yasuo hirose: 2008年10月 アーカイブ

 皆が財布の口を締めようとしているようだ。わずかでも安く買えるところを必死で探してもいる。
 こうした雰囲気は、これまでのどんな時期よりもよくわかる。共感もできる。そうでもしない限り、生活が成り立たない、というところまで来ていそうだからだ。
 自分も昨日、 "一割引サービス券" を持って、とあるホームセンターで買い物をした。以前に、月末の昨日、今日だけに有効な "サービス券" をもらっていたのでそれを活用したわけだ。何をいくつ買っても、 "一割引" となるというのは有難さがあると思えた。店側にしても、ただでさえ利益の薄い商いであろうに、必死なのだろうと思う。
 振り返ってみると、今までにも何度もこの種の "サービス券" をもらった覚えがあるが、今回は妙に感じ入って活用させてもらった。それほどに、現状の "不景気感" はただ事ではなく、おまけに今後は改善されるどころか逆に想像できないような悲惨な状況が訪れようとしているようなので、そんなことになったのかもしれない。



















 やはり "為替" 変動に振り回されている、ということなんですね。
 今日は、 "98円台の円安" で、それで日経平均が "9000円台" に納まることができた。まさに、実経済やファンダメンタルズとはほとんど無関係に株価が変動するということのようだ。
 したがって、これで "底打ち" したとか "回復基調に入った" とか言うことは全然できないはずに違いない。
  "為替" 変動はほとんど予測不可であり、またまた "ドル売り・円買い" の動きが出てくれば、それが株価に反映されることになるのだろう。
 まして、 "金融危機" が生み出された構造はまだまだ改善されている状況ではなさそうである。恐らく、現在の "為替" を変動させているグローバルなマネーは、今、瀕死の重傷の中で、被害を少しでも小さくしたいともがき、右往左往しながら "通貨" の移動をしているのだろう。それも、長いスパンでの判断なんぞではなく、目先の状況に振り回されながら反射的に "ドル" から "円" へ、そして "円" から "ドル" へと乗り換えをしているのであろう。だからこそ、今日の "円安・株高" は今日現在の事実ではあっても、それを額面通りに受けとめられないように思うわけだ。
  "足を引っ張られる" とは言うが、 "頭を引っ張られる" とは言わない。しかし、相変わらず続く "頭痛(緊張型頭痛)" が、 "フットワーク" ならぬ "ブレーンワーク" の支障となっていることが否めない。
 この "頭痛" が、何かまとまったことを考えようとすることを妨げているかのようなのである。まるで、足にまとわりつくかのようにくどく現れる。ちょいとあることに考えを向けようとすると鈍い痛みが訪れるのだ。
 こんな厳しい環境の時期である。持てる頭脳のパワーを100%発揮したところで十分だとは言えない。なのに、この執拗な "頭痛" は寄り添って離れようとしないのは困る。
 考えてみるに、いわゆる "眼精疲労" というやつが "頭痛" の症状をこじらせているのかもしれない。ふと、そんなことを思った。

 先日、TVの "ニュース・ショー" で、 "いい加減にしてくれよ!" と言いたくなるようなミスをしていた。
 前日の株価、日経平均とダウ平均とをパネルで紹介しながら、ダウ平均の方は一昨日の結果を間違って報じており、キャスターもその場では訂正できずにコマーシャルが入った後でようやくキャスターが平身低頭でお詫びと訂正に至ったのだった。
 自分はすぐその場でミスであることに気づき、開いた口がふさがらなかったものだ。よほどTV局に電話でもしようかと思ったほどである。
 この時期、株価の変動に対してはナーバスとなっている人が多いはずであり、能天気なそんなミスを仕出かすことがとても信じられない思いであった。

 もともと、民放TVの "質" は、現在の株価に勝るとも劣らない低迷ぶりであり、いまさら文句すら言いたくもない。ただ、そんな中で、 "ニュース・ショー" くらいはまだましかと見なしていたのだったが、まざまざと "馬脚" を見せられたような思いがしてげんなりだったのである。
 今、小言めいたことを書いているのは、わけのわからないタレントたちがバカ騒ぎをしている番組ではない。そんな番組は正直言って完全に視野の外にある。 "ニュース・ショー" などのいくらかは気の許せる番組についてなのであるが、それにしても酷い水準だと感じたのであった。

