである。
 三島由紀夫でなくとも「行動の美学」を口にすることは一向に差し支えないし、個人の人生訓としては上等なものであろうと思う。自分もそうしたものに憧れを感じる方ではある。しかし、個人的レベルでも、もはや「死語」となりつつあるのが現実ではないかとも思う。いかにも、取って付けた年寄りの説教に近い。
 まして、問題は経済社会の問題であり、なおかつ経済のグローバリズムとマネーゲームを推奨している政府側の人間の発言としてはいかにも「ラベル(?)が低い」と言わざるを得ない。これじゃまるで、「ホリエモン」をきちんと糾せずに古臭い道徳論で対処した「ホリエモン騒動」の第二幕以外ではないと見えるのだ。
 ここはやはり、「歯の浮くようなこと」を発言することは禁欲するか、さもなければ、こうした「異常な経済」に合理的な歯止めをかけることに正面から挑むべきであろう。
 つまり、「法的には問題はない」なんぞと「金太郎飴」のような紋切型口調に走るのではなく、法が許している現代の経済悪(ヘッジファンドのような集団的投機活動!)に挑むような迫力が欲しい。まあ、現政府の人間にはできるわけがないとは思うが…… (2005.12.17)


 何の因果か、年の暮れを病院に閉じ込められることとなってしまった。これも何かの「お告げ」とは言わないまでも、きっと長年の不摂生への「警告」なのだろうと押し戴いて甘受すべきと観念している。まだまだ、このどうしようもなく気まぐれな時代を見届け、それにとどまらず挑んでもやりたい心境なのだから、身体をコントロールしてリフレッシュするのは悪くないはずである。明日からどんな二週間となるのかわからないが、まあ、「地獄の特訓13日コース」を経験した自分としては、高が知れたものであり、ちょっとした旅行気分以外ではない。

 今日は、身の回り品で用意しておきたいものなどを買いに出かけた。別に、人里離れた病院に入るわけでもなし、多分、外出ができないシチュエーションでもなさそうだからあえて気構える必要もなさそうだが、一応「缶詰め」となろうとは思っているので用意することにした。
 先ず「電気シェーバー」を買おうとした。通常は、T字型二枚羽カミソリを愛用しているが、できるだけ手のかからないようなものの方が無難だろうと思ったからだ。
 散歩がてら近くのホームセンターまで歩いて向かった。
 途中、冷たい風に煽られ、北日本では大雪だということを思い起こしたりした。やはり「異常気象」以外ではないな、とも思った。夏場は暑過ぎ、冬場は寒過ぎ、秋は台風が多いとくれば、「異常」さが起動しているとしか言いようがなかろう、と思えた。
 冷たい風が吹き捲っているだけに、見慣れた遠方の山々がくっきりと見える。空も青く、その空に向かって広がる枯れ木の枝々が美しく見えた。と、興味深い光景が眼に飛び込んできた。
 この時期、もはや葉を落としてその鮮やかな朱色の実を点々と湛えた柿の木は見ごたえがあるが、その柿の実を「収穫」している光景に気がついたのである。
 その家の主らしき人が、平屋の建物の屋根に登り、3メートルほどの「枝切りばさみ」を操って一個一個「収穫」しているのだった。自分もそうした「枝切りばさみ」を使った覚えがある。枝を切るとともにその枝を挟むという仕組みとなっているため、柿の実を落下させずに確保できるのである。
 ただ、失敗することもないではない。と、その柿の木の根元の辺りに視線を向けると、やはりあちこちに柿の実の落下の形跡が見受けられた。
 しかし、そうやって一個一個「収穫」する作業は決してラクなことではなさそうだと同情した。きっと、そのダンナは、今夜あたり腕やら、肩やらがひどく痛むといった「副作用」を被っているのではなかろうか。

 しばしば訪れるこのホームセンターにもしばらくは来られないな、というほどでもないが、そんな気分で店内をブラブラ歩きした。お目当ての「電気シェーバー」を探したがなかなか見つからない。やっとそのコーナーを見つけると、何と、「展示品処分半額」という代物が目に入る。これでいい、これでいい、と思いそいつを購入することにした。「電気シェーバー」というものは、今までにも何度か入手したことがあるものの、大概、さほど使わずに放り出してしまうものだったからだ。「半額処分」品が確保できたので、何となく気を良くしたりした。
 買い物はこれ以外に、昨日散々セレクトした書籍に加えて新たに三冊の追加購入してしまった。また、バカな買い物としては、タバコをワン・カートンと、「ニコレット」を一箱。まるで、「マッチポンプ」の組み合わせで、自分のバカさ加減を再確認した。この際、タバコを止めようかと思う気持ちと、いやいや別の機会にしようと怯む気持ちとが、乙女心のように交錯してしまったというわけだ。
 家に戻り、まるで、小学生が明日遠足だといった調子で、いろいろな品々を二つのカバンに詰め込んだのであった。

 ふと、妙な懸念が心をよぎったものである。この時期、病院というのは、悪質な風邪で通院する人も少なくない。前回に通院した際にもそれに気づいたものだった。「院内感染」なんぞに遭遇しないようにしよう、と…… (2005.12.18)


 いよいよの入院である。昼食を自宅で済ませ、家内のクルマで病院に向かった。
 先ずは、事務手続きを済ませ、看護師によって病室へ案内された。その途中、血圧や体重の測定についての説明がある。毎朝、この場所で測定するようにということであった。
 そして、予約された病室に案内される。その部屋を見た途端に、失望感に襲われた。二人部屋といってもこんな二人部屋があったのかと……。咄嗟に、列車の席で、窓側と通路側とがあり、誰だってできれば窓側に座りたいはずであろうことを思い起こす。というのは、二人部屋の病室は、既に窓側は先客の患者さんで埋っており、自分は通路側、廊下側となってしまったからである。カーテンで仕切られたそのベッドは薄暗くなっていた。
 しかも、その病室は6〜8畳位の広さであり、一人分は3〜4畳程度であり、いかにも入院とは拘束されることなり! といい聞かされている思いがしたものであった。
 まあしかたがないと諦めたものの、居心地が悪そうな予感に、何となく気分が滅入ったりしたものである。
 しかし、それでも少しなりとも居心地を良くしようと、さっそく許可を得て持ち込んだノートPCの接続や通信用のケータイ充電環境などをセッティングした。
 ノートPCの操作は、ベッドの上を跨ぐように設えられたスライド式のデスクの上に載せ、まずまずの扱いが可能となった。このデスクは、要するに病人が食事をとる際に使うもののはずである。

 とりあえず、この日誌を打ち込むといった作業を試みてしまう方が、この新しい環境に馴染む近道であろうと考えてさっそくこうしてトライし始めたのである。
 と、そこへ看護師がやって来た。主治医による「入院診療計画書」と、診療具を持ってきたのだった。
 もうすでに、高い血糖値を緊急に下げるために、簡易型のインシュリン注射セットは使うことになっていたのだが、入院中に使う分を持ってきたのだった。だが、先ほど見回りに来た主治医の話では、この間の経過は「自家」インシュリンもしっかりと出ているので、服用のクスリに切り替えられるでしょうということであった。
 そのことも有難いと思えたが、もっと有難いと思えたのは、当初入院期間は「二週間」のはずであったが、上記の「計画書」=主治医の意向では、「11日間」に短縮されたのである。ひょっとしたら主治医も年末・年始をとりたいと思ったのかもしれないが、何よりも、この間の自己測定の血糖値の悪くない経過が、主治医にそう判断させたのかもしれない。
 いまさら、正月を自宅で迎えたいと望むものでもないが、「居心地悪そうかなあ」と思わされただけに、主治医によるこの判断を大いに歓迎したのだった。
 もうすぐ、「お初」の「夕食」となる。一体どんな「貧弱なメニュー」となるのか心配であるが、このところ毎食量は極端に減らしているため、食事一時間前の現在、すでに大いに空腹感がせりあがったりしている…… (2005.12.19)


 いやあ、今日は早朝から忙しい思いをした。いろいろな検査や何やかやでバタバタとする羽目となった。ようやく一段落し、こうしてヘッドフォーンを耳にしてクラシックを聴きながらこの日誌に取り組んでいる。ところで、ヘッドフォーンをしているのは、後で書くが、決して浮いた気分からではない。そうしなければならない確かな理由があるためなのだ。

