2011年10月 アーカイブ

 Twitter や facebook などの "ソーシャルメディア" が強力な組織ツールとなったとされる "ウォール街占拠デモ(OWS運動)" の行方への関心は、もっぱら<ウォール街占拠デモはメッセージがぶれているとの批判をしばしば受けている>(◆参照 エジプト"facebook革命"リーダー"OWS運動"に助言/非暴力!メインテーマ集中!と( 当誌 2011.10.30 )という点に向けられていそうだ。
 こうした事象が、"アラブの春" の国々とは異なった事情を持つ現代の "先進国" ならではの傾向だと先ずは推測できる。以下のような観測もある。

<私の目には、米国のあらゆる層のあらゆる問題に対して改善しないばかりか、ますますおかしくなっていく現状に不満を表明している「複合集積体」のように見える。> 反格差デモと米国など先進国が抱える深い病理[大前研一の「産業突然死」時代の人生論]/nikkei BP net/2011.10.26
 そして、以下のように醒めた目で見ることができるのかもしれない。
<だれかがツイッターやフェイスブックで漏らした不満に多くの人が呼応して抗議デモが形成されているだけなのではないか。これは良くも悪くも現代的な現象と言えるだろう。>(同上サイト)
 ただ、この<良くも悪くも現代的な現象>という部分にこそ関心が注がれるべきだと思われる。

 ところで、こうした事情を抱え続ける "ウォール街占拠デモ(OWS運動)" の「我々は99%!」というスローガンに対して "異論" がぶつけられている。いや「私たちは53%!」なのだとする "保守系サイト" 側からの動きが浮上し、支持拡大を進めているというのである。まるで、上記のような "OWS運動" の虚をつくかのようなその浮上に見える。
 また、"周回遅れ!" で色褪せた "自己責任" 論がやはり出て来たか、という印象でもあるが、むしろこうした "論戦相手(?)" が登場することで、"99%" サイドの構えが練られて行くとも考えられる......。




















 "ソーシャルメディア(ソーシャルネットワーク)" は多様なジャンルで活用され、様々な成果を挙げている。だが、忘れることのできない成果と言えば、やはり "アラブの春" をもたらすこととなった<強力な政治組織ツール>としてのそれではなかろうか。
 その中の、エジプト "facebook革命" の当時のリーダーであったアフマド・マフールが、ウォール街占拠デモ("OWS = Occupy Wall Street")に支援を表明するとともに、今とても貴重だと思われる "アドバイス" を行った、という。
 その "アドバイス" の核心は二つ。一つが "決して暴力に訴えないこと=非暴力!" であり、もう一つは、"細かいことを気にせず、メインテーマに集中してください!" であったと報じられている。
 まさに、"ソーシャルメディア発" の運動家らしく、"ソーシャルメディア" の本質でもある<人々が味方になってくれる>という点に立脚した "非暴力主義!" であり、また、とかく<ウォール街占拠デモはメッセージがぶれているとの批判をしばしば受けている>との点を懸念した "メインテーマに集中!(ぶれないこと!)" すべし、ということかと思われる。
 確かに、"多様なメッセージ、多様な抗議と要求" という色彩に染まっている "OWS運動" であるだけに、運動参加者たちのエネルギーが収斂するためには "メインテーマに集中!(ぶれないこと!)" というアドバイスは的確だと思われる。

 "ソーシャルメディア" というものに焦点を合わせる時、ふと思い起こすのは、"ソーシャルメディア" が依拠する "ウェブ2.0" のうねりの一つの柱である "集合知" という考え方だ。
  "集合知" とは「多くのユーザーが参加して知識を出し合うことで知識の蓄積がどんどん膨らんで行き、最終的に価値のある知識になる。」(http://it.impressbm.co.jp/e/2007/06/22/3)ものだとされる。
 "ソーシャルメディア" も "集合知" であることに間違いないわけであり、"最終的に価値のある知識になる" 、つまり "メインテーマ" に収斂していくのであろう。
 最下段の<◆ 参照 (2)>のような "報道"(<米、最富裕層の所得大幅増 格差拡大浮き彫り>)も加わってゆくならば、"数々の支流" がやがては "一本の本流" を形成していくことになる......。

 "ソーシャルメディア" の話題が絶えない今だからこそ、極めてコンテンポラリーなテーマである「匿名性と実名性」の問題=「ネット上の人格」の問題
 いや、"問題" という表現ではなくて "テーマ" と言うべきかもしれない。"問題" と表現すると、何か "ネガティブ" なニュアンスに囚われて<アイデンティティーが抱える中核的な問題>を見失う恐れがありそうだからだ。

 そもそも人間個々人の "アイデンティティー" とは何なのか? このテーマこそを、ナイーブかつシリアスに問うべきなのだろう。特に、「ネット上の人格」云々が論議を呼ぶ環境であればこそである。真面目くさって言えば、世界(秩序)のために個々人があるのか、(現実の)個々人のために世界があるのか......、に関わる本質的なテーマだからである。
 このテーマを正面切って取り上げたのが、いつも斬新な切り口の記事で "心地良さ" をプレゼントしてくれる "WIRED 紙" であり、その記事の表題は下記のとおり匿名性と実名性:「ネット上の人格」を考えるである。

 この時代環境にあって、一体、"統一感ある確固たるアイデンティティー" を自負できる人がいるのかと問うてもみたい。"多重人格" の問題をあげつらうまでもなく "アイデンティティーの危機" が叫ばれて久しいからだ。
 もちろん、既成社会にとって所属する個々人の "統一体" としての分かり易い "アイデンティティー" という概念が必要なことは十分に了解できる。しかし、個々人は多くが環境の産物、つまり「所属する集団」によって多くが形成されるとするならば、時代環境がとっくにかつての牧歌的な時代の「単一集団への所属」というは事情とは異なっている点に目を向けるべきだろう。
 現在の個々人は、目まぐるしいほど多くの集団に「多重に所属」しているはずだ。そして、当然ながら "個々の集団向けの顔(ペルソナ)" を持たされ、現に持っていると言うべきだろう。それは別に "欺き" という種類の振舞いなのではなくて、そうでなければ社会が混乱するからと諭されているからかもしれないし、また、当人もあながち不本意ではなかったりする。"全部ホントなんです" と言いたいのかもしれない......。

 要するに、元々が現代の個々人は "多面的!な人格" であらざるを得ない環境で生きて生活しているということではないかと思う。"統一体" としての個人の "アイデンティティー" というものは、かなりの無理によってキープされていると見なした方が自然なのかもしれない。
 いや、事のついでに言い進むならば、ひょっとしたら "多面的!な人格" への傾向というものは、時代環境のせいだと言うよりもいわば人間本来の特質だと考えることもあながち不可能ではないかもしれない。成長と発展、可能性への挑戦が特質である人間は、その "機会" さえあれば、"多面的!な人格" 形成を志向する存在なのだ、と言ったら言い過ぎであろうか。
 で、現代という時代、とりわけこれまでにはない "バーチャル" 空間を用意した "ネット時代" は、"多面的!な人格" 形成挑戦への "機会" 提供が一般化してしまった時代なのだ、と考えてみてはどうなのだろうか......。
 こうした時代には、"ネガティブ" な社会現象(犯罪etc.)が発生しがちであることは周知の事実であるが、だからといって<アイデンティティーが抱える中核的な問題>までをも封殺して、"安全地帯" の拡張工事に雪崩込むのは人間として寂しい気がするのである。

 さて、"自分探し" というような "ゆるい" 言葉で悩んでいるつもりのわれわれは、この際、いささか物議を醸すかもしれない視点であっても、"アイデンティティー" というものについてシリアスに考えてみても良さそうでないか。

 企業の "ソーシャルメディア" 対応で最も重要なことは、他のIT事情同様、いやそれ以上に、時機を逸することなく速やかに実践経験を積んでいくことにある違いない。
 それというのも、"ソーシャルメディア" は人の感性に深く関わるものであり、人の感性は "新規性・斬新さ" に大きく揺さぶられるもの! ありふれた事実として色褪せて埋没する前に、速やかに着手して "先行の利" を掴むべきだと思われる。

「突破できる人間とできない人間の違いは、ようするに自分にはまだ経験がないというときに、そこを避けて通るか『とりあえず入ってみよう。何かあるかもしれない』と思うかの違いである。なぜなら最初から成功の道が見えている人間など、今の世界にはいないからだ。」(大前研一『考える技術』)

 そこで今回は、今すぐにでも始められる企業での "Twitter" 作戦に焦点を合わせ、それに見合っていると思われる下記のサイト記事をレビューしてみたい。
 この記事で先ず注目すべきは、Twitterをはじめとするソーシャルメディアは、<「関わるリスク」よりも「関わらないリスク」の方が大きい>と明言している点である。
 ここにこそ、今や "Twitter活用" とは、いつまでも躊躇しているものではなく、"一歩踏み出し、歩きながら考える" といった種類のアプローチだと了解させられる根拠がありそうだ。

―――― < 企業のTwitter活用5つのパターンと始める前の心得(第1回)
高橋真弓(シックス・アパート株式会社)
Twitterをはじめとするソーシャルメディアは、今や企業のマーケティング活動において、無視できない存在になりました。「関わるリスク」よりも「関わらないリスク」の方が大きいと言われるようになり......