 相変わらず "底抜け状態" の株式市況が続いている。
何でも、<7162円90銭>というのは、<1982年10月7日(7114円64銭)以来、26年ぶりの安値水準>( NIKKEI NET 2008.10.27 )となるようだ。それでもなお、奏功するような打開策は何も打ち出されていない。
 日本の場合、とにかく "円高" (92-3円/ドル)の嵐が辛いところなのだろう。今さら嘆いてみてもはじまらないが、 "外需" 頼みという経済構造が、ここに来て抜き差しならぬ地獄となっているわけだ。

  "外需" 頼みと言えば、日本の場合、 "食糧" に関しても "自給率" が4割という低水準で、現在進行中の "世界同時食糧危機" の荒波をもろに被るかたちにもなっている。まだ、日々の食べ物が入手できないところまでは至っていないものの、現状の "危機" の怖い性格は、たとえ高額を出しても輸入できなくなるかもしれない点だとささやかれているだけに、 "偽装食品" や "汚染された食品" 以上に気掛かりなところであろう。もう既に、世界各地の農産物輸出国が、自国の食糧難に備えて "輸出規制" の方針をどんどんと打ち出しているというから、事態は単なる杞憂ではない水域へと突き進んでいるようだ。

 こうした現象が生まれた経緯というのが、今、世界中がひっくり返る騒ぎとなっている "金融危機" とそれに端を発する経済危機の原因と同根の、過激なグローバリズム経済、市場経済至上主義であることは次第に "共通認識" となりつつあるようだ。
 でき得ることならば、この "共通認識" が "後の祭り" 的な虚しいものとならずに、それに基づいて、世界全体が現状の "危機" から脱出してゆくための "折り返し地点" となってほしいものだと思う...... (2008.10.27)

 自分はどちらかといえば、 "アイディア" が閃くタイプだと自負してきたものだったが、最近はやや無頓着となっている。別に "アイディア" と言っても、それで実用新案や特許を取って儲けられるような代物ではなく、自力救済的に日常的な困った場面でちょっと有難さを感じることができる程度のものである。
 今日は、かねてより "気掛かりであったささいなこと" に対して久々にささやかな "アイディア" を働かせた。

 おふくろは、自宅のすぐ近くで "独居老人" として住んでいる。気ままに暮らしたいという本人の希望でそうしているのだが、80代半ばともなれば本来は一緒に暮らすなどのケアが必要な状況である。
 そこで、自分や姉などが、両方とも近場に住んでいることもあり、出来る限り頻繁に顔を出すことは心掛けている。
 で、 "気掛かりであったささいなこと" とは、もしおふくろが家の中で具合が悪くなり、そして、玄関内側の "ドア・チェーン" が掛かったままであった場合、咄嗟の時にはやや厄介なことになりかねない、ということなのである。最悪は、 "その種の専門道具" を探してきて、その "ドア・チェーン" を切断するというケースも想定される。しかし、そうしたことが発生する状況というのは、 "一刻を争う" 状況であるに違いなく、そんな場合、 "その種の専門道具" を調達する暇も惜しまれるに違いなかろう、と懸念していたのである。

 ウォーキングの際に、今日は川の鯉たちに "特別誂えの餌" を持参した。
 近所のパン屋で入手した食パンの耳を、ご丁寧に "さいの目状" に細かく刻み、鯉たちがのどに詰まらせないように用意しておいたのである。それら全体は体積にすれば一リットルほどはあっただろう。小袋に入れて携えて行ったのである。
 当初、 "量" はやや多すぎるかと懸念したが、どうしてどうして、足りない位であった。というのも、川で見かける鯉たちに "あまねく" 振舞ってやろうとしたら、意外とあっちこっちに棲息していることがわかったからだ。
 そいつ等が、餌を撒き始めると四方八方から鼻ッ面を出してくるのである。どうも、餌の匂いでわかるというよりも、同輩たちが餌にありつくために水面でジャバジャバ騒いでいる様子がかなり遠方にまで伝わるらしいのである。だから、匂いが届くはずのない上流の方から勇んで駆けつける、いや泳ぎ込んでくるのである。
 そして、水面に浮いているパンくずの下は、黒い鯉たちが芋を洗うようにごった返すありさまとなる。