 昨夜は、確かに苛立つことが多かった。理由はいくつもあり、その一つは「新環境」への失望と不慣れさ、二つ目は、同フロアーの「不届き者」の仕業、三つ目が、メール絡みのこれまた「不届き者」のナンセンスである。が、まあ、一つ目の原因が、嫌な気分の「通奏低音」を奏でていたのだろうと感じている。
 いろいろと悪条件が揃ってはいたが、不眠に陥ることはなく、いつしかぐっすりと寝入っていた。夜中にトイレのために目が覚めたのは二回であった。
 ナースステーションの前を通ると、寝ぼけた視界に、煌々とした明かりの下でマスクをつけた看護師ひとりが、宿直のお役目を果たしている。姪っ子二人が看護師となった叔父としては、何となく他人事とは思えず、心の中でごくろうさま! と呟く。クールに考えると、こんな現ナマ主義傾向のご時世で、ナースになって献身的人生を歩もうとする若い人は少なくなる一方のように思えた。
 ベッドに戻ると、二人部屋の中央を仕切るカーテンがいやに明るい。どうも、眠れないお隣さんがイヤホーンでTVを観ているようであった。まあこれはこれで致し方ない。
 が、致し方なくはないのが、あの同フロアーの「不届き者」の仕業なのである。しかし、さすがに3時も過ぎると、その「不届き者」も寝入ってしまったようで、廊下からは物音ひとつ聞こえてこなかった。
 実は、われわれは昨晩、その「不届き者」の仕業で大変な迷惑を蒙ったのである。どういう者なのか、どんな顔をしているのか知る由もないが、その「不届き者」は、「おーい、おーい、誰もこねぇじゃねぇか」なんぞと、まるでだだっこがママがやってくるまで叫び続けるように、エンドレスで大声を張り上げていたのである。ちなみに、身体に加えて、どこかもご不自由な気配が濃厚な人のようだ。看護師もあきれかえって、時々「あやしに」来ては、「大声で呼んだって誰も来ないのよ。用があったら『ナース・コール』を押さなきゃダメなの!」と諭してはいたが、半ば以上手を焼いている様子であった。
「それは『ナース・コール』じゃなくて、TVのリモコンじゃないの!」とかという会話が聞こえてきたりしていたので、「コリャダメだ」ジャンルの状況であることを、みなが了解していた模様だったのである。
 わたしは、もちろん、嫌な気分の「通奏低音」もあって大いにイラついたものであった。がしかし、あることを考えて、まあしょうがないか、と自分を慰めてもいた。そのあることとは、もし、その「不届き者」が自分の二人部屋の相方であったらどんなにか地獄であろうかと想像することであった。それに比べれば、廊下から聞こえてくる「犬の遠吠え」を聞かされるくらいは、しょうがないか……と。
 ところが、そんな地獄を味わった当事者と、ひょんなことから対面で話をすることになったのが今日である。奇しくもといった偶然であった。

 「ニコレット」を持参した自分ではあったが、結局今回の「同時・禁煙計画」は不発に終わる形勢が濃厚となっている。「同時多発」何とかを貫徹する奴らは非情な者たちなのであって、自分のようなハンパ者には所詮ムリだったのだ。
 この病院では、「全館禁煙令」が施行されており、「アウトロー」たちは、「島流し」のごとく「駐車場」の脇に設えられた、冷たい風ピューピューの「離れ」に通うことになっている。そこには、灰皿ポール2セット、冷たい椅子十個が置かれてあり、「受刑者にも憐れみを」とでもいうのだろうか「お上の情け」印の1200Wの電気ストーブ一台が鎮座しているのだ。
 わたしは、早くもそこの常連と成り下がってしまったのである。
 何回か通っていると、次第に馴染みとなるのが人の常。これを書き始める前に出向いた時、お馴染みさんたちが、冷え冷えとした空間の隅っこを埋めて談笑している。
 わたしもそんな雰囲気は嫌いではないのでついつい仲間入りしてしまう。
「ご主人は、わたしが来る時には決まっていらっしゃってるので、わたしよりもここへ来る回数が多いということですねぇ」
 自分はそんなことを挨拶代わりに口にしていた。
「そう、朝5時からだからね……」
 話の流れでは、その年配の人は、他のフロアーに最近入院して明日の手術を待機してきたようであった。何でも、他の病院で失敗した「白内障」の手術のリトライだとかだと言われていた。
「いやあ、昨晩は結局一睡もしてないんだよ。まあ、その前の晩もほぼ同じなんだけどね……」
「えっ、どうしてですか? 寝付きが悪かったりして……」
「そうじゃなくて、相部屋の相手さんが一晩中咳をしたり、排泄で看護師さんを呼んだりで、騒ぎが途絶えなかったというわけ。で、その前の日も『おーい、おーい』と吠える人と一緒で参っちゃったよ」
「あっ多分、その人だと思うけど、昨日からわたしんとこのフロアーに居ますよ。居ますどころか、昨夜も大変でしたよ。わたしも『耳栓』無しでは眠れなかったはずです。たらい回しってやつですかね」
「あっ、じゃあウチの階からそっちに移されたというわけだ。あの人、※※さんって言うんだけど、でかい声だし、のべつ幕なしに叫ぶからねぇ……。もう途中からはこっちが観念しちゃったよ」
 わたしはそのご主人の顔をまじまじと見つめたが、手術することになる片目を真っ赤にした顔つきには、何やら年の功とでもいうべき寛容さというような雰囲気が漂っているように思えた。
「きっと、明日の手術はうまくいきますよ」
と声をかけて、自分は部屋に戻った。

 今日、忙しい気分であったのは、一連の所定の検査があったこと以外に、食後の「運動」として、院外にウォーキングに出かけたこともある。しかも、朝食後のその時には、歩いて五分の距離にある我が事務所に立ち寄ることにもなった。前述したように、「圧縮」もかけずに巨大なサイズのメールを送付してくる「不届き者」がいたせいである。それをADSL回線のPCで除去しないかぎり、ケータイ通信で賄おうとしている病院内ではその後ろのメールが読めないからなのであった。
 忙しい気分のその他としては、この際と思って、このところ痛みが目立ってきた「五十肩」についても診療を受けようと「間口を広げた」こともある。複数「主治医」掛け持ちのリャンメン入院といったところである。

 いろいろなことがあった一日であったが、最も良かったことは、本日から、インシュリン注射が撤回され、飲み薬に切り替えられたことであろう。血糖値の経過が良好なため、主治医がそう判断されたのである。この間、緊急措置としてインシュリン注射療法を受けてきたが、これはいかにも痛々しい雰囲気であり、できれば免除されたいと願っていただけにホッとしたというわけだ…… (2005.12.20)


 一過性の「通院」ではなく、多くの人と何度となく顔を合わせる「入院」ともなると、いろいろと特殊なことがあるわけだが、何といっても「人と人の関係」がバラエティに富むこととなる。今日もそんなことが記憶に残る。

 経過の方はさらに順調となり、インシュリン注射からクスリ服用に切り替わったが、加えて、そのクスリも減らすことが可能となり、主治医の話ではこの調子ならクスリ服用さえ無しで食事療法と運動だけでのコントロールも可能かもしれない、との有難い診断をいただいた。動脈硬化検査や他の一連の検査結果も問題がなさそうである。
 今日は、糖尿病食事療法のための「食品交換表」に基づいた栄養士さんによる二時間のレクチャーを受けた。いよいよこれからは、「指示票」に沿った食事のとり方を遵守すべきだと、改めて了解させられた。家族も参加推奨ということで、今日は家内もこのレクチャーに同席した。こうした栄養士による指導は、このあと二回計画されている。

 入院中に「五十肩」もついでに治療しようとして、昨日から「整形外科」にも診てもらっている。といっても、足を運んでいるのは、肩周辺の筋肉をほぐし、ストレッチをするリハビリトレーニングルームである。ここには、わたしのような軽度な者は少なく、歩行のリハビリを行うような高齢者の人たちが大半だ。そうした患者たちを、若いトレーナーたちが指導とケアをしている。印象深かったのは、若いトレーナーたちが、年老いた患者たちに実に優しく接していたことだ。実にフレンドリーな会話を耳にしていると、心温まる思いがしたものだった。また、ふと、指導教育というものは、こうした手のかかるマン・ツー・マン方式の「人と人との関係」があったればこそ奏効するものなのだろう、とか、現代という時代環境は、「効率化」というスローガンのもとにこうした最も大事なジャンルを蹴散らそうとしているのだろう、とかを考えたものであった。

 「人と人との関係」という点で、今朝は、あまり心地良くないことをするに及んだ。
 昨日書いた「おーい、おーい」の「不届き者」の仕業を見るに見かねて、直談判に至ったのである。
 まだ、皆が眠っている早朝から、「おーい、おーい、誰もいねぇのかあ」を連呼し、看護士の注意をも物ともしない傍若無人が眼に余ったのだ。我慢し続けようかとも思ったし、入院期間の今後の人間関係に支障を来たすことになるやもしれないとの危惧の念もあるにはあった。が、自分のみならず、同フロアーの人たちとともに、何よりもその二人部屋のもう一人の患者が気の毒でならないと思う気持ちもあった。
 そこで,意を決してその部屋へと向かうことにしたのだった。
 二人部屋の廊下側のベッドに、その「不届き者」はあお向けで横たわっていた。立て膝の片足にもう一方の足を乗せ、如何にも「不届き者」らしき格好をしている。が、顔つきは、特に異様さはなく、髪の毛が薄くなったどこにでも居る年寄りであった。どんな言葉から切り出そうかと思って佇んでいたところ、喉につまったタンを制し、隣のベッドとの間を仕切っていたカーテンにペッと吐き出すという破廉恥を仕出かした。これが、わたしにわかりやすいきっかけを与えたのだった。

