かつて佐々木俊尚氏は『電子書籍の衝撃』( 2010.03 ディスカヴァー携書 )の中で、"電子書籍" の本質は "『アンビエント』" という言葉で照らし出せると書いた。
< 多くの人気書籍をラインアップできている。
読者が議みたいと思う本、あるいは本人は知らないけれど読めばきっと楽しめる本をきちんと送り届けられる。
そうした本をすぐに、しかも簡単な方法で入手できて、その時々に最適なデバイスを使い、気持ちよい環境で本が楽しめる。
つまりは本を取り巻く環境を、最もよいかたちで提供できるところが最終的に電子ブックリーダーの戦争に勝つということなのです。その購読環境さえ素晴らしければ、リーダーの製品そのものの完成度などはっきり言って重要ではありません。>
そして、<「電子ブックによって本は『アンビエント』化する」>と述べたが、引き続く "電子書籍戦争" は、まさにこの "『アンビエント』化" を基軸にして展開されてきたと言えるだろう。
なお、この "『アンビエント』" という言葉の含意は、"UX(ユーザエクスペリエンス)" という言葉と多くが重なると見てよい。
UX【ユーザエクスペリエンス】
ある製品やサービスを利用したり、消費した時に得られる体験の総体。個別の機能や使いやすさのみならず、ユーザが真にやりたいことを楽しく、心地よく実現できるかどうかを重視した概念である。
UXは、認知心理学者でApple Computer社(当時)に勤務していたDonald A. Norman博士の考案した造語と言われている。操作感や使いやすさといった「ユーザインタフェース」「ユーザビリティ」という概念は個々の要素やその振る舞いに着目して使われることがほとんどだが、UXはより包括的な、一連の操作から得られる体験の総体を意味する概念である。
UXと密接に関係するもので同博士が発表した概念として「ユーザ中心設計」がある。これは、ユーザにとって何が望ましいかを検証しながら開発を進めることによって、製品がユーザにとって使いにくいものにならないようにするための考え方である。
ちなみに、Microsoft社のWindows XPの名称の由来となっているのは、UXの「experience」である。現在では、UXという言葉は、インターネットやコンピュータの分野だけでなく、幅広いビジネスの分野で使われている。「UX」と略称で表記されることもある。( IT用語辞典 e-Words )
さて、つい最近、電子書籍サービス "楽天コボ" がスタートした。その印象はさまざまで、評価は分かれているようだ。
下記引用サイト記事:アマゾンの引き立て役になりかねない楽天コボ カギは「UX」の追求 編集委員 小柳建彦/ITトレンド(日経産業新聞)/2012.08.02 では、上記の "UX(ユーザエクスペリエンス)" という視点に立って、その "楽天コボ" についてレビューしている。
かなり "切れ味の良い" 批評ではないかと思えた。電子書籍サービスにとっての "勘所" がしっかりと見据えられているからだ。
<米アマゾン・ドット・コムが1995年にインターネット上の書店としてサービスを開始したとき、まず人々をとらえたのがその使いやすさだった。もっと分解すると、ウェブサイトの各ページの設計、ブラウジングによる本のショッピングのしやすさ、検索による本のみつけやすさ、各書籍の各種情報の充実度、商品の価格と購入決済のしやすさなどなど、多くの要素で構成される使いやすさだ。ウェブ上の店に来店した瞬間から、本を買って届くまでの一連の体験全体、つまりUXが優れていた。>
"UX(ユーザエクスペリエンス)" の向上ばかりは、"研さん" とし言いようがないものを積み上げなければ装備できないのかもしれない......。
アマゾンの引き立て役になりかねない楽天コボ カギは「UX」の追求 編集委員 小柳建彦/ITトレンド(日経産業新聞)/2012.08.02
楽天の電子書籍サービス「kobo(コボ)」がスタートでつまずいた。閲読端末「kobo Touch(コボタッチ)」の初期設定が滞ったり、電子書店「koboイーブックストア(コボストア)」での和書の品ぞろえに批判が出たり、楽天や三木谷浩史社長の反応にさらに批判が広がったりと、悪循環に陥った。
だが、koboの実力が本当に問われるのは利用者が増えるこれからだ。実際に使ってみると、本質的なUX(ユーザー・エクスペリエンス=利用者体験)にこのサービスの最大の弱点がありそうだ。「打倒アマゾン」を全社的スローガンに掲げる楽天だが、日本向けkoboの開業がかえって電子書店としてのアマゾンの強みを引き立てることになりかねない。
コボストアで本を買おうとしてまず面食らうのは、一般書籍とコミックが混在し秩序もなく並んでいることだ。......
正直な感想を言おう。このサービスはまだ開発途上だ。ITの世界でいうとβ(ベータ)版よりかなり手前の段階にあるといわざるをえない。この状態で本番商用稼働させた楽天の勇気には驚くほかない。
米アマゾン・ドット・コムが1995年にインターネット上の書店としてサービスを開始したとき、まず人々をとらえたのがその使いやすさだった。もっと分解すると、ウェブサイトの各ページの設計、ブラウジングによる本のショッピングのしやすさ、検索による本のみつけやすさ、各書籍の各種情報の充実度、商品の価格と購入決済のしやすさなどなど、多くの要素で構成される使いやすさだ。ウェブ上の店に来店した瞬間から、本を買って届くまでの一連の体験全体、つまりUXが優れていた。同社が創業以来何年も債務超過を続けているあいだも株式市場が見捨てず一定の時価総額を維持させ続けたのは、投資家や投資銀行のアナリストが実際に使ってみて直感的にサービスの競争力の強さを感じていたからに違いない。
消費者の立場に立ったUXに対する徹底したこだわりが、同社が電子商取引(EC)サイトの世界最大手に君臨し続ける原動力となっている。ECだけでなく、クラウド上でITインフラを提供するアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)が、ウェブ上でサービスを提供する際の標準的なインフラの選択肢として世界に浸透したのも、料金を含むUXの競争力が原動力だ。
アップルが倒産寸前の状態から復活し、時価総額世界一まで上り詰めた最大の要因も総合的なUXの追求だった。iPod(アイポッド)という端末とiTunes(アイチューンズ)というパソコンソフト、そしてiTunes Store(アイチューンズ・ストア)というネット上の音楽店を組み合わせ、ネットで音楽を見つけ出して購入し、端末に入れて持ち歩いて楽しむという一連の体験の心地よさを総合的に追求してきた。その延長線上に現在のiPhone(アイフォーン)やiPad(アイパッド)の好調がある。
コボを使ってみると、ついついアマゾンやアップルの考え抜かれたUXの水準の高さを思い起こしてしまう。取扱点数や端末の価格でアマゾンに対抗しようという楽天のチャレンジ精神は大いに買いたいところだが、「打倒」を叫ぶ前にもっともっとUXについて研さんを積まないと、アマゾンが今秋「キンドル」を日本でスタートさせた際、コボはかえって引き立て役になってしまうだろう。
( アマゾンの引き立て役になりかねない楽天コボ カギは「UX」の追求 編集委員 小柳建彦/ITトレンド(日経産業新聞)/2012.08.02 )
( ※引用者注 ―― 文意を損なわないよう留意して割愛しています。)
"電子書籍" とは、"UX" 即ち、<操作感や使いやすさといった「ユーザインタフェース」「ユーザビリティ」という概念は個々の要素やその振る舞いに着目して使われることがほとんどだが、UXはより包括的な、一連の操作から得られる体験の総体を意味する概念>によって "インスパイア" される商品のようである ...... (2012.08.03)
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