■ソーシャルメディアを個人で体験すること

■企業Twitterを始める前に運用目的をきちんと決める

企業でのTwitterの活用目的を考えたとき、次の5つの型に分類できるのではないでしょうか。


【 図:企業のTwitter活用5つの分類とそれぞれの目的 】

企業のためのソーシャルメディア・マーケティング入門――企業のTwitter活用5つのパターンと始める前の心得(第1回)高橋真弓(シックス・アパート株式会社)/Web担当者Forum/2010.08.11

 昨日は、「企業ブログ認知は検索エンジンより"ソーシャルメディア(Twitter)経由"が多い!」という調査結果から、"企業ブログ" への "水先案内(導線)" として "Twitter" に着目し、これを活用することの重要さについて書いた。
 確かに、この事実の重要さは海外の調査結果によっても裏付けられているようである。それを知らされたのは、次のサイト記事であった。今回は、この記事をレビューしつつ、周辺の随伴する課題について検討してみたい。

◆参照 世界のマーケッターが選ぶ企業ツイッター活用術 ~ 9つの超定番/In the looop/2010.03.01

 同サイト記事には、 "アンケート" 結果(<ここには5000人超のマーケッター(B2B/B2Cで分類)への貴重なアンケート調査が満載されている。この中で,Twitterを業務利用したことがあるマーケッターを対象に,実際にどのような手法が効果的だったかがヒアリングされている。> [ 同上サイトより ] )に基づき、企業にとっての極めて実践的な9つの<企業ツイッター活用術>が解説されていて、大いに参考となりそうだ。

 とりあえず、"企業ブログ" への "水先案内(導線)" という "Twitter" の効果について見てみると以下のとおりである。

<効果5位) リンクを含むツイートでサイトへ誘導する
Driving traffic by linking to Web pages
B2B - 35.7% / B2C - 35.2%

最も一般的な利用方法だ。ただし自社リンクだけのアカウントは嫌われるので注意したい。それを避けるためにはユーザーとの個別コミュニケーションを積極的に図ること,またユーザーに役立つ情報をツイートすることだ。腕に自信があるなら軟式ツイートのような個性的なアピールを検討するのも良いだろう。日本ではフォロワー24万人超と最大級のアカウント Yahoo_Shopping を成功例としてお手本にしたい。リーダー長村氏のもと 3名 5名体制(長村氏よりご連絡あり。5名体制になられたとのこと!)で日平均30ツイートを運用している。うち,53%は個別ユーザーとのコミュニケーションに費やし,36%をリンクつきツイート(2009年9月統計)だ。このバランスやのんびりしたつぶやき感は大いに参考になる。> [ 同上サイトより ]


 やはり、"Twitter" の<最も一般的な利用方法>のようである。また同記事には、"Twitter" ならではの "注意事項、留意事項" が記されている。そうした "配慮" の必要性についてはまた別途検討してみたいが、とりあえず "ベテラン" のアドバイスを傾聴すべきところであろう。また、代表的な "国内事例" の紹介、実施上で活用できる<【推奨ツール】>についても紹介されているのでかなり情報価値が高いはずだ。

 "表題" の事実は一見何でもないことのようにも思えるが、企業の Web マーケティング担当者にとっては見過ごせないもののはずだ。
 下記のとおり、"CMS"製品「Movable Type(ムーバブル・タイプ)」で知る人も多い "シックス・アパート株式会社(six apart)" による調査結果として判明した "ちょっとした事実" なのである。
 ブログを含む "ソーシャルメディア" の実態についてはいろいろなことが言われているが、意外と多いのが "憶測・推測" の域を出ないものだ。
 しかし、現時点での企業による "ソーシャルメディア" 対応運用環境は、既に "実践段階" に逢着している。そこで必要な情報は、"確かさ" なのであり、"一般論" や "推論" に勝る "調査結果" が何よりも貴重であるに違いない。

 この調査結果からは、ほかにもいろいろな事が示唆される。が、特に表題のとおりの事実と、しかもこの事実が<インターネット先進ユーザー>と思しきユーザーによって提起されていることに関心を向けてみたい。
 先ず、<インターネット先進ユーザー>が調査対象であった点の意味であるが、これらのユーザーは、いわゆる "アーリーアダプター" 層とも見なされるユーザーであり、他層への影響力が大きいとともに、当該テーマに関する近未来予測に役立つと考えられることが重要であろう。つまり、今後 "一般ユーザー" がこの傾向に追随することが相応に予想されるということなのである。

 次に、特に表題のとおりの "企業ブログ認知は検索エンジンより "ソーシャルメディア(Twitter)経由" が多い!" という事実の意味である。
 先ず、"企業ブログ" についての評価である。
 同じ "ソーシャルメディア" でもブログは、"Twitter、Facebook" などの "fast info" 性( ◆参照 "SNS"スタデイ(2)ソーシャルネットワークは"fast info"のスマートフォン普及が!( 当誌 2011.10.17 ) )にお株を奪われた観がなきにしもあらずであるが、実はそうでもなくて<信頼性のある詳細情報への期待が高く>と見なされている結果が出ている点に注目すべきだろう。

 翻って考えれば、企業による "ソーシャルメディア" の役割は、"露出度、アクセス" の量であるとともに、むしろ ターゲットとなるのは "製品購買" へのスプリングボード機能ではなかろうか。であれば、顧客が "製品購買" のアクションへと踏み込んでもらうためには、ブログなどによる<信頼性のある詳細情報>提供が不可欠のはずであろう。

 ただし、"露出度" や スピーディな "アクセス" という点では、"Twitter、Facebook" が勝る。となると、"両者のメリットが合わさること" が望まれるわけである。
 今回の調査結果の "企業ブログ認知は検索エンジンより "ソーシャルメディア(Twitter)経由" が多い!" という事実は、ここで活きる! ということなのである。
 つまり、企業によるソーシャルメディア(Twitter)対応を、企業ブログへの "水先案内(導線)" として注目し、これに対して緊急対応することが重要である、と。

 
グランズウェル
ソーシャルテクノロジーによる企業戦略
 消費者が商品を購入する際に、企業側からのメッセージよりも顧客同志の "クチコミ" 情報に頼ろうとする傾向は、いつの間にか常識化しつつある。そして、"ソーシャルメディア" の普及(← "スマートフォン" の普及)が、ますますこの傾向に拍車を掛けているのが現状だ。

 もはや、マスメディアによる "大量/画一/oneway" のCМなどが形骸化していることは周知の事実であり、"やらせ" のような "クチコミ" 捏造についても奏功しないどころか、逆にその愚かしさで墓穴を掘る流れにもなっている。

 ここはやはり、環境変化を正確に認識し、事実としての顧客の購買行動の変化に向き合ってゆくしかなさそうではないか。

 今回レビューするサイト記事は、Web マーケティング/ソーシャルメディアによって変わる企業の顧客サポートの姿である。この辺の事情が分かり易く、かつコンパクトに解説されていてスンナリと了解することができた。理論的側面と事例紹介とが調和して述べられている点に好感が持てた。