 「このフロアーの同じ入院患者ですが、一言言わせてもらいに来ました。あなたねぇ、どうしてそんなに大声出して騒ぎ続けるんですか? このフロアーのほかの患者さんたちみんなが迷惑していますよ。看護士さんたちも手を焼いてるじゃないですか。もう少し周囲のことを考えてくださいよ」
と、強い口調で、切り出したはずである。その他に、だんだん興奮度が高まり、「いい歳されてるんだから、甘ったれてちゃいけませんよ」と脅したり、「病気が治れば、またご主人らしい立派なことができるんですから」とおだてたり、なんだかんだと言ったようであった。わたしが直談判に及んだことを気遣ってか、看護士が飛んで来て、脇で立ちすくんでいた。
 確か、わたしは「われわれ廊下を挟んだ部屋の者はまだしも、あなたのお隣のベッドの方なんぞは地獄じゃないですか」とも言った。すると、隣のベッドのご老人がベッドで身を起こしてこちらを向いてうつろな顔をしていたものだった。
 また、「ホントに用があったら、枕元の『ナースコール』を押せばいいんですよ」とも言ったはずだ。

 ところで、こうしたわたしのアクションは、自己判定をするならば、虚しい徒労であったとあとで思わざるを得なかった。
 確かに、わたしのこのアクションで、「不届き者」の蛮声は一時和らぎはした。が、それも長続きはしなかったのである。ただ、病院側が、善処を図ったのは成果かもしれない。簡単な対処であった。その部屋の鉄の扉を閉めることになったのである。
 が、それでは、相部屋のご老人は、まるで「生き埋め」ではないか,と大いに懸念したものであった。
 が、やがてその懸念が無用であることと、わたし自身のアクションが道化であったことを思い知ることに遭遇したのである。
 フロアーの各病室のベッド・メイキングのために、患者たちが一時廊下に出た際、わたしは偶然に見たのであった。当該の部屋のもう一人のご老人に、看護士が話しかけている光景をである。看護士は、そのご老人の耳元に手を添えて大声を出していたのである。
「何々さーん、いいですかー、わかりましたかー」と。
 つまり、「不届き者」の蛮声で地獄を味わっていたはずのご老人は、ほとんど、その蛮声を解することはないに違いなかったのである。道理で、わたしが直談判をしていた時にも、ベッドの上でこちらに視線を向けてはいたものの、何を苦言していたのかはわかっていない顔つきだったのである。
 わたしは、拍子抜けした気分となってしまったものだった。
 しかし、その後、現時点に至るまで、「おーい、おーい」の騒音の頻度が少なくなった気配があることはある。無駄ではなかったと思いたいものである……。

 まだまだ、これからの長い期間、いろいろなことが起こるものと想像する。そして、その大半は「人と人の関係」の問題であることは間違いないのであろう…… (2005.12.21)


 入院=退屈ということに早くならないかと思う。飛び飛びの時間でいろいろな検査が入り込むため、とにかくあわただしくてならない。まあ,今回の入院は「教育コントロール」入院であるため、半分は「セミナー」参加のような雰囲気であってもやむをえないのであろう。
 今日も、朝一から、「延食(検査のために食事を延ばすこと)」措置による「超音波検査」→「肩のリハビリ・トレーニング」→「眼底検査」と息つく暇なく院内を動き回った。昼食後、ようやく自由となり、食後の運動として20分ほどウォーキングをしてきた。ウォーキングをしていると、一瞬のことながら入院に伴う拘束感から解放された気分となる。ただ,今日は、午前中の眼底検査のため瞳孔を開く目薬をさされたため、眩しさおよび視力低下が残り、足元だけを見ての危なげなウォーキングとなったものだ。

 運動の後は、シャワーで汗を流して良いことになっている。ということで、熱いシャワーでさっぱりとしたところで、今、これを書いている。ようやく落ち着いた気分となったようだ。
 落ち着いた気分といえば、ベッドを窓側に移動してもらった。今朝、相部屋の窓側の方が退院されたのである。そこで、移動は可能か? と問い合わせて叶えてもらったのだ。やはり、窓側の方は明るい点と、窓からの眺望がある点などから全然雰囲気が異なる。しかも、部屋の造作からか、ベッドの周囲のスペースも幾分広く、明らかに「得組」の条件だと言えるだろう。同じ「差額ベッド代」だとすれば、廊下側は「損組」だということになる。
 この移動に関して、ちょっとした事があった。わたしの移動については難なく承認され、なおかつ看護士さんたちが手際よくベッドその他の移動作業をしてくれたのである。しかし、すべてが収まって後、看護士の責任者と思しき方が来て、再度移動をしてもらえないか、と相談に来たのである。何でも、新たな女性患者の入院で、別の二人部屋の男性患者と一緒になってくれないか、そこも窓側が空いているので、というのだった。
 わたしは、せっかく別の看護士たちが移動作業をやり終えてくれたのに、それをまた移動させよ、という場当たり的なマネージメントに多少の憤りを覚えたので、あえて難色を示すことにした。別の部屋のその男性が移動してくるのではなく、既に移動作業を完了してしまったわたしが再度移動するということになる根拠は何なのですか? と問うたのである。すると、いや、じゃあ、わかりました、と相談を撤回したのである。
 例の「不届き者」に対する対処からして、何となく、ここのこの入院コースのマネージメントに不信感とはいわないまでも、「不行届き」を見るとはなく見てしまった自分としては、上記のような場当たり的対処は、やはり見過ごせなかったのかもしれない。新たな入院患者の情報なんぞは、マネージャークラスであれば先刻承知のはずであり、わたしが退院者のあとのスペースへの移動を申し出た時に,あわせて対処するならば、わたしとて、じゃあそちらの部屋へ移動しても構いませんよ、で済んだはずなのである。いかにも、ドタバタとしたこうした判断は、どうしたら改善されていくのであろうか。余計なことを考えてしまった。

 ところで、これは微妙な話なのであるが、わたしが前記の看護士マネージャーの相談を承諾しなかったのは、もちろん,その不手際さにあったが、いまひとつ、わたしのへそ曲がり性向もあったやもしれない。
 先日、わたしは初めて「院長回診」という大仰でバカバカしいセレモニーに遭遇した。ちょうど食事時であったので、わたしは知らん振りして味噌汁なんぞを啜っていたものだ。長身の身に白衣を着流した院長は、「田宮二郎」院長よろしく妙な雰囲気をたたえて部屋に入ってきたのである。自分はこういう意味のない道化芝居がダイッキライなのである。大体,「院長」にしても「理事長」にしても「校長」にしても、いや「社長」にしてもそうだが、「長」のつく立場というものは、実力、能力の証しなんぞであるわけはない。まして、善意や人情の賜物であるわけもない。言ってみれば、おそらくは善人がやろうとはしないことを平気でやり、それを積み重ねることが難なくできる者のみが辿り着ける立場だと言っていいはずなのである。
 まあ、それはともかくとして、その「院長回診」の際に、作り笑いを振舞って、まるで「提灯持ち」のように付き添っていたのが前述の看護士マネージャーだったのである。よくありがちなことだと言えばそうではあるが、そんなこともひとつ作用を与えていなかったとは言えない……。
 マネージャーというものは、「提灯持ち」なんぞをするよりも、合理的でテキパキとした采配を振ることに精一杯努めることが、結局は自身の職業生命を延ばすことになるはずだと考えたいのである。

 今日は、今朝退院した相部屋の方、Fさんのことを書こうかと思っていた。ようやく親密に話をするようになったと思ったら、退院されたからである。が、横道に逸れてしまった。Fさんについては別な日に書くこととしたい…… (2005.12.22)