  "底" が次々と抜け落ちて、足場が得られない、といった感触だ。

<日経平均大幅続落、終値811円安の7649円 5年6カ月ぶり安値
 24日の東京株式市場で日経平均株価は大幅続落。大引けは前日比811円90銭(9.60%)安の7649円8銭と2003年4月28日に付けたバブル後安値(7607円88銭)に急接近し、5年6カ月ぶりの安値水準に落ち込んだ。世界的な景気減速で企業業績の悪化懸念が強まる中、外国為替市場で急ピッチな円高が進み、業績悪化懸念から主力の輸出関連銘柄に売りが膨らんだ。リスク資産である株式の持ち高を減らす処分売りが続き、引けにかけて見切り売りも膨らんだ。顧客の解約に備えたファンドの換金売りや、信用取引の追加保証金(追い証)の発生に伴う個人の売りも出たという。前日大引け後に今期業績予想を下方修正したソニーが大幅安となり、市場心理全体が悪化した。......>( NIKKEI NET 2008.10.04 15:10)

 以前から、人の "泣き、笑い" について興味深いことが言われていた。もちろん、人は、楽しかったり可笑しかったりするから "笑い" 、寂しかったり悲しいから "泣く" わけだ。だが、その "逆もまた真なり" 、という点への着眼が興味深いわけなのである。

 子どもの頃、TV番組のニュース・ショーであったか、とある "指圧師" が、わざと "笑う" ことの効果をアピールして、皆でご一緒に笑いましょう、というのがあったかに覚えている。確か、その際、<指圧のこころは母心、押せば命の泉湧く......>といったセリフを口にしていたようだった。その指圧師の円満な風貌と押しの強さ(指圧師だから当然か?)は、それなりに説得力を持っていたようだ。
 また、自分は "落語" が好きなのだが、しばしば耳にしてきたのは、 "笑う" ことは身体に良いことであり、健康の元であるという点である。
 これらの背後には、多分、上述の "逆もまた真なり" という点が潜んでいそうである。つまり、わざと "笑う" 表情や動作は、あたかも "楽しかったり可笑しかったりする" 身体の状態や脳の状態を誘発するようだし、また "泣く" 表情や動作は、あたかも "寂しかったり悲しい" 身体の状態や脳の状態を誘発するようだ、という点のことである。
(今、唐突に思い起こしたが、食べ物についても同様のことが発生するようであり、やむを得ず "即席ラーメン" などを食べ続けると、いつしかそれが "好物" となってしまう現象が生じるとか......)

  "前頭葉" でいくら自身に望ましいことを命じてみたり、願ったりしても、なかなか事が上手く運ばないということはよくあることだ。
 しかし、うだつ(梲)が上がらない時、スランプと言えるような時には、どうもその悩ましい轍をしっかりと踏んでいるかに思える。決して他人事ではなく、長らくそんな非生産的な状態を引き摺っている自分自身にしばしば気づかされる。

 よく、 "良い循環に乗る" ことの重要さが言われる。その通りだと思える。何事につけ、 "良い循環に乗る" 状態であれれば、何も自身に対して杓子定規な命令、 "......であるべし" と押し付けることも必要なかろうし、 "......でありたい" と空疎に念じることもないのかもしれない。
 その代わりに、次から次へと湯水のように湧き出る自然なやる気に背中を押されながら、あるいはそれに引き回されるかのように止めどなくアクションが継続するはずだ。そんな実感を覚えていないわけではない。

 何が問題なのかと振り返るに、人間の前向きなアクションというものは、 "......をすべし" という脈絡で生じるものではなくて、何らかの "快楽原則" に則(のっと)って展開するからなのかもしれない。そして、この "快楽原則" は、身体の各部分や、それらと密着した脳の部位がよく知っているのであり、いわば脳の "前頭葉" というような部位は意外と管轄外(?)であるのかもしれない。まさに、 "頭ではわかる" という水準での、形式的なわかり方でしかないような気もするのだ。

 経済状況その他で鬱陶しいことが多々あるのに、持病の "偏頭痛" まではじまってしまい、鬱陶しくてならない。
 先週にひいた風邪の方は、これまでになくあっさりと治ったようで気を良くしている。やはり、禁煙の効果があったかのようでほくそえんでいるわけだ。だが、この風邪治療のために服用した薬のせいなのか、このところ遠ざかっていた "偏頭痛" がズキンズキンという調子でやって来てしまった。
 風邪薬服用のせいではないかと疑っているのは、軽症ではあるが、湿疹というかジンマシンというか、そんなアレルギーにも見舞われてしまったから、その薬類が "偏頭痛" の引き金にもなったのではなかろうかと、推測しているのである。