 要約すると次のようになろうか。

 <ソーシャルメディアの普及によって消費者の購買行動や企業の顧客サポートなどが大きく変わろうとしている>と切り出す筆者は、先ず<顧客の生活や消費行動が大きく変貌しつつある>ことを意味する「大きなうねり(グランズウェル)」という言葉に着目する。
 そして、ソーシャルテクノロジーの普及によってもたらされたこの "グランズウェル" は、いわば二段階(「AISAS」モデル、「SIPS」という新しいモデル)にわたって訪れていると解説する。

 消費者は、先ず "ネット" における "CGM( Consumer Generated Media 消費者生成メディア)" の活用により、<「自分が必要としているコト(情報)を企業からではなくお互いから調達するようになった」>とされる。"ネット" 活用の "グランズウェル" の立ち上がりである。ここでは、サイト "価格.com" が例示されている。(当初の"ネットマーケティング時代の購買行動モデル"「AISAS」レベル)

 その後、Twitter や Facebook などのソーシャルメディアの普及>がこの "グランズウェル" を増幅させ、"ソーシャルメディア時代の購買行動モデル" である「SIPS」レベルへと急速に変貌させたとされる。
 この段階での消費者の購買行動を特徴的に構成するのは、<「共感(Sympathy)」・「参加(Participation)」>であり、企業による顧客サポートもこれらをキーワードにした対策が必要だと強調される。

 また、この段階では、<ソーシャルメディアの出現は、クチコミをリアルタイムで可視化できる環境>となったことから、<クチコミは効果測定や効率判断が難しく、手法としては定着できずにきた>という問題点が払しょくされ、<「顧客の声(VOC)」とどのように関わっていくか>が、企業にとってリアルな課題として浮上している、という。
 <Twitter をリアルタイムで監視・検索して自ら顧客の不満や苦情を見つけ出す>ことで、顧客に<"期待以上のサポート"という価値>をどう提供できるか、そしてそうした "組織体制" 作りが今必要なのだと。

 いろいろな意味で"影響力" が多大な "ソーシャルメディア" とは一体何なのか?
 その姿を追い求めると、一方では企業活動における新しい "マーケティング戦略" の課題に行き着くと同時に、もう一方では今さら言うまでもない "Occupy Wall Street" 運動(← "アラブの春" )に行き当たらざるを得ない
 そして、これら二つの事象の足元には、爆発的に普及し続ける "スマートフォン" の存在があり、その今日的活用形態である "ソーシャルメディア" 空間が横たわっている。
 言ってみれば、これら "二つの事象" は "ソーシャルメディア" という一つの事象における "表情の違い" に過ぎないものなのかもしれない。少なくとも、"二つの顔" という程に異質ではなかろう。"一つの顔" での "表情の違い" と見ておくるのが妥当なのであろう。

 そこで今回は、"闘争" としての表情である "Occupy Wall Street" 運動の方を対象とした。レビューする "サイト記事" は、下記のとおりの『 体制変革運動「Occupy Wall Street」とソーシャルメディア 』(松下博宣氏)となる。
 この記事では、先ず「Occupy Wall Street」運動について初めて接する者にも理解し易いように、この事象が包括的に解説される。
 この運動の担い手は<以前アメリカ社会の分厚い層を作っていたミドルクラスで下方に没落しつつある階層が中心>であり、<中央で統制、コントロールするような組織的な機能は見当たらない。リーダーらしいリーダーがいない>いわば<自己組織的なムーブメント>であること。
 そして、この背景には米国社会での<(1)大量失業問題><(2)格差問題>、そしてこれらの元凶に向けられた<(3)反大銀行、投資銀行、大企業>という問題意識が横たわること。
 つまり、<強欲・金融資本主義、大企業中心資本主義への反抗>であること。
 また、この運動の一つの特殊性として、<ソーシャルな問題意識を行動化させるSNS>という側面のあることがしっりと指摘される。
 そして、この運動の周囲には、<Occupy Wall Streetへの賛同と批判>とがあることにも触れた後、<このソーシャルイノベーション運動が日本に伝搬・創発?>という末尾において、この運動の今後の動向について "幾分かの懸念(?)" を添えつつ "問題点" が指摘される......。次のような点となる。
 <何に「反対」するのか、的を絞り切れていないこと自体がこの運動を象徴するもの/メッセ―ジの再デザインが必要/ソーシャルメディアで共創される集合的問題意識をどのような方向で言語化し、行動に結びつけてゆくのか
 これらが、<ソーシャルな問題意識を行動化させるSNS>という面、つまり "ソーシャルメディア" というツールに依拠し、そこで "束ねられた(?)" 分の "裏返し" 的課題なのだと見ることはさほど難しくはないはずである。
 ここには、"ソーシャルメディア" が形成する "(疑似)コミュニティ" のあり様が注意深く見つめられなければならない課題が潜んでいそうだ。この点は、企業の "マーケティング戦略" の課題においても共通するところであるに違いない......。

 なお、下記の引用にあたっては、主旨が歪まない範囲で "要約" してあります。厳密さを必要とする場合は 原文 をお読みください。

 
日本発・世界標準の
『 新世代One to One & CRM 』
 
『 CRM―
顧客はそこにいる
(Best solution) 』

 企業にとっての "ソーシャルメディア" 対応策を検討すべく、サイト記事の紹介とレビューとを進めているところだ。
  "ソーシャルメディア" 対応策には各種あるわけだが、まさに "喫緊課題" と考えられるのが、この『ソーシャルCRM』であろう。
 そもそも "CRM" とは、"Customer Relationship Management(顧客管理)" であり、ちなみに次のような用語解説が与えられている。

―――― < CRM 【Customer Relationship Management】
 情報システムを応用して企業が顧客と長期的な関係を築く手法のこと。詳細な顧客データベースを元に、商品の売買から保守サービス、問い合わせやクレームへの対応など、個々の顧客とのすべてのやり取りを一貫して管理することにより実現する。顧客のニーズにきめ細かく対応することで、顧客の利便性と満足度を高め、顧客を常連客として囲い込んで収益率の極大化をはかることを目的としている。>
CRM【Customer Relationship Management】/IT 用語辞典 e-Words

 なお、下記の引用記事では、"CRM" の発展形式として『ソーシャルCRM』が謳われ、その定義は、<ソーシャルメディア上の "顧客の声" を "傾聴" し、ソーシャルメディアを通じて顧客とコミュニケーションする新しい形の "CRM" である>とされる。
 現代において、企業による "ソーシャルメディア" 対応が必要不可欠になっている事情は、これまでにもいろいろな角度から検討してきたが、やはりその中でもこの『ソーシャルCRM』の優先度は極めて高いかと観測される。
 とにかく、顧客側の声= "VOC" が、急速に拡大を続ける "ソーシャルメディア" 群に、いわば "ホンネ" というかたちのエネルギーをもって湧きあがっているご時世だからである。もはや各企業は、「良い製品・サービスを提供していればいいのだ!」と "孤高の境地" でやり過ごすことはできなくなっていそうである。
 "良い製品・サービス" の提供は、"顧客(消費者)" と "一緒になって" こそ可能なのだという平凡な事実が今さらのように立ち現われているわけなのだ。

 企業における "ソーシャルメディア" への対応について、昨日に引き続き、現時点だからこそ貴重だと思われる "サイト記事" :<エンタープライズソーシャルコンピューティングの導入に立ちはだかる10個の問題>のレビューをしている。
 "ソーシャルメディア" 対応は、"総論" では歓迎されながら、各論、具体論となると "藪の中" となりがちなのではなかろうか。
 それも止むを得ないと思われるのは、まったく "新しいアプローチ" だからであり、技術面のみならず、ある意味では企業経営のスタンス自体の "リニューアル" を迫るものだからであろう。それを進める "コンピューティング" の目的についても、従来のような "効率化志向" ではなく "(事業)効果志向" なのであり、その対象範囲も企業内に留まらずビビッドな "顧客" 空間に及んでおり、しかもその空間と "膝を交える" アクションがなければ奏功しない......、となればこの課題の "新しさ" は決して並みではないはずなのである。
 また、この課題は "消滅したくない!" 企業にとって、たぶん単なる "選択科目" ではなく、"必須科目" として浮上していることに注意しなければならないはずであろう。

