先週に入手した食パンの耳が、今週は入手不能で間に合わせの餌になってしまったからだ。先週は、事務所の近くの、自分の昼食用のパンを求めるショップで、食パンの耳だけが一斤ほど袋詰めされているのを入手したのだった。
が、今週はその "掘り出し物" に出会うことがなかったのだ。ことによったら、こんな不景気な時だから、節約家の主婦が買い求めてしまったのやも知れない。
ウォーキング途中での境川の鯉たちは、先週のことを覚えていたわけでもあるまいに、量的にやや後ろめたさがあったパンやら "せんべい" (どうも、家内の話だとこの "せんべい" には、あの人騒がせだった "汚染米" の工業用米粉が混じっている疑いがあるとかで、自宅の棚の中で未開封のままにされていた代物なのである。人間にとってもさほど問題だとは思えないが、とりあえず鯉たちに与えることにしたのだ)を撒くと、押せや押せやの物凄い賑わいとなってしまったのだ。例によって、カルガモたちまでもである。
先週は、そこそこの量があったため、大多数の鯉たちに行き渡らせることができたものだったが、今朝は、 "あぶれる" ものたちをかなり出してしまったのだ。せっかく、エネルギーを使って勢いよく集まって来てくれたのに、ひとかけらの餌にもありつけないものたちが多く、まあ気の毒な気がしたということなのである。
しかし、こういう推移になってしまうと、鯉たちの身の上になってみると、餌をやったりやらなかったりという気まぐれは禁物なのかもしれないぞ、と気づき始めた。可能な限りあの "20円(!)の掘り出し物" をゲットするようにしてムラのない餌の提供を心がけるべきかと......。
そんなことでふと目を向けたくなるのが、今、政府が実施しようとしている "景気対策" としての政策である。それらは、まさに "ばら撒き" 政策としか言いようがなく、自分が気まぐれで始めてしまった "川の鯉たちへの餌撒き" と大差がなかろう。
もっとも笑ってしまうのは、 "一時金支給" とやらである。確かに、まさに一時的、部分的に消費が刺激される効果がないとは言えまい。しかし、川の鯉でも、寒い冬を控えたこの時期に餌を得ることは越冬のための備えと心得ているはずである。あだやおろそかに遠出をしてエネルギーを消費させてはならないと自覚しているかもしれないのだ。
つまり、現在実施される "一時金支給" にしても、消費に直結する効果よりも、迫り来る生活不安に備える(貯蓄!)と推測されるのが順当なのではなかろうか。
まして、首相の口ぶりでは、その代わりといった調子で "3年後の消費税率引き上げ" がセットされている。消費拡大をにらむのであれば、なぜ消費意欲を損なわせる増税案を今テーブルの上に載せる必要があるのだろうか。
"正直な" 首相をアピールしたかったのかもしれないが、 "正直" であるべきは、政府の "身内" である "行政機構" における "ムダ" や "不要不急" のカネ遣いに対してなのではなかろうか。 "消費税率引き上げ" 議論なんぞは、そうした税金の "水漏れ" が修理され、なおかつ "間接税" における "不均衡" さが是正されてからの話であろう。
米国でさえ、オバマ氏の視野には、深刻化する "格差社会" における "間接税" のあり方の見直し(優遇されている富裕層!)政策が浮かんでいるというではないか......。
今日、とあるショップに出向くと、早くもクリスマスソングが店内放送で流されていた。 "♪主は来ませり~、主は来ませり~......♪"
格段と厳しい年末、そしてどこまで続いていくのかが見えない暗く長いトンネル......。人々が待ち望む "救い" とは、目先の苦境の解決であると同時に、希望が持てる、持続する安定した社会ということなのではなかろうか。先が読めないからしかたがないと言うのであれば、そんな "先が読めないような社会環境・時代環境" の構造変革にこそ着手すべきなのかもしれない。オバマ氏はそんなビジョンの一端を描いているのかもしれないではないか...... (2008.11.01)
コメントする