おかげで、いやというほどいろいろな夢を見ることになった。まあ、昨今は気の利いた夢を見ることはほとんどない。
大体、覚えているものは、明け方近くの夢であり、昨晩の夢も良く覚えているものはその類である。
どうも "京急" を利用して横浜方面から品川方面に向かっているようだった。車内の空いた座席を探していたようだが、しばらくは見つからない。やがて、ようやく見つけて "ヨッコラショ" と腰掛ける。
しばらくして、ふと隣の座席の方に目をやると、 "厄介な光景" を目にすることとなるのだった。
それはそうと、座席はいつの間にか、通勤電車ふうではなく、4人が向かい合って座る列車ふうのものになっていた。座席を探していた時には通勤電車ふうのものであったのが急遽差し替えられていたのだが、まさにこの辺の脈絡のない流れというものが夢の特徴である。
で、 "厄介な光景" というのは、窓側に落ち着いて座っている若い男が、何食わぬ顔をして "咥えタバコ" で喫煙していらしたのである。
自分は、何という傍若無人の輩かと思い、いくらなんでもこれを見て見ぬ振りをするわけにはいくまい、と思った。が、そうした注意をしたために、物議をかもし、いきなり "ブスリ" と刺されるというありがちな事例を思い浮かべざるを得なかった。
ここは、注意の仕方を工夫すべきかもしれないなぁ、と一瞬考えてもいたようである。そして、そんなことを仕出かすような男かどうかを吟味すべく、相手の顔つきを確かめたりする。
幸い、その男は決して "頬に傷" を持った人種のようではなく、大人しそうなサラリーマン風の感じであった。とは言っても、昨今は、見た目だけでは判断できず、虫も殺さぬような顔で "ブスリ、ザクリ" とやってのける "新種" もいらっしゃるようだ。
注意をすること自体は "固く心に決めていた" 自分としては、さぁて、どう切り出すかが問題だと思案する。そして、ここは、映画・TVでおなじみの "交渉人(ネゴシエイター)" のごとく、相手を刺激せずに、どちらかと言えばやや "持ち上げ" 気味で迫るのが正解かもしれないと夢の中で考えているようだった。
が、何せ夢の中なので実のところ結局どんな言葉で迫ったのかは定かではない。
『お見受けしたところ、立派なお仕事をされている方のようですが、そうしたお方が、車内で喫煙されるようなことはご遠慮された方が良さそうですよ......』
とか何とか言ったのかもしれない。
ただ、上下に開閉する窓の戸を数センチほど上げて(いつの間にか、 "列車" ふうの状況に変わっていたことは前述のとおり)、そこから、吸いかけのタバコをお捨てなさい、と促したことは薄っすらと記憶に残っている。
どうも、その男は、そうした運びにあえて逆らうこともなく、苦々しい顔つきはしていたようだったが、言うとおりにしたのであった。
という、ただ単に "取り越し苦労" としか言いようのない夢だったのである。
そんなことがあって何となく気分を害した自分は、その電車を降りたようだった。そこから次の電車を待つというような、そんな "二幕目" の夢が始まっていたのである。
ところが、ここでまた "厄介なこと" に遭遇することになったのだった。何と先ほどの電車が "終電" であり、次の電車は朝まで無いということだったのである。
で、自分はこうなったら線路伝いにでも歩いて行くしかないな、と "短絡" するのだ。タクシーを拾うなり何なりの方法が、夢の中では思いつかないというのが情けない。
とっぷりと暗くなった道をとぼとぼと歩く自分であったが、そのうち、またまた別の "取り越し苦労" が始まっていた。
待てよ、自分は "京急" で品川方面に向かっているわけだ。となると、当然、あの六郷川(多摩川下流)を渡らなければならない。この夜更けに、 "京急" の鉄橋を渡るっていうことかぁ? 勘弁してもらいたいなぁ......、と。
すると、やがて自分は六郷川の土手に行き当たることになる。そして、恐々と土手越しに川幅の広い六郷川に目をやると、そこには真っ暗な空間に広がる不気味な川が見えてくるのであった。
どういうものか、 "夢に現れる川" の相貌はいつも不気味であり、そして奇妙な恐怖感をかもし出している。かつて、よほど怖い経験をして、深層心理にそんなものを刻み込んでいるのかもしれない。
というところで、わけのわからない夢に "見切りをつけて" 目を覚ますことになった次第なのである。風邪気味で早く床に就いたからといって、こんな "取り越し苦労" の夢を見ていたのでは休養にはならなかったのかもしれない...... (2008.11.19)
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