 ただこの辺の切迫した事情は、こんなブログとは無縁の "守旧派経営者(?)" には理解不能(!)なのであり、事情に精通できる、あるいはしようとしている "世代"( "スマートネイティブ" やその兄貴分たち )がアドバイスや突き上げをしなければ呑み込めないのかとも危惧しているのだが......。
 ただこの "世代" とて、"タテマエ仕事" と "ホンネ私生活" との分離を潔しとしたくないならば、"タテマエ仕事" の現場であるに違いない現在の企業の "出口なし状況" を見て見ぬふりをしているのは......。

 下記引用の "10個の問題" については、それぞれに私見を書きたいところではあるが、ただただ日毎のブログとしては長すぎることになる。
 一つだけ強調しておきたいと思うことは、これらのすべてが、決して "コンピューティング" という "技術的" 領域の問題ではなく、実は "ヒューマン・アフェア(人的事柄)" 以外ではないと思われる点なのである。"ソーシャル" な事柄とはそういう事なのだ。
 たぶん、それに "確信" が持てないところに "藪の中" 的困惑が満ちているのかと思われる。"技術的" 領域の問題は遅かれ早かれ着地点を見出すものだ。しかし、"ヒューマン・アフェア(人的事柄)" というものは、"センスの良い者の情熱と行動" 無くしては一向に着地点を見いだせないものではなかろうか。

 なお、下記の引用にあたっては、元の記事が丁寧過ぎるため、主旨が歪まない範囲で "要約" してあります。


 企業における "ソーシャルメディア" 対応の具体策は、その多くが "ソーシャルコンピューティング" というコンピュータ・システム・リソースを駆使したかたちで推進されることになる。
 ところで、いつの時代でも "コンピューティング" の導入には、一悶着、二悶着、いや数多の人的・組織的障害が立ちはだかるものと相場が決まっている。
 ある意味では時代環境を超えた "普遍的性格" の事象のようでもある。そして、この点は、喫緊のテーマである "ソーシャルメディア" 対応の "ソーシャルコンピューティング" についても同様だと思われる。
 技術は加速度的に進化しているが、人間組織(企業組織)は必ずしもそうではなく、旧態依然さを引き摺っているからなのであろうか。

 今回(今回はどうも何回かに分けて行わざるを得ないようだ)、レビューするサイト記事は、2年以上以前の "2009年08月04日" に掲載されたものではある。
 従って、現時点と比べれば、導入事例が少なくその期間の短さのためか、その効果に対する評価がやや "抑制" されている印象を受ける。しかし、現時点での "フィーバー(?)" ぶりが解毒(?)されるかに思え、それはそれで良いと思えた。
 ただ、冒頭の点などから、この記事の内容はまだまだ "十分にアクティブ" だと実感できる。いや、それどころか、現在のわれわれの問題環境が "熟し切って、逼迫している" だけに、この記事が解説する内容は今まさに "水を得た魚!" のような貴重さで眼に映りもするのである。
 ちなみに、後で指摘されその "処方" まで解説される "10個の問題" を列記してみると以下のようになるが、現場の "関係者" であるならば、これらを見るだけでそのリアルな観察に "共感" を覚えるにちがいなかろう。


1.ソーシャルメディアを使いこなせる従業員が少ない。
2.ソーシャルツールがうまく機能しない業界もあるという認識がある。
3.ソーシャルソフトウェアを事業の中核アクティビティに利用するにはリスクが大きすぎるという認識が未だにある。
4.上級幹部にソーシャルツールを使ってもらえない。
5.IT部門と、ソーシャルコンピューティングのイニシアチブをとる業務部門との息が合っていない。
6.ソーシャルソフトウェアに対するサポートを取り付けるには、ROIを明示する必要がある。
7.セキュリティに対する懸念のせいで、パイロットプロジェクトや採用計画が滞る。
8.コミュニティマネジメントにまつわるニーズの発生が驚きをもって受け止められる。
9.持続的に社外のマネジメントを行うことの難しさがある。
10.予想以上の成功を収めたことにより、継続が困難になる。


 さしあたって今回は、この記事の "序論" 部分を読み進みたい。

 昨日は、"ソーシャルメディア" と企業組織との関係について、以下のような "口幅ったい" 表現で結んでしまった。

―――― "閉鎖されたガラパゴス的組織を守旧" するのか、"開かれ、ソーシャル化された組織創り" を目指すのか? "ソーシャルメディア" 対応という課題が、本質的に問いかけているのはまさにこの二者択一だ企業のSNS活用現況調査/営業効果不明,人材不足,投稿のネタがない等の課題浮上! ( 当誌 2011.10.19 )

 しかし、こうした捉え方は、あながち見当外れでもなさそうである。
 今日、レビューする下記のようなサイト記事では、こうした主旨の内容が叙述されており、思わず意を強くすることにつながった。
 ズバリ、次のように指摘されているのである。

 <ソーシャルの利用は単にツールが一つ増えるというにとどまらず、組織のあり方を一変させるほどのインパクトを持つこと ...... 「情報が爆発的に増えている今、これまでのようなトップダウンの組織ではもう追いつかない」 ...... 現場や顧客同士で膨大な情報をやり取りし、現場が変革を引っ張っていくネットワーク型の組織への移行を迫る>(下記引用記事より)


 いつも、システム・イノベーションが注目されると、技術的側面に過剰に関心が向けられるものだ。そして、その新局面の担い手は、若手の技術スタッフだけであるかのような妄想に取り付かれたりしてしまう......。また、実務経験豊富な "老兵" の出る幕ではないとばかりの勘違いの空気が広がったりもする。これは間違いであろう。
 もとより、企業活動はコンピュータ・システムだけで展開するものではなく、コンピュータ・システムは "現行のヒューマン実務" を "増幅し、効率化" する装置以外ではないのである。
 もし、増幅される "現行のヒューマン実務" に齟齬があるならば、コンピュータ・システムは、それを是正しないばかりか、その齟齬をただただ拡大再生産するだけに違いない。

 そして、"現行のヒューマン実務" というものは、企業の "組織のあり方" や "企業文化" と一体関係にあると考えられよう。たとえ、コンピュータ・システム環境が時代とともに進化すれども、こうした側面ばかりは "人為的イノベーション" 以外に打つ手はないと考えられる。
 ただ、新しいコンピュータ・システム環境への取り組みが、"組織のあり方" や "企業文化" の大胆な見直しを迫る! という "反作用" をもたらすことは大いにあり得よう。
 <ソーシャルの利用>が、<組織のあり方を一変させるほどのインパクト>を持つ、という意味は、それを言っているはずではなかろうか。
 ことわざ(諺)に「新しい酒は新しい革袋に盛れ」とある。"ソーシャルメディア" 対応という新しい課題は、企業の "組織のあり方" や "企業文化" の "イノベーション" という課題と一体となって訪れている......。


 企業の "ソーシャルメディア" 対応という課題は、優れて "IT" フェイズ固有の課題を含む。しかし、それらがすべてだとは思えない
 むしろ、"IT" フェイズ以前の "ありふれた" 企業の内部問題が、まるで "寝た子が起こされる" ようにアクティブとなるのが、"ソーシャルメディア" 対応というテーマの特徴ではないかと......。

 以前、各企業での "ソーシャルメディア" への姿勢に関する調査結果を紹介した。

◆参照 <CMOはソーシャルメディアの重要性を認識、しかし準備は不十分 --- 米IBM調査>各企業はソーシャルメディアの重要性を認識,但し準備は不十分/待ったなしの観?!( 当誌 2011.10.13 )

 が、サイトを丹念にサーチしてみると、既に下記のような "調査結果" の記事のあることが分かった。これを見ると、国内企業の現時点での状況と課題が一定程度見えてくる。特に、どんな点に戸惑っているかが浮かび上がっているのが注目に値する。