 昨日の朝に退院した相部屋だったFさんと、話がはずむようになったのは、彼の一言からだった。
「株が乱高下してる時に、こうやって閉じ込められていたら気が気じゃないよね」と、病室の壁に寄りかかりながらわたしのベッドの方を見つつ呟いたのだった。
 一見した風貌は、そう、ちょっとお世辞気味に言うならば、ダスティンホフマンを年寄りにして、なおかつ小人(こびと)にしたようだということになろうか。六十代半ばであるが、なかなかのお洒落でありただの年寄りとはちょっと違っていた。
「株取引をされてるんですか」
と、わたしはすかさずその言葉をキャッチした。自分も、昨今はすこぶる「デイトレイド」に関心を向けていたからであり、初対面の人と話をしていくには、同一の興味の話題を追うに限ると思えたからだ。
「いや、それほどでもないんですけどね。もう仕事も若い連中に譲ってしまったし、株あたりで頭を使わないとボケちゃうもんね」
 そう応えながら、Fさんは、昨今、若い世代が「デイトレイド」なんて言っているけど、自分は比較的長い期間を持ち続ける昔ながらのタイプであり、家内もPCで取引したりしていること、甥っ子がトヨタと日産に勤めているのでそのそれぞれの株を持っていて甥たちに面目を保っているとかを、縷々話し始めたのだった。
 お仕事の方は何をされてたんですか、と立ち入ったことを聞いてみると、「不動産コンサルティング」というわかったようなわからないような名称を口にした。
「もともとは、M銀行に勤めてましてね。板橋の小さな支店で長いこと銀行屋をやりましたよ。不動産関係はそのあとでしてね」
 わたしの頭の中の「プロファイル」DB(?)は、銀行マン経由の不動産コンサルタントという検索キーで駆動していたが、大した結果は出てくることもなかった。@まあ、そこそこ真っ当な仕事師だったのだろう、とか、A「お洒落」という点も職業経緯を踏まえれば了解可能だ、というようなこと位でしかなかった。
 それはそれとして、Fさんに次第に好感を持ち、親しげに話し合うようになったのは、彼の「人柄の丸さ」ということであったかもしれない。また、妙な警戒心を刺激するような部分や、嫌味というものが洗い流されたパーソナリティであったからかもしれない。

 どこかで、この雰囲気を知ったことがあるという記憶をわたしは辿ることになった。すると、わたしが学生時代に親戚のところで電気溶接のアルバイトをした際、「賢さん」という親戚筋の人とペアを組んで出張などに出かけたものだったが、その、人の良い「賢さん」の雰囲気に通じるものがあることに気づいたりした。
 その共通点は、単に「人柄の丸さ」ということにとどまらず、ちょいと現実を茶化しぎみにして冗談を飛ばす部分にもうかがわれたし、プライドを刺激されてしまうと子供っぽく抵抗する部分などにも見受けられた。
 一昨日、わたしが同フロアーの「不届き者」にキレてしまい「直談判」に赴いた際には、そのあと一言の慰めの言葉をくれたものだった。
「ひろっさんの『お説教』のお陰で、あの人の吠え方が丁寧になりましたよ。『助けてくださーい、お願いしまーす』なんて言うようになったもの」と。
 また、彼は、自己申告のチェック結果を看護士に疑われ、「ボクの言うことが信用できないって言うの? そうじゃないの,そういう言い方をするのは!」と、カーテンの向こう側で看護士とやり合っているのも耳に入ってきた。

 入院なぞすることになると、年配の男というものは、途端にシャッポを脱いで気弱となり、そのついでに、何もかも自分が悪うございました、何でも仰せのとおりにいたします、というような「無条件降伏」に陥りがちとなるのかもしれない。
 幾度も書く、子どもに戻ってしまった「不届き者」は別ではあるが、── そう言えば、ついさっき、遠くの方からあの「おーい、おーい」がまた聞こえてきた。どうも、同じフロアーではありそうだが、「人里離れた」廊下の奥の方に「島流し」にされてしまったようだ ── 看護士や身の回りの人に、まるで媚びるほどに平身低頭となってしまうのはいかがなものかと思う。いや,決して空威張りを推奨しているのではない。元気さと、自立性を失ってはならないと自身に戒めてもいるのである。
 その点、Fさんは、万事マイペースであり、また現役中には大いにふるっていたであろう采配と誇りの、そのかけらを、ほどほどにキープしているようであった。
 もはや見る影もないにもかかわらず、自分だけが見える過去の栄光を振りかざすのは馬鹿げているが、その反対に、病気となったことですべてを放棄してしまい、自分の自分たる部分まで流してしまうのは逆に情けないと思うわけである。
 いつになっても、どんな境遇に置かれても、男というものは、ちょっと危険な遊び心を失わず、自身はワクワク,周囲はハラハラというふうでなければいけない。
 Fさんのお洒落というのは、単にファッションがどうこうというだけでなく、気持ちの持ち方、振舞い方におけるお洒落、ダンディズムだったと言えば、ちょっと誉め殺しに近づき過ぎてしまうだろうか…… (2005.12.23)


 昨日は祭日のため病院全体が休業となっていた。外来向けの他のフロアーは消灯され、人気(ひとけ)もなく静まり返っていた。この階や他の入院向け病室のあるフロアーだけが、当直の医師と看護士たちによって賄われた。もし、自分も年末・年始まで「逗留」するとすれば、こんな薄らさびしい環境になったわけだと思った。
 もちろん,昨日は入院患者を忙しがらせる検査もないため、久々にのんびりとした一日を過ごすこととなった。

 ただ、休祭日は、入院患者たちを見舞う家族、親族たちで賑わうという面もある。現に、わたしの病室の新しい相部屋さんである年配の人のところにも、大勢の親族の人たちが詰めかけて来た。七十代の方であり、話によると今回の糖尿病発病の直前に脳梗塞に見舞われていたらしく、その分、親族の方々も心配が絶えない様子で訪れていたのだ。お孫さんたちも一緒に来ており、おじいさんの相部屋さんは談笑している様子であった。
 わたしはといえば、家内以外の親族には「来ないでいい」と伝えている。自身が病状に不安を抱き、励ましの言葉のひとつも欲しいのならいざ知らず、毎食後に2〜30分のウォーキングを欠かさないでいる病人「もどき」であるのに、この年末、誰だって忙しいに決まっている時期に見舞いなぞ不必要と宣言しているのである。
 ただ、一昨日、事務所の社員が、お見舞いと称して、「ハンコ(承認印)」を貰いに来た。そういうことであればしょうがないとして、迎えたのだった。社長が居ない分、仕事をがんばれ、と逆にはっぱをかけて帰したものだ。

 今日も、多分、検査はないはずで、栄養指導の時間と、五十肩のリハビリ・トレーニングぐらいが予定されている。比較的時間に余裕がありそうなので、病院内での人間模様について書くことにする。
 入院した時から感じさせられたことであるが、病院とは、まさに「人間関係ファクトリー」である。確かに、「医は仁術なり」と称された時代に比べて、現在はエレクトロニクス医療機器が病院には所狭しと詰め込まれてはいる。「マン・マシーン」治療の比重が極度に高まっていることは否めない。
 しかし、不安や恐怖を背負わされた人々がそれらからの解放を願い、また、そのことを十分に知っている医療関係者たちとが向き合う病院という空間は、「マン・ツー・マン」が原理であることに違いなかろう。
 そう言えば、思い出すのは、大学院での研究生活をしていた頃、非常勤講師で、とある「看護学院(看護士養成専門学校)」で社会学を教えたことがあったことだ。当時の自分は、まだまだ人間関係というものの実態がわかりもせず、社会学理論の大座布団にどっかりと座っていたに過ぎなかった。病院内での人と人とのリアルな関係にも疎く、またネットワーキングについても聞きかじりでしかすぎなかったはずだ。一回でも、「まともに入院」でもしていれば、また話は別だったのかもしれない。看護士候補者たちに、大して役に立たない話をしたであろうことが、今ごろになって恥ずかしい気分となって蘇ってきたりする。

 病院内での人間関係といった場合、本来的には、医療関係者と患者たちという関係が焦点となっていいが、これはそうそう見えるものではない。わたしのような一患者から見える人間関係とは、実にローカルな患者間の人間模様に過ぎない。
 しかも、病院では光の当たらない「隅っこ」での人間模様ということになろうか。
 その「隅っこ」とは、寒風吹きすさぶ院外=館外に取って付けられた「喫煙所」のことなのである。
 わたしは、この際できるだけ喫煙を控えようと我慢して、これまで一日3〜40本吸うところをほぼ10本程度に抑えている。それでも、一日に何度もこの「喫煙所」に通うバカをして、その度に喫煙愛好者たちと他愛のない話に華を咲かせている。
 そうした者たちの中には、次のような人々が居る。
 先ず、<白内障手術待ちの話好きな年寄り>、そして<車椅子に座った恰幅の良い飲み屋のママさん>。この二人が、「旧人種」代表選手だとすれば、「新人種」の相貌を持つのが、<肺炎の子に添い寝続きでやつれた若いママ>、<松葉杖装着の足首手術の茶髪の兄ちゃん>などである。偶然ながら、二つの世代の対比を見ることになったとともに、話し合うコミュニケーションというものは実のところ何であるのだろうかと考えることになった。