  "偏頭痛" というものは、脳内血管の血流のアンバランスに起因しているらしいのだが、そのアンバランスはどうもちょっとしたことで引き起こされるようだ。そして、厄介なのは、一般の鎮痛薬・頭痛薬がほとんど効かない点である。経験的には、アスピリンが多少は効くようだが、それほどでもない。そして、この鬱陶しい状態が一週間ないし二週間に渡って継続するのでまさに気が滅入ってしまう。
 以前、とある漢方薬(丹参=たんじん)が効き目のあることを実感したのだが、決して安くはないため、いつしか遠ざかってしまった。何でも、 "血液のサラサラ度" を高める効能があったようである。

 今、こんなに異常な景気状況の中で、 "頭を痛めている" 者はごまんといるに違いない。かく言う自分もその一人であることに変わりなかろう。そんな時だというのに、 "生理的" な頭痛までも背負ってしまうというのは実に情けない話である...... (2008.10.21)

 一昨日、ウォーキング途中で川の鯉たちに餌をやる話を書いた。
 パン切れであってもそれらを必死で追う鯉やカルガモたちがかわいいと思ってのことなのだ。が、もうひとつ気に留めることがないではない。ほんのわずかなお金で買う安いパンでも、彼らは大層ありがたく思う点である。そうした事実に接していると、知らず知らずのうちに狂わされているモノの価値観が、それとなく正される気がするのである。
 高が50円、100円と軽視する生活に慣れてしまっている。あるいは、食べ残しを無造作に捨てる習慣も身についてしまっている。
 そんな時に、これらをひもじい思いをしているはずの動物の餌にすれば......、と考えると途端にわずかなモノの価値が蘇ってくるような気がしたりするのである。

 < "賞味" というアバウトな基準で、それが過ぎると途端に "廃棄" するというようなもったいないことをするシステムがどうも納得がいかない>と、併せて書いた動機もそんなところに潜んでいたのかもしれない。
 ただ、こんなことを考える自分は、要するに "貧乏性" に過ぎないのかと感じないわけでもない。もっと、 "生産的" なことに目を向けるべきであり、 "節約" 的なジャンルに舞い込んでどうする、と気にしないわけでもない。
 ところが、そうではなさそうであることを思い知らされた。もはや、この国にあっては、手放しで "飽食" 現象を傍観しているわけには行かないようなのである。

 最近気になる言葉として、 "方向感(がない)" とか、 "持続性(に乏しい)" という言葉がある。
  "方向感" については、やはり株式市場での株価の動向などでしばしば見受けられる。もっとも現時点は、金融危機、経済不況の煽りで大きくは "下げ・反落" というマイナス "方向" に変わりはなさそうだ。
 ただ、このところの日々の株価変動を見ていても、まるで "ジェット・コースター" のように激しく上下動している。その変動幅が何百ドル、何百円という大きな幅であり、ちょっとした "材料" に対して過敏・過激に市場は反応している。この辺から、市場の動向に "方向感がない" と言われる理由があるのだろう。
 有り体に言えば、金融危機なり、経済不況なりの正体が掴めず、現状認識が極度に揺らぐところから "方向感" のない取引が展開しているということになるに違いない。

 現在、食品問題では "偽装問題" もさることながら、 "賞味期限" についてもかなり騒がれている。
 正直言って自分の場合、あまり気にしない。と言うか、その食べ物が傷んでいるのかどうかは、自身の五感で判断すればいいのであって、製造の日付がどうこうということではないと考えている。まして、 "賞味" というアバウトな基準で、それが過ぎると途端に "廃棄" するというようなもったいないことをするシステムがどうも納得がいかないのである。根が貧乏性だからなのかもしれないが......。

 犬や猫などの動物ではないが、自身の嗅覚などによって判断すればいいじゃないかと思っている。だから、たとえ "賞味期限" 内であっても、寿司などの生ものについてはその傷み方を警戒するし、また、問題なさそうだと判断すれば期限表示を無視することもしばしばある。
 ちょっと余談だが、最近の食品問題で "蒟蒻ゼリー" 加工の菓子がやり玉に上がった。子どもがその食品を喉に詰まらせ死亡するという事故があったからだそうだ。かつて自分もダイエットの観点で食べていたことがあったため、他人事とは思えなかった。と言っても、危険だと思ったのではなく、逆に、えーっ、そこまで他人(製造側)のせいにするのかぁ? という驚きだったのである。親が注意するなり、小さく切って小分けするなりすれば済むことではないか......、と思ったのである。これじゃ、かつて "訴訟社会" 米国で問題となったことと近いようだと。つまり、電子レンジの注意書きに、<猫などのペットを入れて温めないでください>と書く必要があるとまことしやかに騒がれた事例である。要するに、どこか "過保護" な風潮が吹き荒れていそうに感じるのである。