 表題の通り、課題視されている<「営業上の効果が見えない」「人材が不足している」「投稿のネタがない」>などの点は、それぞれが重要な側面であり、取って付けたソリューションを急ぐよりも、何故それらが問題となっているのかを、ジックリと掘り下げて分析する必要がありそうだと思えた。

 と言うのも、これらは "ソーシャルメディア" 対応での問題というよりも、それ以前の企業組織のあり様の問題と見えるからだ。
 たとえば、「営業上の効果が見えない」という点にしても、従来の "販促営業活動" などと "営業成果" との関数関係がしっかりとトレースされていたのか......である。
 「人材が不足している」と言う場合には、アウトソーシングできない作業・ジャンルの "人材" ということになろうが、そうであればその人材に求められる内容は、スキルというよりも "企業文化に沿った判断力" ではなかろうか。仮に企業文化が "玉虫色" の煩雑さであったならば、"ソーシャルメディア" 対応の担当者はただただ右往左往するだけとなりそうな気がする......。
 「投稿のネタがない」と言う点、元々、"投稿のネタ" なぞは湧き出てくるものではなかろう。"難産" が普通なのであり、当然なのだ。問題は、"無用・不要なブレーキ(圧力)" が掛かるような組織的弊害がありはしないか......、ではなかろうか。こうした側面を是正することなく、「もっと積極的に投稿しなさい」と言っても奏功しないのではなかろうか。

 企業が、対外的なアクションである、"ソーシャルメディア" 対応に踏み込む時、当然ながら浮上する大きな課題は、企業内部の "企業文化" や "組織自体の問題" であることは、言わずもがな、なのではなかろうか......。
 したがって、小手先技で "ソーシャルメディア" 対応できるとする安直なスタンスを抑制し、むしろ "ソーシャルメディア" 対応をきっかけにして、企業自体が "自己革新" するぞ! というほどのパッションが不可欠なのかもしれない。それがイヤなら、"閉鎖されたガラパゴス的組織" を守旧することになろう......


 "Amazon サイト" に馴れ親しんだ者であれば、ふんだんに用意された商品情報に満足するだけでなく、このサイトの "居心地良さ" を感じているのではなかろうか。
 その "居心地良さ" を構成しているのは、① 自分と同じ消費者の声( "カスタマーレビュー"、"おすすめ度" )や、② 単なる "マス向け情報" ではなく、カスタマー各個人に向けた "パーソナル" な個別情報( "おすすめ商品"、"ほしい物リスト" )を掲載している点であるのかもしれない。
 これらは、商品に関する一大 "ソーシャルメディア" そのものなのであり、"ソーシャルメディア" の一方での典型だと言えよう。
 ただ、Facebook のような "パーソナル間(プロファイル間)での交流" が棚上げされている点だけが "ソーシャルさ" に欠ける側面なのかもしれない。

 ところで、今回レビューする下記記事は、"新種" の "ソーシャルメディア"、"ソーシャル戦略" かと思われる。が、何と、このシステムの "仕掛け人" は、"元Amazon社員" だというから、思わずナルホドとガッテンさせられた。
 "ソーシャルメディア" として進化していると思われる点は、① <顧客はマス向けの情報ではなく、よく利用する店限定の情報を入手できるようになる>という「ハイパーローカル」な方法、そして、②<いずれは各個人に向けて、より高レベルのパーソナライズ・サービスを提供>という点などであるに違いない。
 特に、① の点は、<ウェブをストアに持ってくること>という観点に眼を開かせるものであり、"ソーシャルメディア" の "ローカル活用" という方途を切り開こうとしている点が注目に値する。
 "ローカル" 地平から "グローバル" 地平へと駆け上るのが通例の "ソーシャルメディア" としては、再び "ローカル化" するというのもヘンな話ではあるが、"マス向け情報" に終始してきた "マスメディア型" サイトの "ソーシャルメディア" 化! だと見れば了解できる......。


 ハンバーガー、牛丼、立ち食い蕎麦といった "ファストフード( fast food )" は、何かと時間に追われる現代人にとってお馴染み以上に欠かせない存在である。何と言っても、空腹感 = 食欲に対してストレートに、スピード感をもって振舞える点がうれしい。
 そこで、ふと思うのだが、"スマートフォン" はそんな "ファストフード( fast food )" にどこか似てはいないか......、と。


 PCは、情報(information)の閲覧・加工・送受信を的確に成し遂げる "フォーマル(正式・公式的)" なツールではあるが、何かと "段取り" が必要となる。その結果、その煩わしさがアクションを起こす意欲を損なわないではない。
 その点、"スマートフォン" は、PC機能を備えながら、"段取りいらず""カジュアル" 型であり、いつでもどこでも即時に立ち上がり、その操作も実に簡便でスムーズである。情報(information)アクセスに向けたアクションへの衝動が一向に邪魔されることがない。情報アクセスへの意欲がストレートに、スピード感をもって実現されるわけだ。


 だから、"スマートフォン" は、まるで "ファストインフォメーション( fast info )" だと言っても決して間違いではなさそうな気がするのである。 "スマホ" は、"fast info(ファストインフォ)"と......。

 ―――― 以前からしばしば書いている "スマートネイティブ" たちのその「特性」を、この "fast info(ファストインフォ)" 性だと解釈してみるのもあながち的外れではなかろう。

  ◆ 参照 "スマートネイティブ"と呼ばれる新世代とスマートデバイス&ソーシャルメディア!( 当誌 2011.08.25 )


 片や、"ソーシャルネットワーク( = SNS、ソーシャルメディア)" が人気を博するのも、どうも余計な "段取りいらず" というこうした"fast info" 的な仕掛けがあるからだとも言われている。一切の "段取り" 抜きで実感を語ったり、"つぶやき" を発信したりできるそんな仕掛けを備えているのが "ソーシャルネットワーク" だからである。
 となると、"fast info(ファストインフォ)" 志向のデバイスと、同じ志向性を持つメディアとが "意気投合!" するのは「火を見るより明らか」だと言うほかなかろう。
 そして、その通り、現在、"ソーシャルネットワーク" は "スマートフォン" の普及によって急速にアクティブとなり、また "スマートフォン" は "ソーシャルネットワーク" を主要なターゲットとするように、技術的イノベーションを重ね、ユーザーを増大させているわけである。


 今日、レビューするサイト記事は、下記引用の通り昨日に続く連載記事で、この辺の事情について述べたもの、その表題も<スマートフォンとソーシャルは両輪>とされている。内容は、次のようになろうか。

1.スマートフォンとソーシャルネットワークは両輪といってもいい。
2.個人情報の扱いが変わってきている。
  ① ソーシャル系のサービスがスマートフォンで使われるようになったことで、個人情報の扱いが変わってきている。
  ② 個人情報がどんどんオープンにされている現状。(漏洩ではなくて積極的に)
  ③ 個人情報を自ら発信するという文化。
  ④ 自分のプロファイルをオープンにして、それによって様々な人の反応を見るというコミュニケーションパターン。
  ⑤ 以上の結果、これまで以上に情報の精度と伝搬速度が期待できるようになる。
3.個人と個人の間にもあるソーシャルデバイド。
  ① その一つとしての世代。
  ② 40、50代の人々の情報発信に対する考え方と、20代の人々における情報共有や情報に対する意識は違う。
  ③ 10代、20代は、自分の情報を発信したり、相手の情報もそれを通じて入手したりするのが当たり前の世代。逆にそうしないとコミュニティに参加できなくなり、日常的な付き合いができなくなる。発信することがデフォルト。自分の個人情報が第三者に取られるという意識より、「情報を出さないとそもそも何も始まらないという意識を持っている。
  ④ ソーシャル化が進むことによって、「すべての人々のすべての情報が、結果的に社会から見ると透明化されていく時代になる。


 やはり、<個人情報を自ら発信するという文化>が形成されつつあるのではないか、とする視点が、いろいろな意味で興味深い。まさに、10代、20代の "スマートネイティブ" たちが主導する世界が始まっている......