 <白内障手術待ちの話好きな年寄り>は、病院お仕着せのパジャマの下にたっぷりと下着を着込み、パジャマの上には茶色っぽい厚手の袖なし半纏をひっかけ、太り気味の身体を持て余したように椅子に載せている年配者であった。
 人生で、何か大きな勝負をしてきた人が放つような鋭さというようなものはなさそうである。別にそんなものは無くてもよいが。むしろ凡庸な人生に何かプラスアルファを乗せたいという常々の思いがありそうで、いろいろな雑学的知識経験を、とにかく「在庫一斉処分市!」のごとく吐き出すふうだ、とでも言えようか。どんな話題にも参入を見送らず、カラオケ好きがマイクを離さないようにトーク権を離さないほどに話好きだと評して間違いではないだろう。確かに話題の食材は実に豊富である。この地域の話から、新聞種の世相話、はたまた時代的な事柄から、出身地の地方の実態や現住の都市の問題と、まさに何でも来いの調子なのである。
 ただ、この手の人がとかくそうであるように、他人の話にじっくり耳を傾けるといった「受信」機能は貧弱なようで、安物の弱電製品のように申し訳程度に付いているとしか思われない。自分を誇示したいというのではなく、誰によってもわかってもらえないでいるような自分を、機会があるたびに誰かにわかってもらおうとする衝動、とでも言えばいいのかもしれない。

 <車椅子に座った恰幅の良い飲み屋のママさん>は、いかにも下町の飲み屋のママという風情である。歳は四十代であろうか、恰幅の良い身体で、丸い顔に茶髪(金髪?)がかぶっている。沖縄の話が出たところをみると、顔つきからいっても沖縄出身なのかもしれない。眼がクリッとした童顔だ。
 腰骨がヘルニアで、水も溜まってしまったとかで、これまた外科手術を待機しており、車椅子に乗り、膝に毛布をかけての喫煙所通いである。タバコを箱から取り出しながら、火をつけるまでの間の一連の素振りが、飲み屋のママ特有(?)の寸劇だと言えようか。話相手や、周囲に目配りをしながら愛想を振りまき、絶妙な間での発話をする。まあ、飲み屋の客を退屈させることはなさそうである。
 白内障のダンナと丁丁発止(ちょうちょうはっし)の会話を楽しんでいるが、誰とでも物怖じすることなくすんなりと会話してゆけるところは、さすがに職業柄である。
 この人もまた、会話とは自分の話したい願望を満たすことなり! と心得ている人に違いない。まあ、そうした解釈をして実践している人が大多数だといっていいのかもしれない。みんな、自分の話を黙って聞いてくれる人を探し、これぞと思える相手が見つかると、「マイクを離さない」がごとき熱演に入るものなのであろう。
 年配者は特にその傾向が強いようだが、みな、ひと(他人)の話に耳を傾けて後学のためにしようという余裕というものが乏しいように見受けられる。当然のことなのだろうか……

 <肺炎の子に添い寝続きでやつれた若いママ>とであったのは、自分が、どうにも朝一の一服なしが堪え切れずに寒風吹きさらす喫煙所に向かった時だった。
 彼女ひとりが、細々とした身体を電気ストーブに寄り添わせ、両手のひらをストーブにかざして座っていた。
「今朝は特別寒いね。風が強いんだよね」
と、わたしは挨拶代わりに話し掛けた。以前にもここで見かけたことがある若い女性だった。
「そうですね。昨日は日が差してまあまあでしたのに……」
 サラッとした長めの茶髪の彼女の顔は、赤みがなくまるで病人のようであった。が、この病院お仕着せのパジャマ姿ではなく、スラックスにジャンパーという格好なので、付き添いの人かと思われた。
「昨日は、一睡もできなかったんです」
と、彼女は言葉を足した。
「えっ、どうして?」
 事情が見えない自分はワケを聞いたりした。
「子どもがぐずって泣くもんだから、添い寝してても全然眠れなかったんです」
「そりゃあ大変だったね」
「きっと、周りのベッドの患者さんたちも眠れなかったんじゃないかと……」
「お子さんは何の病気なの?」
「肺炎なんです」
 この後も、彼女は、初対面とは思えないほどにいろいろなことを話してきた。上の子は、「ばーばー」に預けていること、それというのも亭主は靴下の洗濯もできない人で、ペットの面倒だけを見ていることなど……。
「あなたも倒れたらシャレにもならないから、身体に気をつけなさいね」
と、別れた。
 やはり、病院という場所は、どこか人を不安に陥れ、そして人恋しくさせるものなのであろうか。誰だっていいから話相手を欲しがるものなのであろうか。そして、話せば気が落ち着くのかもしれない。

 <松葉杖装着の足首手術の茶髪の兄ちゃん>は、そんな人情をいまだ持ち合わせないガキのようであった。どこにでも居るような、二十歳前後の、茶髪の兄ちゃんである。見るからに、オレは自分のこと以外に何にも関心ねぇーんだ、というふうである。タバコをくわえながら、ケータイをチョコチョコと操作していた。が、メールも来ていなかったのか、ケータイを、パジャマの上にひっかけたジャンパーのポケットに仕舞い込んだ。
 彼と、わたしの間に、白い包帯で痛々しい彼の右足首が、何か言ってくれと言わぬばかりに存在を誇示していた。
「どうしたの? 捻挫かい?」
と切り出すと、
「肉離れ。炸裂しちゃった」
と、いかにも大変だったと強調するような口調で言った。
「そいつは気の毒に。でも若いからすぐに治るよね……」
と、わたしは言ったが、その後、彼からは継ぐ言葉が出てこない。
 わたしは、同じ若いヤツでも、男はいつまでも世間知らずのガキなんだな、というような思いが込み上げてきた。<肺炎の子に添い寝続きでやつれた若いママ>のように、他人と会話をし、少しでもそれを実りあるものにしようという当たり前の欲求というものが見当たらないのである。これじゃ、彼女(ガールフレンド)だって退屈至極に違いなかろう。
 病院という空間は、ヘンな表現だが、西方に「三途の川」を眺望し、東方に煌びやかだが生き馬の目を抜く娑婆が臨める、そんな特殊な場所である。まともな人であれば、何がしかの不安の中でいろいろなことを感じ、考えることになろう。そして、人の命の宿命とともに、そんな宿命に等しくさらされた人間同士の、そのつながりというようなものにも目を向けたりもするのかもしれない。
 それにしても、自分に限って言えば、娑婆での生活とは、何と人間というものが見えにくくなった空間であったことか…… (2005.12.24)


 今日で七日目となる。食後、2〜30分のウォーキングを欠かさないでいるためか、空腹時血糖値が100を割るケースが続いている。今朝が85、昼も85であった。
 昨日、一連の検査の結果も踏まえた主治医からの話があり、順調に進展しているので、29日の退院でいいでしょう、ということになった。そこでも「釘を刺された」が、問題は退院後の通常生活であり、そこでの食事のとり方、運動不足解消、時間的に規則正しい生活が課題となるわけだ。
 自分の場合は、二年前に高を括ったせいで今回のような不始末に至ったのだ。すでに悪い前歴があるわけである。だから、まさに退院後の日常生活こそが正念場のはずだと言わざるを得ない。
 ちなみに、一日摂取カロリーは1800 Kcal. ということで、病院で出される食事の量とて、さほど苦になるものではなさそうである。贅沢を言えば切りがないが、自分は、そんなにグルメ志向でもなければ食道楽派でもないので、食生活の制約にあくせくすることはないだろうと考えている。要は、脳と身体とが思うように働く血糖が供給できさえすればそれでいい。

 今日は、日曜日ということで、検査などは一切ない。ノルマは、一日4回の血糖値自己測定と申告だけである。そんなことだから、朝食後の院外ウォーキングも、多少のんびりと行い、事務所へ郵便を確認に行ったり、日頃立ち寄っているショップを覗いたりと、ちょっとした気分転換をしてみた。
 それというのも、やはり一週間も滞在し、病院内での勝手のすべてがわかってくると、どうしてもダレてくるものである。飽きが出始めてきたのだ。しかも、「病状の回復」も見えてこないならば緊張感も緩められないところなのであろうが、一応そこそこ見えてきた様子だからでもある。
 昨夜のウォーキングでも気づいたが、昨夜がクリスマス・イブであり、商店街にはクリスマス・ツリーの光の点滅が目を引いた。そして、今日は、覗いた量販店の入り口付近に、正月用の飾り物が賑々しく並べられてあった。そんな光景を見るならば、年末であることがにわかに実感させられた。病院に居て、自分は備え付けのTVも見ないため、時間感覚がなくなり始めていたようなのである。