 昼前、病院でのおふくろの診断に付き添うことにした。歳のせいであちこちに支障を来たし、糖尿・胆石のほかに心臓周辺にも懸念される箇所があったのだ。
 先日、胆石に関する定期検査で超音波検査を行ったところ、心臓にも心肥大などの異常のあることが発見され、その精密検査の必要性が指摘されたのだった。すでに、その関係の治療も近くの別の専門病院で続けてきたのであるが、そこではその症状は見過ごされていたようであった。そこで今回、当方側から催促するかたちで検査をすることになったのであった。

 まだまだ "底" が見えてこない、まさに不気味な泥沼状態の経済危機となっている。

< 世界的な株安の連鎖が再び東京市場を襲った。米株大幅安を受けた16日の東京株式市場は日経平均が1000円以上急落する大荒れの展開となった。
 市場が望んでいた米政府による金融機関への資本注入が発表され、世界の株式市場はいったん持ち直すかにみえた。しかし、相次ぐ経済指標の悪化などで実体経済の落ち込みが鮮明になり、不安心理が再燃している。
 市場関係者の多くは、焦点が金融問題から景気後退に移ったと指摘。......>( ロイター 2008.10.16 )

 こうした状況下で、株式動向に関するネット情報にはいろいろなコメントが飛び交っている。まるで競馬・競輪での "予想屋" ふうの記事である。大半が証券会社関係者や経済・株式アナリストたちによるものだ。
 だから、基本的には "聞き流し、読み流す" ことが正解なのだろうと見ている。今、一番、パニックとなっているのが彼らであり、他人さまに説を講じる余裕なぞありはしないはずだからである。
 そんな彼らのコメントの基調は、もうすぐ "底" が見えて来る、いや、そろそろ "底入れ" の兆しのようだ、というものであり、何とかしてその時期を早めたいとの思いから、一般投資家たちの "買い" を煽ろうとするものではなかろうか。
 今日も、 "底値" をねらった "個人投資家たちの買い" が目だっている、と強調する記事を目にした。仮にそうであったとしても、現在の日本株の動向はそんなことでどうにかなるものではなさそうである。日本株の動向は、その比率が3~4割を占めると言われてきた海外勢やファンド関連の"買い" によって左右されて来た。そして、今、それらの主力が一斉に換金売りで逃れている状況である。
 そして、彼らは現在身動きが取れないダメージを受けているため、仮に、株価水準に "値打ち" があったとしても小回りをきかせて対応できる状況ではないとも言われている。だからこそ "個人投資家たちの買い" の小規模な動きが透けて見えるのかもしれないが、そこに膨らみを期待したところで大したことにはならないのではなかろうか。むしろ、まだまだ海外勢やファンド関連による残された清算売りが、株価の足を引くような気がする。

 昼過ぎに郵便局の前を通った際、ATMの入口前に並ぶお年寄りたちの近くで、警察官が1人付き添っているのが目に入った。
 ははーん、これが "振り込め詐欺被害防止集中警戒日" の動員体制なんだな、と気づかされた。

<ATMで警官5万6千人厳戒  振り込め詐欺防止へ
 振り込め詐欺被害を防止するため、全国の警察は年金支給日に当たる15日を現金自動預払機(ATM)の集中警戒日と位置付け、約5万6000人の警察官を動員、ATMに訪れた高齢者らに注意を呼びかけるなどの警戒を始めた。
 警察庁によると、全国に約9万8000カ所あるATMのうち約8万1000カ所に警察官が張り付いたり、巡回したりするという。
 このうち、警視庁は同庁警察官の3分の1を超える1万5000人以上を動員。東京都内約1万2000カ所のATMすべてに警察官を張り付かせた。この日はATMを利用する高齢者全員に声を掛け、被害に遭わないよう呼び掛ける。
 警察庁は10月を振り込め詐欺撲滅月間としているが、特に年金支給日に当たる15日は「被害ゼロの日」として、集中した警戒をするよう全国の警察に指示していた。>(2008/10/15 08:25 【共同通信】)

<日経平均急反発、終値1171円高の9447円 過去最大の上昇率
 14日の東京株式市場で日経平均株価は急反発した。大引けは3連休前の10日比1171円14銭(14.15%)高の9447円57銭で上昇率は過去最大。10日までの7日続落による下げ幅(3091円)の4割近くを戻した。欧州各国による金融機関への公的資本注入や、金融危機打開に向けた米政府の追加対策観測などを受け、欧米金融機関の連鎖破綻リスクが後退するとの期待感が台頭。......>( 2008.10.14 NIKKEI NET )