 顧客に関して、「お客様は神様です!」とまで持ち上げるとかえって "慇懃無礼" と言うか、"敬して遠ざける" の雰囲気となろう。だが、一般的に使われている「顧客管理」というタームも、考えてみれば妥当さを欠きそうな感触ではないか。
 「管理」という言葉には "上から目線" の雰囲気が払拭し切れない。"モノを制御する" というニュアンスが付きまとってしまうからだ。

 こんな疑問を今さらのように思い起こさせるのが、現在、各企業が喫緊の課題として直面している "ソーシャルネットワーク( = SNS、ソーシャルメディア)" との関係性構築というテーマなのである。
 平たく言えば、「お客様は神様です!」というポーズでもなければ、「顧客管理」という "上から目線" でもなく、個人間で日常的に展開されている "フレンドリー" さ、やや条件付けるならば "結果志向" を忘れない "聡明なフレンドリー" さを旨とした対顧客関係がどう築けるか、という課題である。
 「智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。」(夏目漱石『草枕』)という古来からの難問、ジレンマに、各企業は今さらのように遭遇していることになりそうだ。"ソーシャルネットワーク" が活性化した現在、少なくとも「知に働けば蔵が建つ」(内田樹)という路線の旧態依然たる「顧客管理」体制だけでは企業経営は難しくなっているということか。
 こう書くと、それは単純化し過ぎるとの誹(そし)りを受けそうだが、あれこれと「知に働く」前に、先ずはザックリと事の本質を鷲掴みしておいた方が良さそうな気がする。

 今日、レビューしようとする "記事" は、下記引用の通りとなる。
 先ずは、企業が直面している現況と課題とが述べられる。再三、指摘されるように "顧客や従業員" などの "個人" は、スマートフォンなどを駆使して活発な "ソーシャルネットワーク" を形成しているのに対して、各企業はそうした "個人" とのつながり、かかわりを持つことに立ち遅れている。その実情が "ソーシャルデバイド(亀裂!)" という言葉で表現されている。そして、もはやこの "亀裂" を放置しておくわけにはゆかなくなったのだと。

 次に、その背景が述べられる。ひとつが、"ソーシャルネットワーク" が活性化していることを指し示す数値的な実情であり、これがスマートフォンの普及によって加速されているという点。
 もうひとつは、"ソーシャルネットワーク" ならではの特徴から、"アラブの春" の事象に象徴されるような強力な影響を現実の世界に与え始めている点である。

 そうした背景を踏まえると、企業と個人との間に認められる「ソーシャルデバイド」は早急に解消されなければならない、と強調され、<ソーシャルデバイドを埋め、企業が変わるための三つのステップ>が提唱されることになる。各ステップの内容は引用部分の通りである。

 なかなか充実した内容であり、圧縮し切れないため全文引用となってしまった。(理解度を高めたいために、文字表現の小細工をしてみたが......)


 "ソーシャルメディア" と各企業との関係性構築の課題については、つい先日も次のような記事を紹介した。

―――― <......(米国の)各企業が、"ソーシャルメディア" への対応において "もたついている" かのような実情が明らかにされた。......米IBMが米国時間2011年10月11日にまとめたマーケティングに関する調査結果によると、企業の最高マーケティング責任者(CMO)はソーシャルメディアの普及などにより顧客との関わり方に重大な変化が起きていることは認識しているが、マーケティング部門がそれに対して準備ができているかは疑問だという。......>各企業はソーシャルメディアの重要性を認識,但し準備は不十分/待ったなしの観?! ( 当誌 2011.10.13 )

 この調査結果は米国企業を対象としたものだったが、日本の場合はどうなのであろうか。様々な市場環境の違いがあるとはいうものの、ひょっとしたら、日本企業の "ソーシャルメディア" への対応の "もたつき、遅れ" は、さらに度を超しているのかもしれない......。

 翻って考えれば、企業と "ソーシャルメディア" との関係性というテーマは、企業と顧客との関係性、企業と(地域)社会との関係性対策という従来からのテーマと置き換えてみてもさほど的外れではないわけである。  この辺のテーマ・課題に対してどれほど本気で向き合ってきたのかが、先ずは顧みられなければならないであろう。  ただ、従来の "ソーシャルなもの" は、"デジタル媒体" 化された今日の "ソーシャルメディア" に対して、"顧客各個人" や "地域社会" のように、リアルで実体的ではあるが、"アナログ" 存在特有の "個別性、閉鎖性、緩慢さ" に限界づけられていた。言ってみれば、仮に企業が "タテマエ的な、取って付けた処理、対応策" を講じたとしても間に合う(?)範囲であったと言えようか。

 しかし、"デジタル媒体" としての "ソーシャルメディア" は、"スマートフォン" のような "機動性" に優れたデバイスを援軍として、まさに "レバレッジ(テコ)" の効いた "パワー" を発揮する存在に変貌を遂げた。顧客個人や地域社会の意向(評判)は、眼に見えている部分の背後に幾重もの "クローン(?)" を連ねる、そんな可能性を形成したと言えようか......。  これは、クレーム処理などの "ネガティブ" 対応のジャンルに限らず、積極的マーケティング領域の "ポジィティブ" 対策にも共通した話である。

 とかく従来の企業は、"ソーシャルなもの" への関わり方を矮小化してきた嫌いが無くもない。そのくせ、"マスコミ(マスメディア)" を通じたPR活動に専念したり、"マスコミに叩かれること" に神経を尖らせる傾向が強かった。  そうした動機が、もし "マスコミ" が持つ "拡散機能" が目当てだったとするならば、その実質的効果・結果が、今や "マスコミ" から "ソーシャルメディア" へとシフトし始めている点に注意が向けられるべきではなかろうか。

 企業が "ソーシャルメディア" との関係性構築の課題を、"腰を据えて" 検討することは、現在の各企業の経営にとっての "王道" であり、消費者/ユーザーにとっても重要なテーマだと思われる。  このブログでも "腰を据えて" 検討してみたいと考えているが、差し当たり、読み応えのある下記の連載記事を、順次吟味させてもらおうかと......。  今回は、その紹介に留まる。

 Twitter や Facebook などの "ソーシャルメディア" は、情報をすばやく、効果的に拡散させる点で、これまでのメディアとは比較にならない "パワー" を発揮する。まさに、 "レバレッジ(テコ)" の効いた "パワー" と言うべきか。
 市場経済に向かって、企業各社はその "パワー" を何とかして "手懐けたい" と願っている実情は昨日も書いた。が、今、この "パワー" が存分に発揮されているのが、「アラブの春」に触発されて始まった運動、"ウォール街占拠" をスローガンとした "ソーシャル・ムーブメント(社会運動)" であろう。
 社会的・経済的な "格差是正" を訴えつつ、富を占有する人口 "1%" に対して「われわれは99%」の市民であると叫ぶ、そうした声が "ソーシャルメディア" の時空に響き渡っているという......。


 ただ、この "運動" の行方については、戸惑いの声がないでもない。
 <彼らの目標については、一致した意見があるとは言えない。マスメディアは、彼らの運動についてなかなか解釈できないでいる。アラブの春においては、数十年続いた独裁政権を倒すという目標が明確だった。しかし米国では、企業による貪欲をどうやって停止させればいいのだろうか。>(下記引用記事より)
 しかし、"短兵急" に着地点を急ぐ発想自体が行き詰まりをもたらしているとも思える。<マスメディアは、彼らの運動についてなかなか解釈できないでいる。>という観測も実はその発想によるものなのかもしれない。
 誰もが現状を "当然視" して、そして "諦めと絶望" に身を託している時、 "抗議" の思いを "ソーシャルメディア" に響かせてみるとどうなるのか......、そんな "社会的実験!" が進行中なのだと思える。


 唐突な話となるが、亡き "ジョブズ氏" は、かつて "iPhone" を初リリースした際、今日の "スマホ・フィーバー" を想定していたであろうか? きっと、"止むに止まれぬ創造意欲" だけが彼を支配していたに違いなかった、と想像する。
 彼は、そうした "創造意欲" を立脚点としながら、刻一刻と変貌してゆく環境と直面しつつ、構想自体を柔軟に変容させ適応させていった......。そしてその結果、"前人未踏" の業績へと導かれていったと考えるのが自然であろう。
 上記の "運動" もまた、同じように考えることが妥当なのかもしれない。"賢い" はずのマスメディア自体が<なかなか解釈できないでいる>のは、意外と正解なのかもしれない......。今は、この "運動" の着地点は誰にも予見できない......
 以下に、こうした事情の解説を含む「ウォール街占拠」運動の最新動向を扱った記事を引用する。