 TVといえば、この病院内では、ベッドひとつに「有料視聴TV」が一台付いている。ロビーで、テレフォン・カードのようなカードを購入してそれを差し込むと所定の時間だけTVが視聴できるというものなのだ。
 以前の相部屋のFさんもそうであったし、現在の相部屋の老人も、四六時中TVを観ている。病人ともなればほかにすることもないためやむを得ないのだろうが、いかに多くの人たちがTVとともに生活しているかということがよくわかる。
 まあ、自分はさしずめTVに当たるモノがPCということにでもなるのだろうか、四六時中、このノートPCと、ケータイの通信環境を使ったネットに浸っている。
 もちろん読書に割く時間も少なくない。退屈を恐れて、十数冊の書籍を持ち込んでいるので、不自由はしない。あと、もし眠れない場合にはと思い、「iポッド」ふうの機器には、落語サウンドを収納してきている。深夜に目覚めて、目が冴えてしまい、身を持て余すこともあろうかと思ったりした。病院内でそんなことになるとすれば、結構、悲惨である。幸い、9時の消灯で横になると程なく眠ってしまい、朝は6時前に目覚めてしまうという、過去には考えられなかった生活習慣となっている。そのため、長々と落語を聴くには及ばない。

 午後になって、あちこちの部屋に見舞い客が訪れている。わたしのところにも、おふくろと姉がやって来た。来ないでいいと言っておいたのに、押しかけて来た。おふくろも長年通院している病気でもあるため、糖尿病についての話に終始した…… (2005.12.25)


 これまで食事には大した時間をかけない主義であった。「早飯」というやつである。
 しかし、病院での食事にあっては、できるだけ時間をかけるように心がけ始めた。生理的な根拠から言えば、ゆっくりと食べるならば、順次消化吸収されたものが血糖値を上げ始めるため、ほどなく空腹感の癒されるのが実感されるのである。すると、多くの量を望まずとも、早目にこれでよし、ということになる。
 これまでの食べ方というものは、ペテン的であったかもしれない。つまり、食べ物が消化吸収され、血糖に成就する以前に、やや大目であったに違いない目分量の食べ物を、とにかく押し売り的に胃袋へと投入していたからである。これは、顧客がしっかりと商品を消費したかどうかを見定めもせずに、売りたい商品を次から次へと出荷するペテンのセールスと似ていなくもない。常に、余分な量を注ぎ込むからである。

 が、今現在は、血糖値の上昇が知らせる身体からの信号である空腹充足感に耳を傾けようとしているわけである。
 「GI値」という食品栄養学での新しい視点というものは、同じカロリーの食品であっても、消化吸収速度によって血糖値の上昇速度が大きく異なり、ひいてはこれが体重にも少なからぬ影響を与えるという主旨らしい。言ってみれば、これまでの「質量」中心主義であったかもしれない栄養学に、「時間」軸を投入したと言えるのかもしれない。
 こうした観点を知ったことも、ゆっくり食べることを促してくれているのかもしれないと思う。
 このほかに、ゆっくり食べた方が、腹が空かないで済むのかもしれない、という思い込みがないでもない。「間食」撲滅を貫こうとするならば、とにかく空腹感をモノともしない体質作りに勤しむしかない、ということなのである。

 ひと(他人)の振り見てわが身を直す、と言うが、ゆっくりと食べようと実感したもうひとつの動機付けは、現在の相部屋の老人の食し方に接したことにもある。
 狭い相部屋であるから、人の立てる物音というものは直接伝わってくるものだ。
 TVのサウンドが、漏れてくるのはまあいい。また、カセットで演歌を聴きながら、思わず「ううーん」と唸るというか口ずさむのもいいことにしよう。
 しかし、消しがたい不快感が刺激されるのは、遠慮会釈なく「放屁」をすることと、食事の仕方が慌しい、まさに世に言う「職人食らい」の騒々しさなのである。多分、職人的な仕事なのであろうかと思う。
 毎食とも、数分とかけずに終えてしまう早さである。その間、食べ物を噛んでいるような形跡の静けさがなく、ズズーと啜る音とか、シャッシャッとかっ込むような音ばかりが忙しく聞こえてくる。
 自分は、それを「下品」と決めつける勇気を持たないにしても、思わずそんな食べ方は、断固として拒絶したいという心境にさせられたのである。さすがに、そうした騒々しさの只中での「放屁」というダブル・ボギーまではないものの、自分は密かにあることを想起したものであった。つまり、両者の現象は密接不可分ではないかと。
 どこかで聞いたことがあったようなのだが、急いで食すると、その節に、知らず知らずに無用な空気を飲み込んでしまうらしいのだ。そして、げっぷ、という形で解放される空気もあるものの、マゴマゴしていて行き場を失ったドジな空気は、「末端」まで旅をして「放屁」と化す、とか……。よほど、「科学的」なアドバイスをして進ぜようかとも思ったが、すでに自分は「不届き者」事件以来、「能ある鷹は爪隠す」に限ると萎縮しているのである…… (2005.12.26)


 明日一日を残し明後日退院だと思うと、うれしいような気分とともに、もうちょっと「娑婆」から離れて「抽象的」な立場でい続けてもいいかな、なぞとも考える。こんな病院での不自由な生活でも、慣れてしまうとこれは「これでいい」のかとも感じ始めるものである。
 「これでいい」と感じる点は、二つ。
 一つは、病院に入院していると、とにかく「身体を修理」しているのだという前向きな気分が、決して悪くない。そこへ行くと「娑婆」は日毎に人を心身ともに悪化させる条件に満ち満ちている。余程、元気さを鼓舞しながら、闘う姿勢を維持していなければたちまち足元をすくわれてしまうようだ。そうでなくとも、悪環境に汚染されて日毎にメキメキ心身が悪化していくのではなかろうかという先入観にとらわれがちな点がバカにならない。
 この「これでいい」感は、人間ドックに入った者が、しばしば、何の治療を受けたのではないにしても、何故だか健康になったかのような錯覚に襲われるのと似ているのかもしれない。

 二つ目は、「一人天国」ということになるのかもしれない。いろいろな不自由な制約はあるものの、それを我慢するなり、慣れてしまうならば、とにかく一人で過ごせる時間が確保されるのはさほど悪くはない。これは身勝手な了見ではある。家庭なり会社なり、自分がいなければ、いない方がいいという点ばかりではなく何かと不便さや気苦労があったりもするのであろう。現に、今日、見舞いに来た家内は、「わたしが入院したいくらい」とこぼしたりもしていた。
 昔、会社にいたある男が、定期的とも言えるほどにある時期になると「尿管結石」とかで入院したものだった。薄々気づいてはいたが、会社でのストレスに耐えかねて、自らドクターストップをかけていた嫌いがなきにしも非ずであった。病院という場所が、「ビジネス砂漠、ホーム砂漠」から一時的に気をラクにしてくれる「現代のオアシス」であるのかもしれない。
 ただ、こんな暢気な口がたたけるのは、身体の方の支障が取るに足らない程度であるからなのであろう。もし、ホントの意味での闘病であったなら、一刻も早く退院できるようになりたいと渇望する以外に何の思いもないはずであろう。

 退院を間近にして、退院後の「血糖値」管理のために、この間貸与されて使い続けていた「血糖値測定器」を購入する手配をした。
 この器具は、優れモノであり、自分は一目惚れしてしまった。指先に、ほとんど痛みを感じさせない針穴を作り、仁丹の粒ほどの血液を出し、これをセンサーで吸い取り、直ちに血糖値を計算して表示するのである。
 今回の入院治療での成果のひとつは、この優れモノに出会ったことであった。とかく、食事療法と運動療法と言っても、いろいろなことが渦巻いている「娑婆」に戻るならば、ルーズにならないとも限らない。その時、この「血糖値測定器」がシビアーに「数値」としての警告を与えてくれるならば、初心に帰れるからである。今後、生涯(?)こいつを「小姑」として保持していこうと考えたのである。
 ただ、これを購入しようとしたところ、定価はセットで二万円以上して、それはそれでしょうがないのだが、「健康保険」は利かないということがわかった。そんなものかと思ったが、自分は、病院の薬事事務担当者に一言苦言を呈したものだった。
 糖尿病患者がセルフコントロールをするに当たり、これほど有効な器具はないし、今後さまざまな点で医療費財政が悪化することに悩む厚生省にしたって、こんな器具を普及させて、予防対策面から糖尿病患者向け支出を抑制するといった知恵がどうして働かないのか、厚生省は一体自身の役割をまともに考えているのだろうか……、と。
 所詮、犬の遠吠えでしかないことは百も承知だったが、自分の体験的事実から「吠えて」みたかったまでのことである。

 今回、こんなことに限らず、医療現場の一端を覗き見ることになったのだが、本気で問題点、改善点に注意を向けるならばさまざまなことがありそうかな、と予想したりもしたものだった。まあ、こんなことが言えるほどに余裕のある体調だったということになろうか…… (2005.12.27)