 底なしに見えた株価下降が、 "一時的" にせよ食い止められた観のあったことは喜ばしい。ただ、今回の事態の推移が果たして有効なターニング・ポイントとなるのかどうかは定かではないと言うべきだろう。
 ことさらに悲観視することもないが、かといって、応急的なかたちでの公的資金投入という暫定措置とこれに向けた市場の<期待感>などで積み上がった状態を、そう手放しで喜ぶわけにはゆくまい。
 この<急反発>を "砂上の楼閣" だとまでシニカルに見ることもなかろうが、逆に、この<急反発>の実際的な根拠を吟味して掛からなければ "一歩前進、二歩後退" とならないとも限らないような気がしている。

 情けないことに、この三連休は風邪治療のための "静養" に費やしてしまった。
  "静養" というと大袈裟に過ぎるが、これまでひいた風邪の経過からすると、ぐずぐずと二週間も長引いたりすることさえあった。呼吸器系統が必ずしも強くなさそうなのである。そこで、ここは "短期決戦" で済ませようと目論んだのだった。
 今回の場合、 "勝算" があるとすれば、すでに "禁煙" をしていることである。そのことで、きっと "治り" が早いのではなかろうかという希望的観測は先日にも書いたとおりである。いや、そうあって欲しいものだと思っている。
 毎回、熱の出ることはないのだが、咳き込み方が酷い方だ。今回も、相応のクスリを服用しているにもかかわらず、その効き目は頼りない感じである。
 最近ますます、人の病というものは "気" (マインド、神経系......)のバランス不調から生じると考えることが頻(しき)りである。その視点からすれば、ストレス過剰な昨今は、まるで病の "地雷" が埋め込まれたエリアを歩くようなものなのかもしれない。
 とにかく、 "気" を養うことに留意すべきであろう...... (2008.10.13)

 これから、 "氷河期" のような経済状況が何年続くのかと考えるとゾッとさせられる思いである。押し寄せて来るであろう悪条件、悪環境の実相が的確に掴めないのが何よりも不気味である。
 だが、さらに不安材料となるのは、環境がどうなって行くのかについて、自分自身も含めた多くの者たちが、知識や姿勢などにおいてほぼ "丸腰" 的な状態に置かれているのかもしれない、という点なのである。進行している状況、来るべき状況に対して、真正面から対峙していくのに "スタンバイOK" とは全然なっていないということ......。

 この現時点での "経済危機(金融危機)" に至る前から、時代環境の悪化はおびただしいものがあり、たとえば、すでに高齢化時代に突入してしまい "年金問題" や "医療危機" の問題の深刻さはもっと国民的規模で凝視され、 "騒がれ" ても不思議ではなかったようでもあるにもかかわらず、今ひつとおさまり返り、 "フリーズ状態" でもありそうだ。
 決して騒げば何とかなるというものでもなさそうだが、逆に、この "フリーズ状態" かのような空気は一体何なのかと正直違和感を感じてしまう。

 結局、ブッシュの緊急記者会見も "G7" も不安で慄く市場の動きを沈静化させることはできなかったようだ。昨日のNYダウの終値は、前日比128ドル安という8営業日続けた反落で反応したようだ。
 いずれも、 "公的資金" を使った、銀行などへの資本注入についての行動計画を表明するものであったが、市場はそのレベルでは納得できなかったようである。
 言ってみれば、出火でパニックとなっている者にとって、通報をしたら、消防署が "了解、消防車を出動させます" という返事をしたということレベルなのかもしれない。どのくらいの待ち時間があるものなのか、途中の交通渋滞をクリアできるものなのか、そうした切迫した不安と慄きに対しては若干 "温度差" があった、ということだったのかもしれない。

 経済アナリストたちや識者たちの見解でも、もはやこの時点では "いきなり具体例" を示すことぐらいをしなければ市場の沈静化には至らないのではないかとも囁かれていたようである。
 考えてみれば、世界の投資家たちは事を処すのに常に "スピード感" を持って突き進んできたはずである。いいか悪いかというよりも、そうしなければ投資対象の事態の進展がカバーできないという現実があるのだろう。この辺の事情は、もっぱら加速度を強めるコンピュータのCPU速度にも類比できそうであり、もっとも、現代の金融経済取引が、ITを梃子にして展開されているのであるから当然のことなのかもしれない。