 
『 ソーシャルメディア
進化論 』
 
『 ソーシャルメディア
炎上事件簿 』

 "ソーシャルメディアソーシャルネットワークサービス、SNS)" ( 注 )への適切なアプローチが、いよいよ各企業にとって喫緊の課題となっていそうである。

 ( 注 ) ソーシャルメディアとは
 ソーシャルメディアとは、ユーザーが情報を発信し、形成していくメディアのこと。個人が発信する情報が不特定多数のユーザーに対して露出され、閲覧したユーザーはレスポンスを返すことができる。ユーザー同士のつながりを促進する様々なしかけが用意されており、互いの関係を視覚的に把握できるのが特徴。

 CGM(コンシューマー・ジェネレーテッド・メディア)とほぼ同義であり、ソーシャルメディアにはブログSNS、インターネット上でお気に入りを共有する「ソーシャルブックマーク」、ソーシャルニュースサイトオンライン百科事典クチコミサイトFAQサイトビデオ投稿共有サイト掲示板などがある。情報の伝搬力が高いソーシャルメディアは影響力を増しており、ユーザーの滞在時間が長いのも特徴。

 企業によるクチコミ活用、いわゆるバイラルマーケティングにおいてソーシャルメディアの活用は必須であり、特に最近では動画投稿共有サイトの「YouTube」を使ったプロモーション事例が多く登場している。ただ、ソーシャルメディアは編集権をユーザーに委ねているケースが多く、企業によるコントロールは難しい。実際、ソーシャルメディアを使ってプロモーションを仕掛けた企業が、逆にバッシングに遭った事例も多く報告されている。>IT pro/2008.04.01

 そんな状況下で、(米国の)各企業が、"ソーシャルメディア" への対応において "もたついている" かのような実情が明らかにされた。
 以下の記事が意味するところを察すればそういうことになりそうだ......。

 ウォール街占拠デモの宿営地(ズコッティ公園内)内部の光景が、Photo アルバム風に紹介された。参加者たちの "クール × 熱意"、およびそれらに接して、"感染(?)" したに違いない記事制作者たちの "ハイテンション" がスンナリと伝わってくる貴重な記事だと思えた。
 その記事では、アメリカの俗語で "ギーク (geek) " と呼ばれる卓越した知識がある者たちの活動光景がいろいろな角度から伝えられている。まるでかつての映画 "大脱走"風の、スペシャル協業(?) をエンジョイ(?) しつつ、運動を持続させようとしている、そんな雰囲気がリアルに伝わってくるのだ。
 言うまでもなく、かつての映画 "大脱走" は、ナチスドイツの捕虜収容所からの大量脱走だったわけだが、今彼らは、"金融経済社会" = "超格差社会" からの "大脱走" という、言ってみれば "The Impossible Dream"( MAN OF LA MANCHA )に挑もうとしつつ、その持続スタイルを虎視眈々と模索しているように見える。
 現代の "IT" は、その "レバレッジ" のパワーによってスピーディに膨大な規模の "マネーゲーム" を遂行している。
 そこで、彼らもまた、存分にその "IT・レバレッジ" をカウンター・パワーとして活かしつつ、運動の裾野を急速に広げようとしているかのようだ......。

 下記の引用では、大半の Photo を削り文章部分のみとした。

 先日、"全米各地での抗議行動" について以下のように書いた。

―――― < もう半月以上続いているという、米ニューヨーク・マンハッタンにある世界最大の金融街・ウォール街近くで始まった "抗議デモ" は、ロサンゼルスやボストン、シカゴなど全米各地へと拡大しているという。
 低迷する経済、高失業率、広がる格差など、行き過ぎた市場経済に対して若者たちの不満に火が付いたかに見えるこの運動。
 "ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディア" で若者らに広がり、運動の合言葉は「ウォール街を占拠しよう」であるとか。
 "ソーシャルメディア" を通じて展開された運動スタイルは、昨年来、アラブ世界で民衆が強権政権を倒した「アラブの春」に共通していることに気付く。いや似ているどころか、どうやらこの「アラブの春」に触発されての動きなのだとも言われている。......>
Facebookなどを使って連携/米抗議デモ各地に拡大/格差、高失業率に怒る若者!( 当誌 2011.10.04 )

 この時には、<"ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディア" で若者らに広がり>と見えていたが、どうも "若者ら" に限定されない動きへと変わってきたような雰囲気なのである。
 米国経済の低迷が続き、高い失業率もなかなか改善されない現状。また、変革を期待してオバマ大統領を選出したのにもかかわらず、状況が一向に改善されない苛立ち......。
 「選挙を通して、変革ができなければ、自分たちが声を上げることで変革を目指したい」という国民が次第に増加しつつあるかのようだ。


 ジョブズ氏が "天才" であったことは誰も疑わない。"斬新な発想" の天才であり、"サプライズ" に満ちたプロダクツを市場に提起することができた天才であったに違いない。 彼のその並はずれた才によって、大袈裟ではなく、われわれはこの時代に居合わせたことに幸福感を覚えたはずである。
 したがって、その歓びの対価については "惜しみなく" 財布の底をはたきもする。優れた製品が相応の価格で販売されることに誰も文句は言わないはずであろう。
 また、製品とは、"構成部品" の総和以上の価値が見込まれるものであり、まして "デザイン" 面でも秀逸な製品はその点が大きな付加価値となるのかもしれない。
 しかし、世の "調査会社" は、"知りたがり屋" の人々の意向にも沿うべく、"推定部品原価" なるものを算出したりもする。
 だからと言って、その数字が語るものは、高いの、儲け過ぎだのという議論よりも、ただただジョブズ氏が、経営的にも "天才" であったことを上書きするだけのような気がする。
 但し、シニカルに言えば、競合他社群による "二番煎じ" 製品は、恐らくその "推定部品原価" に近接してゆくのであろう。そして、やがては "先駆者" 製品の価格低下をも引き起こしてゆくのかもしれない......

 現在、国内には1000万人以上、1300万人とも言われる程多数に上る "糖尿病患者" がいると推定されている。
 要するに、その多くが "生活習慣病" としての "2型糖尿病" だと見られている。折しも、"生活習慣病" については、それを裏付けるかのような最新ニュースも目に付く。

―――― 一日の歩数、男性1千歩減 健康課題9項目悪化

 1997年と09年の国民健康・栄養調査などの結果を比較すると、日常生活での歩数の1日平均(15歳以上)が、男性は8202歩から7243歩に、女性は7282歩から6431歩に減った。背景には、エレベーターやエスカレーターなどが増えたことがあるとみている。......>
一日の歩数、男性1千歩減 健康課題9項目悪化 厚労省/asahi.com/2011.10.08

 その多くが "生活習慣病" であり、また自覚症状も無いことから "糖尿病" はややもすればおざなりにされ易い。しかし、怖いのは "合併症" だと言われている。(【 注 】
 そんな "糖尿病" に "新たな治療法" につながる研究成果が発表された。それも、今注目されている "神経幹細胞" を、自身の "鼻の粘膜" から採取して "膵臓に移植" するという "安全な治療法" だとされている。

 メディアには、ジョブズ氏の死を悼む記事が溢れている。"新しい発想" の天才を悼むものから、今さらのようにビジネス戦術に余念がないキャリアの動きまでこもごもの様相だ。
 いつの時代も、天才亡き後に展開されるのは、凡人や俗物たちの "後の祭り" と相場が決まっている......。
 恐らく、真に天才の遺志を継いでゆく者は、人知れず水面下で何食わぬ顔で黙々と作業を続けているのではなかろうか。
 とうとう、『iPhone 4S』は、天才の "遺作(?)" となってしまったわけだが、今は静かにこの "遺作" をリアルに再認識すべき時なのかもしれない......。