 いよいよ第4コーナーを斜になって曲がり切り、直線コースを風切って突っ走っているような感じだ。明日の午前に退院の運びとなったのである。
 昼過ぎに主治医がやって来て、明日は不在だけど退院手続きは済ませておきました、また退院後に通う掛かりつけのK先生向けの手紙も書いておきました、とおっしゃり、がんばってくださいと握手まで求められた。本当にありがとうございましたと、わたしも心からのお礼を言わしてもらった。
 一時は、450〜500という数字の血糖値で、怖い網膜症のことやらインシュリン注射を一生打ち続けるという最悪の事態まで視野に入れただけに、グングンと血糖値が下がり、インシュリン注射どころか飲み薬さえ最低限のもので足りるまでに指導していただいたことが、やはりうれしかった。まあ、自分も、土壇場勝負のがんばりをしたことはした。寒いの何のと愚痴をこぼさず、毎食後の30分ウォーキングを欠かさなかった。
 もちろん、この入院時のスタイルを日常生活の中で継続していかなければ意味はない。まあ、この日誌もマメにつけたことでもあるし、忘れそうになったらこれらを読み返し、この11日間のことを思い出すようにしよう。

 「血糖値測定器」については、最後の最後まであや付きとなった。昨日、病院の前に陣取っている「処方箋薬局S」に取り寄せを頼んだ。その際には、販売価格は定価の1〜2割引きとなるだろうと言っていたのだが、今日取りに行くと、突然に、内部事情を並べ立てて定価販売となる、という手のひらを返した物言いをするのである。それは無かろうと反駁するも、口先勝負の天才のような女性店員はつべこべと言い訳をする。多少勉強をするという言葉が出れば妥協しようとも思っていたのだが、一向にその兆しがない。
 そこで、自分は、「キャンセルさせてもらってもいいですか?」と切り出す。それは構いません、と言うので、これ以上の不快感を避けたいがためにも、「じゃあ、キャンセルにさせてください」と言い残し店を出ることにした。
 大体、病院の真ん前なんぞに陣取る「処方箋薬局」は、その「地の利」を得るために余計なコストをかけてしまっているに違いない。それが、価格サービスを貧弱なものにさせてしまうのであろう。運転免許の試験場に群がる司法書士屋ともども、蹴散らしてやりたい輩だと言える。
 結局、自分は、事務所の近くにある、通常利用している良心的な薬局( 例の漢方薬「丹参(たんじん)」を破格に安くしてくれた店 )まで足を運び、購入することにした。何と、3〜4千円も安く入手することができたのであった。明日には、入院費用のチェック・アウトもあり、約30万円の出費もあることだし、身体の痛い部分はなくなったものの、めっぽう懐(ふところ)が痛くなっているのだから安いに越したことはないわけなのである。

 昨日、相部屋の人が、二人部屋から大部屋に移動し、昨夜は一人となった。何かと「放屁」をもらす人ではあったが、一人となって人気(ひとけ)がなくなると、急に寂しい気配となったものだ。
 が、今日さっそく他の階から新しい相部屋患者が移ってきた。81歳とかのご老人で、心臓が悪いとかである。挨拶をしようとしていたら、これまた、絶好のきっかけが見つかったものである。「囲碁」が何よりの趣味だと判明したからである。
 それというのも、「酸素吸入器」のことで看護士と押し問答をしていて、看護士が、
「しっかりと酸素を吸入しないと、頭が悪くなったらイヤでしょ」
なぞと言ったのである。すると、「囲碁」老人は、言ったのである。
「頭は使ってるさ。『囲碁』やってるからね」
と。
 ウム、そう言うからには余程入れ込んでいるのだろうな、とわたしは受けとめたのだった。一人住まいのウチから程遠くない公民館の一室が「碁会所」となっているらしく、足繁く通っているし、自宅ではパソコンを使っての一人対局もやっているという。
「※※さん、身体を直すにはがんばろうなんて思わず、好きな『囲碁』のことだけ考えていればいいんじゃないですかね。碁敵(かたき)さんも首長くして待ってるはずですからね……」
 もはや半分娑婆の人間に戻りつつある自分は、そんな軽口をたたいたりしていた…… (2005.12.28)


 自宅の風呂にのんびりと浸かり、居間でいつも座っていた場所におさまると、緊張感がほぐれて、ああ入院生活が終わったという実感がわいてきたものだ。TVは、もう年末・年始モードに入ったかのような雰囲気をかもし出しているし、猫たちは暖か座布団の上で身を寄せ合って眠っている。―― それにしても、犬と違って猫というものは、ご主人さまが長い不在から戻っても知らん顔をしているところが小憎らしい。
 日常生活の延長線上に戻ってみると、それにしてもよく十日間、「眼をつむって」やり過ごしてきたものだと、ふと、感じた。人というものは、やるしかないと思い定めるならば、そのモードに従ってこなすものなのかなあ、なんぞと大して意味のないことを考えたりした。今回の入院騒動は、自分にとってはまさに二十数年前の「13日間地獄の特訓」の再来のような感じであったかもしれない。もちろん、まったく内容も異なれば、辛さの水準も雲泥の差ではある。しかし、年齢も違えば、自分を甘やかしてきた日常生活の澱(おり)のまつわり付き度合いも当時とは異なっている。
 しかし、身を「捕縛され」、自由を「奪われる」点や、所定の結果が出るまでは「解放されない」という点などにおいては顕著な共通点があった。また、自身のことだけではなく、否応なく周囲の人々の苦痛とその闘いぶりを眼にしなくてはならない状況もよく似ていたかもしれない。そうした点では、身体の方ばかりではなく、感性がリフレッシュされたのかもしれない。自分よりも、はるかに不利な環境で、辛く切ない境遇に甘んじている人たちが少なくないことも実感として受けとめざるを得ないからだった……。

 退院後は、家内にクルマで迎えを頼み荷物を持ち帰ってもらい、自分は、程近い事務所に出向くことにした。もう今日から冬季休暇が始り、誰もいないことはわかっていたが、やり残しの仕事もあったからだ。早く日常生活の感覚に戻るためには、やはり事務所の自分のデスクに就くことが手っ取り早いという思いもあった。生活スタイルの改善という課題はあるものの、いつまでも病人生活に浸っていていいわけはない。現実の課題と、新たな課題とをどう調整していくのかをスピーディにやり遂げなければならない。
 日の明るいうちに仕事を切り上げたが、よし今日は歩いて帰ってみよう、という衝動に駆られた。早足でも一時間はかかる距離である。ただ、入院中も毎食後には30分のウォーキングを欠かさなかった「病人」であったから、歩くことは厭わない心境ができあがっている。そう言えば、退院時に、見送ってくれた看護士が、
「運動(ウォーキング)の姿がなかなか様になっていましたよね」
と言っていたことが思い起こされた。

 帰路の途中、さらに旺盛な気分が盛り上がり、ある事を考えついた。
 以前から考えないわけでもなかったのだが、クルマ通勤を必要最小限に抑制して、チャリンコ通勤にチャレンジしてみようかという案なのである。ただ、通勤経路にはやたらに急で長い坂があり、シフト・ギアをつかっても大変なことは経験していた。
 で、この際、坂道の際に「支援」してくれる「電動チャリンコ」を起用しようかと思った次第なのである。女性や老人向きであることは百も承知しているし、できれば通常のチャリンコをウチの若い社員のようにかっ飛ばして使いたいところではあるが、それは「継続しない」ことに帰結するに違いないと思えたからだ。
 そこで、帰り道にある行き着けのホームセンターに寄って、「電動チャリンコ」の下見をしてみたのである。入院費用が予定よりも安く上がったこともあり、思い切って「糖尿病克服ツール」として購入してみようかと考えている。
 これから寒くなる季節ではあるが、クルマに頼りっきりの生活からジワリと抜け出すきっかけになるのではなかろうかと、何となく明るい展望を予感したりしている…… (2005.12.29)


 退院後の一日目は、割りとパワフルに、そして例年どおり忙しく晦日(みそか)を過ごすことができた。
 朝は6時起きで、ホットミルクを飲み、十分に防寒の装いをしてウォーキングに出かけた。やはり、見慣れたコースを歩くと心が安らぐものだ。入院中に歩いたコースはどこか押し着せ的なよそよそしさが否めなかった。この時期、以前にはカモメをよく見かけたものだったが、最近は、どういうわけか白鷺がよく飛来している。今朝も、十羽ほど小型の白鷺たちが川の中央に佇んでいた。これからは朝の冷え込みが強まるものの、できるだけ早朝のウォーキングは継続させたいと思った。