「きっと、 "治り" が早いんじゃないですか」
とは、掛かりつけの近所の医者の言葉だ。
 今年、早くも風邪に見舞われてしまい、近所の街医者に伺ったのだ。
「禁煙をしたのに、甲斐もなく風邪をひきました」
と自分が言うと、
「いやぁー、それは "がんばりました" ね」
との言葉の後で、言われた言葉だったのである。
 別に、禁煙をしたからといって風邪をひきにくくなるというものでもないらしい。自分は、タバコを控えると呼吸器官が丈夫になり、風邪なんぞひかなくなるに違いないと勝手に期待していたのであった。だが、そこまで効果的でもなさそうである。
 年々、風邪のウイルスは "進化" して "競争力" (?)を高めているようなので、それらを撃退するには喫煙を止めたくらいでは何ともならないのかもしれない。
 ただし、 "治り" が早くなるという点については、幾ばくかの期待をさせてもらおうかと思っている。
 人知れず、せっかく "がんばりました" のその結果が、何ら目に見える "メリット" をもたらさないのであれば、いささか拍子抜けの気がしないでもないからだ。
 秋の気配は、戸外のあちこちで漂う "キンモクセイ" の香りだけではない。自宅でも、事務所でも、静かに耳を澄ましていると慎ましやかな "虫の音" がいたむ気分を癒してくれる。
 先ほどから、事務所の窓際でそんな "虫の音" が聞こえている。 "チッチッチッチッ" というかわいい鳴き声 or 羽音を立てている。
 よく聞き慣れた音である。それが聞こえるだけでも相応に味わい深い。が、多少気になるのは、一体何という名の "秋の虫" だろうかという点であった。それがわかれば、なおのこと親しめそうな思いがあった。

 せっかくの "邦人トリプル・ノーベル賞" の目出度いニュースも、その影が薄くなってしまうほどに今日の株式状況はパニック状態となった。日本沈没どころか、世界沈没を思わせるような惨憺たるありさまである。
 日経平均は、一時、その下げ幅が千円にも迫るほどであり、終値では前日に比べて952円安の9203円と、優に一万円を割り込んだ。おまけに、円相場(ドル)も急騰し、とうとう100円を崩すドル安/円高となってしまった。
 目についた状況へのコメントは以下のとおりだ。

<国内株式市場は世界的な換金売りの津波にのまれて、なすすべがないのが現状ではないか。日経平均は今年に入って1月22日以来の大きな下げ幅となっており、市場不安が金融問題の現状を追い越してパニック状態だ。>(東京 8日 ロイター カブドットコム証券投資情報局 マーケットアナリスト 山田勉氏)

<複数の市場筋によると、米国発の金融危機が欧州に波及し、世界的な金融不安になりつつある中、7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)各国からは、具体的な政策が打ち出されず、当局の無策を見透かすように株が世界の市場で売られているという。
 8日の東京市場では、午前の取引に続き、午後に入っても海外のヘッジファンド勢などから輸出筋などの主力株をまとまった規模での売り注文が相次ぎ、いったん2003年8月以来となる9300円割れの水準まで売り込まれた。
 ある外資系証券の関係者は「世界中の参加者が、リスクを回避する行動に出ており、リスク資産をいったんキャッシュ(現金)化する方向にいっせいに走り出している。業績の悪い順番ではなく、業績のよい企業から売るような局面になっている」と話す。>(東京 8日 ロイター 日本語ニュース 田巻 一彦)

 この秋の季節にこそ馴染んでいるのかもしれないが、 "命の幽(かそけ)さ" とでもいうものを感じさせられている。
 幅広い演技力で好感が持てた名優・緒形拳さんが71歳という惜しまれる若さで亡くなった。緒形拳さんの演技で印象的だったのは、先ずはNHK大河ドラマ「太閤記」の主役・豊臣秀吉役であり、そのほかにもいろいろとあるが、映画「砂の器」での生真面目な巡査役もまた実に好印象を与えられたものだ。凄みのある人物像も上手にこなしていたが、概して、地に足のついた男の強さを演じ続けていたかに思う。そんな緒方さんには、今後、歳にふさわしい円熟した大人役を大いに期待していたのだったが、それだけに寝耳に水といった訃報として受けとめることになった。
 今日の株価もかなりの異常事態に違いない。日経平均は一時500円を越す下げの勢いとなり、結局465円下げて1万473円となった。今日のような下げがもう一日続けば、1万円という大台を割り切るという事態に突入することになる。もはや確実に日経平均1万円割れが視野に入っているかのようである。
 週末の米国で、例の "金融安定化法案" が下院を通過したため、株価はいくらかの戻し(反発)があるのではないかとの見方もあったわけだが、さにあらず市場全体は景気状況をかなり深刻視しはじめているようだ。
 つい今しがた、どういうことになっているのかと "幾分かの興味" を持って覗いてきた。
 小雨が降りそうな気配であったが、 "現場" 周辺には、夜店が二~三十店舗ほど設えられ、近所の人たちがそこそこそんな店に群がったりしていた。先ず先ずの秋祭り風景が作り上げられていた。
 実は、この町内の "秋祭り" なのである。家内は、町内会の当番で、子ども御輿周辺の管理ということで、朝一番で現場へ出向き、お役目ごくろうさん、を務めてきていた。