 "新型iPhone:iPhone 4S" がこの4日に発表されたばかりだが、同時期に "iPhone" は "生みの親・育ての親" と永訣したことになる......。
 下記の通り、この8月にアップルのCEOを退任した創業者のスティーブ・ジョブズ氏の訃報が折り重なるように届いたのである。
 IT業界のみならず、彼を失ったことを悼む人々は少なくなかろう。苦渋や悲劇で充満しているかに見える現代世界にあって、久々に"魅力に満ちたサプライズ" を提供し続けたのがジョブズ氏その人だったと言えるからだ。
 また、当のジョブズ氏自身も、もし健康であり続けられたならば "iPhone" のみならず、"スマートネイティブ" たちと呼応して、まだまだ数々の独創的な製品を編み出したかったに違いなかっただろうと思われる。

 "新型iPhone" は、「iPhone 5」ではなく「iPhone 4S」であった。
 <デュアルコアA5チップにより、CPU性能は「iPhone 4」を2倍上回り、描画速度は7倍向上>という改良や、昨日も書いた通りの<新たな音声認識機能「Siri」>などが装備されたとはいうものの、その評価は今ひとつだったという。
 大幅な改良がなくマイナーチェンジに着地したことで、大幅な改良があると信じていた投資家などの期待を裏切ったというのである。

―――― 「iPhoneの新モデルに投資家は失望」、米欧のメディアが報じる

 米Appleが米国時間2011年10月4日に開催したiPhone新型モデルの発表会「Let's talk iPhone」(関連記事)は、投資家やテクノロジー系ブロガーを失望させたようだと米欧のメディアが伝えている。新モデルの名称はかねてうわさされていた「iPhone 5」ではなく「iPhone 4S」だった。これがマイナーチェンジを印象づけるものだったことから同日のApple株は一時3%下落したなどと報じている。......>
「iPhoneの新モデルに投資家は失望」、米欧のメディアが報じる/IT pro/2011.10.05

 ちなみに、新製品「iPhone 4S」の "正体" は以下のように伝えられている。

 明日になれば自ずと分かることなのかもしれないが、<米Apple社が10月4日(米国時間)に発表する予定の新型『iPhone』>の正体は、やはり気になる。もちろん、どんな "サプライズ" が盛り込まれているのかについてだ......。
 以下に引用する "WIRED" の記事によれば、どうも<ハードウェアよりも、音声制御の仮想アシスタント機能>が "目玉" になるらしい。
 <高度な人工知能を持つアシスタントとの会話を通じて、決定を下したり、毎日の行動のスケジュールを立てたりできるもの>だそうで、もしそうであれば、<ユーザーがiPhoneを操作する方法を根本的に変えてしまう可能性がある>とされる。
 翻って、"携帯端末" というものの進化を考えるならば、それは、単に通信機器という範疇を超えて、端末オーナーの行動をいろいろな角度から支援する "アシスタント = 秘書" の役割を果たす "人工知能" 端末へと向かうことになりそうだ。
 さすがに "Apple" は、飛び抜けたイノベーションを引き起こす存在だとしか言いようがない......。

 もう半月以上続いているという、米ニューヨーク・マンハッタンにある世界最大の金融街・ウォール街近くで始まった "抗議デモ" は、ロサンゼルスやボストン、シカゴなど全米各地へと拡大しているという。
 低迷する経済、高失業率、広がる格差など、行き過ぎた市場経済に対して若者たちの不満に火が付いたかに見えるこの運動。
 "ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディア" で若者らに広がり、運動の合言葉は「ウォール街を占拠しよう」であるとか。
 "ソーシャルメディア" を通じて展開された運動スタイルは、昨年来、アラブ世界で民衆が強権政権を倒した「アラブの春」に共通していることに気付く。いや似ているどころか、どうやらこの「アラブの春」に触発されての動きなのだとも言われている。

 ところで、上記の "低迷する経済、高失業率、広がる格差など" は、決して米国の現状だけに止まらず、この日本の状況も全く同じだと思われる。そして、ネットやスマホなどの普及についても差異はなさそうだ......。なのに、この国の "穏やかさ、静けさ" は一体何なのだろうか......。
 別に、"眠っている子(?)" を起こすつもりはないが、今のこの国が置かれている状況が決して "安全地帯" ではないどころか、「ギリシャの惨状は対岸の火事ではない」という見込みがますます濃厚になってきている点を見逃すべきではなさそうだ。

◆ 参照
 <「ギリシャの惨状は対岸の火事ではない」/ ついに「世界金融危機」の狼煙は上がった >大前研一の「産業突然死」時代の人生論/nikkei BP net/2011.09.28

 以下、"米抗議デモ" の推移に関する記事3点を引用しておきたい。

 過剰なストレスを被って生活するわれわれ現代人は、もはや "不安や心的苦痛" からは逃れられないかのようである。したがって、これらを如何に無くすかというよりも、これらを如何に "往(い)なす" のか、と構えた方がより現実的であるかに思える。

 ところで、"心のあり様" が、内臓に、とりわけ "腸" の状態から影響を受けているという解説はこれまでにも聞いたことがあった。心の動きは "脳" が単独で操っているのではなく、その "脳" とリンク(?)しつつ "作用している" 身体部分と深い繋がりがある、というような解説であったかと思う。
 そうした解説を裏付けるような "実験と研究" についての記事が実に興味深く思われた。
 ヨーグルトなど乳製品に含まれる微生物、いわゆるプロバイオティクスが、"腸" に作用し、その結果、"脳" で構成される心の、そのあり様が変わるというのである。"抗不安" 的な効果が生まれるというのである。

 "Facebook" などに代表される "SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)" がネット上で発揮する影響力は、もはや無視できないどころか、注目せざるを得ないところまで来ているようだ。
 さらに、その "Facebook" では先ごろ、<タイムラインとソーシャルアプリ>という機能に加えて、これらを連携させる新しいエンジンとなる<オープングラフ>を充実させ、より使い勝手が良くユーザーを魅了する "新しい動き" に出たという。

―――― Facebookの新機能から読み解くソーシャルの未来
 Facebookが革新的な新機能を発表した。ユーザーの個性を一望できるタイムラインと、外部サービスとの連携に活躍するソーシャルアプリが主なものだ。実はこれらはFacebookの壮大なプラットフォーム戦略を担う大きな意味を持っている。

 先週、FacebookはF8という開発者向けのカンファレンスを開催し、革新的な新機能を発表した。......Facebookが次に力を入れるのは外部サービスの拡充だ。特にメディアとライフスタイル分野に重点を置いている。Facebookが音楽や映画を楽しむようなプラットフォームと成り得るか、SNS最大手の新しい動きに皆が注目している。......>Facebookの新機能から読み解くソーシャルの未来/WIRED JAPANESE EDITION/2011.09.27


 "新しい動き" の中心は、<(動詞の)オープングラフ>で構成されるのだと......。

新機能を動かすエンジンは「動詞のオープングラフ」
 タイムラインとソーシャルアプリの連携を生むエンジンとなるのは「動詞のオープングラフ」だ。これによりユーザーの日々のアクティビティが友だちにシェアされる範囲が広がる。......>
( 同上サイト )



 グーグルが、中小企業を対象に1年間無料で自社ウェブサイトを作成できるサービス「みんなのビジネスオンライン」を始めたことは、ここでも既にレポートした。

―――― グーグル:中小企業支援 1年間無料で自社サイト作成
 グーグルは13日、中小企業を対象に1年間無料で自社ウェブサイトを作成できるサービス「みんなのビジネスオンライン」を始めた。農業、レストラン、美容室などの業種ごとにひな型を用意し、業務内容や連絡先、商品の画像などを登録すれば15分程度でサイト作成が完了する。2年目以降は月1470円の料金がかかる。  サイト作成システムはKDDIウェブコミュニケーションズが提供する。また、サイトのアドレスも、空きがあれば末尾「.jp」のものを自由に設定できる。サイトでは店舗紹介だけでなく商品販売にも対応する。......>
<グーグル:中小企業支援 1年間無料で自社サイト作成>を活用しない手はない!( 当誌 2011.09.18 )

 それはそうとして、これに関しては穿った見方というよりも "よりリアルな読み" をしているとでもいえる記事を眼にした。なるほど、"無料" にするには、それなりの根拠があるワケか......と。

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