 朝食後は、まだ仕事のやり残し作業があったため事務所に向かう。さすがに、一階の会社もシャッターを閉めて今年の仕事は終えている。8時半から11時過ぎまで無心で仕事に没頭する。時間を区切ったのは、昼前に、家族揃って今年最後の墓参りに行こうということになっていたからである。
 とりわけ、おふくろが今回の墓参りにはこだわっていた。わたしが入院というようなことになったものの、先ず先ずの経緯で済んだことを亡父に伝えたかったらしい。毎回、墓参りの際には、細筆でしたためた般若心経の写経を墓前にお供えするのだが、今日は、二枚もしたためてくる思いの入れようだった。入院したことにも驚きが隠せなかったようだが、順調な退院となったことでよほど安堵した模様である。私の、会社経営が苦しい時なぞについては至って鷹揚な口ぶりであるのに対して、事、私の健康問題についてはわたし以上に心配してくれる。それが、母親というものなのかと、何やらありがたさを感じたりした……。

 午後、昨日目星をつけておいた「電動チャリンコ」を買いに出かける。ホームセンターは、年末の客でごった返していた。駐車場も満杯状態で、外の道路に列ができている。
 自分は、まだチャリンコ愛用者になったわけでもないくせに、クルマ依存者たちに若干冷ややかな目を向けたりする。そんなことしてると、やがて「糖尿病」やら成人病やらに足元をすくわれることになりますよ、と言わぬばかりの視線であっただろう。もう「クルマ非依存型」にでもなったかのような心境でいるのだから、気が早過ぎるはずだ。
 「もうちょっとまかりまへんか」と、店の者に挨拶代わりに値切ってみたがムダであった。安くされた値札どおりで買うつもりであったので、どうということなく購入することにした。乗って帰れるようにペダルを取り付けたり、包装を剥がしたりしてもらっている間、店内の他の箇所を見て回る。歩き慣れたウォーキングのコースではないが、このホームセンターには何かと顔を出すので、ここもまたブラブラ見て回ると心安らぐものである。

 展示中の「電動チャリンコ」は、バッテリー充電がなされていないため、帰路に「電動」の威力を確かめることはできず、多少落胆したものだった。しかし、「新車」にまたがっていると、つい先頃目にした小さな子どもが、おそらくはクリスマスにプレゼントされたのであろう「新車」にまたがってうれしそうにチョコチョコとこいでいた光景を思い起こした。あの子どものようにはうれしがれないのは言うまでもないが、何やらちょっとしたわくわくした気分になれたのはおかしかった。
 そのわくわくした気分に実体が備わったのは、バッテリー充電が完了して夕食後に試乗した時であった。どうせだからと、通勤経路にある「坂道の難所」まで走らせたのである。すると、実に快適に登り坂を快走できたのである。それも、当人のプライドを傷つけることのない「電動支援ぶり」だったのだ。決して、バイクのような手放し、いや足放しと言うべきか、エンジン依存というのではなく、足でこぐ意志を尊重しつつ「アシスト」してくれるという巧みさなのである。
 今まで、この種の自転車については気にとめていたが、一体どんなメカニズムでどの程度の乗り心地なのかは想像できなかった。こがなくとも走るというような、「人力非依存型」―― どうも「インシュリン非依存型」という言い回しがよほど頭に残っているようだ ―― であっては自転車の意味がないと決めつけていたものだった。ところが、これはそうしたものでもなく、自分でこぐそのパワーを増強してくれるという、まさにそんな感じであり、十分に「運動」効果が配慮されているのだった。わたしは、思わず「こいつはいい!」と感心させられた。
 飽きっぽい自分であるからいつまで感心しているかはわからない。だが、しばらくは通勤時に愛用して、運動不足解消、健康増進、体重減少、体力増強と欲張ってみようかとホンキでわくわくし始めたのだった…… (2005.12.30)


 今年を振り返り言うべきことがあるとすれば、二つ。
 その一つは、ますます言葉が実体からかけ離れて宙を舞う様相が深まったということ。もう一つは、自分も含めて、人が自分自身のことだけに捕われ、人間関係の空転が度合いを深めたこと、を挙げてみたい。

 相変わらず「情報(化)社会」の功罪についてこだわり続けてきたが、今年ほど、その「罪」の部分が顕著であった年はなかったという印象を抱く。言うまでもなく、それは、「コイズミ・ポリティックス」において象徴的であったはずだ。
 笑わせるのもいい加減にしてくれと言うべきであった「改革を止めるな!」というフレーズが指し示すまやかしのことである。だが、その言葉のイカサマよりも恐ろしい事実は、それを無批判に受け入れてしまった少なくない国民がいたということであろう。
 言葉を「悪用」する輩はいつの時代にも存在し続けた。しかし、健全な時代では、そのイカサマぶりが大なり小なり暴かれてきたはずであった。そこには、言葉とそれが指し示す実体との一体性を守ろうとする人々や勢力が健在であったということになる。
 ところが、昨今、特に今年は、言葉のイカサマを天才的に駆使する者たちが登場したとともに、その天才たちに易々と迎合する受け手たちが、結局多数派を占めたという、何とも嘆かわしい事態が生じたわけである。
 さらに、翻って考えてみるならば、政治領域で表面化したこの傾向というものは、決して政治領域特有なものなぞであるわけがなく、他の経済事象、社会事象と密接に関係しつつ、時代の根深い傾向が突出したということだと解釈される。
 というのも、危険な実体が、表面的な安全という言葉で塗り隠されてきた問題が、「耐震強度偽装問題」で明るみに出されたし、度重なる「JR脱線事故」でも露わになったからである。
 また、頻発した「幼女殺害事件」にしたところが、「事件」の初発はより騙し易い「幼女」たちを巧みなイカサマ言葉で誘ったに違いなかろう。犯人の言葉巧みさは、時代が孕む言葉の軽やかさの風潮によって補強されていたのだと想像できる。
 まさに、『「うそつき病」がはびこるアメリカ』とシンクロナイズするかのように、この国はイカサマ言葉という「うそつき病」が国中にはびこってしまった今年であったわけだ。

 先日、また「夜回り先生」こと水谷修さんのドキュメンタリーをTVで見た。今回、印象的であったのは、「リストカット」がやめられない子どもたちに、水谷さんが単刀直入に諭していた言葉であった。
「君は、自分以外の誰かのことを考えたことがあるかい? 誰かのために何かをしてあげたことがあるかい?」
であり、さらに遡る表現としては、
「リストカットをするならば、隠れてするんじゃない。人の前で、親の前、先生の前でしなさい。そうでなければ何も始まらないんだよ」
という言葉であった。
 つまり、子どもたちの苦痛の原点は、社会にあるとともに、子どもたち自身も「自分のことだけを考える」習性にはまり込み、他人のことを考えず、もちろん他人との人間関係を遮断するところにあることを、水谷さんは怜悧に凝視しているのである。
 すれっからしとなった現代の大人たちは、まったく同じ状況の中にいながらも、マヒした感性がゆえに「リストカット」の代わりに、サバイバルのために強いられた「コストカット」を営々として推進しているのであろう。「鉄筋」の数を半分にする殺人的な「コストカット」である。刃(やいば)は、反転して自己から他者へと向けかえられてしまっているわけだ。
 が、それにしても、「自分自身のことだけに捕われ」てしまっている点は何ら変わらない。そして、この傾向が、今年ますます度し難いものとなったような気配である。
 いや、他人事のような言い方はやめよう。自分自身がこの傾向とその轍を深く刻んでいることが否めないからである。
 今年、自分は、頻繁に健康を害し、痛みを引き受けてしまった。そのたびに、自分の痛みだけに関心を集中させてもきた。まさに「自分自身のことだけに捕われ」たという典型であろう。
 しかも、もう少し熟慮するならば、フィジカルな問題以外にストレスが原因だと言ってみたところで、それを生み出しているのは、大局的に見れば「自分自身のことだけに捕われ」てきたという事実なのかもしれないと大いに感じるのである。
 おそらく、他者とともに感じ、生きるという自然で、健全な姿勢を損なうならば、心身ともにありとあらゆるエラーが発生するのではなかろうかという強い予感がするのである。決してこれは、道徳的レベルや、宗教的ジャンルの話ではなく、広い意味での科学的命題ではないかと推察している。まあ、近代経済学と同地平にある近代科学とは相容れない推察ではあろうが……。

 「良いお年をお迎えください」というような紋切型のご挨拶はさすがに遠慮したいわけである。言葉の危機、個人の危機という、人間にとって致命傷になりかねない大問題が、いつの間にか足元までひたひたと押し寄せてきているのが今年だったからである。そして、この大問題は年明けとともに氷解するとは誰も望めないような気がするからである。
 せめて、昔ながらの「除夜の鐘の音」が、人の煩悩の脇で怯えている智慧や悟りを覚醒させてくれることを祈りたい…… (2005.12.31)