 今日は晴れた秋の日をそれらしく過ごしたかと、ゆったりとした気分で今振り返っている。晩酌のビールでほろ酔い加減となっているのでなおのことくつろいだ気分である。
 やや汗ばむほどに日当たりのよい天気だったが、そんな天候が穏やかな一日をもたらしたのかもしれない。

 最近は家内が親の看護で不在なことが多いため、自分の衣類などは自分で洗濯することにしている。と言っても、今時の洗濯ほどラクなものはない。衣類を洗濯機の洗濯槽に放り込み、洗剤をまぶし、あとはデジタル・セッティングを行えばお仕舞いだ。
 仕上がった洗濯ものをプラバケツに突っ込んでベランダに持ち出し、いつもの洗濯ばさみつきのハンガーにぶら下げてゆけばいい。
 この時、今日のようにカラッと晴れた天候だと、どういうものかとても気持ちが良い。いかにも清潔そうな洗剤の香りが漂うし、ベランダからの景色は、特別なものではないにしても、隣近所の庭の緑などが目に映え、それもまた心地よい。そして、そよそよと爽やかな風が吹いてきたりすると、洗濯もの干しというのも、捨てたものじゃないなぁ、なんぞとほくそえんだりすることになる。まあ、一週間に一度のことであるし、一週間の自分の衣類などは高が知れていることもあり、適度な気分転換以外ではないからであろう。

 ようやく秋らしい陽気となってきた。事務所の近辺も、歩いていると "キンモクセイ" の香りが漂い、これだこれだという心地にしてくれる。
 これで、経済不安だ、社会不安だといった重苦しい状況が、人の頭や心を悩ませないならばどんなにか気分の良い季節かと思う。
 しかし、残念ながら、心地良い天候とは裏腹に、人間界の出来事はどちらを向いても修羅場のごときありさまだ。どうしてこんなに住み辛く、生き辛い生活環境なってしまったのかと、今さらのように嘆かわしく思ってしまう。
 不況と物価高で苦しい庶民にとっては、モノの値段は少しでも安いに越したことはない。だが、気をつけなければいけないのは、安いモノはそれなりの "ワケ" があるという点だろう。
 昨日だったかのTV番組で、 "ワケあり" という付帯条件のついた低価格商品に、結構人気が集まっているという情報があった。例としては、 "割れた煎餅" とか "業務用" に販売していた食品であるとかだそうだ。
 自分も、ネット通販でIT機器やパーツを探す時、時々この言葉、 "ワケあり" につきお買い得! という表示に注目させられたりする。
 その "ワケ" がオープンにされていて、さほど気にするものではない場合には、これでいいかぁ、という判断に至る。例えば、 "バルク" 商品であったり、何らかの都合で一度 "開封" されたとか、パッケージに汚れがあるとか......、ならばよしとしてしまえる。
 しかし、 "ワケあり" と断っていながら、その "ワケ" について説明されていなかったり、機能面に影響が及んでいる場合などは敬遠することになる。
 昨日であったか、現政府の閣僚の発言で気になったものがあった。もっとも、昨今では気にならないものなんぞはないというのが正直なところではある。
 米国での金融経済破綻とその国際的影響に対して、<日本政府が何ができるといって、それは極めて限られている。注意深く見守ることだ......>という意味のことを言っていたかに思う。
 確かに、事態がここまで拡大、炎上して、当事国のブッシュでさえ手に負えないようになると、 "できることが限られる" のは当然なことかもしれない。
 状況安定化に向けた国際協調の意味で、大規模な金融破綻に伴う信用収縮現象に対抗する市場への資金投入といっても、まさに "限られる" はずであろう。
 確かに、ここは、世界経済の "クラッシュ" を回避すべく国際協調的に可能な限りのことをやらなければならないことは重々わかる。

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